36 再会の賊
敵を一言で表すなら、黒い。そう、黒いだ。
黒いマントで身を包んでいるのもそうだが、闇に完全に溶け込む隠密性、他人の首を刎ねることも厭わない思考、そこ場にいるだけで空気をどよんと重くする黒い覇気。
ぞわりと、だ。
カツジは気持ち悪い感触のする汗が背中に流れていることに気付く。この感触、この雰囲気、どこか、どこかで見て感じた気がする。
地震によって揺れるシャンデリアのように脚がガクガクと震える。その恐怖を唾と一緒に喉に流し込み、なんとか木刀を構える。
「みーたーなー。貴様には消えてもらおう………というテンプレセリフを吐いてみる。よく見つけたねそれ、ばら撒いた本人である僕も砂利とか小石とかと見分けつかねぇのに……と君のその観察眼を少し褒めてみる」
「思ったより喋る奴だな。ということはこの異獣を発生させてるのはお前の犯行ってことで確定だな?」
「いじゅう……?あーあれね、度外視してたから放ってたけど世間ではそっちの方がざわついてるのね……と君の質問に対し意外性を感じてみる」
「……………………何?」
こいつ、今なんて言った?度外視していたから?まるで他の目的遂行の途中で生まれた副産物みたいな言い方をする。
仮に敵の目的が、異薬に試用したバイオハザードではないのなら一体何なのだ?
分からない、分かりたくもない。
カツジは木刀の柄を握りしめ、
「お前の目的は何だ!異薬の正体は何だ!!答えろ!」
「んー、やだ。かと言ってほんとに何にも答えてあげないのは可哀想かも……と気まぐれを起こしてみる。冥土の土産に教えてあげるよ。これはね、ただのビジネスだよ。ビ・ジ・ネ・ス」
「…………は?てことは、何かの秘密実験とか、バイオハザードを起こして世界をめちゃくちゃにするとかじゃなくて?」
「はーいシンキングタイム終了のお知らせーカンカンカン!今の僕の親切の終わりと君の死のゴングが鳴り響いたー。言ったじゃん、冥土の土産にって………と悪者みたくニチャついてみたり」
『来るぞ、小僧!』
まさに瞬足だった。死神のように笑みを浮かべた敵は真正面から突撃してくる。普通ならまだ見切れなくはない。
だが今回は違う。速い、速過ぎる。コンマ一秒でも反応が遅れたらすぐにあの世行きだ。
木刀を水のように柔らかく動かして攻撃を受け流すがそのパワーに押され後方へ吹き飛ばされる。
「うぇーい」
「ッッ!?」
こちらに体制を立て直す時間もくれずに敵は突っ込んでくる。がむしゃらに斬撃を飛びしてみるが、羽虫でも相手にするように叩き落とされる。
右腕に巻き付けられて刃がカツジの顔面に向かう。間に合わない、と思われたが根性と生存本能に背中を押され身を捻って避ける。
あの斬撃がほんの僅かなラグを起こしてくれたのかは謎だ。
「君、小っちゃいのによくやるね……と君のその抗いを評価してみる」
「誰が小っちゃいだ。お前の方が小柄に見えるけどな」
「自覚はある。じゃなくて、さっさと殺さないと………と少し慌てて君の命を刈り取ろうとしてみる」
またもや両腕の刃を向け突撃してくる。ワンパターンに見えるが、そもそものパワーとスピードがカツジとは別次元なのでこんな子供騙しみたいな攻撃でも十分驚異となる。
たが引いてばかりはいられない。引いて駄目なら押してみろ。
カツジは思い切って前へ脚を踏み出し、木刀を横一線に振る。
「あらよっと」
「な!?」
だが甘かった。闘牛士のように刃先スレスレで飛び上がりカツジの頭の上を通り過ぎる。猿みたいに壁に張り付き、「アチョー」という覇気のない声で飛び膝蹴りが飛んでくる。
カツジは木刀の両端を握り締め盾にしようとしたが、バキンッ!という音と共にへし折られる。
「ぐえぁっ!!!?」
「よっこい、しょ!」
胸に膝蹴りが直撃。そこに追い打ちをかけるようにもう片方の脚でカツジを横へ吹っ飛ばす。
「けふっ、かはっ!!??」
「むむむ、頑丈……ただの子供なのに凄いな。いやマジで………と三度目の賞賛を君に送ってみる」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。これは死ぬ。どのくらいヤバいかっていうとヤバい。
語彙力が完全に失われていたが、それほどまでに思考が回らない。バッキバキに折れた肋が内蔵に刺さり、痛いというより熱い。
内側から熱で体を沸騰させられている感覚だ。
ここは死んだふりか?それとも一目散に逃げるか?それともそれとも………
頭が回んないせいか、ろくでもない作戦しか思いつかない。
そんなことを考えていると、死神は足元のカツジを見下ろしながら小型のピストルを向ける。
「何か言い残すことは、あるかな?」
「……………」
命乞いでもしたい状況だ、だけどしない。そんな選択肢はあり得ない。だってそんなことしたら、鬼の誇りが、なにより彼女への、セトへの裏切りになる。
これはもう人としてあり得ない。だからカツジは血を吐きながら、ヘっと苦笑いし、
「後悔しても遅いからな」
「バイビー」
パァンッ!!と引き金が引かれる。弾丸はカツジの腹をぶち抜き血の水溜まりを作った。
カツジは目線を上に上げる。意識が朦朧としていて何を言っているのかは分からなかったが、一つ、見えた。
赤い熊の墨入れが。見え―――た気――が―――し―――
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ヒョコッと何事も無かったようにそれは起き上がる。頭をカキカキと掻きむしり、ため息をつく。
辺りは水溜まりサイズの赤い血が広がっていた。それは血が自分の腹から出ているものだということよりも、服に血がついたことに顔をしかめた。
「ったく、無様にやられて情けないのぉ。ま、儂が助けに入らずにこのまま殺されたと敵に認識させておいた方が都合が良かったから放っといたけど」
そんなことを呟きながら、風穴の空いた腹に手のひらを被せ癒す。分かりやすい緑色の光を放ち、傷はどんどんと塞がっていく。
傷はともかく、出血量がかなりアウトだから生きているかどうかの保障はないが。しばらくは動かないだろう。
「儂が回復魔術を使えなかったらどうなってたことか。憎いが、あの引きこもりに教えて貰ったことがこんなとこで役立つとは。またよく分からん生存力を見せてくれることを期待しとるぞ小僧」
それは突然、ニタリと笑って。
「小僧が目覚めぬ間は儂の好きにしていいってことじゃな?」
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翌日。
セトはブラウス家の豪邸に脚を運んでいた。一秒でも速く新しい情報が欲しい。流石に一日で有益な情報が手に入ってるとは思えないが、クロウリーの情報収集能力に期待するとしよう。
「よォ、何か新しい情報は手に入ったか?」
「お言葉ですがオケアノ――」
「オケアノスで呼ぶな。セトでいい」
「…………セト様、ご期待に添えるような情報は手に入れておりません」
「大丈夫だ、そんな簡単に手に入るわけないだろ。ほんの少し事でもいいんだ」
「…………えーとですね。先日、巨大な蜘蛛の変死体を発見しました。怪しいと思った調査班は死体を回収。この大きさの蜘蛛ほ存在しないことと、魔獣でもないことから異獣と判断。解剖を現在行っていますが、異薬と思われる物は未発見の状態にあります。脳も重点的に見ましたが、やはり見つかりませんでした」
セトは手を顎に当て難しい顔をする。思考する、思い出す、推測する。ありとあらゆる情報を引き出し整理することで少しずつ絡まった闇を解いていく。
「その変死体は死んでからどのくらい経ったとかは分かるか?」
「調査班が発見したときは、死亡からおよそ2日経っていたと思われます。…………それが何か?」
(もしかすると時間が経つと溶けたり消滅したりするのか?細胞を破壊する際に細かく分裂して肉眼でも確認できなくするとか。もしくは何かしらの術式がかけられてたり?そんなことがあり得るのか?一粒一粒に術式を施すなど………)
セトが頭を抱えて熟考している、その時だった。
バン!と扉が乱暴に開かれる。二人は視線をそちらに向け入ってきた人物を確認する。
そこには何か面白い物でも見たようにニタニタと笑っているカツジだった。
「もうすこし普通に入ってくることとかできないの?」
「儂に普通を求めるな。何事も派手にやるのが性分でな。昔は山一つぶっ壊して登場したことがあってだ………と、そんなことを喋ってる場合ではないわい。お主らが喉から手がでるほど欲しい物を入手したのでな」
「…………何?」
「これじゃ」
カツジは指につまんでいた物をジャラジャラと机の上に落とす。二人は不思議そうにそれを覗き込み、一粒ずつ指でつまむ。
カツジはその粒に指を向けながら、
「それ、多分異薬」
「……………はぁ!?なな、何言ってんの!?僕らが全力で探してんのに、君はたった一日で辿り着いたのかぁ!?ふざけるのも大概にせぇよ!」
「身近に使える猫耳がいたのでな。ドンマイ」
「オイ、勝手に話進めんじゃねェ。それが異薬である証明がまだ済んでねェぞ」
「あぁ、それなら」
ボンッとカツジは片手に持っていた白い袋を投げ捨てる。ゴトンと音が鳴りそれなりの重さがあるように見えた。
そして、なんだか刺激臭がする。重くて、鼻にツーンとくるやつだ。クロウリーは鼻をつまみなんだろうと袋を開けようとする。
「待て!」
「………?」
するとセトが突然止めかかる。彼女からは嫌なほど汗が出ていて、同時に焦ってもいた。先に彼女から、恐る恐る袋を開ける。
「――――オイ、これはどうゆうことだ」
「儂には科学的にそれの正体をしる術はない。ならどうする?答えは簡単じゃ。"試した"んじゃよ。医薬品開発だってまずは人間に害がないか動物に飲まして確かめるじゃろ?」
「ッッ!!!!」
瞬間、セトがカツジの顔を目掛けて殴りかかる。
しかしカツジは赤子の手を捻るように簡単に受け止めて見せた。前に猫を追い掛けてた時にブチ切れていた時とは比較にならないくらい表情を浮かべていた。
「オ前、オマエオマエオマエオマエオマエオマエ。オマエェェ!!!!」
「そんなに叫ばなくても聞こえとるが」
「うるせぇ!信じてた!オマエは馬鹿だけど良い奴だって。人を傷つけたりしないって。………だがこれはなんだ。何でやった?オレはオマエを信じようとしてた!!」
「……………質問を質問で返すが、分からんなぁ。何故犠牲無しで物事が進むと思っているのじゃ?倫理観の欠如?馬鹿かお主。こんな言葉知ってるか?カガクノハッテンニギセイハツキモノナノデースってな。逆にお主らにこのことを言ったとして、信じてもらえるか?」
「それは―――!」
「確かに、長い時間をかけて検査して調べたらこの犠牲は出なかったじゃろうな。けどな、いくら調べたとしても最終的にはそれが本当か試していたはずじゃ。この世に、100パーセントは無いんじゃからな。確証を得るって、そういうことじゃぞ?」
「…………………」
「おっと、無言ってことは儂の故郷では否定無しの肯定って意味じゃからな?例え長い時間をかけて検査したとして、どのくらいかかる?二時間?五時間?無理じゃろ。この世界の科学力じゃ相当の時間がかかる。その間にもっと被害が、下手したら人間にまで及んでいたかもじゃぞ?」
セトは何も言えなかった。拳をプルプルと震わせて、うつむいていた。カツジは目線をクロウリーの方に向けると、近くまで歩み寄る。
「クロウリー、だったか?一応伝えとくぞ。この一連の犯行は爆撃熊の仕業じゃ。それに奴はビジネスと言っていた。ただの科学実験じゃない、麻薬取引的なアレだと思う。その手に染まってる奴を徹底的に調べ上げろ。何か出てくるかもしれぬ。あっそうそう、捜査の協力には獣人族を頼ってみるのがオススメじゃ」
気軽に言って型に手を置く。
クロウリーは至って冷静にカツジを睨みつける。セトほどは感情的にはなっていないが、無意識な魔力の発生から彼も相当頭にきてるようだ。
しかしカツジ、―――いや鬼神は自分が間違ったとは思わない。そういう生き物なのだ、神なんてものは。
「君は彼女を傷つけて何がしたいのかな?君の言い分はよく分かったし、否定は仕切れない。だがもっといい方法はあったはずだ」
「ふーん」
「カツジ君なら、そっちを選んだはずだ。往生際の悪い馬鹿はそんな賢い考え方はしない。――――君は、誰だ?」
「さぁな。天才なら頑張って考えてみることじゃ。例えば、歴史の教科書でも見直したらどうじゃ?
最後まで煽り成分たっぷりと口調で言い放った。カツジは窓を開けてそこから外へ飛び出す。
「必要悪って言葉をしらんのかね。本当の悪を倒すためにはまずは自分が少し悪になってみることじゃ」




