5 白猿
「おぉ………ここが」
一同がその光景に息を呑んだ。
ヤガーさんを背負ってなんとか頂上付近まで上り、長時間の捜索により遂に見つけた秘境。
黒く染まった草々は、夕日の光に照らされてテカりを増している。この空間だけが、切り離されたみたいに異質、しかしその美しさには誰もが立ち止まり、その景色を目に焼き付けるだろう。
私達も数分間、黙って自然の神秘を心のカメラに収めた。最初に動き出したのはヤガーさんだった。
そぉっと、そぉっと、まるで生まれたての赤子を触るかのような緊張感と共に、二、三本拝借し、瓶に詰めた。
「ふふふー!無理だと思っていたシニガミソウが手に入ったぞー!このビジュアル、香り、色合い………自室に飾りたい」
「テンション高いっすね、ヤガーさん」
余程嬉しいのか、シニガミソウを詰めた瓶に頬ずりしている。
「そりぁもう大興奮だよ!!シニガミソウが手に入ったのはもちろんだけど、こんな美しい光景を見られたんだ。こんなに幸運なことは滅多にない!!君たちと出会ってなかったら、ここにら辿り着けなかっただろう。ありがとう、カツジくん、巴ちゃん」
ヤガーさんは帽子を取って、笑顔で一礼した。
カツジも私も、嬉しそうなヤガーさんを見ていると自然と笑みが浮かんでくる。
やはり人助けとはいい物だ。これで多少は、罪悪感も晴れたかな。
「ついでだ、私は少しここら一体を調査してくるよ。二人はここで待っててくれ」
ヤガーさんはそう言うと、シニガミソウの野原へ駆けていった。
さて、どうしようか。特にすることもないし、ここで黙って待っていようかな…………。
「にしても、ほんと綺麗な場所だよなー。シニガミソウだなんて聞いたときは、なんだそれって思ったけど、こんなに綺麗な草だったんだなぁ」
「そうだね。私も、そう思う」
「こういう大自然を見てると、なんだか悩みなんか吹っ飛びそうだよ。そのーなんつうの?ネイチャーパワー!」
「ネイチャーパワー?」
「説明しよう!ネイチャーパワーとは…………ネイチャーパワーとは………ネイチャーなパワーなのだ!とにかく凄いんだ!」
「ははっ。何それ」
ん?なんだかいい雰囲気だぞ?登山途中の気まずさが嘘みたいに、今は会話が弾む。自然と声も出る。こ、これがネイチャーパワー………!?
「……………………」
「ん?どうした、俺の顔じっと見て。何かついてる?」
「あ、いや。何でもない。ただ、カツジが楽しそうだなって」
「楽しそうに見えるのか?………そうか。なぁ巴。もし、今までずっと一緒にいた相手が、突然消えたらどうする?頼りっきりになってた相手と、もう会えなくなるかもしれないってなったらどうする?」
「………………」
突拍子のない質問に、私は沈黙した。
ずっと一緒にいた相手なんていなかったし、頼る相手もいなかったから、中々に難しい質問だ。………なんだか自分で言っておいてだが悲しくなってきた。
しかし、何故このタイミングでこんな質問を。
もしかしてカツジに何かあったのだろうか。この短期間で何か変化が……………。まさか、額の角と何か関係が?一応、鬼族を名乗っていたから生えてきたのかなと思っていたが、よくよく考えると突然過ぎる。
そういえば、前までは一日に一回は話していた某もう一人のカツジとの会話も無くなったし、雰囲気もほんの少しだけ変わったような。
え?なんでそんな詳しいことを知っているのかって?べ、別に跡をつけたことがあるわけじゃないし。ないし。
沈黙しながらも、カツジの顔を見る。そこにはいつもの爽やかな表情が浮かんでいたが、その表情の奥底に寂しさがあるように感じた。
「…………私には、そういうのは、よく分からない」
「そうか………ごめんな、変な質問して」
「でも」
私はカツジの手を両手でガッチリと握った。目をみて、はっきりとした声で伝える。
「私はカツジに色んなものを教えて貰った。人との話し方とか、剣の振り方とか、『魔刃』とか、あと友達………とか。私はカツジがいなくなったら、寂しいし、悲しいし、泣きたくなる。――――だから、私はカツジを一人にはさせない」
「…………………」
「何があったかは私には分からないけど、困ったことがあったら何でも頼って。だって私は、あなたの―――――」
次の言葉を紡ごうとした、その時にだった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ッッ!?ヤガーさんの声だ!!」
「行こう、カツジ」
「あぁ」
######
ヤガーさんの悲鳴が聞こえた場所へと一目散に向かう。そこには、体をプルプルと震わせ怯えながらも、シニガミソウの草原を守ろうと両手を広げて立ちはだかるヤガーさんの姿があった。
そしてヤガーさんを自身の影で覆う程の巨大をもった白い毛並みを持った猿がキィキィと歯を噛み鳴らしながら威嚇していた。
「こ、このシニガミソウ達には指一本毛並み一本も触れさせないぞぞぞぞ………」
「キィ、キィ、キィィィ」
「うわぁぁ辞めて許して食べてもマズイラム肉ですよ僕はぁぁ!!?」
「……………………」
「え、もしかして信じてくれた?」
「キィィィ!!」
「うわぁぁですよねぇぇぇ!!助けて誰かぁぁぁぁ!!」
「ふんっ!!」
白い猿の爪がヤガーさんの体を引き裂く直前、私は刃を鞘に入れたまんま刀を鈍器のように振り回し猿の顔面にぶち当てる。
猿は悲鳴を上げ、シニガミソウの大地を潰しながら、の垂れ回る。
「ヤガーさん!!大丈夫ですか!!?」
「おぉ!!君たち、ありがとう!感謝してもしきれないくらいだよ!!」
「感謝の言葉は後でいっぱい貰うとして、何があったんですか?」
「そ、そうなんだよ!私がここら辺り調査をしてる途中、変な鳴き声が聞こえたと思ったらこいつが怒った様子で飛び出してきて威嚇してきたんだ!!」
「キィィィ!!キィィィ!!」
体長はざっと3メートルほどある巨大。白い毛並みと赤い瞳を持ち合わせ、長く鋭い爪は何でも切り裂きそうだ。大きさから見て、普通の動物が魔獣へ進化した個体だろう。
「この魔獣の名前は白猿!その名の通り白い毛並みが特徴的で、性格は非常に好戦的かつ姑息。知能が魔獣の中でもトップクラスに高くて、武器を作ったり、罠を使ったりして攻撃してくるんだ。
よく山奥から降りてきては疾風雷神のごとく農作物を荒らしていくことから、『山の白い問題児』という異名を持っている言わずとしれた魔獣だよ!」
「白猿………そのまんまだな。でも、なんでヤガーさんを……」
「それなんだけど、多分白猿は自身の食べ物を脅かす敵として僕を襲ったんだと思う。この、シニガミソウを脅かす敵としてね」
「シニガミソウを?」
「うん。白猿は栄養素が高いものを好んで食べる習性があるんだ。そのため雑食で、栄養素が高ければなんでも食べる。シニガミソウが万能薬と呼ばれる理由は、その異常なほどある栄養素が理由はなんだ。シニガミソウは草一本で、一週間で摂取する栄養素と同じくらいの栄養が含まれている。
だから、薬にすれば色々と使えるし、食べれば健康、潰して傷に塗ればシニガミソウの色んな効果で傷の治りが早まる」
「ほうほう」
「白猿は基本的には果実とか野菜を食べるんだけど、ここには栄養素の高いシニガミソウが沢山ある。白猿にとっては宝の山だろうね。だから、その近くにいる僕を敵として見なしたんだろうね」
キィキィと歯を噛み鳴らしこちらを威嚇する白猿。その赤い瞳から発せられる敵意は、心なしかヤガーさんより私に多く向けられてる気がする。
上等だこの野郎。こっちの都合も考えないで暴れやがって、てめぇなんか飯は雑草で十分なんだよ。
親指を下に向けて伝わるか分からない挑発を白猿に向ける私。どうやら意図が伝わったのか、キィィィ!!と耳鳴りがしそうなほどの金切り声を上げ、白猿も戦闘態勢に入った。
「三枚におろしてやる……………」
「仲間を呼ばれる前に仕留めるんだ!あと、鋭い爪に気をつけて!」
「ヤガーさんはこっちに任せて、思いっきり戦え!!」
カツジの言葉を合図に、ダンッ!!と鞘から刀身を引き抜き、大地を蹴って白猿の懐に潜り込む。
まずは脚を狙って動きを防ぐ。戦闘の基本は、いかに無駄なく相手の動きを制限できるか。むやみやたらに攻撃するだけではいけない。頭を使って、身の回りにあるもの全てを駆使して戦う。
「キキィッ!」
「跳んだ………?」
そう簡単に当たるとは思っていなかったが、まさかジャンプして避けるとは。だが所詮は獣畜生。いくら知能が高いと言っても戦闘の基本を押さえてるわけではない。
着地狩りさせていただく。
「ケッキキ!!」
「ぐっ、硬!?」
刀を振り上げた瞬間、ガゴンッ!!と金属音を思わせる音が鳴り響いた。あの長い爪で防がれたのである。しかも白猿はその反動で宙返りし、華麗な着地を疲労して見せた。
あの爪硬すぎでしょ。刃こぼれしてんだけど。
………………てあぁぁ刃こぼれしてる!?私の体の一部と言っても差し支えないほど大切な刀が………!?
「キキ、キキィ、ケッケケ」
頭上でパンパンと両手を叩き煽るような表情をする白猿。
上等だこの獣畜生がぁ!!その毛皮剥ぎ取って真っ裸にしてやらぁ!!
確実に奴を仕留めるよう、『魔刃』の態勢に入って突撃する。
「巴、危ない!!」
「?。ってうお!?」
急ブレーキをかけて姿勢を低くする。次の瞬間、ぶわっとした風の感覚が頭上を通り過ぎ、後ろにあった大木をいとも簡単に切断した。
こ、こいつ、自分の爪をもぎ取ってブーメランみたいに投げてきやがった!?しかも鋭さ抜群ときた。
あのまま容易に突っ込んでいたら危うく真っ二つになるところだった。落ち着け私。冷静になれ。水面のような静けさで、炎のような闘志を燃やす。それが私の戦闘スタイルだったはずだ。
とりあえず深呼吸、深呼吸。
「なぁヤガーさん、白猿になんか弱点ってないの!?」
「白猿の弱点!?うーん、あんまり聞いたことが………たしか、動物学者の知り合いがなんか言ってたような………」
「思い出して!脳みそから全部絞り出すぐらいに記憶から絞り出してヤガーさん!!」
「あぁ待ってくれそんな肩を揺らされると思い出せるものも思い出せないぃぃ!!?」
とりあえずヤガーさんが弱点についてを思い出すまでの時間稼ぎをしなくては。再び刃を白猿に向け、互いに睨み合う。
すると、また白猿が爪をもぎ取り始めた。また投擲してくるつもりか!?そうはさせん!
「てやぁ!!」
かけ声と共に山脈のように連なった斬撃を放つ。
「キキィッ!」
「――――は?」
次の瞬間、白猿はもぎ取った爪を投擲武器としてではなく、まるで剣のようにそれを振りかざし私と似た斬撃を放って見せた。
斬撃と斬撃がぶつかり合い、相殺される。
私は絶句した。ただの魔獣だと思って侮っていた。こいつ、剣術も使えるのか!?
「……………」
「キキィィィ……………」
「お前、強いね」
「…………キキ?」
「ごめん、正直舐めてた。ただの魔獣だと思って、お前を侮っていた。けど今ので確信した。お前は強い。――――けど私は負けない。こっからはお互い本気で行こう」
「…………キキィッ!」
私は和服の袖から腕を抜き、上半身の肌を露わにする。そして、深く、深く、深呼吸する。
相手は前代未聞の魔術、白猿。大柄な体からは想像のつかない速さと、敵を切り裂く爪、そして自身すら利用して戦う知恵。
この街に来るまで、何人かの相手と一戦を交えてきたが、こいつはどの強敵よりもいい意味で質が悪い。けど、こういう時ほど実力は成長するもの。
お前を私の成長の為の土台にさせて貰う。我が名は巴、巴御前。いざ―――参る!!
「てやぁ!!」
「キィィィ!!」
鉄と、鉄のごとき爪が火花を散らす。
ガギン、ガギン!と重く高い音を鳴り響かせ、戦場のオーケストラが幕を開く。状況は交戦一方。斬る、引き裂く、防ぐ、避ける。
互いに損傷は与えつつも、中々決定打に至らない。
「たぁぁッ!!!」
大振りの一太刀が白猿に襲いかかる。
白猿は重心を傾け、すらりとそれを避けるが………
「ぬんっ!!」
「ゲキッ!?」
私はそこから、刀を押し込んだ。
ちょうどギリギリの位置にあった刃先は、白い毛皮を突き破り肉へ届かせる。生暖かい赤い液体が頬に伝わった。
隙ができた。勝機は今!ここで決める!!
「りゃぁぁぁぁ!!」
しかし――――
「キギギガァァァ!!!」
「な、あ、動か、ない!?」
白猿が最後の力を振り絞り、肉の中で刃を必死に引き止めた。引き抜こうとしてもびくともしない。
くそ、動け、動け!!
「ギギッ――――!!」
「な――――」
次の瞬間、腕の形をした巨大な影が私の全身を覆い、そして――――。
「――――ぐっ、あぁ!?」
マズイマズイマズイマズイマズイ。盛大に吹っ飛ばされた。武器もない、全身は嫌というほど痛い。確実にどっかの骨がお亡くなりになった。
頭からは血がだらだらと垂れて、視界が揺れるのと赤く染まってで二重の意味で前が見えにくい。
白猿が腹から私の刀を引き抜いて、こちらに向かってくる。私の刀は通常の刀より二回りくらい大きいから、彼には手に馴染む大きさなのだろう。
あぁ、ヤバいな…………これ。
「巴ぇぇぇぇ!!!」
「キギギッッ!?!?!?」
突然、白猿がピクピクっと動いてその場で固まった。
咄嗟にカツジの方へ目を向ける。そこには右手を冷やす用に持っていた氷を白猿に向けて全力投球した後の姿があった。
「白猿は冷たさにとても敏感に反応するんだ!さっき思い出した!けど時間は少ない、すぐにトドメを!!」
「これを、使えぇぇぇ!!」
私の真横の木にカツジが投げた木刀が突き刺さる。その後は特に考えなかった。ただ、このチャンスを逃しはしまいと必死に前へ進み、剣を振るった。
「せえぇぇぇぇい!!!」
「ギギャァァァァァァァァ!!!!………………――――――」
そして白猿は血しぶきを上げて絶命した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………………つ、疲れた」
「巴、大丈夫!?」
「あんま、大丈夫じゃ、ない。………帰って休みたい。ありがとう、カツジ、ヤガーさん」
「いやいや僕はただ昔のことを思い出しただけさ。巴ちゃん、よく戦ってくれた。おかげで生き延びたよ。本当に、本当にありがとう!」
「あぁ………はい…………はぁ………ども」
過呼吸になってまともに返事することができない。後でちゃんとお礼を言っておこう。
とりあえず危機は去った。あとはヤガーさんと共に下山するだけ……………
「キギギッッ!!」
「―――――え?」
私の背後に、大きな影があった。それはそれは聞き馴染みのある声で、さっき消したはずの声。
嘘だ、そんなはずはない。だって奴の死体はそこに………まさか、仲間をすでに呼ばれていた?
命を刈り取る爪が、今まさに私の体へと向かっていく刹那。
「巴!!」
「――――――ぁ」
赤い液体が、私の着物を染めた。
カツジが、私の身を庇って白猿の攻撃を受けた。今にも泣きそうな顔を堪えて、必死に私を守って――――。
やめて。カツジは私が守るから、絶対に傷つけさせないから、血なんて流させないから――――。
私を置いて独りにしないで
「ごめんな。右手がこんなんだからこれぐらいのことしかできなくて。せめて左手だったら良かったんだけどな」
「カツジ――――」
「泣くなよ。お前は俺を一人にさせないんだろ?なら俺もお前を一人になんか絶対しない。だから心配するな。こんなの掠り傷だよ。だから、安心して――――戦―――――え」
「―――――――」
キィ、キィ、キィと耳障りな声がどんどんと増えていく。けどそんなことは特に気にしなかった。何体増えようが関係ない。
「全 員 潰 す」
そっから先はあんま覚えていない。全身に感じる苦痛と、肌に付着する血の感触ぐらいしか覚えていない。
少なくとも、この黒い草の大地が真っ赤に染まるまでは。




