26 天使が旅立った日
アキレスが地上に降りてきて三ヶ月程度が経過した。最初はいやいや面倒を見ていたリケンドも、今はアキレスと仲が深まってきた。
イーノックに帰りたいか、と言われたら答えはノーだ。地上は面白いことに満ちている。この世界のほんの小さな一部でしかないこの森でさえありとあらゆる体験ができる。
もちろん、楽しいことばかりではなく辛いこともあったが、それを含めての面白さだ。自分で狩りをしたり、自分で調理していただく。もちろん、何もとれない日もあったがなんとかリケンドとの協力で生き延びてきた。
突然豪雨に襲われたりもした、巨大自立植物に食われかけたこともあったし、まさかハンテンネコと二度目の激闘をするとは思わなかった、リケンドと喧嘩したこともあったし、言いたいことを言い合った後は一緒に果実を食べた。
ずっとこの時間が続いて欲しい、そう思っていた。
そんな風にこの三ヶ月を振り返りながら、弓を引き絞る。
『よーし、百発百中!弓の腕も上手くなってきたなー』
弓をクルクルと回し上機嫌に獲物の回収に向かう。ハンテンネコの野郎がいないかをキョロキョロと見回して確認した後、猪の脚を持ち上げる。
今日の晩飯は猪鍋、もしくは丸焼きでもいいな。数々の冒険で白一色の布服もボロボロだ。何度か洗濯はしてるはずなのだが、やはり落としきれない汚れというのは厄介だ。
しばらく歩いていくと我らが拠点に辿り着いた。
『たっだいまー!晩飯取ってきたぜ!…………ありゃ、リケンド?』
いつもいるリケンドの姿が見当たらない。もしかしたら用を足しにでも行ったのだろうか。アキレスは適当の取ってきた猪を置いて切り株の椅子に座った。
『………………………………………』
数十分後。
『遅いなー。どこ行ったんだろ。この時間は森に探索しには行かないはずだけど』
彼の安否が心配になり、とりあえず周辺を探してみる。茂みや木の裏、上、洞穴などをくまなく捜したがリケンドの姿は見当たらなかった。
リケンドはああ見えてもかなりの長身男だ、そう簡単にら見逃さないと思うのだが……。
一旦拠点に戻ろう、もしかしたら戻ってきてるかもしれない。そう思ってた帰ろうとした、その時だった。
視界の端に誰かが倒れてるような光景が映った。アキレスはもしやと思い駆け足でそこに向かった。
『リケンド!?大丈夫か!?何があった!?おい!!』
そこにはサングラスを地面に落とし弱々しくうつ伏せで倒れていたリケンドの姿があった。
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『ずずず…………すまなかったな、アキレス。助かった』
『まぁ、無事ならいいんだけどさ……』
毛布を被ったリケンドは顔色が悪いままコーヒーをズビズビの飲む。あの後なんとかリケンドを拠点まで持ち運んだ。今はこうしてコーヒーを飲めるほどには回復したが、一体なにがあったのだろうか。
『――ねぇリケンド、一体何があったんだ』
『気にするな、ただ少し気分が悪くなっただけだ』
サングラスをカチャカチャと動かしながら、ぶっきらぼうに言う。アキレスは目を細めた、疑いの目だ。
そんなの、すぐに嘘だと分かった。風邪や熱の類いなんかじゃあない。荒く息を吐き、苦しそうにうなされるのを運びながら感じた。
そして決め手はリケンドの癖だ。嘘をつく時決まってサングラスをいじくる。
『少し気分が悪くなっただけで、あんな苦しそうにするわけないだろ!誰かに襲われたのか?それとも未知の植物の毒にでもやられた!?それとも――――』
ぽつりと、だ。アキレスは震える声で言った。
『―――何か、病気にでもかかった……?』
アキレスにとっては特に悪気があったわけでは無かった。しかしこの一言がリケンドの心を、無遠慮に桑で地面を抉り取るように削った。
下をうつむいたまんま、コーヒーを飲み干すとふて腐れた子供のように無言で布団の中に潜り込んだ。
そしてリケンドは低い声で、アキレスを突き放すように言い放った。
『明日、俺は街に行く。ついてくんなよ』
『―――――』
翌日。
リケンドはいつも欠かさずやっていたラディオ体操もせずに朝 早くから支度を始めていた。明らかに怪しい。リケンドは健康に対して、何かと気を配っていた。
早寝早起きはもちろん、朝のラディオ体操、ヘルシーで健康的な果実。ランニングや筋トレ、食事管理など気をつけていた。
そんな彼があんな顔色を悪くしてせっせと支度をしてるなど、考えられない。
唐突に街に行くと言ったのも怪しい点だ。必ず何かある。
悟られぬよう、寝たふりをしながら目を細めて観察するアキレスは思った。
するとリケンドに動きがあった。まとめた荷物を背負って東の方へ向かっていく。と、思ったら突然何かを思い出したように立ち止まりこちらに向かってきた。
焦りながら全力で寝たふりをする。そして彼は、
『じゃあな』
と一言だけ残し、一つの雑誌を置いて去って行った。ただの別れの言葉ではなかった。ほんとに、本当にどこか知らない場所へ行ってしまうよな、二度と会えなくなるような気がした。
怖かった。彼との別れを恐れた。
リケンドが視界に映らなくなったことを確認し、雑誌を取って立ち上がる。恐らく、暇を持て余さないように置いてくれたのだろう。
なんて要らないお世話だろうか。こんなのがあっても、あいつがいないとなんも面白くない。
『何がじゃあなだよ。馬鹿らしい』
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約二日を使って最寄りの街に辿り着いた。電灯は少なく、人気も少ない。うっすらかかる霧と照らす明かりだけがある活気という二文字を忘れたような街だった。たまたま見かけて看板には『誘拐注意』と書いてある看板が立て掛けてあった。治安は良くはなさそうだ。
リケンドの跡をこっそりと追い続けたアキレスは二日間歩いたせいでヘトヘトだが、リケンドはまだ歩みを止めない。一体どこに向かっているのだろうか。
そう思った最中、遂にその時がやってきた。
彼は数少ない明かりのついた家に入り込む。
『ここは………病院?』
雑に立て掛けてあった看板の文字を読む。やはりだ、何か病を患ってるに違いない。医者が医者の家に転がり込むというなんとも皮肉な光景だ。
しかし、いつかかったのだろうか。常にピンピンしていて、うるさくて、健康体で、ワイルド(?)な彼は弱った様子を見せたことは一時、一刻もない。
そうな風に考えていると話し声が聞こえた。こっそりと窓のある壁に耳をかたむけ盗み聞きする。
声を聴くに、リケンドとこの家の医者との会話のようだ。
『お前さん、やっぱもう手遅れだわ。わしゃどうしようもできない。そんな体でよく一年も森で活動できたもんだ』
『なぁ何かないのか?まだ俺は生きてぇ、そのために森に引き籠もってんだ。昔の馴染みだろ頼むぜ』
『何故そんなに生に執着する…。リケンド、お前さんも医者の端くれならば自分の死期を悟ったらそれを受け入れろ。足掻くだけ無駄なのはお前さんが一番、よぉーく分かっとるはずだ。これ以上、その場防ぎの薬を飲んだって寿命が1秒増えるどころか2秒寿命が減るぞ』
『だとしても、俺は生きてぇ。元々、生に対する執着心にネッチョネチョに張り付いてた。だけどよ、更にそこに接着剤を塗りたくるような状況になっちまったんだ。――――あのガキのせいで、余計に生きたくなっちまった』
『―――断言しよう。お前さんは死ぬ、近いうちにな。明日かもしれないし一週間後かもしれないし、もしかしたら一ヶ月はあと生きれるかもしれぬ。しかしあえて言おうお前さんは死ぬ。"奇跡"でも起きぬ限りな』
ドスン、と天使のように軽いお尻が地面に落ちた音がした。喪失感と悲しみを唇で噛みしめながら顔を両手で覆った。
『なっ……………っか………』
嘘だ、と一生懸命に否定しているが彼の『死』をイメージこの二日間イメージしたわけでは無かった。そのイメージを頭に思い浮かべるたびに全力でそのイメージを消し飛ばしていた。
だがそれももう無意味だ。聞いてしまった、知ってしまった、理解してしまった。変えようのない事実だけがアキレスの脳をぐちゃぐちゃに掻き乱す。培った記憶を塗りつぶす。
続けて二人は会話を続ける。
『まだ迷信を信じて花を探してるのか?』
『それしか、無いだろう。触れた者に奇跡を起こすと言われる花、この不治の病を治すにはそれしかねぇ』
『人は死期を察すると正常な判断ができなくなる、と(メモメモ)。そもそも、発見された事例が二つあるからって信じ込むな、その事例さえも嘘かもしれない。何故なら誰も見たことがないからだ。証言だけで証拠がない。強いて言うなら、傷だらけの男を救った花というおとぎ話だけだろうよ』
『それでもだ!俺は1パーセントでもねぇ0パーセントでもねぇ、可能性というnパーセントにかけてるんだ。誰も存在を証言できねえなら、誰も存在しないとは言わせねぇ。この腐った行く体を無理矢理動かしてでも探す価値がある。ワイルドだろぉ!?』
『それはただの無謀もしくは馬鹿と言うのだぞ』
奇跡、という医者の老人の言葉を聞いて思い出した。奇跡の花、イカネルハナ。
あれは滅多に咲かないから奇跡なんかじゃあない、奇跡を起こすから奇跡の花なんだ。リケンドはずっとあの花を探していたんだ、自身の病を治す為に。
『………………………………………』
しかし花は見つからず時間が経過していくばかり。焦っていたはずだ、恐れていたはずだ。その中に、アキレスというカオスが紛れ込んだ。
自分のせいで、彼は余計縮まっていく時間を浪費したのだ。自分は、アキレス・ガブリエルはあのサングラス男にとって邪魔者だっただろうか。
『ま、好きにすればいいさ。薬は出しとく金は要らねぇ面倒くせえ。死にたきゃ勝手に死にな。リケンド・ゴウカイドなんて人間わしゃ知りませーん忘れましたー』
『ふっ、次来たとき元気になった俺を見て度肝抜かすんじゃねぇぞシジイ。ありがとよ』
薬の入った小包を乱暴に受け取って立ち上がり、ドアをワイルドに蹴飛ばして家を出る。リケンドは懐に入れてあった、ずっと昔に買った葉巻を取り出した。
コロコロした葉巻をぎゅっと握りしめ見つめる。彼がワイルドに成り立てだった時に買った葉巻、医者の癖に有害物質を体内にぶち込もうとしていた愚かな時期だ。
『どうせ死ぬんなら、一回はワイルドに決めよう』
そう思いマッチを取り出した瞬間、一人の少年の顔が彼の脳裏にチラついた。そっと葉巻を懐に入れ戻す。
『まだ、その時じゃねぇ。俺はまだ死にやしねぇよ』
霧でよく見えない夜空を見て呟いた。家から歩き出した瞬間、リケンドにとって見慣れた奴の姿が目に入った。
『おい、アキレス。―――てめぇ、なんでここにいやがる』
『………………』
『おい、聞いてんのか。アキレス』
涙を流した跡を残した少年は、ふっと顔を上げて、
『リケンド、お腹空いた』
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医者の家から少し離れた路地裏で、だ。
一人のぼろ布小僧と一人のサングラス男がピクニックに来たような雰囲気で食事をとっていた。
この街には似合わない光景である。
『……………美味しい。リケンドのくせにサンドイッチなんて作れたんだ』
『なめんな、それぐらいできるわ。猪鍋しか作れねぇガキにいちいち言われる筋合いはねぇよ』
『何をぉ!?い、猪鍋以外だって作れるわ馬鹿にすんなよ!』
『ほほお、なら何が作れるのか、どう作るのか、具体的に、調理に必要な手順と食材を述べて五行以内でおさめて説明しなさい』
『ぐぐぐぐ………後でサンドイッチの作り方教えろ』
『がーはっはっは!所詮はガキだなぁ、ほれほれぇ』
『やめ、やめろ髪の毛いじるな……!』
まるで親子みたいな会話を、似合わない薄汚い路地裏で繰り広げる。リケンドは水を飲み干し、一息ついてから声を低くして言った。
『なんでついてきたんだ』
『………そりゃ、リケンドが心配だから』
『あそこにいたってことはあのジジイとの話も聞いてたんだろ。コソコソしやがって』
『……………………』
『おい、なんとか言ったらどうなんだ?』
下をうつむいたまんま、サンドイッチを膝に置く。
『――――俺は、天使族だ』
『は?』
『もう互いに隠し事はやめよう。互いに黙っていたことを洗いざらい喋り散らかしてチャラにしよう。もう一度言う、俺は天使族だ。イーノックから来たのも本当だし暇だから地上に来たのも本当。こんなに長居するとは思わなかったけど、判断は間違いじゃなかった』
『――――?』
『証拠なら見せる。ほれ、よっこらしょと』
ピカァァァと眩い光が夜の霧の街に照らされる。紛れもない神聖な光、天使族だけがもつ六枚の羽。アキレスはすぐに羽を畳み、顔色を疑う。
さすがのリケンドも驚いたのか、素っ頓狂な顔をして固まっていた。すると、ぷふと吹き出して、
『だーはっはっは!はは、まじ、なんかウケるわ!ははははは!!』
『うるせーよ近所迷惑だろうが!』
『す、すまねぇ。……なんか、おかしくってよ。何がどう具体的におかしいのかは自分でもよく分かんねぇんだけどよ。ただ、こんのタイミングでまさかのカミングアウトとは思わなくてな。しんみりしたムードも吹っ飛んだわ!』
『そりゃどうも』
アキレスはムスッと顔をしかめる。結構勇気をだして言った告白なのに笑われるとは思わなかった。けど、自然と嫌な気はしない。
『じゃ、今度は俺の番だな。知ってのとおり俺は不治の病にかかってる。そしてそれを治すために奇跡の花を探してたってわけだ。………黙ってて、すまなかったな。お前に心配させたくなかった、なによりワイルドな男は黙って誰にも悲しませずにひっそりと死ぬってのが相場だからな。花を探しに昼間出掛けてた時も、お前を突き放してのは危険な目に合わせたくなかったからだ。実際、アレだぜ?まるで何事もなかったように帰ってきてたけど何回か死にかけてたし。ははは!』
『笑い事じゃねぇ………』
彼も彼なりに、気を遣ってきたのだ。アキレスを心配させないように元気なフリをして、危険な目に合わせないようわざと突き放して。寂しくさせないように早めに帰ってきてた。
その上、狩りの仕方やサバイバル知識、冒険の数々など。
『でもそれって、俺は邪魔じゃなかった?』
『―――――』
『だってそれって全部俺のためにやってくれたことで、リケンドはただでさえ寿命がないから急がなきゃ行けないのに俺なんかのためにそんな時間を使って苦しいのに見栄張って……』
そう、リケンドにとってアキレスは邪魔者でしかない。成り行きとはいえ、ふざけた理由で家を出て行ったガキをかくまってその上面倒も見てくれた。
熱を出したときも、わざと脱臼したときも、狩りを教えてもらったときも、ハンテンネコと激闘を繰り広げたときや巨大植物に襲われたときもワイルドさ勝負をしたときもだ。
全部全部リケンドにとって、不要な時間だった。彼は早く花を見つけたいはずなのに。アキレスとの遊びに付き合ってくれたり、ピンチになったり寿命を縮めるようなまねをしたのか。
罪悪感で今にもはち切れそうだっ――――
『デコピンアタック』
『いって!?急にキャンセルすんなよ!』
『キャンセルってなんだ。馬鹿野郎、俺がいつお前が迷惑だなんて言った。俺は、俺がやりたかったからそうしたまでだ。お前が一人いようが十人いようが助けてやる。俺は医者だからな、命を救って面倒見るなんざ朝飯前の小便前なんだよ』
『――――――』
『だから、心配すんな。俺は絶対にこの病を治して、お前を立派な一人前のワイルドな男にしてやる。約束だ』
そう言ってワシャワシャとアキレスの頭をなでる。
なんだか胸が暖かくなるようだった。これが他人から受ける 『愛』というやつなのだろうか。気づかぬ内にアキレスはリケンドに父親像を抱いていたのかもしれない。
『俺ぁちょっくら小便してくる。早く食っちまえよ』
『うん!』
数分前に食べたサンドイッチとは、また違う『愛』の味がした。
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近くの公民トイレ(汚い)で用をすましすっきりした顔でサンドイッチを頬ばって待っているアキレスの元に向かう。
かっこつけてあんなことを言ってしまったが、はっきり言って何か策がある訳ではない。この病に侵されて三年、ありとあらゆる街を巡って治してくれる医者を探したが誰一人としていなかった。
昔の馴染みの医者にも憐れられる始末だ。正直救いはない。唯一の可能性である奇跡の花も見つかる気がしない、完全に詰みである。
人神イカネにでも祈りを捧げるか、それとも魔神アナスタシオスにでもキメラ改造してもらうか。
『ふ、馬鹿か。そっち方が望み薄だわ。薄すぎてテッシュよりひでぇや』
だけど、生きなければならない理由がまた一つできてしまった。
『約束しちまったからな………アキレス』
考え事をしながら元の路地裏に戻ってきた。しかし、その少年の姿はない。ぞわりと、だ。不気味な寒気が迫り来る。見たこともない鳥肌が全身を覆い尽くす。
『あいつも小便か……?すれ違ったかな』
しかし、不可解な点が見える。置いてあった荷物がまるで強盗に荒らされた空き家のように乱暴に散らかっていた。大きいバッグの中身は貴重品のみがなくなっており、サンドイッチは罰当たりなことに踏み潰されていた。
アキレスがこんなことをするわけがない。何者かによる犯行だ。
『………なんだ?』
長方形のメモ帳を拾った。さっきまではこんなのを見かけなかった、やはり何者かがここを漁ったのだ。しかもメモ帳の表紙にはご丁寧に名前まで書いてあり、中身は余程のメモ魔なのかびっしりと、吐き気を催すようや悪行や犯行のメモがびっしり書かれてあった。
そして一番最近のページを見て、リケンドは歯を食いしばった。
額に血管を浮かべたサングラス男は低い、怒りの籠もった声で、
『―――――クソ共が』
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『(俺………死んだわ)』
詰みである。詰みとしか言いようがない変えようのない事態に巻き込まれてしまった。手足を縛られ猿ぐつわで声も上げられない。
『へっへへ、やべぇやべぇよ。天使族だぜ天使族、本物だ。お前も見ただろあの翼と神々しい光を』
『えぇちゃんと見ましたぜ先輩!ガキを誘拐して奴隷として売るつもりが、宝箱を持ってきちまいましたぜ俺達!』
『汚れ一つない金髪に紅い瞳、噂通りだ。これを売れば億万長者も夢じゃあない。早速貴族にでも売りつけにいくか?』
『いや待って下さい先輩、俺見つけちゃったんですよ』
『な、なんだそれは?』
『聞いて驚かないでくださいね………?』
『ご、ごくり………』
『オークションですよオークション!しかも、世界中から集まった闇貴族達が集まる奴隷オークションっす!稀少種の天使族、俺達よりもクソなあいつらなら喉から手が出るほど欲しいはずです!』
絶体絶命万事休す、この流れだと完全に奴隷として売りさばかれる未来が見える。しかし、ここで焦って無駄にもがいても意味はない。冷静になってここから脱出する手口を見つけなくては。
幸い、目は隠されていない。見かけによらず間抜けな奴らだ。
何か、何かないか。
バレないように視界限界まで目を動かす。腕さえ自由になれば魔術で一人は殺せる。戸惑った隙にもう一人も始末すればなんとかなるかもしれない。
翼は目立ち過ぎるから最終手段だ。
キョロキョロと眼球を動かしていると、近くにガラスの破片があったのに気づく。かなり鋭そうだ、時間はかかるが慎重にいけばなんとかなるかもしれない。
妄想を膨らませている間抜けな誘拐犯二人の目を盗み、芋虫のような動きでガラスの破片を取りに行く。
その時だった。
ブフンッ!!と強烈な蹴りがアキレスの顎を貫く。ゴロゴロと転がり込み壁に背中を打ち付ける。
『なにしてんだこのガキァ。おいテメェらちゃんと見張ってろつったろ!!』
『あ、スイマセン先輩。つい夢中になって……』
『昔からお前は勘がいいな!さすが我らが盟友!』
『テメェらが鈍すぎるだけだっつのボケ』
『(くそ!もう一人いたのか!?)』
本当に八方ふさがりになってしまった。奴の注意のせいで余計あの二人が用心深くなってしまった。緑髪の注意深い男はアキレスの髪の毛を掴んで、死んだ目でにらみつける。
『おめぇよ………なんだぁその目は?』
『―――――』
『気にくわねぇなぁ……誘拐されてんだぜ?更に言えば売り飛ばされそうなんだぜ?もっと絶望した目しろよ!!』
『ぐぶっ!?!?』
大振りの拳を食らった。さらにもう一発、二発、膝蹴りなどなど。見るだけ目を伏せたくなるような光景と共に、肉が悲鳴を上げる音が鳴り響く。
『……………………………』
『ちっ、クソガキが』
『おいおいそろそろそのぐらいにしとけって。顔に傷の跡がついたらどうすんだよ』
『ふん、まぁいい。それで後輩、オークションはどこでやるんだ?この一世一代のチャンス、逃すわけにはいかねぇ。我らの野望、専属美人メイドさんのハーレムを作るとい俺達の野望が!』
『分かってますって先輩、聞いた情報はすぐにこのメモに………………あれ、あれあれ、おかしいな』
『おい後輩、まさか落としてきたなんてことはないよな……?』
『いや、え!?そんなはずは………』
『あんたの落とし物はこれかい?』
ギイイイイと脳に響く音を立てながらドアが開く。
『あ、スイマセン。落とし物拾ってきてもらって……なんとお礼をすれば……』
『いやいや礼は要らねぇさ。強いて言うなら……』
『―――――あ?』
『テメェらをぶっ潰せたらそれでいいかな?』
『後輩!伏せろぉ!!』
『え?せんは――――
ビジョン!!とふくよか体型の後輩の頭の中心から血の噴水が湧き上がる。あのシルエットは、あのゴツイ弓は、
あのサングラスは。
『(リケンド!!)』
『よお、助けに来たぜ相棒』
『おのれ貴様ァ!!どうやってここへ!?』
『なにって、この無能な後輩の痕跡から辿り着いただけだが?よっこらせ』
『な、縄が……』
ゴツイ弓でどこにあるか分からない切断力でアキレスの縄を解く。
『ありがとうリケンド!!助けに来るって信じてたぜ!!』
『ほんとかぁ?全部自分で解決しようなんて無茶考えてなかっただろうな?』
『…………………………』
『そこは黙り込むなよ』
いつも通り、こんなドタバタでも他愛のない会話を繰り広げる。もう大丈夫だ、リケンドとアキレス、二人が揃えばどんな奴でも敵う相手はいない。
ギュッと拳を握りしめる。無敵の気分だった。
ここでワイルドに決められればかっこいいぞアキレス。
いざ突撃!!
と、思った瞬間だった。
バキュン!!と鉛玉が発射される音が鳴る。そしてその鉛玉はと言うと……、
『リケ、んど?』
『御託はいいぜ、ガキ。テメェには大人しくしてもらうぜ。大丈夫だすぐに手当てしてやる』
カチャリ、と緑髪の男は銃口をアキレスに向ける。
これは、駄目だ。生き残れるビジョンが浮かばない。こんな命の危機に陥ったのは地上に来て初めての日の蛇の魔獣以来か。
緑髪が引き金を引く瞬間が、とても長く感じた。0.1秒が数時間にも感じられた。思えば人生、ろくな事がなかった。
けど、それは前の話だ。今は、たくさんのものをもらった。楽しい記憶、辛かった記憶、苦い記憶、二人で笑い合った記憶。
今ならもう死んでも悔いはない。大丈夫だ、怖がるな。ワイルドに決めろ。
震える唇を噛みしめて、そっと目を閉じる。そして、今、引き金が引かれた。
『なに、諦めてんだ、この馬鹿野郎』
『お、おっさん!?テメェまだ息が……』
『りけ、んど?何してるんだよ!?なんで俺を庇ったんだよ!?死ぬなら二人で一緒にしなせ
『馬鹿野郎!!!――――どうせ尽きることが分かってんだ、こちとら。若い芽を生きながらえさせるぐらいのかっこつけをしとかねぇな』
『で、でも』
『いいから逃げろ!!大丈夫だ、俺ならいつもの場所に戻ってくる。ワイルドだろぉ!?』
今にも死にそうなのに、いかつい強面の表情を作って、そう微笑んだ。涙が、止まらなかった。脚が、動かなかった。
『――――――』
『早く、いけぇ!!!』
『ぐぅぅ!!』
でくのぼうになった脚に鞭で叩いて無理矢理動かす。暗い霧の中、ただひたすらに走って走って走って走って走って、逃げた。
――――――逃げた。
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そこから先は、あんまり覚えてない。必死に走っていつの間にかいつもの拠点に辿り着いていた。よくもまぁ、あそこから休みなしでのこのこと逃げせたものだ。
『――っは。っぬ、ぐ、はぁ』
涙を流して、叫んだ。吼えた。醜く哀れで弱い天使とはほど遠い獣は、一日中泣き叫んだ。
あれから、どのくらい立っただろうか。もはや時間感覚がなくなっていた。分かるのは、今は既に夜だということ。星が綺麗だ。
雲一つない、満点の空だ。
『こんな時に一人だなんてな。寂しいな』
『なら、もう一人追加で見れば寂しくないな』
声が、した。
聞き慣れた、そしてもう聞くことのないて思っていた声だ。
『……不思議だ。横に死にかけの相棒がいるのに、涙一つも出ねぇや』
『よく、俺の教えを理解できてるじゃあねぇか。ワイルドな男の別れに涙は要らねぇ。いつか俺達はまた巡り会える』
『天国でか?』
『っは。地獄だろうな』
鼻で笑って、そう言った。アキレスもつられて苦笑する。既に死へのカウントダウンが近づいてきた男は、最後の命の灯火を使って会話を続ける。
『アキレス、お前はこれからどうしたい』
『別に』
『そうか。なら、こっからずっと南にあるギルガス王国のサクライって街を目指せ。そこにはアナスタスっていう学校があってな。そうだな、ちょうどお前位より歳のガキがいっぱいいると思う。そこで色んなことを学べ、体験しろ、青春を謳歌するんだ』
『そんなの、別に』
『いいや駄目だ。ここにいても退屈なだけだ、お前がイーノックを飛び出した理由はなんだ?暇だったからだろう、地上を見たかったんだろう?………なら、もっと色んな所に行け。お前はまだ、若い……………きっと、俺との日常なんかより、楽しいことがいっぱいだ………』
『リケンドより面白いやつなんているの?』
『ああ、いるいるめっちゃいる。いいか?世界は広いんだ、この森は世界のほんのちょっとでしかねぇんだ………イーノックみたいな綺麗で快適な鳥籠よりも、泥くせぇ面倒くせぇ地上の、世界の方がすんげぇんだ。だから、よ……………』
そしてその命の灯火は、
『一人前のワイルドな男になって、地獄の俺の度肝を抜かしてくれ。俺はいつでも、お前を、…………―――――――』
燃え尽きた。最後の最後に、少年の魂にとんでもない火傷を残して。少年は、ゆっくりと上向きの姿勢から起き上がり、サングラスを取った。
『これで、いつでも一緒だな。地獄にいったら返してやるよ馬鹿野郎』
少年の、アキレス・ガブリエルの物語は今、序章を迎えた。ワイルドなサングラスをかけて、不敵な笑みを浮かべて―――
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「ま、こんな感じだ。聞いてて大して面白いものでもなかっただろう。さ、休憩は終わりだ二人とも、練習再開だ…………ぜ………」
「くかー、くこー、かけー、むにゃむにゃ…………」
「………………おいカンナ、こいつをぶん殴る手伝いをしてくれないk
『長いから帰るネ』
と書かれた看板が突き刺さっていた。
「自分で言うのもなんだけどよ…………結構いい話だったよね………?それをテメェらさァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」




