24 ワイルドな男との出会い
パチパチと燃える焚き火の音と炎の光に視覚と聴覚を刺激され、アキレスは目を覚ました。むくりと硬い地面から体を起こしキョロキョロと辺りを見回す。
『………あれ?ここどこだ……というかなんでこんな所にいるんだ?』
『よぉガキ。やっと起きたか今何時だと思ってるんだ寝る時間だぞ寝る時間。俺は最低7時間睡眠を心懸けてるんだ早く起きやがれ』
『だぁわぁぁぁぁぁ!?!?…………に、人間』
『なんだよ、恩人に向かってその言い草はないんじゃないのか。ん?ん?』
『え、いや、………』
思い出した。暇だから禁足地である地上に行ったら迷って腹減って襲われて………。
眉をひそめ男を見る。暗くて詳しくは見えないが白いタンクトップに動物の革を使ったような茶色い上衣、獣に引き裂かれたような跡があるズボン。
天に向けたとがったテカテカした赤い髪と、なにより瞳にかけた真っ黒なサングラスが特徴の男だった。
多分、こいつに助けて貰ったんだと思う。というかそうだ。
『ガキのくせに随分と怖い顔して睨むじゃねぇか。こんな森に一人で出歩くなんて自殺行為だぞ。なんだ家出か?それともその布一枚の格好を見るとスラム街のガキか?だとしても綺麗な純白な布だな。おいガキ、名前は?』
『………………アキレス。――――アキレス・ガブリエル』
『ふーんアキレスねぇ。なんでこんな所にいるんだ?』
『…………暇だったから』
そう言った瞬間、プフ、と男は笑い出した。
『だっはははははははははははははは!!!!ひ、暇!?暇だからこの森に来たのか!?うっそだろお前いひひひひははは!は、腹痛ぇ』
『わ、笑うなよ。大体、あんたこそ何者なんだよ!こっちが名乗ったんだからそっちも―――
アキレスが立ち上がった瞬間、ギュルルルとお腹から音が鳴った。自分がヘロヘロだった事を思い出したようにドスンとその場に尻餅をついてしまう。
『は、腹が減った………』
『だろうな。そんな窶れた状態じゃ腹が減ってますって言ってるようなもんだぜ。お前の分の肉も焼いておいたから食え』
ポイっと、アキレスの腕の何倍もある太さの肉に骨をさした食べ物を投げてくれる。落とさないように慌てて手に取りじっと見つめる。
良い感じに表面は焼けていて中身はプルプル、今にもヨダレが出てきそうだというかもう出てる。
『…………』
しかし、手が動かない。
…………何を今更警戒しているのだ。地上の人間が嘘つきで自己中で欲深いゲスであるなどと、それはあの人物であって普通の地上の人間は関係ないはずだ。この人間から邪気は感じられない。
俺はあいつらとは違う。
心のモヤを振り払い大きな口を開けて肉にかぶりついた。
『んー、んー、噛みにくい……』
『ふっ、まだまだひよっこだなアキレス。肉っていうのはこうやって、ふぬ!(もぐもぐもぐ)どうだ、ワイルドだろぉ!?』
『…………汚い食べ方だね。あんた』
『ふん!これが男のワイルドさ溢れる食べ方なんだよ!あと、あんたじゃなくて俺の名前はリケンド・ゴウカイドだ。リケンドで構わねぇぜ』
『じゃあ色々質問リケンド。ここはどこ?』
アキレスは素っ気なく言う。イーノックからは雲海でほとんど森の地理なんか見えなかった。そもそも森の名前も知らない、せめて場所と名前だけは知っておかなければ。今はこの男が頼りだ。
『ここはジャンク森林。ジャンク大樹があるからジャンク森林、そのまんまだな。そしてここは俺の拠点、とある理由でここに住んでる』
『それと、ここからイーノックとはどのくらい離れてる?』
『イーノック………?まさかあの聖域イーノックか?』
『え、まぁうん』
『お前まさか……………』
『…………』
リケンドはマジマジとアキレスの顔を見る。マズイ、非常にマズイ。口が滑った、天使族だとバレると厄介なことになる。例えば連れ去られて売り物にされたりとか、天使族の力を利用されたりとか。稀少種だからこその悩みだ。
翼を広げて逃げることは出来なくもない。しかしそれは無理そうだ。アキレスはリケンドが座っている切株の横の、ゴツイ弓を見る。
あの大蛇の魔獣の脳天を正確に、そして一撃で葬ったのだ。恐らく逃げても無駄だろう。
リケンドからは邪気のような物は感じないが、警戒心は警報を未だに鳴らしている。
『さてはお前、イーノックの天空島を見に来たな?さっきはそれが恥ずかしくてあんなこと言ったのかーなるほど。ま、心配するな。自分が気にしてることは案外、他人にとってはどうでもいいことの方が多いぜ』
『……………あ?』
『あん?なんだそんなポカンとして。まぁいっか、俺はそろそろ寝る』
地上にとってイーノックは夢物語、都市伝説的な扱いをされているのだろうか。まぁ正体がバレなかっただけよしとしよう。
…………にしても、ここからどうしよう。
(イーノックに帰るにしても、どうせ帰ってもなぁつまらないだけだし。この地上を探検するにしても、知識と経験、なにより頼れる人がいない。いない………あ)
リケンド・ゴウカイド。
この男はここに訳ありで住んでいるらしい。この男に何か理由を押しつけて住まわせて貰おう。
『ごほ、ごほ、ごほっほあぐ!?あミスったじゃなくてせきが酷いなー、風邪でも引いちゃったかなー熱もあるかもなー』
『あ?なんだ風邪でも引いたか。どうだ診てやる、俺は医者だからな。ヤブだけど』
『は?いや、いやいいよちょっとまってまじで』
『いいから見せろガキ』
布団から出たリケンドはアキレスの顔を掴み、舌や目の下、額を触り見て、
『あー熱引いてるな、治るまで面倒みてやる。さっきまで雨に打たれてたからなお前。とりあえず、えーとえーと、あこれだ。おらこれ飲んで寝ろ。俺も寝るから』
ポンと薬の入った小包と水を渡される。
(…………え?マジ?さっきからふらふらするのは気のせいだと思ってたのに)
あー駄目だ、そう意識すると余計朦朧としてきた。アキレスは赤くなった頬を引きつらせ薬を飲む。
苦い。めちゃくちゃ苦い。地上に降りて初めての苦い経験(二つの意味で)を噛みしめて、おとなしく布団に潜り込んだ。
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翌日。
『だーはっはっは!ラディオ体操第一ー!!いっちにっさんっし!』
『るせぇぇ!!静かにできねぇのかあんた!………ていうか何それ』
日はまだ登ってきたばっか。うっすらと太陽の光が照らす程度で若干暗い。そんな朝早くから大声で謎の挙動をする男が一人。
『起きたかアキレス。これはラディオ体操と言ってな、なんでも大瀑布の向こう側から来たと自称する人間から伝えられた伝統的な体操だそうだ。ラディオの意味は分からんがな』
大瀑布の向こう側?と頭にハテナマークを浮かべ首を傾げる。リケンドは静かにラディオ体操を続けながら、
『東の東、極東にあると言われる幻の島だ。たまにいるんだよな、大瀑布から来たと言う人間が。大抵は偽物だが、たまーに本物がいて大瀑布の文化や知識を教えてくれるんだそうだ。ヤブ医者やってて色んな患者と会ってきたが、大瀑布の住人を名乗る奴はいなかったなー』
『極東の幻の島…………面白そうだな。ねぇ、俺にも行けるかな。極東の島』
『ハハ☆無理無理。お前みたいなワイルドさのないガキが辿り着ける場所じゃねえ。ガーハッハッハ!!』
『な、なんだよ馬鹿にしやがって!ていうかそもそもそのワイルド?ってなんなんだよ』
『いずれ分かるさ。適当に飯作ってくるから病人は大人しく寝てな。ガーハッハッハ!!』
ラジオ体操をし終えたリケンドは高笑いし森の中に入っていった。
『くそ、絶対いつか行ってやるからな。…………?』
舌打ちをしそう呟くと、リケンドの私物がバックから飛び出していることに気がついた。よく見ると一冊の本が入っている。
誰もいない事を確認し、布団から体をだして忍び足で本を手に取る。
『…………植物図鑑?』
それは分厚い植物図鑑だった。興味本位でペラペラとページをめくっていく。中にはドデカイ花から綺麗な小さい花、毒性を持つ植物だったり食人植物(!?)だったりと、見てて飽きないものばかりだった。
上機嫌に鼻歌を歌いながらページをどんどんめくっていくと、一つの紙切れが入っていた。
なにこれ、と紙切れを取りマジマジと見つめる。そこにはある花の絵が描かれていた。随分といびつな形で配色も悪い奇妙な花だった。
よく見ると、その花と似たような物が図鑑にもあった。
『イカネルハナ……奇跡の花と呼ばれており、滅多に咲かない。発見された記録は二つしかなく二つとも花の保存はされていない。奇跡の花、という別称から人神イカネの名前をとってこのような名前がつけられた………ほげー、奇跡の花にしては気味が悪いな』
『なーに人の私物漁ってんだてめー。病人は寝てろっつったろ』
『うわぁ!?』
首の襟を持ち上げられる。どうやらリケンドは朝食を取ってきたようだ。アキレスを持ち上げている手とは別の手で数々の果実が入ったフルーツバスケットを持っている。
リケンドは落としてしまった本についた土をポンポンと払いのけながら低い声で言った。
『お前、花の絵が入ってたページ、見たか?』
この言葉だけは男らしい風格を放つとともに、ただの質問ではない圧を感じた。
ビビったアキレスはとっさに、
『み、見てない』
『―――――』
『…………………(ごくり)』
『そうか!ならさっさと飯にしようぜ、ここの果実は美味ぇし少数でも腹にたまって更に栄養価が高い。3つもお得な万能果実。病人のお前にはぴったりだな』
『あ、ありがとう………』
渡されたひょうたんのような果実を一齧りする。確かに美味い、美味いのだが…………。
アキレスはじっと立ったまま果実を頬張るサングラス男を見る。
こいつは何者なんだろうか、ただのヤブ医者には見えない。ただそれだけの疑問が一日中頭から離れなかった。




