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3  女王(笑)


 人魚。


 それはこの世界において、魚人と呼ばれる種族の一種であると言われている。何もかもが美しいヒレや鱗も持ち、また顔スタイルともに美形であることが多い。



 魚人は簡単に言ってしまえば、読んで字のごとく魚を人型にした、と言った感じ。


 肌は湿っており、えら、ヒレ、鱗などを兼ね備えている。それに加え、地上でも活動ができるよう手足と肺呼吸に必要な肺もある。


 主に生活している場所は、深海、川、沼その他諸々の水辺。深海には魚人の都、魚人島ぎょじんとうがあるとかないとか。


 水中、陸上どちらでも活動が可能なちょっと羨ましい人達

だ。



 では人魚と魚人の違いは何か。手足があり、魚の特徴を多く持っている魚人に対して。人魚は上半身は丸々人間、下半身は魚で性別的には必ず女性である、という特徴を持っている。



 人魚は片親が人魚である必要はなく、両親が普通の魚人だったとしても人魚が生まれてくる可能性がある。だが人魚が産まれてくる確率はとても低く、例えるなら二卵性双生児の双子が産まれてくるよりも低い。


 

 華やかで、美しく、夢のように儚い理想の究極体である人魚が今、俺達の目の前で―――――




「もぐもぐ……はやくとりなさいよ。もしかして耳がついてないのかしらこの人間は。余と話す栄誉を与えてるのよ、返事くらいしなさいな。もしもしーし?きーこーえーてーまーすーかー?………ふっ、所詮は人間なんてこの程度ね。余の偉大さに見とれて口も開けれないとは……もぐもぐ」



 口をモゴモゴと動かし、針が口に刺さったまんまベラベラと喋る人魚。人魚にしては身長が20センチ程度の、一見人形か何かと見間違えるようなサイズだった。


 ぷんすかと頬を膨らませる人魚を俺は優しーく針から離してやり、



「リリース」


「ちょ、待ちなさい!リリースすな!初対面の人間を、しかもこんな美し可愛い女の子を川に投げてるなんてどういう神経してる訳!?」


「初対面の人間に散々言いまくるやつを手厚く迎えると思ったこの野郎。速く深海に帰れ」


「帰りたかったら帰ってるわよ!余だってこんなところまで来たくなかったわよ!くそう、あのクソ亀共め…………とりあえず速く引き上げなさい!」


「カツジ………なんか可哀想だし引き上げてやったらどうだ?」


「………アキレスがそういうなら」



 俺は渋々人魚を川から引き上げ、足場のよい石の上にのせる。人魚は尾びれを不機嫌そうにぺちぺちと叩きつけ、文句を言う。



「速く助けなさいよね!全くもう………余が寛大な心の器の持ち主で助かったわね。二度はないわよ!そんなことより何か食べ物を寄こしなさい。余はお腹が減ってしょうがないのだけど」


「…………何で初対面のあんたに食べ物を要求されなきゃいかんのだ」


「はぁ?それは余が余だからに決まってるじゃない。女王たる余の前で、下民はこうべを垂れ、ものを献上するのは至極当然。それは魚人であっても人間であっても変わらないわ」




 なんだこいつ腹立つ。


 いきなり現れておいて何なんだよ。何で俺達が悪いみたいになってんのそして誰が下民じゃ。名前も知らないやつに頭なぞ下げとうないわ。



「じゃあ………これでも食うか?」



 俺は魚の餌(虫とか色々)を箱から取り出し威張る人魚に差し出した。さすがに虫を直には食えないだろう。完全に嫌がらせである。



「苦しゅうないわ。もぐもぐ」


「え」



 人魚は躊躇もすることなくヒョイと俺の手から餌を取り口に放り込んだ。


 普通に食ったし………そう言えばこいつさっきこの餌で釣り上げられていたんだった。そりゃ食えるよな。




「そんで、お前は何者なんだよ。何で人魚が川なんかにいるわけ?というか小さくね?」


「もぐもぐ………ん。余の顔を見れば分かると思うけど。ま、しょうがないわね。地上の人間だもの。ならばいいでしょう。余の名前を聞いて度肝を抜かすんじゃないわよ。余は魚人族の頂点にして、魚人島の6代目女王、乙姫であるぞ!!」


「「…………………………………………誰」」


「うえぇ!?ななな、知らないの!?乙姫よ?乙姫!」


「いや、知らねぇ。アキレスは?」


「見たことも聞いたこともない。もしかしたら自分を有名人だと勘違いしている可哀想なやつかもしれん」


「うわ………ヤバい奴に出くわしちゃったよ」


「違うわい!ちゃんと正真正銘、女王様なのよ私は!ほら讃えて、敬って、チヤホヤしなさいよこの人間どもが!」




 ポコポコと俺の手の平にパンチを繰り出す人魚、もとい乙姫。痛くも痒くもない攻撃を俺は華麗にスルーし、離れた調理場にいるマーマンを大声で呼んだ。



「マーマンー!ちょっとこっち来てくれー!」


「むむ?何のようでござるか。もしかしてレア物が釣れたとか……!?」


「レア物かは分からないけどなんか人魚が釣れた」


「はい?」


「この人魚、乙姫って名前で魚人族の女王様らしいんだけど、知らない?」



 


 ふふん、と胸を張り自身の存在を見せびらかす乙姫。


 マーマンはこの状況を「まぁいいか」で飲み込み、乙姫を観察し始めた。右から見た様子、左から見た様子、後ろ、斜め、あらゆる向きから彼女を見つめる。



 さすがにちょっと恥ずかしいのか、少し乙姫の顔が赤くなっていた。それと同時に嬉しいのかほのかに口角が上がっていた。



 「あっ!」と何か思い出したかのようにポンと拳を手の平にのっけるマーマン。



「誰か分かるか?」


「いや、全く知らないでござる。誰」


「がーん!!」



 さっきの「あっ!」は何だったのだろうか。ショックで乙姫がしおれたワカメみたいになっている。少し同情するわ………。



「でも乙姫の名前なら知っているでござるよ。拙者は沼育ちのド田舎民だから噂でしか聞いたことがないでござるが、乙姫と言ったら魚人島にある竜宮城の主人、全ての魚人を統べる魚人族の王の事でござる。

 上品で華麗で美しく、かつ誰にでも公平に接し決して民を見下さない。性格も良く部下や民からの信頼の厚い聖人のような方だと聞いているでござるよ」


「何よ、知ってるんじゃない。あ、おかわり」




 上品(?)な乙姫様は、石の上でおばさんのようにポリポリと尾びれを掻きながら、人魚の俺じゃ到底食えそうにない虫達をもぐもぐと食べる。



 ………絶対にその噂は嘘だろう。俺にはこいつが家事が終わって床に寝転がりくつろぐ中年主婦にしか見えない。



「いやーでもこれが乙姫とか………ないでござる。理想幻想偶像破壊にも程があるでござるよ。ないわー、まじないわー」


「あんたいつか首吊りにしてやるわ………!!」


「皆さーん、お芋が良い感じに焼けましたよー。ほくほくですよー………って、何ですかそのお人形?」


「いやかくかくしかじかで」


「いや、分かりませんけど」





######





「ほー。魚人族の女王様ですと。お人形さんみたいで可愛いですね」


「物分かりの良い奴がいるじゃない。苦しゅうないわ、私の為に働きなさい」


「それで(スルー)、何でこんなところにいるんですか?」


「「「…………………あ、確かに」」」



 俺とアキレスとマーマンは綺麗にハモった。


 そう言えば、さっきから展開がめちゃくちゃ過ぎて一番聞くべきことを聞き逃していた!


 さすがエルザ、少ない常識人枠!




「そうよそうよ!空腹で忘れてたけど、余あいつらに追われてたんだった!きっともう地上まで来てる………嗅ぎ付けられる前に逃げないと」


「おいちょっと待て。追われてるってどういうこった。海じゃなくてこんな川にいるのと何か関係があるのか?」


「関係がなかったらこんなところにいるわけないじゃないもっと頭使いなさいよ!」



 いちいち一言多いな、こいつ!



「まぁまぁ、それでどうしたんですか?」


「ふっふっふ、知りたいでしょうそうでしょう。聞くも涙、語るも涙の乙姫生涯最大で壮大な苦難と友情の物語が………」


「さっさと言え」

 



 乙姫の話を簡単にまとめると、こうだ。


 

 彼女は竜宮城と呼ばれる魚人島の城でいつも通りに過ごしていたらしいが、突然謎の集団が城に押し寄せてきたそうだ。


 理由は不明、正体も不明。曰く、乙姫の邪知暴虐な圧政に不満を感じ革命を起こそうとする連中とも、テロリストとも違う雰囲気があったらしい。



「そもそも余は圧政なんかしてないわよ!」



 亀が二足歩行し、スーツを着て大量の武器を持ち、その全てを玉座に座る乙姫に向けていた。それだけ聞くとなんともシュールな光景だ。



 だがその程度では乙姫は怖じ気もせず、四天王と呼ばれる乙姫直属のなんか凄い強い部下に殲滅せんめつの命を下したらしいが、どんな細工をされたのか悉くやられてしまった。


 兵士達も殆どが亀連中に寝返り、ほんの数時間前まで乙姫を慕っていた民達も別人になったように非難を浴びせるようになった。



 さすがにマズイと思った乙姫は、自らが出てどうにかしようと動いたが、とある兵器によって力を奪われついでに小っちゃくなってしまったらしい。


 その後死に物狂いで都を飛び出し、亀たちの追い掛けられながらもなんとかここまで辿り着いた、らしい。ちゃんちゃん。




「ちゃんちゃん、じゃないわよ。何勝手にポップな感じで終わらせようとしてんのよ」


「いやぁ………まぁ………大変そうだね。じゃ、俺達は魚パーティーに戻るから頑張ってね」


「待・ち・な・さ・い!こんだけ聞いておいて、じゃあね頑張ってね、で終わらせると思ったのかしら!!」


「痛い痛い髪の毛引っ張んな!そう言われてな、手助けしようにも事件は深海、魚人島で起こってんだぞ。俺達が行けるわけないだろ!」



 俺達は魚人じゃない。深海なんて生身で行こうものなら、死、確定だ。酸素はまだ魔術とかでどうにかならんこともなさそうだが、場所は深海。マーマン一人ならどうにかなりそうだが、彼に戦闘能力など期待してはいけない。



「はぁ!?そこは潜水艦とか使えばいいじゃないの」


「んなもん持ってるどころかこの国にあるかどうかすらも怪しいぞ」


「はぁ?潜水艦もないとか、地上の科学力はどうなってるわけぇ?原始時代じゃないのよ。魚人族うちの科学力なら潜水艦の一つや二つ簡単に作れるってのに」



 

 いちいちむかつく奴だな!



「スーツ着た亀………スーツ着た亀………」


「ん?どしたエルザ。なんか心当たりでもあるのか?」


「いやー……心当たりというか何と言いますか……その亀なら見かけましたよ」


「何ですって!?もうここまで来てたのか………どこで見かけたのかしら?」



 乙姫が俺の頭の上に乗っかりながら、エルザに尋ねる。


 エルザは妙に困惑しつつも、ゆっくりとその手を上げ指を指した。



 ――――――俺達の背後を。



 ゾワリ、と嫌な予感がする。ここ最近で培った俺の警報器ベルが鼓膜を破るくらいに鳴り響く。ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと、慎重に、振り向く。



「―――大人しくしろ」


「………………………………………」



 武装した亀たちが銃をこちらに向けていた。




 

「………勘弁してくれ」




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