学ぶのは今
「逃げるなら今?」「囲われた今」「自由を知るのは今」「幸せは今」の続編?
「ねえ、なんでこんなやる気ない子を送ってきたの?各国の受入れ枠の数、わかってるわよね?国の為になる人選もできないの?」
なんで私は、拘束されて床に転がされてるのだろう。
メアリーに嫌がらせしてる婚約者に婚約破棄を告げただけなのに。
今、ここには陛下を含めた王族と宰相、商業ギルド長、学園都市の魔女がいる。
メアリーと私は床に転がされ、婚約者は後ろで小さくなって立っている。
魔女に対して、皆が謝罪している。
ぼんやりと見つめていたら、魔女が私に話の矛先を向けた。
「ねえ、貴方、この国の王子でしょ?学園都市へ留学する意味、わからなかったの?婚約破棄って国でする話よね?個人じゃなくて、家同士の話よね?ってゆーか、馬鹿みたいなハニートラップに引っ掛かってる暇あるなら学びなさいよ」
「ハニートラップ…」
「え?まだ気づいてないの?」
魔女が空中に魔法を展開した。
そこには、自分で制服を汚しているメアリー、自分の教科書や文房具を壊すメアリー、階段下で悲鳴をあげて横たわるメアリーがいた。
「ほら、そこの子の自作自演。学園都市には世界中から人が集まっているのよ?セキュリティは万全にしているわ。虐めの訴えや迷惑行為の連絡があれば、こちらが対処する。なんで片方の言い分だけ聞いて暴走したの?普通、最初に教師に相談でしょう?それに、貴方、王族でしょ?自分が迂闊な発言できない立場だってわかってないの?」
魔女の言葉の刃がグサグサと刺さる。
私は騙されていたのか。
「貴方、他国にいるって自覚なかったの?国の代表って自覚なかったの?学園都市には、4大陸の全ての国から人を招いてるわ。各ギルドから推薦された人もね。勿論、貴方以外の王族もいるわよ。ねえ、他国の誰かと友誼を結んだ?冒険者や魔法薬師、錬金術士、料理人、優秀な子のスカウトはした?」
「いや…他国の者とは話してない…」
そうだ。あそこは優秀な人材が集まっている場所だった。スカウトなんて考えてもいなかった。
「ねえ、貴方は何しに学園都市にきてたの?女遊び?…もしかして、国に不満があって世界中にこの国の恥を晒しにきたの?」
「そんなこと考えてない!!!」
この国の恥を晒すだなんて、そんなこと。
私は勉強をしに行ったんだ!
「でも、貴方は学園の食堂で問題を起こしたわ。人がいる所をわざわざ選んでる。貴方、自分が何したのかまだわかってないの?」
「何をしたって、婚約破棄を…」
「そうよ。婚約者に冤罪をかけ、一方的に婚約という契約破棄を告げたの。そんなことする人が王族にいるって宣伝したのわかってる?貴方だけじゃなくて、国の信用も失墜したの。これから、国同士の契約が難しくなるってこともわからない?」
そんな、そんな大袈裟な…
婚約破棄ぐらいで国同士の問題になるわけないだろう?
「ねえ、なんで貴方が王族なのかわかる?先祖が優秀だったからよ。その優秀な血筋を継いで、国を繁栄して欲しいからよ。その為に、お金をかけてもらえてるの。わかる?王族は間違えてはいけないの。国に不利益を与える王族は要らないの。ねえ、言ってること理解できる?」
私に言い聞かせるように語る魔女の目が恐ろしくて、私の身体は勝手にガタガタと震え出した。
私は間違えた。私は、要らないのか?
「ふぅ。貴方が何も考えてなかったこの数ヶ月で、他国の王族は国の為に色々していたわよ」
ある国の王族は、学生寮に設置してある浄化玉の販売を打診した。
自国で疫病に苦しんでいる地域に設置して、被害の拡大を防ぐ為に。
ある国の王族は、通訳を依頼した。
洪水が頻発する地域の災害対策に悩んでいたところ、別の大陸に似た地域があり、被害縮小に成功したと聞いたから。
通訳を介し、技術提供を取り付けた。
ある国の王族は、受講学科以外の授業見学を願い出た。
魔法スキルの自力取得と魔法陣を利用することで、雨不足解消や農地拡大ができないか調べ、今は、土魔法と水魔法を農民に取得させるための方法を国をあげて検討している。
「私はね、各国からしつこく勧誘が来てたの。何故か知ってる?強力な魔法が各種使えて、高性能な魔道具が作れて、効果の高い魔法薬が作れて、ほとんどの武器が使えるし、武器も防具も作れるからよ。どこか一つの国に利用されるくらいなら、学園で知識を教えてやるって創ったのが【学園都市】なの。そんな所で学ばないなんて、あり得ないでしょう?」
魔女が凄い人なのは知っていた。
知っていたはずなのに、私は侮っていた。
「ねえ、王族教育を見直しなさい。この子たち、国を見てないでしょう?」
父上も母上も宰相も苦い顔をした。
そんな中、第二王子が答えた。
「救いの魔女様のおっしゃる通りです。僕達は、王宮からほとんど出たことがありません。兄は正義感が強いから、目の前に現れた弱者を守ることに固執したんだと思います。申し訳ありませんでした」
弟に頭を下げさせたことで、ガツンと頭を殴られたような気がした。
「はぁ、今回は私が事を収めるわ。このハニートラップの子は、こちらの国の法で裁きなさい。商業ギルドは、今後の留学枠の人選方法の改善策の提出をすること」
私の拘束が解かれ、この場にいる全員が魔女に謝罪した。私が、謝罪をさせたのだ。そのことを忘れてはいけない。
「貴方たち二人は、一ヶ月の休学とします。婚約者と、家族と、臣下と話をしなさい。そして、王都だけでもいいから国を見なさい。国で何が起きているか、民が何を求めているか、考えなさい」
私と婚約者に、魔女は語りかけた。
そして、大人たちに忠告をした。
「今回は、貴方たち大人の失態です。この二人は、成績はいいけれど、応用方法がわかっていない。それは、自分の目で、耳で、国を見ていないからです。どれだけの民の生活を自分達が守って行くのか、改めて教えなさい。この二人に罰を与えることは許しません。一月後に迎えに来ます」
魔女が目の前から消えると、その場を沈黙が支配した。
メアリーは牢に入れられた。もう、可哀想とも、守ろうとも思えなかった。
私の被害者でしかない婚約者に、頭を下げた。
「アメリア嬢、申し訳なかった…」
「いえ、私も殿下と会話を怠っておりました。申し訳ございません。今回のことは、いいきっかけに致しましょう」
たったの一ヶ月で、私の世界は変わった。
今までの私は、家族とあまり話したことはなかったが、この機会に色々な話をした。ちゃんと家族に愛されてたことを知った。
国のこと、家族のこと、婚約者のこと、知らなかったことが沢山あった。
兄弟で、王都にお忍びで行くことができた。
同行した騎士達とワイワイと雑談しながら、初めて屋台で買い食いをし、オススメの店を案内してもらった。
私が壁を作っていただけで、友人は案外、簡単にできるらしい。
アメリア嬢とも、お忍びで買い物や大衆劇場に行き、初めて素で話をした。
しっかりした淑女だと思っていた彼女も、まだまだ可愛らしい女の子だった。
他にも二人で、孤児院や工房、近隣の村に視察に行った。
私が知ろうとしなかっただけで、周りに沢山の人がいて、色々な仕事をし、生活していた。
【救いの魔女】がくれた一ヶ月は、濃密で、きっと一生忘れられないだろう。
「あら、二人ともいい顔になったじゃない」
迎えに来た【救いの魔女】は、ニヤリと不敵な笑みをみせた。
一ヶ月ぶりの学園は、何故か皆に声をかけられた。
「言ったでしょ?私が事を収めるって。一時帰国する貴方たちに劇をしてもらったことになってるわ。戻ってすぐに全体放送で劇の説明をしたから、貴方たち有名人よ〜」
私の失態は、学園での振る舞いの注意喚起、セキュリティの案内に使われたらしい。
「一ヶ月分の補習は私が直々にしてあげるわ」
魔女の笑顔に、ゾワリと背筋に怖気が走った。
スパルタな補習で、なんとか数日でクラスに戻ることができた私はホッとした。
「おっ、君が正義感が強い王子くんだね〜おかえり〜」
廊下で声をかけてきた青年に、既視感を覚えた。
「ああ、魔法陣を教えてるノエル先生だよ〜母上のスパルタ授業お疲れ様〜」
先生の顔も覚えてなかった一ヶ月前の自分に愕然としつつ、引っ掛かりを覚えた。
「母上、ですか?」
「【救いの魔女】は僕の母だよ〜似てるでしょ〜」
「エッ!年齢が…」
「あはは〜母上はあれでも50才こえてるんだ〜孫もいるよ〜」
「へっ!?孫!?」
「10代にしか見えないからね〜ビックリするよね〜父上も見た目若いけど60才こえてるし〜ほら、あそこで剣術教えてるのが父だよ〜」
「若っ!えっ!私の父上より若くみえるのですが」
「ね〜?不思議だよね〜?僕が生まれたときから姿変わらないんだ〜」
「なにそれコワイ」
「誰かこの謎、解明してくれないかな〜」
あれから学園で3年学んだ私は、沢山の友人ができた。
他大陸の言語も話せるようになり、国交がなかった国と国交を結ぶという実績もつめた。
武術や魔法も学び、ダンジョン攻略も経験し、野営もした。
婚約者とも良好な関係を築けている。
婚約者は料理を学び、我が国にない香辛料や野菜の栽培方法を学んでくれた。
商会の友人を作り、輸入にも力を入れている。
【救いの魔女】は、確かに惜しげもなく知識を教えてくれた。どの知識も、国で使うことを許していた。
確かに、ここ【学園都市】にきて学ばないなんて、あり得なかった。
いつか、自分の子にもここで学ばせてやりたいと思う。
十数年後、私の即位式典に魔女が夫婦で参列してくれた。
「なんで、見た目が変わってないんだ!おかしいだろう!」
突然、馬鹿な王子に説教してるリリーさんが浮かんだんだ!ドンマイ王子!