41 呪術師 阿修羅道満
阿修羅道満なる男は大陸の東にある閉ざされた国、『和国』でその生を受けた。彼はとある寺に住むお坊さんの息子で、幼い頃から修行に励んでいた。
呪術。
幼い頃から教えられてきたその秘術は彼の人生を大きく左右した。
呪術とは、和国を建設した『トクガワ』と呼ばれる男がこの地に伝えた摩訶不思議な術を、たまたま通りかかった『魔神』アナスタシオスが改良を重ねて編み出した魔術とは似て非なる超常現象。
彼のこの手の天才だった。15の歳を超えるには一流の呪術師になっていた。しかし、彼の過ごしてきた時間は退屈以外の何者でも無かった。
別に呪術に興味が無かった訳では無い。どちらかというと、呪術しか楽しみが無かった、と言った方が正しい。
和国はとにかく外の国の情報が少ない。鎖国により海外からの流通は無に等しく、巻物に記された情報でしか外の世界を知る術は無かった。
道満はある日父に懇願した。
『外の世界へ旅立ちたい』
無論、反対された。この国に古くからある寺の人間故に、国の方針には従順なのである。
まる一日、口喧嘩を交えついには寺を出て行ってしまった。
国を出る決心を固め、時間という時間をかけて国から飛び出すことに成功した。
そこからは刺激的な毎日だった。
まず言語が分からん。何を言っているかさっぱりだ!海外ではこの言語がどこの国でも一般的に使用されてるらしいが、和国は閉ざされた国。もちろん和国独自の言葉がある。
彼は彼なりに努力し海外の言葉をマスターした。
呪術を広めながら国から国を転々と巡った。そして広大な土地と資源が豊富な南の国、ギルガス王国にて運命の出会いが訪れる。
『お前か、巷で噂の呪術師とやらは』
『はい。恐らく……して、私になに………なっ!?ご老人、今、和国の言葉で』
『まぁまぁ落ち着け。俺はサイゴウっていうんだ。……なぁ、お前は和国出身らしいな。そんなお前に質問がある。束縛ってつまらねぇよな。不自由って不憫だよな。なぁ?』
『は?』
『俺は束縛ってのが大嫌いだった。ガキの頃からな。たが、国のトップは民に束縛を押しつける。理由はあったとしても俺はそれが我慢ならなかった。それは俺一人だけじゃ無かった。仲間を集めて、絆を固めて、国に挑んだが………見てのおとり、腕を切り落とされて脚もろくに動かねぇ。仲間は全員打ち首もしくは切腹。思い出すだけで寿命が縮みそうだ』
『……………何が言いたいのでしょう』
『『目白鮫』っつー組合を作ったんだ。もちろん、ただの資金集めの目的だがな。―――お前の目には俺と同じ物が宿っている。いっちょ、俺の復讐劇のお手伝いをしてくれねぇか?』
######
轟!!と青い火花が散る。
人の形に切った紙が道満の懐から虫の軍隊のようにうじゃうじゃと湧きセトに襲いかかる。
最初はただの紙切れ………と油断していた。セトの体に張り付いては小爆発を起こす。真っ二つに切っても分かれた紙から爆発する。
しかもホーミング機能付ときた。
「ぐっ!!」
「どうですか、我が呪術は。面白いでしょう?」
「研究対象としては興味はあるが、かじりたいとは思わねェな!呪術………噂には聞いていたがほんとに出会うとは思ってなかったぜ」
「関心はあるようで何より、ではもう少しスケールアップしましょう」
懐から道満の手の平よりも大きい紙札を取り出した。
記号魔術のようにも見えるが、線の配列が滅茶苦茶だ。これでは何も起こることはないただの紙切れに過ぎない。
しかしこいつは東洋より伝わる呪術の使い手。今度こそ油断はしなかった。
セトはゴクリと喉を鳴らし愛剣を構える。
「魔ヲ払イ業ヲ払ウ人ノ在リシ形司ル者、此処二顕現セリ。式神、炎天人!」
ブゥワッッ!!と紙切れが燃えだしたと思ったら、その炎はどんどんと膨れ上がっていく。やがてセト、ましてや術者である道満の背丈を超えるほどになり炎の巨人がそこに現れた。
セトは思わず絶句した。
「ふふふどうですか。式神ですよ。式神を呼び起こす術は基本誰でもできます。呪術において式神は呪術とは切り離せないいわばパートナーです。式神をどれだけより強く、より多く従えられるかで呪術師の度量が測れます。自慢ではありませんが、私ほどの一流になるとこの『炎天人』ぐらいは容易いのです」
「……………………」
「どうしました?先程までの威勢は。これを見て足が竦んでしまいましたか?別にそれを恥じることはありません。人は未知に遭遇したときに湧き出る感情、それは恐怖です。しかしそれを克服することが………
「ごちゃごちゃうるせェな。勘違いすんなただの武者震いだ。今すぐにでもその炎のデカ物を叩き切ってやるよ」
「…………ふふ、では見せて貰いましょうか」
エンジン音を吹かしセトは突撃する。式神だが炎だが知らないが、これほどの巨体だ。道満が操作するのか自律して動くのかは定かではないが、小回りはきかないはず。
ならば!
「ズバッと攻めて、バシッと切る!!」
『オオオオオ!!』
式神が雄叫びを上げ、セトの体ほどの太さがある腕を振り下ろした。
「遅い!!」
難なく避け、猛スピードで式神に懐に潜り込み、チェーンバッソーを振り上げる。
式神の右腕が根元から切り落とされる。だが、
(………なんだこの手応えの無さは)
次の瞬間だった。
根元から切り落とされた右腕は、ゴゴゴゴ!と油を注いだ火のように盛り、文字通り瞬きの間に再生した。
そして復活した豪腕がセトの体を容赦なく吹っ飛ばす。
「が、アァァァァァ!?!?」
熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!
拷問道具で焼きを入れられたように腹が式神の拳の形に焼ける。まるで奴隷の刻印のようだ。
熱さのあまり手で腹を抑えるが、逆に手が火傷した。
「はぁ、はぁ、あが!?」
「のんびり息を整えていると、第二波が来てしまいますよ。そーれ」
「!?。くっ!」
地獄にでも住んでそうな見た目の式神の遅くとも強力な一撃が飛んでくる。セトは畳の上をを転がるようにして横に避けた。
苦しそうに息を荒げているセトを見てニヤニヤしている道満の顔を見ていると腹の底から言ってやりたい。
「ぜってぇぶっ潰すッッ!!」
「ふふふふふふ、ふふふふふふ!大声を出せるほどの余力は残っていて何より。私のパーフェクト呪術教室はまだ始まったばかりなのです。さて、話は変わりますが我が生徒セト君」
「だ・れ・が・せ・い・と・だ!!あとなんでオレの名前知ってんだよ!名乗った覚えねェぞ」
「秘密です☆本題に戻りましょう。あなたもご存じの通り、入り口の結界を張ったのは私です。私、知らない物があるととことん知りたくなる質でしてね。呪術以外にも魔術も学んでいるのですよ。呪術とは、魔術とは似て非なる存在。自身の魔力ではなくこの星そのものからの、地脈、龍脈などからエネルギーを吸い上げて行使します」
「突然何を言い出すかと思えば、なんだよ?まさか呪術と魔術の合体攻撃とか言い出すんじゃねェだろうな」
「花丸をあげます。流石優等生セトちゃん!」
「………………は?」
嫌な予感がする。道満が懐から小さな小刀を取り出す。柄の先端には赤い動物の毛がくっついてた。鞘から刀身を抜き出し、刃をペロリと舐める。
次の瞬間だった。シュ、シュ、シュシュシュシュシュシュ!!!と。
道満が持っている小刀と全く同じ物が何個も何個も虚空から生み出され、セトの頭上を覆い隠す。
「魔術は空気や水、炎といった自然界にある五大元素を生み出すのが主な特徴です。しかし呪術はその逆。主に人が生み出した物、概念、思想などを現実に起こすのが特徴です。これは呪具と呼ばれる物でしてね。ただの小刀に人の怨念だったり思念体とかが集まった特殊な礼装です。呪具は呪術師の戦闘において式神とはまた違ったサポートをしてくれます。例えば、こんな風に少し私が手を加えるだけで何個も複製できちゃうんですよ。えい☆」
「くそ!!」
ふざけた調子で道満が指を折り曲げ下へ向ける。複製された武器たちは一斉にセトの方へ刀身を向け、雨のように襲いかかる。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「いくらもつでしょうかね。ほらがーんばれ、がーんばれ」
愛剣を振り回し凶器の雨を捌くが、
「っが!?―――足!?」
「ふふふ、ふふふ!よくご覧なさい」
「これは……結界?」
目を細めて空を見る。
セトを中心に半径3メートルほどの半円状の結界が張られていた。セトが跳ね返した小刀は結界に跳ね返され、あらぬ方向からまたセトにその刃を向ける。
捌いても捌いても終わらない、地獄の鳥籠。これではもはやセトの技量とか関係なくどうしようもない。
「うおおおおおおお!!!!」
「そんなに叫んでも無駄な足掻きにしかなりませんよ。先程述べた通り、私は魔術の扱いも長けてましてね。その中でも、結界魔術は得意で、複製呪術と結界の掛け合わせにより作られた我が奥義が一つ『剣製の鳥籠』。とくと味わってください」
「うぐ、がっ、あぁ!?」
肩に、ももに、二の腕に。
少女の細い体に刃は容赦なく突き刺さる。捌いても捌いても結界で跳ね返り戻ってくる。そもそも、セトが持っている振動殺戮剣チェーンバッソーは両手で担いで振り回す武器であるため、目で反応できても体が追いつかない。
道満は檻の中に入れられた家畜を見るようにセトを嘲笑い、ただひたすらに彼女の足掻きを見つめる。
瞳の奥に、外道を宿して――――
「ふふふ、ふふふ、ふふふふふふ!!」
「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
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一つ、訂正をしておこう。
心の優しい人間だから、人を傷つけないというのはイコールではない。人徳者だって一人の人間だ。怒りだってあるし悲しみもあるし怨みもある。
目的の為ならば人殺しも厭わない人もいる。正義とは時に残酷である。
阿修羅道満は人徳者ではあった。それなりに曽として善行を重ねたつもりだし、そうあるべきだと父からも教わった。
旅の中で数々の出会いや別れを繰り返し、それらの数だけ物語もあった。だがそれらが必ずしもお伽話のようなハッピーエンドなお話だったとは限らない。
よかれと思って呪術を教えた。……だがそれは大量殺人鬼を生むきっかけになってしまった。
魔獣に襲われていた街を救おうと指揮を執った。……だが全て空回りに終わり、血の海と化した。
目の前で子供が死んだ。目の前でお世話になった老夫婦が死んだ。目の前で友人が死んだ。
地獄を見た。地獄を見た。地獄を―――見た。
正義感が生み出した悲劇ほど、心を摩擦させる物はない。
だが道満の精神は消して壊れなかった。………疲れ切っていたのは事実だが。10を超える死体を見る頃には、特に何も感じなくなっていった。
ある日のことだった。ナイフを持った通り魔が道満が歩く道の人間を数名刺した。もちろん、次の瞬間には道満にも刃が向けられた。
道満は特に焦ることなく自己防衛として呪術を行使した。だが、猿も木から落ちるというやつか誤って殺してしまったのだ。
その時、道満は呪術の本質を思い出した。
呪う術と書いて呪術。その本質は人が人を傷つけ殺すことだと気付いた。
なぜかって、こんなにも気持ちいいことだとは思わなかった。呪術が初めて、自分の役にたったと思えた。血の温もりが冷えた心を解凍する。冷えた死体が熱く煮えたぎった正義感を冷凍する。命を刈り取る背徳感が、この上なく快感だ!
例え過去に善行を行ってた人間だったとしても、一度悪の道に踏み入れば戻れない。善よりも悪の方がよっぽど楽で、気持ちいいことを知ってしまえば、殺人中毒者の完成だ。
幾度となく、あらゆる方法で、あらゆるシチュエーションで、あらゆる人間を殺していった。次はどんな方法で殺しをしようか。そんなことを、まるで今日の夕飯を考える主婦のような気軽さでのほほんと考えている時だった。
サイゴウと名乗った老人が現れた。最初は母国語で話しかけられたことに驚きを隠せなかったが、今となってはそんなことどうでもいい。
彼が次にした台詞。復讐と。
別に、道満自体和国のことなんかどうでも良かった。改革を起こそうだとか、新しい政治をつくるだとか、興味がない。
だが彼は老人の提案に乗った。それは後の権力だとか財産だとかではない。買い物リストに書いていたのに、家に帰ってきて忘れたことに気付いた時のように、
『国単位の殺戮は、やったことが無かったな。それと、せっかく実家に帰るのだから親殺しもしてみたいな。復讐……も興味があるかも』
ただそれだけの、理由だった。
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一方で、だ。
白スーツの男が慌てた様子で木材で作られた廊下を走る。床には焦げた後があって、炭の臭いと焦げ臭い臭いが同時に鼻についた。
男は無惨にも廊下に倒れている仲間達を見て驚愕した。
「おい、テメェら!大丈夫か!!侵入者は!!………おい、お前。意識はあるか?」
近くにいた何だか服が妙にブカブカな仲間の肩を揺さぶり声を掛ける。
「ううう………はい、大丈夫です。そんなことよりも、早く侵入者を追い掛けないと。きっとあっし達の大切な保管庫へ行ったはずです……」
「そ、そうか。目立った傷は無いようだな。ここの奴らの対処はお前に任せてもいいか。えーと」
「………………………………」
「………………………………」
二人は互いに顔を見合わせ沈黙する。白スーツは何を言ってるかさっぱり分からないとんちを言われたときのように目ん玉を上方向へキョロキョロさせ、数秒ほど唸る。
「お前、誰だっけ?てかお前みたいな奴うちにいたっけ」
「……………………………」
「……………………………」
「なぁ。おi
「や、やだなぁー!ああ、あっしはむむ昔からこの『目白鮫』にいる仲間じゃないですかー!兄貴も人が悪いなぁ!!ほら、そんなことよりも侵入者を捕らえるほうが先ですよ!ほら、行って!はよ行ってくれ!」
「え?あぁ、うん。わ、分かった………。嘘だろ、俺忘れてたかな……後で謝っとこ」
白スーツはブツブツと言いながらその場を去って行った。
「………………行ったか?」
『見失う前に早く後をつけるのじゃ。そらいけ』
「了解。よっこいしょ」
ブカブカの黒スーツを脱ぎ捨ててカツジはこっそりと白スーツの後をつける。
緊張で出た汗を拭いながら、解せない顔をして口の中で呟く。
「最初お前から聞いた時はアホかと思ったけど、案外なんとかなったな………。ここの奴らってやっぱ馬鹿なのか?にしては隠蔽能力が高かったけど」
『さぁな。恐らく、頭の切れるいい指揮者がいるのじゃろう。こいつらはただそれに従っていただけでこいつらは案外たいしたことないのかもしれぬな。そんなことより、どうじゃ儂の完璧な作戦は!』
「あーはいはい凄いですね」
棒読みで適当に流す。このまま行けば目的地である保管庫に辿り着き、特効薬を盗んで薬を抹消するだけだが。
『………なんじゃ、気難しい顔をして』
「いや、セトのやつが大丈夫か気になってよ。………確かに強いとは言っても女の子だ。一人にしておけない」
『まぁあの小娘一人だけじゃと死ぬだろうな。強いとは言っても、多腕族の小僧とどっこいどっこい、侍の娘以下じゃ』
「な―――」
一瞬、歩みが止まった。
今すぐにでも彼女の元へ戻って力になりたい。特効薬が手に入っても彼女がいなければ彼女の帰りを待つ彼らはどうなる。
『おい、立ち止まるな。それ以上は小娘に対する侮辱になるぞ』
「――――分かってる」
息を飲み、再び進み始めた。
信じる。カツジのことを信じてくれた彼女のことを信じる。きっと無事でいてくれることを。だからカツジも役目を果たそう。
『(…………やはり、助っ人を呼んでおいて正解じゃったな)』
######
薄い膜が張られた結界の中。
5分もしない内に、膝が折り曲げられ地に屈した。
少女の体には無数の穴が空いて、そこから深紅の液体がどぼどぼとこぼれ落ちる。
セト・ルビロン・オケアノスなる少女は呆気なくゲスの手によって敗れた。
「――――――」
「ふふふ、ふふふ、ふふふふふふ!!!あ・あ・す・ば・ら・し・い!!素晴らしいですよ少女よ!!『剣製の鳥籠』にここまで耐えるとは思ってもいませんでしたよ!!そして敗れてなお私を睨みつける憎悪と嫌悪のある瞳。あぁ、あぁ!興奮してきましたねぇ。たぎりますよ!!このいたいけない少女の命の灯火を我が吐息で消したとき、また新たな快感が私を包み込んでくれる!やはり殺しはこうでなくては何が起こるか分からないそれがいいッッ!!」
それを見て一人でベラベラと喋る変態がいた。
セトは「死ね」と言ってやりたかったが、口が動かない。筋肉がピクリとも動かない。―――動けない。
セトは敗れた。生殺与奪の権をゲスの極みのような怪物に明け渡してしまった。
「ふふふ。では、時間的に早速遅めのディナータイムもしくは早すぎる朝食といきまっしょい!!」
道満がペロリと唇を舐める。
近づいてくる。―――決定的な死が。逃げられない、動けない、立ち向かえない。何回も何回も打ちのめされる、自分の非力さに。
(お前ら………すまねぇ)
「では、さようなr
「させない」
ゴッガッッ!!!と。
虚構から落雷が落ちてきた。比喩ではなく文字通り。
道満は咄嗟に後方へ退避し、眉をひそめる。
「…………何者でしょう?」
「そぉれはこっちのぉ、セリフだわボケが。こんな時間にたたき起こしてくれちゃってぇどぉしてくれるわけぇ?」
「―――――お、前」
「こんばんは。月が綺麗ですね見えないけど。ブラウス・ロン・クロウリー。セト様の為、ここに参上いたしました。はぁ………眠いぃ」




