42 魔術と呪術の天才争い
―――そこに、いるはずのない少年だった。
髪は寝起きのようにボサボサで目つきは普段よりも寝不足気味だ。服も適当で『時間がありませんでした』感が凄い。
だが彼の佇まいは決して崩れない貴族の誇りを感じる。セトには余り分からない思想だが。
とにかくブラウス・ロン・クロウリーはそこに立っていた。クロウリーはセトをくまのできた目で見つめる。
「今そこから解放しますので、待ってください」
薄く張られた結界に手を当てる。
瞬間、パリン!とガラスが割れたような音が鳴り響き結界が崩れ落ちた。セトは何とか口を開こうとするが、
「――――く、あ」
「動かないで下さい。傷が酷いです。今回復を……」
「させると思いますか?」
シュン!と。
風を切り裂きながら道満の手の中にあった小刀が投げナイフのように飛んでくる。
「避けろ!」とセトは開かない口で言おうとする。だがクロウリーは向かってくる小刀を見つめながらも、不動の意思を見せた。
理由は明白だった。その顔には余裕がある。
小刀が彼らの目と鼻の先まで到達したと思ったら、突然空中で弾かれた。
「…………結界ですか。この一瞬で」
「ふ、結界なんていちいち張ってられるか。ただの魔圧バリアさ。僕を舐めないでくれ。所詮は二流の、ただ噛みついてるだけの魔術の分際で、よくもまぁ魔術に長けているなんて言えた物だ」
「おや?その台詞を聞いていたのなら早く瀕死のお嬢さんを助ければ良かったのでは?薄情ですね」
「貴族の世界で貸し借りは駆け引きだ。セト様には悪かったけど、タイミングを見計らせて貰った」
「これだから貴族は」とセトは心の中で思う。………しかし、助かったのは事実。クロウリーの回復魔術を受けながらゆっくりと息を吸う。
無惨に引き裂かれた肉体はみるみる修復されていく。出血した血液までは治せないので若干クラクラするが、それでも戦えないよりはマシだ。
「助かった。いつかこの借りは返してやるよいつかな」
「そうでなければ、助けた甲斐がないというものです」
「ちっ。…………一つ聞く、何故ここにいる。ここには誰にも知らせずに来たはずだが」
「人間が二人いれば秘密は漏れるものです。あの馬鹿がこんな時間にたたき起こしたせいでこちとら眠くて眠くてしょうが無いんですよぉ…………」
セトがアジトで準備を済ませている途中の出来事…………
ゴンゴン!
『……………んん?』
ゴンゴン!ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!
『うるっせぇよ!!今何時だと思っても…………あ?』
『夜中遅くに窓から失礼。突然じゃが、お主には今から働いて貰う』
『………はぁ?』
クロウリーは寝起きの間抜け面のまんま声を漏らした。カツジは反応を少し面白がりながら淡々と話す。
『「目白鮫」の拠点が分かったぞ。もう少し準備してからにしたかったのじゃが、事情が変わってな。お主の調査部隊がカタツムリぐらいのろのろしとるから人間の犠牲者が出てしまったわい』
『ちょちょ、ちょっと待て!?展開が早い、いくら天才の僕でも理解がまだクラウチングスタート中………』
『詳しいことはこの紙に書いとるから。あと、拒否権はないぞ?そしたらもれなく大貴族のセトちゃんのコネ使ってこの家、潰しちゃうぞ☆』
最後に聞き捨てならない脅迫をし窓を突き破って去って行った。クロウリーは今にも叫びたい気持ちを抑えながら机の上に置かれた手紙を読む。
『……………………………………』
ぐしゃり、と。
思わず紙を握り締め追撃に細切れになるまで引き裂き、不幸の怨念が籠もった叫び声を上げた。
『坊ちゃま!!どうされました!?』
『…………今すぐ!異薬の調査隊及び民間騎士を管理者の権限を持って動員させろ!父上は今出張中だから大丈夫だ!報酬なら僕が責任を持ってたんまりだすからって伝えておけ!!』
最近、ろくな目に遭ってない気がする。どこで風向きが変わったのだろうか。涙目になった顔をパジャマの袖で拭い準備に取り掛かった。
そして現在。
「オレ知らない………何それ。アイツ何やってんの?」
「こっちが知りたいですよそんなの。あいつが現れてからだ……僕の風向きが変わったのは!!鬱憤晴らしと介して二流、貴様に鉄槌を下す!!」
「―――――ふふふ」
「あ?」
吐き気も催す邪悪のような笑みだった。クロウリーは眉をひそめ、セトの顔は強張る。道満は神に祈り捧げるように両手を合わせ天へ向けた。
目を狂人のように充血させ、荒い息を吐きながら、
「―――なるほどぉ。あぁ神よ!!感謝します!!今夜は最高の日です。文字通り身を粉にして戦うヒロインのピンチに駆けつける王子様。素晴らしいシチュエーションです!この勝ち確展開をぶち壊して、絶望したあなた方二人の顔を想像すると………はぁ、はぁ、こ、興奮が………!!」
もはや耳を貸す価値すらない狂言だった。二対一、不利な状況でもなお自分の抑えられない殺人欲求は、噂に聞く爆撃熊の悪行を遙かに超えるドス黒さがあった。
「気持ちわりィなこいつやっぱ。………おい、クロウリー」
「何でしょうセト様」
「こいつをぶっ飛ばすぞ。そのあとはカツジをぶっ飛ばす」
「同感です。では……!!」
先手必勝。クロウリーは自らの魔力から氷の剣を精製する。ここにも譲れない天才のプライドがあるのか一つ一つの剣のデザインは見劣りするほど無駄に凝っていた。
「やれ」と合図するように上げた右腕を目の前のゲスに向けて降ろし、無数の氷剣が襲いかかる。
『――――――――ッ!!』
咆哮があった。
完全に空気になっていた炎の巨人、式神『炎天人』が道満の身を守るように二の腕で氷剣をなぎ払う。
ジュワァと氷が一斉に溶け、水蒸気が霧のように辺りを埋め尽くした。
「『炎天人』がいたことをお忘れですか?よりにもよって相性の悪い氷を…………いや、これは」
「遅ェ!!」
天才を自称するクロウリーらしからぬ行動。そこに違和感を覚えた瞬間には時既に遅し。水蒸気で身を隠し、暗殺者のように背後に回ったセトは大振りの一撃を食らわせる。
道満は紙一重で剣撃は避ける。が、体力を消耗しているとは思えないほど強烈な横蹴りが道満の横っ腹に突き刺さる。
「やっと一撃………!」
「見事!ですが甘いです!」
反撃に出た道満は空中に小さな円を、その中に星のマークを描き最後にそれをハンコを押すように手の平で押しつけ――――
次の瞬間だった。グジェリ、と。獣が雄叫びを上げながら獲物を食らうがごとく生々しい音が響き、道満の指が突然"捻じ切れ"宙を舞う。
「させないよ」
「―――ッ!?空間魔術………!?」
「対策ぐらいしなよ」
「ルルラァァ!!!」
「ゴハッ!?」
痛みを感じさせる前にセトの追撃が入った。溝うちを思いっきり膝で蹴られ壁まで吹っ飛んで行く。
血反吐が口から飛び出る。咳と血を手で押さえ込み、血で濡れた赤い手の平を見つめる。
「…………久しぶりに自身の血を見ました。ふむ、ふむふむふむ。―――悪く、ない。生きてるって感じがしてたぎります、たぎりますよぉぉぉ!!」
「………もう耳を貸すのも面倒くせェ。さっさとトドメを…………」
「――――お待ち下さいセト様。何か嫌な予感が………」
トドメを指しに行くセトをクロウリーは止めた。クロウリーは最近嫌なこと続きだったのもあり、嫌な予感がするとその前兆としてゾワリと背中を得体の知れない物が撫でる感覚に陥る。
クロウリーの予想は当たっていた。辺りを見渡すと、いつの間にか無数の紙札が二人を閉じ込めるように囲っていた。魔力では無い、未知数の膨大なエネルギーが肌を刺激する。
「久しぶりに殴られ蹴られで頭が冷えました。ので、ここは戦略的にいきましょう」
「なん、だ。これは――――」
「全テヲ飲ミ込ム天照大神、其ハ森羅万象、マタ其ハ原初ノ母――――――」
ゴニョゴニョと道満が何かを唱え始めた。魔術、ましてや呪術の腕などからっきしのセトであるが、これだけは言える。
早くここから離れなくては。
どうやらそれはクロウリーも同じらしく、急いで二人はその場を離れようとするが………
「――――灰スラ残サズ無ニ返サン。残念、タイムオーバーです☆」
ゴッッッワッ!!!と。
その瞬間少なくとも、セトとクロウリーの世界から音が消え、光が消え、そして―――――。
######
目を覚ますとそこは地獄でした。
燃えさかる大地。足を少しでも動かせばフライパンの上の目玉焼きのように焦げ、少しでも息を吸えば肺を焼こうと牙を剥く。
手に持っている相棒が今は鬱陶しいほどに熱い。砂漠にある露出した岩を触っている気分だ。
いるのは目を点にしたセトと、同じく固まっているクロウリー。そして、
『――――――ッ!!』
歓喜のような雄叫びを上げ、興奮を抑えきれずに体がうずいている炎の巨人のみ。
クロウリーは額の汗を拭いながら、
「遅かったか………」
『どうでしょう、私のとっておきは。これスッゴい疲れるんですよ』
「道満!!テメェどこにいやがる。姿を見せろ!!」
『その"世界"のどこを探そうが、私はどこにもいませんよ。そこは私達が住む世界とは切り離された世界、式神が住まう世界です。そしてそこはあなた達の目の前にいる式神の世界、彼の実家と言ってもいいでしょう』
なるほど、と少し納得してしまっている自分がいる。炎の巨人の名に恥じない、地獄の炎を体現したかのような世界。地下にあるはずのない太陽の光が世界を照らす。
生物が生きる環境ではない。まさしく、式神の為の世界。
「…………思ったんだが、式神ってそもそもなんだ?」
「僕もよく知りませせんが、いつぞやかに読んだ本によれば世界が生み出した概念や人々の無意識な思念体が集まってできた存在のようです。簡単に言えば…………世界の妖精、みたいな?」
「あんな鬼面の妖精見たくねェな…………」
自身の炎を更に燃やす炎の巨人を見ながら吐き捨てる。……だが、ここまでの話を聞くとかなりマズイ状況なのでは。なんてったってここはあの式神のホームグラウンド。いくら二対一とはいえ戦力差が大幅に広がってしまった。
姿の見えない道満はクスクスと笑いながら、
『では私は戦略的に、戦略的撤退に勤しむとします。それでは、頑張ってそこから抜け出して下さいね。チャオ☆』
「…………最後までふざけた喋り方しやがってあの野郎」
「腹が立つのは同感ですが、まず………奴をどうにかしないと話が始まりません」
セトは暴れたくてしょうがないガキ大将のように武者震いをする炎の巨人を睨みつける。
「まず、アイツには物理攻撃が効かねェ。炎の概念が形になった……ってことを聞くと納得だ。だが、逆を言えばだ」
「炎に効くものをぶつける………そうなりますね」
「オレは適当に奴の注意を惹いておく。その隙になんかしろ、命令だ」
「分かりましたよ。精々焼き殺されないように」
「うるせェ」
セトはジワジワと熱くなっていく愛剣を両手で持ち構える。すると、もう限界だと言わんばかりに闘争心と体を燃やす巨人が突っ込んでくる。
早い。先程のノロイ動きに比べると圧倒的に。やはり奴のホームグラウンドなのか能力も向上してるようだ。
「だが、避けれないほどじゃあねェ!」
燃える大地を両脚で蹴り横へ飛ぶ。「こっちだ化け物!」と大声を上げて出来るだけクロウリーから距離を離す。
炎、あるいは火は燃える物と酸素がないとそもそも存在が保てない。式神だからそういう物理法則に乗っ取っているのかは定かではないが、そうであると願う。
奴にも存在を確立させている物がある。そう仮定して考えると………
「道満の野郎がこいつを呼び出した時に使った札だよなァ………」
セトは走りながら呟く。少し前のことを思い出す。あの………『炎天人』だったか。あれはあの札を中心に、針金に粘土をつけるように炎が肉付けされていった。
恐らくあの札が『燃やす物』として成り立っているのだろう。呪術とかいう得体の知れない技術なら燃え尽きずに紙の形を保つことも可能だろう。
セトはキキーッ!と急ブレーキをかけくるりと180度回転し式神の方へ目線を向ける。狙いは中心。前足を踏み込み、槍投げの容量で…………
「ウラァ!!」
『――――――ッ!!』
「クソ、外したか!!だがクロウリー、見えたな!!」
「僕を誰だと思っているのですかセト様。天才の家計、ブラウス家ですよ。しっかりとこの眼鏡レンズの中に収まりました」
「なんか作戦は思いついたか!?」
「えぇ、とりあえずもう一回投げて下さい」
「ちっ!」
セトは舌打ちをして結構先に飛んだ愛剣を回収しにいく。だが、させまいと目の前に炎の巨人が立ち塞がり拳を振り下ろした。
グガン!!と炎の大地が砕け、砕け散った小石と砂埃で視界が悪くなる。次の瞬間、セトの胴体ほどの太さの腕が器用に小石をすり抜けセトの腹をぶち抜いた。
「ぎ、ぁっぐぁ!?」
もはや声にならない激痛だった。本日二度目の腹パン、大火傷を添えて。吹っ飛ばされた拍子に背中を焼ける大地につけてしまい、さらに深手を負う。
クソ!さっきまで獣みたいだったくせに突然知恵を働かせやがって!!
燃える地面から跳ね起きて、激痛を涙目で我慢しながら体制を立て直す。式神は依然として、宝を守る番人のようにセトの前に立ちはだかる。
次、また失敗したらこんどこそ命はない。奥には何らやら構えて準備をするクロウリーがいる。あいつなら最悪セトなしでも生きて帰れるだろうが………そんなバッドエンドは鼻から想像していない。
必ず生きて帰る。そしてまたあいつらと馬鹿なことをするんだ。なら、ここで意地を見せろ、セト!!
「ウオォォォォォォォォォォ!!!!!!」
『――――――――ッッ!!』
二匹の獣が叫ぶ。戦力差で言えばあっちの方が上。一対一でセトに勝ち目は無い。だが、決定的な差が存在した。
守る物があるか、ないかの違い。それが、セトの身体に力を与える。
巨人の攻撃をスライディングでくぐり抜け、そのまんま真っ直ぐ走る。突き刺さった愛剣を引き抜く。ジュウウと手の平が焼けるような音がしたが気にしない気にしない!!
――――こんどこそ勝つために。残る力全て振り絞って、
「クロウリィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
ライトニング・ボルグ
「……好機!!『電撃の必勝の槍』!!」
セトの投げたチェーンバッソーは炎天人の胴体に風穴を開ける。そこに見えたのは一つの紙札。クロウリーは歴戦のスナイパーのように狙いを定め、炎で塞がれる前に電撃の槍を放った。
『―――――――ッッ!!!!』
結果は命中。声にならない叫びを上げた巨人の最期と同時に世界が元に戻る。焼ける大地は畳に戻り、肺を焦がすような熱気は消え失せた。
「―――――かっ、た」
「おっと」
瞬間、バタリとセトの華奢な体が倒れ込む。安堵で意識が途絶えたのであろう。クロウリーの回復魔法で傷は治ったものの、体力自体は回復していないわけだから。
彼女の体を紳士的に受け止めたクロウリーは、一息ついてその場をに座り込む。
「あとぉは任せたぁよ。バカツジ」




