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43  地獄のカウントダウン開始


 ――――視界が悪い。頭から垂れている紅い、紅い液体が目を覆っている。なんだこれは。まるで鉄分を含んだ、妙に生ぬるい液体………うん、血だ。血だなこれ。


 これ俺の血?


 うずくまるように頭を抱え出血を止めようとする。たが滴る血は留まることを知らずどんどんとカツジの体から抜け落ちていく。


 何があった思い出せない。記憶と記憶の繋ぎが曖昧で、時間でも吹っ飛ばされたかのようだ。



「ちょっと本気だしたらこれだよ、がっかりだなぁ………と不満そうに唇を尖らせてみる。ほら、立ってよ。と言っても無理な話か」


「―――――」



 悪い視界の中、目の前の敵を睨みつける。そうだ、俺はあの後――――――








「よし、辿り着いた。………どうやら、侵入者はまだ来てないようだな。おい、お前」


「へい!何でしょう?」



 完全に子分に成りきって返事をする。単純にこいつが馬鹿なのか、それとも隠されたカツジの劇的才能が開花したのか。分からんが完全に目の前の男はカツジを仲間だと信じている。



「一応だが、俺は中の確認してくる。お前は怪しい奴がいねぇかここで見張ってろ。いいか、鼠一匹逃がすな」


「了解です兄貴!」



 『目白鮫』の男は機械的なドアのロックにピピピと数字を撃ち込んでドアを開閉する。こんな厳重な扉は見たことがない。比較的都会のサクライでもここまで科学的な物はないだろう。


 この『目白鮫』独自の技術か、それとも協力関係である爆撃熊が作ったのか。分からないが、謎の科学者的なのがいる可能性は大だろう。



 カツジはドアが閉まりきる前にヒョイっと入り込む。中はだだっ広い空間に、壁には何個もの鉄製のタンスがあった。一つ一つに何だかゲテモノ臭がする名前の名札が張られている。



「よし、よし、大丈夫そうだな。荒らされた形跡はない、戻るかぐぁ!?」


「…………不意打ちは少し卑怯だったかな……?」


『戦場に卑怯もクソもあるか。さっさと目的を果たせ』


「お前は相変わらず………」



 呆れたため息をつき、変装していたブカブカの黒スーツを脱ぎ捨てる。引き出しの壁を眺め、『ハザードギブン089』と書かれた名札を探す。



「えーと、えーと、これか。他のよりデカいな。むむむ、鍵が……冷静に考えると当たり前か」


『内側から爆破すればいい』


「もしかしたら、特効薬が入ってるかも知れねぇんだぞ。そんなハイリスクなことできるか馬鹿」


『毎回毎回思うのじゃが、馬鹿馬鹿言い過ぎじゃない?もう少し神たる儂を敬え!』


「うるせぇ神だったらもう少しマシな提案をしろ。この能なしが」


『ななななななな、の、能なしじゃと………?この儂が!?貴様、ここまで来れたのが誰のお陰だと―――――』


 脳内でごちゃごちゃと喚くクソ馬鹿鬼神をスルーしどうにかして開けれないかと試行錯誤する。



「うーん。あ、そうだ。こんな時の『魔刃』だよ『魔刃』!扉だけを切るように浅めにと…………はぁ!」



 ザンッ!!と。

 ロッカーのような引き出しの扉を真っ二つにする。中を覗くとカツジが以前拾った『ハザードギブン089』と同じ見た目をした砂利のような粉が大量に入っていた。




「そしてお目当ての…………これ!きっとこれだ!」




 奥を漁っていくと、ゴムキャップで蓋をされた青い液体の入っている試験管を見つけた。裏にはご丁寧に『特効薬』と書かれているのですぐに分かった。案外マメな奴らなのかな?


 目的は達成した。後はこの全ての元凶である薬を消去し、セトと合流するだけだ。



「――――そう、スムーズに行きたかったんだがそうもいかないか。出てこいよ、いるんだろ。爆撃熊」



 カツジはスッと懐に特効薬をしまい、木刀を引き抜いて背後見た。カツカツと足音が聞こえる。関心したように口を開いてヒョイと現れたのはやはり、あの時カツジを瀕死に追いやった爆撃熊の青年だった。



「気付いてたのかー、ふむ関心関心………と腕を組み首を縦に振ってみる。君、どうやってここまで来たの?なーんてくだらない質問よりも気になるんだけど。――――何故生きている?」


「生命線が長いことで定評のあるカツジさんだ。そう簡単にお前らみたいなやつにられてたまるかよ」


「ふうん、ほお、へえ。んじゃ殺すけどこんどこそ今のが遺言ってことでいいんだよな?」



 黒いマントをバサリと翻し、両手の指をポキポキと鳴らして戦闘態勢に入る爆撃熊の男ことアルク。カツジは深く息を吸い、カッと目を見開いた。

 


「鬼神、頼んだ!!」


『断る』


「は?」




 何を言っているんだこいつは。カツジはあくまで冷静な判断をしただけだ。カツジでは奴には勝てない。前回の戦いでカツジはぼろ負けした。分かっていて勝てない戦いに挑むほど馬鹿ではない。


 勝てるとしたら、それは実力だけは本物の鬼神に頼るしかない。


 鬼神もそれを重々承知しているはずだ。何を今になって―――――



「ヒャッハー」


「くっ!!」


「相変わらず回避だけは一人前だね。だけど、それがどこまで続くかな?」


「おい、テメェ!!何言ってんだ!!動機は違うとはいえ、お前もこいつをぶっ飛ばしたいはずだろ!?」


『――――――能なしで使えない鬼神は、何もできませんよーだ。儂なんてどうせ、歴史の陰に埋もれて蔑まされるだけの存在ですよーだ。ふん』


「なっ…………!?!?」



 こいつ、まだ根に持っていたのか!?こんな時に、子供みたいなこと言いやがってそれでも何千年も生きている鬼神かよ!?


 何度も鬼神に呼びかける。が、鬼神からの反応はない。というか、繋がりをあいつから切断された。これでは話しかけても奴の耳に届くことは無い。



 カツジはため息と舌打ちを同時に行う。



「やるしか、ないのか………?」


「そのつもりで来たんじゃないの?」




 ゾワリ、と身震いする。

 決して戦いに対する武者震いではなく、むしろその逆。恐怖だ。一度殺されたと言っても同然の相手を目の前にして、足がすくむ。


 鬼神の協力は望めない。ここは、特効薬だけを持ってセトと合流し撤退するか………?



 いや、駄目だ。そもそもそこまで辿り着ける確率は低いし、セトをそんな危険な目に合わせることなんてできない。


 ここでカツジがなんとか奴を押さえ込まなければ、全滅だ。



「君には期待してるんだよ?無事にここを生きて出る為にはやるしかないんだ、それぐらい分かってるでしょ?」


「重々承知してるよ………だからやなんだ。俺は別に世界を救う勇者でもないし、特別才能を持つ人間でもない。――――けど」

  

「けど?」


「お前には負けてやんねー。死んだとしても、セトを助ける。そう、約束したから」


「ヒューカッコイイね。その威勢がどこまで続くか、見物だ、ねッッ!!」




 アルクはドバッ!!と前脚を踏み出し、高速で突っ込んでくる。アルクの闘い方は突撃、距離を置いてまた突撃のヒットアンドアウェイ戦法に近い。


 奴の高速のスピードとパワーを最大限利用してる、理にかなった戦法だ。だが、この手の戦法には弱点がある。



(ギリギリまで距離を詰めて…………ここ!)

「『爆』!!」



 答えは簡単。一定のリズムを崩してやること。突然の出来事に、百戦錬磨のアルクも隙を見せるはずだ。



 カツジは煙幕まで突っ走る。木刀を鞘に収めるようにして、居合い切りを放つ。



「うおっ?」


「そこだぁっ!!」



 煙幕を切り払いながら、微かだがアルクに傷を与える。リズムを崩されたアルクは咄嗟に後方へ下がるが、



「オラァ!!」


「っつ、危な」



 唯一の武器である木刀を投げ飛ばし、回復の隙を与えさせない。木刀に怯み、隙を見せたアルクにカツジは両の拳を握り締め彼の懐に潜り込む。



「やぁあ!はぁ!てぇああ!!」



 アッパー、ストレート、回し蹴りと。カツジが持てるあらゆる肉弾術を行使する。



「――――ッ!?」



 アルクの2本の指が、戦い中の礼儀という物を完全に無視してカツジの両の目玉に狙いを定める。間一髪で頭を下げる。迎撃を試みるアルクだが、カツジは頭を下げた反動を利用してそのまま弧を描くように足払いをする。



「避けれるんだなぁ、これが………と口笛を吹いて余裕をかましてみる」


「上に逃げたのが運の尽きだったなぁ!!『爆』ッッ!!」


「ひょ?」



 ドガゴッッ!!!と。

 近くにいれば鼓膜が破れること間違い無しの爆音が響き渡る。


 そして、ケホケホと咳払いをするアルクに渾身の一撃を叩き込んだ。



「るるるらぁ!!!」


「ぐほっ!!?」


 だんっ!!と鈍い音が炸裂する。

 綺麗に顔面ストレート食らい派手に引き出しの壁に突っ込むアルク。


 

「いって………!手がヒリヒリする……こんな思いっきり人を殴ったのは初めてだ」

 

「ふーん、意外。そんな強いのに人を殴ったことが無いなんて。随分優しいんだね」


「俺が優しいんじゃなくて、殴る必要のない奴らが周りにいるからな。俺は幸せ者だよ。……お前を除いてな」


「それは、羨ましいね。こちとら人を殺したり悪事を働くのが仕事なもんでね。生まれもスラム街だから、そんな平和ボケしてる輩には会ったことないかな…………と改めて感じる自分の劣悪環境にため息をついてみる」



 ぴょんと跳ね起きしてパンパンとホコリを払うアルク。その表情には殴られたことへの怒りは無く、むしろ良い好敵手にでも出会ったかのように目をキラキラさせていた。



「それは不幸だな。大切な仲間がいるのって、素敵だぜ?」


「そうなんだね。爆撃熊うちに仲間意識ってほぼ無いからさ。君を殺して帰ったらかしらの肩揉みでもしてやるかな。そして遊んでもらおっと」



 バサッとアルクは黒マントを脱ぎ捨て、その肌を露わにする。腰の後ろにはゴロゴロと物騒な武器達が備わっており、スッとその中の一つを抜き取る。



 カツジは顔をしかめる。彼が手にしたのは、



「ぬん、ちゃく?」


「よく知ってるね。結構マニアックな武器なんだけど、使いこなせたら便利なんだよ?」



 バフン!バフン!と大気が揺れる。アルクはぐるぐるとヌンチャクを回して手に馴染ませる。


 それは長い鎖で繋がったヌンチャクだった。手持ちの部分は

何の変哲も無い黒く塗られた物だったが、中にどっしりと重さが伝わってくる鉄心が無理矢理埋め込まれていた。


 冗談じゃないぞ。とカツジは心の中で呟いた。


 あんな重そうな物を真正面から食らえば遠心力も相まって相当の破壊力になる。少し掠っただけでも骨が砕けそうだ。



「そろそろ、本気でいくとするかな。第二ラウンドの始まりさ!!」


「くっ!!『ばk……


「遅い」



 ネットリとした発音を聞き取ったのを最後に、カツジに五感という物が消滅する。目に見えた時には既に、破壊力の塊がカツジの腹に激突し、激痛を感じた時には既にノーバウンドで壁を突き破り長い廊下に出ていた。



「がっ、アアアアアアアァァァ!?!?!?」



 イモムシみたいにくの字になっての垂れ回る。


 真っ白いキャンバスにバケツごとインクをぶちまけられるかのような衝撃。神経という神経がカツジの体に地獄を与える。



「はぁ、はぁ、あっ」



 呼吸が難しい。腹を押さえて血を流すだけしかできない。



「くくくく。まだまだ終わらないさ、れっつぱぁーりぃぃぃぃぃ!!!!」


「―――ッッ!?」



 筋肉に信号という名の鞭を叩きこみ、身を翻す。けられたのはいいものの、ドカンッ!と隕石が衝突したかのような衝撃に疲労困憊した体は突き倒され長い廊下を転がっていく。



 煙の中、悪魔はむくりとこちらを振り向き笑った。狩る側と狩られる側はもはや火を見るより明らか。カツジの全身の毛が逆立つ。本物の死がすぐそこまで迫っていることを本能で実感する。




「何発耐えれるか、数えてあげるよう。さあ、カウントダウン開始さ☆」





######






 あ、これ詰んだわ。


 勝ち目がなさ過ぎる。圧倒的暴力の津波がカツジの体を包み込んだ。アルクは残念そうに額に手を当てて、



「まさか、5発でダウンとは。10発くらいは耐えると思ったんだけどなー残念だなー」



 随分と、無茶を言う。一発であの威力だぞ?カツジならまだしも、ただの一般人があんなのを受けたら文字通り木っ端みじんになってグロテスクな肉の塊になるだけだ。



「けど、ここまで戦った君にはこのアルク、敬意を払うよ………と適当なポーズで敬意を見せる」



 最後まで人をおちょくりやがって。今すぐにでも度し難いこいつの醜悪さを小一時間、いや一日ぐらい使って教えてやりたいところだ。


 身体が動ければの話だが。



 ごめんな、セト。約束果たせなかったわ。



「そう言えばあのお嬢ちゃんはどうなったかなー。まだ生きてるか、それとも死んでるかな。それとも捕らわれて公の場では言えないあんなことやこんなこと、パンパンにゃんにゃんされてるかもしれないなー」


「―――――」

 


 一瞬、アルクが言ったような光景を想像した。

 ブチリィッ!!と脳の血管がはち切れたような気がした。



 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!何諦めてやがるカツジ!!それでも父ちゃんと母ちゃんが誇る鬼か、情けない!!


 カツジは知っている。悪徳の所業にいきどおり、踏みにじられた尊厳の仇を討つために立ち上がった少女の背中を知っている。己の正義を貫き通し、たった一人で吐き気を催す邪悪に立ち向かった少女の姿を知っている!


 彼女が夢見る光景を知っている!!


 助けになってやりたいと思った。彼女にとっては余計なお世話でしかないかもしれないけれども。


 父ちゃんが言っていた、たった一つの誓いすら立てない奴に己を語る資格はない。



 見せてやれよカツジ。俺の意地を。伝えろ、この怒りを。


「―――――来い」


 すうぅと息を吸い、動かない口を目一杯開いて、



「――――出て来い」



 内側に潜む神に語りかけるように、



「出て来いッッ!!!鬼神ィィィィィィィィィィん!!!」




 次の瞬間、意識が光に包まれて―――――

 


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