44 残ってる『人間』
ここには見覚えがある。
ちょうど一ヶ月前くらいの出来事だった。馬車を襲った爆撃熊に腹をぶっさされて、気を失って、目覚めたと思ったら、変なやつに身体を使われてて……
そう、初めてカツジが面と向かって鬼神と話した世界。目の前にいるのはカツジと同じ格好、同じ顔、同じ髪の毛。そして額に青白い角を生やした鬼神が目の前に立っていた。
「………確か、俺の精神世界的なやつだっけ」
「………そうじゃな。別に儂が呼び招いた訳ではない。お主が強引に入ってきたのじゃ」
「……そう」
「――――」
「――――」
重たい沈黙が続く。互いに視線を逸らすことは無かったが、互いに話しかけることも無かった。時が止まったような世界の中、先にコンタクトを取ったのはカツジの方だった。
「一つの聞きたいことがあったんだ」
「―――――?」
「お前ってさ。何者なんだ?」
「鬼神じゃ」
「そうじゃねぇ。お前は一体どんなやつで、どんな事ができて、どんな人生を歩んで来たんだって聞いてる」
「は?」
突拍子の無い質問に鬼神は怪訝な顔をして首を傾げた。何故このタイミングなんだ?何が目的なんだ?ふざけているのか、と。
疑念の視線を送られるカツジは、至って真面目な顔で言う。
「俺達って、互いのことを知らなすぎると思うんだ。互いに何も知らないのにいつも罵り合って、喧嘩してさ……馬鹿みたいじゃないか?よくよく考えると」
「…………何が狙いじゃ」
「さっき言った通りだ」
鬼神は獲物を狙う蛇のようにカツジを睨みつけ、一方カツジはその敵意を受け止める。その揺るがない姿勢に、本気でそう思っているのかと悟った鬼神は淡々て語り始めた。
「………お主の言う通り、儂は能無しの、暴力でしか何も成し遂げれない、害悪や存在なのかもしれぬな。なんの生産性もない、誰も幸せにできない、そんな人生を二度も送った」
「…………」
「儂は………私は日本という東にある国で生まれた。そこには多種多様の種族の人間などおらず、人族だけの国だった。魔獣なんかいない、爆撃熊みたいなテロもほとんどない、実に平和な場所だ。そこでは発展した科学力に加えて、ほとんどの人間は衣食住が確立してて誰もがみな幸せに暮らしていた。私もその中の一人"だった"」
「そうか」
「私は小学校の頃はただの小学生だった。友達と毎日外で遊んで、勉強はそこそこして、ゲームはその時あんまりしなかったかな。とにかくそこが一番幸せのピークだったかもしれない」
「うん」
「中学時代、影響されやすかった私はアニメやゲームにドハマりした途端、厨二病を拗らせた。別に怪我なんかしてないのに指に包帯巻いてみたり、SNSで変なこと呟いてみたり、学校に行かないことがカッコイイなんて思って学校サボってみたり………穴があったらロシアの超深度掘削抗に入りたい………」
「う、うん?」
アニメってなんだ、SNSってなんだ、ろしあってどこ?カツジの知らないワードがどんどんと出てくるが、それでも真摯に鬼神に向き合う。鬼神は立つのが疲れたのか、あぐらをかいて座り、ずっと下をうつむいたまんま話す。
「親には申し訳なかった。こんな子供になっちまって、さぞ辛かったろうなと思うよ………高校に上がってからは、極力誰とも会話しない方がいいと悟った私は友達を作らなかった。別にまだ厨二病を拗らせていた訳じゃない、自分は喋ってたら変なことを言ってしまうからあんまり喋んない方が良いなって思っただけさ。またあの目を向けられるのが怖かった……自業自得なんだけどね。いつしか、会話って言うのを忘れてしまった。親とも話さなくなったし、コンビニ店員とは首を縦に振るか横に振るかで会話してた」
「――――」
「なんやかんやあって、こっちの世界に来て、ふざけんなって思ったよ。頼れる人なんていない、衣食住なんかありゃしない、オマケにその時代は鬼は迫害を受けてるときた………クソゲーだったよ。でも諦めなかった、二回目の死なんてゴメンだ。その一身で強くなって強くなって強くなって強くなって………いつの間にか人じゃなくなってた。文字通り、身も心も」
鬼神には鬼神なりの努力と葛藤があったのだろう。それはそれは何千年という途方もない時間の中で、苦しみと挫折を繰り返してきたのだろう。
「そっからは楽しかったよ………いや楽だったって言った方が正確かな。人と一から関係を築かなくても、暴力で支配できる。心を鷲掴みにできる。誰も私を馬鹿にしない、誰も私に刃向かえない、誰も私には敵わない!そっからだろうな、お前が言うような怪物になったのはな」
「……………そうか」
「以上じゃ。儂から話すことは何もない。ゴミみたいな人生を歩んだ鬼の話を聞いてどうだ?同情するか?それもいいじゃろう。軽蔑するか?それもいいじゃろう。儂はそういう人間なのじゃからな」
カツジは軽く息を吸った。この精神世界で空気があるのか分からないが、とりあえず心の中を整理する。
「別にこんなことするつもりで言ったわけじゃあないんだけどさ」
「あ?」
一歩、一歩、足音を立てて鬼神の顔面スレスレのところまで近づく。そして次の瞬間、パァン!と銃声を思わせるような音が二人しかいない世界に響き渡る。
「…………何のつもりじゃ」
「何って、平手打ちだけど。目は覚めたか?」
「違うそうじゃない。何のつもりじゃ!」
「―――まずお前に言いたいことがある!お前はどうしようもない奴だよ!あぁアホくさ!確かに何の生産性もないな!それならまだ飯食って糞して寝るだけのプー太郎の方がマシかもな!!」
これでもかという程の罵詈雑言を浴びせる。鬼神は憤慨して突っかかってる訳でもなく、「そうだよ!」と叫んで笑う。
「―――――けど、お前は悪人なんかじゃない。お前の人生は、誇れる物だ」
「―――――は?」
久しぶりに脳の血管がはち切れた。ふつふつと沸く、誰に向けているのか分からない怒りを暴発させ、憤る
「笑わせるな。この世の全ての力の象徴?鬼の中の鬼?っは。そんなのは所詮人間共が勝手に言ってるだけの理想像でしかない!儂を見ろ!この醜く腐った儂を!!人を幸せにす術なんて知らない、人を愛する術なんて知らない、誰かから受ける愛など、忘れた!力なんて百害あって一利無しじゃ。あったって、使い方を間違えればこうなる。儂はあの時………5000年前に、いや、こんな世界に生まれてこなければ良かったんじゃ………」
見合った器がなければ、力という水は溢れだしこぼれた水は全てを蹂躙して、焼け野原にする。何も残らない。
ただの人間でありたかった。別に特別な存在じゃなくてもいい。友達と美味しいもの食べにいったり、いっちょ前に青春したり、バイトしてみたり、恋をしてみたり、社会人になって働いてみたり、自分の稼いだお金で旅行してみたり………そんな人生を歩みたかった。
どこで道を踏み間違えた?何をすればやり直せる?
「いいから聞け!」
「むぎゅ」
カツジは全く同じ顔をした相手の顔の量頬を手で挟む。
「人を愛する術なんて知らない、だの、後悔した、だの。ごちゃごちゃうるせぇよ過ぎた話だろうが」
「貴様に儂の何が……!」
「お前は生きてる。つまり未来がある。それだけで十分だろ」
両手で顔をサンドイッチされたまんまの鬼神は口を開き頭の上にハテナマークを浮かべたまんま固まった。カツジは深いため息をついて、「やれやれ」と首を振る。
カツジは「いいか?」と鬼神の額に指を押しつけて、
「醜く腐った?土に帰れば綺麗になるさ。人を幸せにする術を知らない?俺だって知らねぇよ。人を愛する術を知らない?俺が教えてやるよ。人の愛を忘れた?俺が思い出させてやる」
「―――――」
「お前は生きてる。こうして5000年の時を経て俺に辿り着いた。未来があるんだ。なら話は簡単だ。やり直せばいい」
「そんな、だって、儂は」
「たくさん人を傷つけたのなら、たくさん人を救え。たくさん後悔したなら、後悔しない方法を探せ。人に愛されたいなら、俺達がいる。そうやってやり直して更生した後で、謝るべき人達に地面に頭擦りつけて謝れ」
「そんなことで、儂が許されるとでも……」
「なら俺も一緒に謝ってやる。認めたくないけど、運命共同体だからな。お前の責任は、俺の責任だ」
馬鹿げている、と鬼神は首を横に振った。自分の業は、罪は自分がよく知っている。たとえ今から善行を積み重ねからって、地獄の閻魔様に情などない。たくさん人達を恐怖で縛り付けた、たくさん人達を傷つけた。決して許される所業ではない。
一生、死ぬまで、この罪は自分のちっちゃな背中にのしかかる。
「なら逆に聞くけどさ。お前なんであの日の夜にエルザを助けたんだよ」
「……………は」
「聞いたぞ。エルザに人殺しになって欲しくないから、止めたって話。それに、街を襲った爆撃熊を追い払ったんだろ。アブって子を救ったんだろ。それってさ、お前の中の善性がやったことなんじゃないか?誰かが不幸になって欲しくないから」
「―――――っ」
「ならできるさ、きっと。お前は一人じゃない、俺がいる、俺達がついてる。エルザだって、アキレスだって、巴だって、ゴウキだって、お前の味方だ」
「……………」
「それによ。お前は本当に独りなのか?5000年前にお前を支えてくれた人とかは、本当にいなかったのか?」
口は悪いが面倒見のいい部下。顔を合わせる度に喧嘩する悪友。自分に狂気染みた好意を向けてきた女。一緒に酒を飲み明かした神々。最後まで親切にしてくれたお偉いさん。色んな、色んな、色んな人がいて―――――
カツジに言われて初めて、思い出した。自分は決して、独りでは無かった。それを自分は、勝手に勘違いして、勝手に結論づけて、見向きもせず、一人で独走し、荒れ地を作り続け…………。
けど、けど、あいつらはあの日に―――――――
「…………許されるのか?儂は、やり直せるのか?」
「それを決めるのは俺じゃないがな」
今までずっと一人だと思っていた。理解されることはなく、過去のしがらみに縛られて、罪という檻に閉じ込められて生涯を過ごすと思っていた。
エルザと話して楽しかった。巴にありがとうと言われて嬉しかった。アキレスと競って心が踊った。
あぁ、そうか。まだ私には『人間』が残っていたのか。
これは、贖罪の物語だ。生まれ変わるための、胸を張って生きるための、二人だけの、物語。
「なればいいさ、人々がいう鬼神の理想像に。そして他の四大超越神に自慢してやろうぜ、『儂はここまでやってやったぞ!』てな!」
下手くそなウインクをしてニカッと笑う。思わず鬼神も吹き出した。
「言ったな小僧。なら、お主を信じよう。付き合ってもらうぞ、この長旅に」
「約束は守る主義だ。あぁ、もちろんだ。俺が真人間に戻してやるよ。お前が自分から、自分の人生を誇れるようになるまでな」
「かかっ!よく言うわい。ならばこの鬼神ミオ、全身全霊を尽くして貴様の力になろう。だから、お主も儂のことを頼むぞ?」
「あぁ、真人間マニュアルその1!まずは持ちつ持たれつを覚えよ!」
「しっかりと胸に刻むとするかの」
空間にヒビが入る。割れたガラスみたいに空が剥がれ落ちて世界が白い光に照らされて包まれる。
意識はどんどん遠くなって、遠くなって――――――
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アルクは目をパチパチさせていた。
一体急にどうしたんだ。何を言ったかは分からないが突然大声で叫んだと思ったら、ピクリとも動かなくなった。
「あれかな、動物が死ぬ時にギャオオオって断末魔を上げて死ぬ時のあれかな。んーでもまだ息はあるんだよなー、虫の息だけど」
一分ほど距離を置き観察してみたが、これ以上動く気配は無さそうだ。よし、ならばやることは一つっしょ。
アルクはヌンチャクをブンブンと振り回し大気を震わせる。風がなびいてカツジの髪の毛がふわりと揺れる。
「一撃で殺してあげる。せめてもの慈悲だよ…………」
唇を舌を湿らす。この瞬間が気持ち良い、何年賊をやっていてもこの感覚だけはいつも新鮮に、鮮明に感じる。命の灯火を自分の吐息で消し去る瞬間、弱肉強食のこの世を表したような、なんとも言えない感覚に襲われる。
「久しぶりに楽しかったよ。きっと君のことは忘れないさ」
ブホォン!!と空気が爆ぜた。
重い鉄心が詰め込まれたヌンチャクは地面を砕き、少年の体は呆気なく肉の塊になる。
――――はずだった。
「あ?」
驚愕の表情を浮かべたのはアルクの方だった。降ろそうとした片腕が、無い。切り株みたいに綺麗な断面で着られた片腕は、クルクルと空を舞う。
そしてその腕は何者かによってキャッチされた。
「流石の爆撃熊さんも、片腕は惜しいか?」
「―――――何者だ!!」
少年、否。一人の少年と鬼神は、だんっ!と床を踏み、手の平を広げて歌舞伎の見得のようなポーズをする。
ニカッと八重歯を見せて笑い、こう名乗った。
「鬼神ミオ。お主を倒して、第二の人生の第一歩とさせていただく。覚悟はいいか。最終ラウンド、開始じゃ!!」




