5 鬼神と名乗る少年
鬼神と、少年は名乗った。
「鬼神?鬼神ってあの鬼神ミオのことか?このガキ頭が逝っちゃってるじゃねぇか?」
「油断するなレクレス、ありえないとはいえこのただならぬ覇気!只者ではない!!」
「おい、さっきからベラベラと。儂が質問してるんじゃ速く答えぬか。それとも聞こえなかったか?もう一度言うぞ、ここはどこで今は何年じゃ?」
「貴様、何者だ」
「質問を質問で返すな、次は無いぞ」
ランスとレクレスの背筋が凍る。睨まれただけで全身から力が抜ける感覚に陥る。汗が吹き出し、カタカタと両手は震える。
「……ここはピックル荒野、ラプラス町付近だ。そして今は西暦5002年だ。これでいいか?」
「すまぬな、んじゃ儂はこれで」
「おい待てぇ!!てめぇみてぇな奴をここから逃がすと思うかぁ!?」
「待てレクレス!奴を刺激するな!!」
「うっせぇ!!今ここであのガキを倒さないとヤバいってのが本能でビンビン感じるんだよ!!」
そう言ってレクレスは背を向けた少年に突撃する。最高速度を叩き出し両腕に巻きつけた剣で突き刺す。攻撃は命中、少年の腹に2つの刃が突き刺さった。
「避けもしねぇで馬鹿かてめぇは!!」
「………お、懐かしの物がこんなところに。よっこいしょ」
「おま……てめぇ、自分でその刀を……」
レクレスの刃が突き刺さった事など気にせず少年は自分の腹に刺さっていた彼の刀を抜く。刀身を空に上げ刃の具合をまじまじと見つめる。
「んーぜんぜんじゃな。まっ、持っといてそんなないじゃろう」
「お前、何なんだよ……!!」
「――――――――さっきからうるさいぞ、不快じゃ消えろ」
「レクレス、そいつから速く離れろ!!」
「うるさいのー、ほれ」
「――――――――あ?」
くるくるとレクレスの頭上を何かが回る。それは剣が巻きつけられていて人の右手のような……
「うぎ、アガァぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「レクレス!!」
「速くその下賤な腕を離せ馬鹿者」
「腕が、俺の腕が…………!?」
「お主らからはゲスの匂いしかしない。よってこのぐらいの処罰は目をつむれ」
レクレスの腕から血が噴水のように湧き出す。血が頭に登る、脳の血管がはちきれそうなぐらいの形相を浮かべレクレスは左の刃で少年を突き刺そうとする。
「こんのガキがぁぁぁぁぁ!!!」
「よせ!レクレスぅぅ!!」
たがレクレスの刃が少年に当たる前にガシッ!と首を掴まれ、持ち上げられる。見た目からは想像も出来ない力で首を締められ意識が遠のいていく。
「うるさいと何度言ったら分かるんじゃ人間。この儂にケンカを売ろうなんぞ100万年早いわ、文字通りな。そんなに死にたいなら閻魔様に合わせてやる。せいぜいどんな判決が下されるか楽しみにしとくんじゃな」
得体のしれない何かが少年の体を取り囲む。少年の腕に紋様が浮びあがり空間がこの世から切り離される。
ランスはそれを呆然と眺めるしか無かった。
「『閻魔炎天・炎柱』」
少年がそう口ずさんだ瞬間、とてつもない轟音が荒野の大地に鳴り響いた。
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ランスは走った。走って走って走って走って走って、走り続けた。あそこからどこまで離れたかも分からない、脚がパンパンになり動くだけで苦しい。だが今はあの存在から一分一秒、1センチ1ミリたりとも寄りたく無かった。
レクレスは死んだ。爆撃熊の中で仲間意識は薄い。だが今まで一緒にバディを組んでやっていたためあの時なにも思わなかったわけではなかった。
しかしランスには無理だった。あの驚異に恐怖に存在に、強さという文字が擬人化したような存在に戦いを挑むなどできるはずが無かった。
あの少年は自らを鬼神と名乗っていたが、あながち間違いではないのかもしれない。
身体に限界がきたのかランスはその場で立ち止まり手を膝につけ息を吐いた。ここまでくれば安心だろうか、速くお頭に報告しなければ。
少し休んでまた走り出そうとした瞬間、背後から何かが飛んできた。
「――――――――――くはっ」
それはランスの心臓を的確に貫いた。自分の胸元を見る、突き刺さっていた物はあの少年が持っていた刀と呼ばれる武器だった。まさかこの距離から投げ飛ばしたというのか?
まさに規格外、鬼神の名にふさわしい。ランスはその場に崩れ落ちる。
「ははっ」
何がおかしいのか分からなかったが何故か笑みが浮かんだ。
「ははっ、ははははははははははははははは!!!」
これが死。何気なく相手にしていた行為はこういうものだったのか。初めて申し訳ないという気持ちと死にたくないという気持ちを味わった。
暗く、落ちて、墜ちてゆく。
「ははっ―――――――――はは―――――――は、――――――――は」
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「んーなんか調子が悪いな、いつもの1000分の1ぐらいの威力しか出せんかった。依り代が良くなかったのかな?」
荒野にできた一つのクレーターの中心で少年はあぐらをかく。
座った状態で自分の体をペタペタと触る。
「なるほど、依り代は男か、それもガキじゃな。まぁいいとりあえず腹が減った」
腹を擦りながら呟く。すると誰かの声が聞こえてきた。
「………なんですかこのクレーターは。凄い音と火柱がさっきありましたけど、カツジさんは大丈夫でしょうか………増援の方々を呼んできましたよー!カツジさーん!!」
「なんじゃそこ小娘、儂に何かようか?それともさっきの下賤な奴らの仲間か?」
「その声は、か、カツジさん!!良かった、無事だったんですね!!爆撃熊はどうなったんですか?もしかしてやっつけちゃったんですか?」
「………さっきの奴らなら消したぞ、うるさかったのでな。ところで小娘、何か食べる物はもっとらぬか?儂は今馬刺しが食べたい」
「ば、ばさし?どうしたんですかカツジさん?頭に角もあるし口調も変ですよ?」
カツジ、とはこの依り代の名前だろうか。馬刺しが通じないとは何処の田舎もんだとカツジ(?)は首を傾げる。
この小娘はどうやらこの依り代の知り合いのようだ。なら、こき使う手はない。
「おい、この近くの……サクライ。さっき奴はサクライの近くと言ってたな、案内しろ。腹が減った」
「え?あの……サクライはまだ先」
「だーかーらー儂は腹が減ったんじゃ。腹が減りすぎると土地をぶっ壊しちゃうかもだから速く、ほら速く!!」
「は、はい!!(?)」
鬼神はサクライへと向かう。