4 タートル・パニック!
体にスッとフィットした黒スーツ。両手にはアサルトライフルのような細長い銃。そして目の色も見えない真っ黒なサングラスがチャームポイント。
背中にはダイヤモンドよりも硬く、正六角形が規則正しく配置された紋様がある。まん丸な顔、爬虫類のような肌、オマケ程度の短い尻尾。
サングラスではっきりとは見えないが、そこには機械のような無感情で、非情な目つきで俺達を睨んでいる。
いや、正確に言えば俺の頭の上に乗っかっている追われの身の女王様か。銃口はどれも、そこ一点に集中している。
俺達は満場一致で、
(((……………………なんじゃこの生物)))
ツッコませてくれ。いやツッコませろ。
何故亀が二足歩行で立ってる何故スーツを着ている何故銃を持ってるどうやって持ってるのそれ!?
言いたいことを挙げるとキリが無い。だが、こいつらが乙姫の言う亀集団に違いないのだろう。まさか本当に話の通りだったとは。
「(これがお前の言ってた亀集団で間違いないか?)」
「(そうよ!あのサングラスあの甲羅!見間違えないわ………)」
「(なぁ………一つ聞いていいか?あいつらも魚人族の一種なのか?)」
「(いや、多分違う………だって聞いたことないもの。人型の亀とか)」
魚人族を統べる王ですら知らないとなると、マジで何者なんだこいつら。
しかも不思議なことに、見た目も動きも息をするタイミングもまるで一緒。軍隊の行進でもここまで揃うことはないだろう。まるで設定が統一された機械みたいだ。
「聞いているのか。大人しくしろ」
「大人しくして、どうすればいいの?」
「そこの人魚をこちらに引き渡せ。この要求に従ってくれるのならば、我々は貴様らに危害を加えることはないと約束しよう。だが要求を拒めば、貴様らを罪人に加担する敵対勢力と見なし、即時射殺する」
「罪人、ねぇ。このいかにもアホっぽそうなやつが犯罪なんかできなさそうだけど」
「誰がアホよ!女王様と呼びなさい!」
「それを貴様に話す理由はない。さぁ、速くそいつをこちらに引き渡せ」
真ん中の亀が指(?)を銃の引き金に触れさせたのを合図に、他の亀達も一斉に射撃体勢に入る。爬虫類のように乾いた瞳が、無情にも俺達の心臓を貫いた。
乙姫は、民達に非難を浴びせられるような酷い行いをしたのだろうか。反逆が起こり、都を捨て文字通り命懸けで逃げ出さなければならないようなことをしたのだろうか。
分からない、知らない、知るはずもない。
亀達は彼女が傷つくのは当然、至極真っ当、罰せられるべきであると肯定するようにジリジリと距離を詰める。
かすかだが、風で運ばれた火薬の臭いが鼻の奥をつついた。
もし、亀集団が銃を向けているのは何かの悪意ではなくただの正義の行いだったら?俺はここで彼女を裏切って引き渡すべきなのだろうか。
「………ぬぅ……」
今にも泣き出しそうな声で亀達を睨みつける乙姫。あの顔に、偽りがもしあるのなら俺はこの世の何を信じれば良いのだろう。
「―――――っ」
「……さぁ、答えを聞こう」
「あぁ、分かったよ。そら」
「え、ちょぉ!?」
「カツジさん!」「カツジ殿!!」
「………………」
「俺は別に構わねぇぜ―――」
頭からつまみ上げた乙姫を、亀達に突き出す。さっさとそうしてればいいのだ、と言わんばかりの息を吐き捨て、亀達はスッと、銃を下ろしこちらに歩み寄る。
「けど、こいつを無事にキャッチできたらなぁ!!」
「は?うおおおおおおおおぁあああああ!?!?」
「き、貴様!!」
俺は何の躊躇もなく乙姫を天高く放り投げた。
「アキレス!!」
「おうさ!悪くない展開だぜぇ!俺好みだ!!」
「エルザは乙姫をキャッチ、マーマンはご飯の死守!!」
「え!?あ、はい!!」「了解でござる!」
「うっし、じゃあ―――『爆』!!」
俺は慣れた手つきで魔術を組み、亀達の真正面中央に爆発を巻き起こした。絶叫する乙姫に気をとられ、上を見上げている亀達に避ける余裕は無く、火の粉が直撃する。
体勢が崩れた亀、まずは中央の一人目の懐に潜り込みノーモーションで鉄拳を食らわせる。
ガゴンッ!!
「………………硬ったぁ…………」
鉄の塊でもぶん殴った気分だった。おおよそ骨から鳴っちゃいけない音が鳴り、拳が真っ赤っかに膨れ上がっている。
甲羅が硬いのは見れば分かるので、ダメージが通りやすいお腹を狙ったつもりだったのに、こいつら全身硬ぇじゃねぇかよぉ…………。
「あんた………格好つけてあんなことやった直後にこれって……だ、ダサいぶふふふww」
「か、カツジさん…………ぷっww」
はいそこー、外野うるさい!
「カツジ、よそ見すんな!!」
「っ、危ね!!」
俺の攻撃にびくともしなかった亀は、懐に忍ばせた小型ナイフを逆手に持ち、豪快な横払いをする。アキレスの呼び声でなんとか反応できた俺は、亀の頭を両手でがっしりと掴み、体重を使い前に投げ倒す形で避けた。
ドンッ!とそれなりの重量を持つ亀が地面に叩きつけられる鈍い音がする。
俺はバク転しながら距離を取り、相手の様子を伺う。亀は何事もなかったようにむくりと起き上がり、パンパンとスーツについた汚れを払う。
無傷。圧倒的無傷。
「硬いけど、動きは鈍いみたいだな…………」
「――――対象、要求応じず。これより、敵対勢力と見なし排除を実行する」
「やれるもんならやってみろ」
ジリジリと、俺達は睨み合い仕掛けるタイミングを伺う。
やれるもんならやってみろ、とは言ってもどうするか。まず拳は無理だ。相手がダウンするより先に俺の腕が粉々になってしまう。
俺の場合魔術は先手必勝の不意打ち程度にしか働かないし、そうポンポンと連発はできない。魔術を組むのにも時間がかかって連中にも気付かれるだろう。
やはりここは便利な『魔刃』の出番だ。一番柔らかい部分を見つけて、そこを叩く。
「………………………」
あ、武器とか持ってきてなかった。
「な、なぁ!なんか細長い物とかない!?俺の木刀みたいなの」
「あ、これどうぞ」
「センキューエルザ!よし、これで……………釣り竿?」
まじかよ。
「くそ、やるっきゃねぇ!!」
「釣り竿如きで、我らの最新兵器に敵うものか。――――ロックパスワード、亀爆弾」
亀がポケットからメカメカしい手のひらサイズのキューブを取り出す。
言葉を入力すると、キューブがガシャン!ガシャン!と、絶対そのサイズに収まってねぇだろとツッコみたい大きさのロケットランチャーに変形した。
「はぁ!?ロケラン!?」
………ところで、ロケットランチャーって何だっけ?
「リロード完了、目標捕捉。オート追尾機能オン。…………発射!」
「ちょ、おま、待て!」
豪快に煙を吹き出しながら、ロケランの弾が向かってくる。とりあえず逃げろ、俺の直感がそう言っているので横に飛び出す形で避ける。
「……………ちょちょちょちょ!?」
しかしロケランはグイッと方向を変え、こっちに向かってくる。
そう言えばなんちゃら追尾機能とか言ってたなあいつ。どこまでに追っかけてくるってことか!?
「なら、迎え撃つしか……」
逃げる足に急ブレーキを掛けて、180回転。
釣り竿の釣り針にカウボーイの縄のように投げ飛ばす。俺に当たる前に爆発させてしまえばいい。無傷、とは言えないがこの距離なら少なくとも直撃はしのげるはず。
「ん?」
と、その時。神のイタズラか、悪魔の罠か。偶然、いや奇跡に近い軌道で糸は動き、クルクルクルとロケランの弾を蛇のように巻き付いた。
「…………にやり」
俺は先程行った釣りテクニックの要領で釣り竿を操り、ロケランの弾を鉄球投げのようにクルクルと回すことに成功した。
もはやオート追尾機能などは正常に機能せず、ただただメリーゴーランドのように一定の軌道を描くのみ。もはやこいつの制御は俺の手の中にある。つまり何をするかと言うとだな………
「亀の甲羅と爆弾、どっちが強いんだろうな」
「何っ!?」
意外にも焦った万能を見せたが、時既に遅し。鈍い自分のスピードを恨むんだな。
「るるらぁ!!」
「―――ぐあっ!!」
ロケランは撃った張本人に直撃!爆音と火の粉を散らし、炎の中へと亀は誘われる。悲鳴を上げ、炎から転がり抜けた亀は全身が焼けただれた状態で川へ飛び込んだ。
相当のダメージだったのか、その後亀が這い上がってくることはなかった。まぁ、一応亀だし溺れ死ぬことはないだろう。
「ふっ。俺の釣りテクニックが勝利の鍵だったわけか。ありがとう、我がふるさとの海よ…………」
「格好つけてないでとりあえずこっちに加勢してくれ!二人相手はキツい!!」
「あ、ごめん」
アキレスは残った二人を同時に相手していた。天使族の羽を背中から展開させ、空中を迂回しながら銃弾の猛攻をなんとか耐え抜いている。
毎回思うけど、あの羽って便利だよな。防御にも使えるし、攻撃にも使える。空を飛ぶことだって可能だし、何よりカッコイイ。
もしかしたらあの羽で作った武器なら、あの亀の硬い装甲も突破できるかも?
「おいアキレス、ちょっとこっち来い!!」
「何だ?何か作戦でも思いついt
モギッ。
「ッッッ!?!?(声にならない叫び)」
「うわ、痛。ちょっと触っただけでもこの切れ味か。これは使えそうだ」
「何してんの!何してんの!!めちゃくちゃ痛かったし、人の許可なく羽をもぎ取るんじゃねぇぇ!!」
「あとで亀料理でも作ってやるから。マーマンが」
「拙者!?」
「とりあえず、こいつで、こう!!」
枝サイズの羽でシュッッバッ!!と、『魔刃』を込めた斬撃を飛ばす。軌道は一直線、しかし動きだけは鈍い亀は回避よりも防御に徹する。
この程度の攻撃、痛くも痒くもない。そう思っていたのだろう。だがそんな亀の余裕の表情は消え失せ、気味の悪い冷や汗を浮かべた。
鉄壁の守りを有する装甲が弾け、その爬虫類のような皮膚から赤い血が噴き出す。
「うお……すげ」
さすが俺!……と言いたいところだが、多分天使族の羽と『魔刃』の組み合わせの威力が凄まじかっただけだろう。まさかここまでとは思わなかった。
今日からこれを、『刀羽』と名付ける!
「ちょっとダサいぜ。ワイルドさに欠ける」
「るせ」
「くっ………緊急事態、緊急事態!敵勢力の戦力をレベル4に仮指定、直ちに応戦を要求す―――――」
「させねぇぜ」
アキレスが『光』の魔術で敵の通信器を破壊する。これで敵の増加は防いだ。異常事態だと気付いたとしても、すぐには駆けつけられないだろう。
「俺は片方やる。お前はもう片方やれ」
「了解。ワイルドに決めるぜ」
バッ!と二手に俺達は飛び出す。俺は先程ダメージを与えた亀の方に、アキレスはもう片方へ距離を詰める。
「く、舐めるな!」
亀は怯えたように声色を変え、ライフルをこちらに向ける。しかし焦って手元が狂ったのか、俺には上手く当たらない。お陰でちょっと刀羽を構えるだけでノーダメージ。
俺は奴の気を逸らし、隙を作るためにに羽のモサッとしたところをもぎ取って、手裏剣みたいに投げ飛ばす。さっきのが余程トラウマだったのか、頭を抱えてうずくまる亀。
ここまでビビるとは想定外だったが、まぁいい。
「るるらぁッ!!」
「がぁ!?」
小さくなったその体に、容赦なく俺は刀羽の一撃を切り込む。ドサッ、と膝から崩れ落ちそこから立ち上がることはなかった。
一方アキレスは、『光』の魔術を巧みに扱い銃弾を防ぎつつ距離を詰める。よく見ると彼の手に『光』の魔術で作られた縄のようなものが握り締められていた。
――――で、彼の手には今何があるでしょう。
正解は、さっき俺が爆破させた亀をぐるぐる巻きにし他縄でした。死体蹴りもほどほどにしておけ。
「極東にある幻の島、大瀑布の向こう側には除夜の鐘ってのがあるらしい。人の煩悩を取り除くために鐘をならすんだってさ。ここは極東じゃないしなんなら別方向だが………ここでいっちょ、練習してみないか?」
「貴様、分隊長を持って何を………」
「こうすんだよ!!」
縄で縛り上げた分隊長をアキレスは振り回し、ダイヤモンドのように硬い甲羅を亀に叩きつけた。
ボーンッ、と素晴らしい鐘の音がなる。これは煩悩を取り払うというよりも、死者を弔う鐘の音のように聞こえた。
「よし、片づいたな。ふぅ……………疲れた」
「全くだ。で、これからどうするよ」
「どうするもこうするも、こうなった以上あの女王様について行くしかないだろ。乗りかかった船、ってやつだ」
「―――――さん!!カツジさん!!」
俺達が敵を片付け終わり、一息ついていると、エルザが遠くから何か言っているのが聞こえた。一緒にマーマンと乙姫も何か言っている。
これは呼び声か?いや、違う………あれは―――
「カツジさん!!後ろ!!」
「―――あ?」
「カツジ、危ねぇ!!」
パァンッ!!と火薬の臭いと共に銃声音が空間に放たれる。アキレスは咄嗟に俺を庇い、肩に銃弾を受けた。真っ黒な革ジャンにどす黒い血の色が混じる。
「アキレス!!くそ、まだいたのか!!」
「―――いいや違う。ちょうど今来たのだ。D班の分隊長の連絡を受けてな。貴様らはもう完全に包囲されている、大人しくしろ」
辺りを見回すと、視界には亀、亀、亀――――。俺達は既に、包囲されていた。




