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33  謎の生物


目を覚ますとそこはとある家の一室だった。


布団から体を起こし辺りをキョロキョロと見渡す。とある家……と言っても、そこまでの広さがあるわけではなく、むしろアパート並みの広さだった。部屋と部屋の間のしきたりが狭かったり台所がすぐそこにあったりする。


大きさは学校の寮以上、一軒家未満と言ったところか。



「む。やっと起きましたかー。随分と遅かったですね、おかげで本が二冊も読み終わってしまいましたよー」



語尾に伸ばし棒を付けて話すこの女性。学園『アナスタス』の教員、音楽科担当にして生徒指導を任されている先生。ちっちゃな眼鏡をかけ、雑に髪を一本にまとめた20代後半位の顔つき。


そう、我らがルーメルン先生である。



「あの…ここは」


「ここは先生の家ですよー。あなたもあの子と一緒にぶっ倒れたのであの子の保護者としてあなたも運びました。にしても良かったですねーあの子と渡り合って軽傷ですむとは」



「あぁ……なんか色々思い出しました。俺殺されかけてたんだった………で、あの女の子はどうなったんですか?」


「そこで眠りこけてますよー」



先生がカツジが横たわっていたソファーに向かい合っていたソファーを指さす。そこには静かに息をする彼女の姿があった。


眠っている顔を見ると、結構可愛い顔をしている。しかし最近カンナのインパクトが強すぎるせいかそこまでの驚きは無い。



「あの子……って言ってましたけど、先生とこの人は何か関係が?」


「まぁ、保護者と言いますか親代わりと言いますかー。この子色々と家庭が複雑でして、先生が預かっているんですよー」

 

「ちなみに名前は?」


「んー、これ教えても大丈夫かな。えと、セト・ルビロン・オケアノスっていいますー。セトって呼んであげてくださいー」


「セト……セト?」



なんか聞いたことがある名前だ。顎を手の甲に乗っけて記憶を探る。



「……ってああ!!思い出した!確かいつも俺のクラスで休んでいる奴だ!」



カツジのクラスには常に欠席の奴が一人だけいた。詳しいことは全くもって不明だが、『セト』という名前である事だけは知っていた。


まさかこんな女の子だったとは。意外にもほどがある。



「その子は知っての通り、まぁ不良なんですねー。深夜に路地裏とかに入り浸っては日夜喧嘩ばっかしてる困った子なんですー。その度に私がボコしに行ってますけど」


「……思ったんですけど、なんで俺あんなに殺意向けられてたんでしょうかね。何もしてないんですけど」


「不良と言っても無関係な人には手は出しません。……んーカツジ君、動物に何かしませんでしたか?例えば野良猫とか」


「こイつが猫を追いかけ回して、毛皮を剥ごウとしてたんだよ」


「!?」



後ろから声がした。振り向いた次の瞬間、鉄拳がカツジの視界いっぱいに入る。生存本能が全力で筋肉に信号を送り、咄嗟に後方へ飛んだ。


起きていた、しかもいつの間にか後ろに回り込まれていた。冷や汗がにじみ出る。コンクリートをも砕く鉄拳がもしまともに顔面に当たっていたらどうなっていたことか。



「……雑魚かと思ったが、案外やるじゃアねぇか」


「おい、誤解すんなよ。俺はただ盗まれたチョコを取り返そうと追いかけていただけだ。別に本気で毛皮剥こうとなんかしてねぇよ」


「知るかそんなこと。とにかく、オ前が猫に意地悪しては事実なんだ。その罪を自覚して、オレになぶり殺されることだア!まず両脚の骨を砕く、その次に腕だ。最後に顔をジワジワと……あいた!?」


「ストップストップー。こらセト、ちゃんと話を聞きなさい。そんなんだから未だに家に帰れないんですよー?」


「うるせぇババア。あんな家二度ともど、ぐぇ!?」


「だーれーがーババアですかー?まだ29ですしー全然まだ若いですしー」


「先生こそストップー!?泡吹いてるから、なんか首からメシメシって聞こえちゃいけない音聞こえてるから!!」



あらやだ、と言って首から手を離す先生。


ヤダこの人怖い。あと、29はあんま若くないと思います。


カツジが先生に対しての接し方を改めていると、セトが息を吹き返した。



「げふごほ、はぁ、はぁ。ちっ!もういいオレは帰る!」


「帰るってここがあなたの家ですよー?まさかまたこんな時間から出掛けるつもりですかー?」



ふと、時計を見ると既に時刻は夜の11時を回っていた。引き留めようと先生は彼女のジャケットの袖を掴むが、パチンとはねのけられた。



「オレに構ウんじゃねぇ」


「あ……」


舌打ちをしてぶっきらぼうにそう言うとドアを開け出て行ってしまった。ルーメルン先生はそれを少し悲しそうな目で見つめる。


しばらくすると、先生はため息をしながらカツジに話しかけてきた。



「あなたももう帰りなさい。最近は不審者も増えてますー、帰る時は細心の注意を払うように。それではー」



作り物のような表情でニコッと笑う。カツジはうんともすんとも言えず黙って先生の家を跡にした。




#####





カツジは人気の少ない夜道を淡々と歩いていた。チカチカと電灯が光り、ちっちゃな虫がそこに漂っている。


物音も少ない。この街は夜になると昼間の活発さが嘘のように静まり返り、静粛が街を包み込む。たまに飲み会をしてる人達もいるが、そこまで気になるほどでもない。



カツジは今とても複雑な心境だった。カツジ本人自体にはさして問題はない、しかしあんな胸がむずむずするような物を見せつけられては気楽に帰れるものも帰れない。


ルーメルン先生は相変わらず語尾に伸ばし棒をつけていたが、音色と表情は全然いつものお気楽さな無かった。本気で彼女、セトの事を心配してるのが分かる。



先生の気持ちも理解せずに、勝手に行動するセトに少々腹が立つ。家族の問題なのだからカツジが口出しするのはナンセンスだと思うが、黙ってはいられない。



「なあ、こんな噂しってるか?何でも、怪しい赤いマントを羽織った男が謎の麻薬を売買してるんだってよ」


「え、このサクライの街でか?平和なことで定評のあるこのサクライでか?嘘つけよぉ」



屋台の横を通り過ぎると、わざとかってくらい大きな声で話すのが聞こえてきた。ちょっと気になったので片耳を傾けてみる。



「何でもその麻薬ってのが、まーヤバいやつらしくてよ」


「ヤバいって、どんな?」


「少し吸えば力がみなぎり、口に含めばハイ↑になって、直接血液に投与すればとんでもない力が手に入るそうな」


「はっははなんだよその曖昧なやつー。子供でも信じねぇぞぉ?」


「おい疑ってんのかぁ!?俺、みたんだよ!ハイになって辺りを滅茶苦茶に暴れ回っていた不審者を!妙に凶暴化した猫だって見たぜ!きっと麻薬を実験に使ったりしてんだ!」


「それ、ただのヤバい不審者でねーの?お前飲み過ぎだって、幻覚でもみたんじゃねぇのか?そろそろ帰るか、お前の奢りな」


「おいふざけんなよぉ!割り勘が割り勘!割り勘を要請します!」



………などと、都市伝説のような内容だった。情報があまりにも曖昧すぎる。相方の言うとおり、飲み過ぎのだろう。見た目からも酒癖が強そうだ。


立ち止まって損した、とカツジはため息をつきその場を去って行った。






しばらくしてとある小さな川が流れる所を歩いていた。気分転換に川の間近まで近づいて草の生える地面に座る。


空を見上げると、満天の星空が広がっていた。最近理科で習った星座が見えた。



「あれは確か……ミョロミョロ座だったっけ?」



この時期を代表する有名な星座。全てが一等星で出来ており、線で結ぶと四角形をぐにゃぐにゃさせ無理矢理人型にしたような形をしている。



『何じゃそのふざけた名前の星座は。小学生でももっとマシなネーミングセンスしとるぞ』

 

「お前、俺より年上のくせに星座も知らないのか?へ、所詮は戦うことしか脳のない神様は違ぇや」


『喧嘩ならいつでも買うぞ。違う、儂の時代じゃあの星座の名前はそんなふざけた名前じゃ無かったはずじゃ』


「じゃあ、何て言う名前だったんだよ?」


『ええと確か……アズリル、なんて言われていた気がするな』


「アズリル?」



全くもって聞いたことのないワードが出てきた。ミョロミョロ座の名前の由来は、過去に存在した悪魔を討ち取った英雄、ミョロから名を取って名付けられたとされるが、そのミョロとアズリルとやらは何か関係があるのだろうか。



『アズリルは過去に存在した悪魔の名じゃ。当時じゃ厄災として恐れられ、この星座が見える時期はアズリルが頻繁に騒ぎを起こすことから名付けられた……ようだった気がする』


「なるほど、その悪魔を討ち取ったミョロが代わりに星座の名前になったと。ほへー」

  



過去の人間の話を聞くと、現代と繋がることがあって面白い。こいつも一応、神様(自称)だしな。



明日みんなに教えよう、そんな事を思っていたその時だった。




『……おい小僧。そこに何かいるぞ。気をつけろ』


「何か?何かってなんだy



何かってなんだよ、と言いかけたその時だった。強烈な衝撃が腹を貫通する。思わず胃の中の胃酸が飛び出るかと思った。


ドッッガッ!!と肉が悲鳴を上げ、カツジは湿った地面を何回も転がり回り、川の上にある橋の柱に激突する。



「ぐ、あ、なんだ…?何にやられた!?」


『おい小僧、来るぞ!!』


「Rrrrrrrrrrrウガァァァァァァァァァ!!!」



この世の生物とは思えない叫びだった。これ以上聞いてると脳が破壊されそうで咄嗟に耳を両手で塞ぐ。


謎の生物がこちらに向かった突進してくる。カツジは身を投げ出す形でその場から離れ、攻撃を回避した。



息を荒げながらもその生物の姿を黙認する。  




「ウバァァァァァrrrrrrsgaaaaa!!!!」


「なん、だ。こいつ――――」


『―――随分と悪趣味な見た目じゃ』



倫理観が若干崩壊してる鬼神でさえこの言いようだった。

もはや生物としての形を型取っていない。まさに異型、異質、異物。



大きさは2メートル近くと巨大。毛は白、黒、どす黒い赤と突然変異でも起こした見たいな組み合わせ。顔面の片側は放射線を浴びたように、風船みたいに膨れていて眼球が今にも取れそうだ。


四足歩行と見せかけて、よく見ると足が6つある。しかし配置もバラバラ、形もバッキバキに折れ曲がっていて立っているのが不思議な位だった。




「クソ、やるしかないのか!?」


『小僧、ここは一旦引け。武器を持ってないお主など針を持ってないハチと同じじゃ。まずくなったら儂と変われ。来るぞ!!』


「あ、アァァァァウ!!」



異質な雄叫びを上げながら突進してくる。カツジは闘牛士のように奴の背中の上を通り過ぎる。


ドガンッ!!と柱のコンクリートが砕けた音がした。


セトとは違う。彼女の拳程度の大きさに対し、こちらはその何十倍の面積で破壊されている。



ゴクリ、と唾を飲み込む。この状況ではまず勝てないことを察したカツジは一目散にその場から離れる。


初撃は不意打ちだったが、よく見るとそこまで動きは速くない。慎重に動けば逃げ切れるはずだ。そしてこのことを騎士に連絡しなければ。



奴の動きを見計らい、その場を駆けだしたその瞬間。



「グゥボ!?」



プロボクサーも顔負けの鋭いパンチを顔面に食らった感覚がした。走っていた坂を、土が口に入りながら転がり落ちる。



咄嗟に上を見上げると、もう一匹異質なシルエットが映った。

二本足で立ち、猿のような奇怪な動きでこちらを見ていたそれは、グロテスクな見た目をして犬だった。



いや、もはや犬と言っていいのな分からないがここは犬としておこう。



「な、なんなんだこいつらは……突然変異!?にしては生物的におかしい、こんなえげつない進化するものか!?まるで突然第三者の手で内側から弄くられたような…」


『今は考察はいい!マズイぞ、早く儂に変われ来るぞ!!』



はっ、とした時にはもう遅かった。前と後ろ、両方からのえげつない攻撃が迫っていた。鬼神に変わるにしても、時間がない。


鬼神と入れ替わるときは多少のタイムラグが発生する。これでは間に合わない。



「ここまでか……!?」



そう吐き捨てたその時。ブシャァァと前の二足歩行の犬の脳天が貫かれた。返り血でカツジの顔が濡れる。



「姉御、あそこですぜ!誰かが異獣に襲われてます!!」


「オッ、ラァァ!!」



ミサイルのように飛んできた少女はカツジの後ろにいた謎の生物に突撃した。手慣れたような動きで、蹴り、殴り、嬲って、その生物を死へと追いやる。


「ふぅー」と一息ついた少女は返り血の付いた顔でこちらに振り返る。



「大丈夫か……って、なんでオ前が?」


「――セト」





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