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23   天使が墜ちた日


 バッシャァーン!と水の塊が弾けた。顔を上げると弾けた水が真上から落ちて―――


「冷た!つめった!クソ、また失敗した……。真面目にやってみると魔術って難しいな……」


「ぶるるるる。そういうもんだぜ魔術ってのは。なんせ超常現象だしな、今だに細かいことは分かってない物をすぐに扱うなんて無理な話だ」



 犬のように体をブルブルと震わせ水を払いながら言う。


 勝負の日まであと3日。今はアキレスの『水』にカツジの爆発を加えたパフォーマンスの練習をしている。が、水の魂の中心部に狙いを定めるのがまた難しい。


 掌を向けた先の距離感を掴むのが難しい。ぐったりと魔力を消費したカツジは平野にのたれ込む。



「ちょ、ちょっと休憩ぇ~。はぁ、クロウリーの奴はどんな対策してるんだろ。落雷とか台風とか」


「いくら超常現象とはいえ台風は無理だろ。クロウリーでも精々竜巻くらいが関の山だ」


「竜巻でも十分な気がするけどな……。カンナは調子どうだ?」



 後ろからのそのそと歩いてきた包帯少女はカツジ以上に疲れた様子でうつ伏せになった。うう~とうめき声をあげ細い足をバタつかせる。



「ア”ア”ア”ア”……甘いものが欲しいアル。疑似魂付加札の秘術は魔力を消費する訳ではないアルが…集中力が尋常じゃないほど消費されるネ。ううー」


「相変わらずすげぇ魔術だな。魔力の消費なしであんなことするなんて。吸血鬼族についての本は地元に無かったからなぁ。その秘術俺にも教えてくれないか?好奇心が……」


「いやアルなんの為の秘術ネ。べー」



 あざとらしくべーと(包帯で見えないが)舌を出す。アキレスは魔術についての好奇心が抑えられない様子。さすが天使族と言ったところか、そういう努力するという部分だけは達者だ。



「天使族にも何か特有の秘術ってあるのか?天使族も魔術は得意なんだろ?」


「いや無いけど。ていうか天使族はあくまで『光』の魔術が得意なだけで魔術全般得意な訳じゃないぞ。誰がそんなこと言ったんだ」


「え?違うの……。天使族っていうからそういうのも出来るもんなのかと」


「ねぇ、アキレスの地元の話聞かせて欲しいアル。アキレスはなんで天使族なのに穢れのある地上に降りてきたアルか?」


「それはずっと気になってたな。なぁ話してくれよ休憩がてらさ」



 アキレスは少し嫌そうに頬を引きつらせる。少々抵抗感が残りながらも、はぁと息を吐き、仕方ないと野原に寝そべって語り始めた。



「あれはまだ髪の毛が肩らへんの長らへんのことだったかな。あの日は天気が悪くて迷っちまってさ――――」


「ねぇこれ自分から聞いておいてなんだけど長くなる?」


「ちょっと黙っとくアル」




#####





『神様なんて信じない』


 少年は昔からずっと思っていた事である。この世は不公平だ。強者は弱者を虐げるし、才能を持たないものは才能を持ってる人には勝てない。


 何より子は親を選べない。


 神様ならこんな悩み事などすぐに解決してくれるだろう。だって神様は人々を導き救う存在なのだから。


 しかしそんなものは存在しない。だって少年はこんな親と環境と、


 種族に生まれて来てしまったのだから。


 優しい神様ならこんなことしない。というか神様って何だよという哲学じみた考えも出てくる。神様が絶対的存在なのならば、神様が生み出した我々は神様によって管理されているのではないか?



 そんなの不明瞭な存在の操り人形などごめんだ。そんな考えを持っていると周りの奴らが滑稽に見えてくる。


 何が神に信仰を捧げるだ、何が敬虔な神の使いだ。俺は俺だ。



『はぁーー暇。…………何か起こんないかな』



 少年は雲の大地の上で寝そべって何もない空を眺めていた。退屈の中の退屈、やることも無いし本を読むのも飽きてきた。よく分かんない祈りの時間から逃げ出してきたのはいいもののやることが無い。



『いや待てよ…何も起こらないなら自分から起こせばいいのでは。そうと決まったなら行動開始だ』



 よっこいしょと立ち上がりとりあえず歩いてみる。真っ白くみえる土を踏み森に入ってみる。相変わらず冷たい、高度が高いから仕方が無いのではあるのだが。


 この場所、天使族が住まう聖域イーノックは世界の中でも特殊な場所だ。何千年と昔の話、まだ天使族の先祖が地上の大森林で暮らしていた時である。



 その森は様々な動物や果実があり人々はそれを食して生活していた。他の人が住んでいる土地とはかなり隔離された場所なので多文化を知らない独自の文化が積み上げられていた。


 その一つに現在の天使族の特徴である『神への信仰』が生まれたと言われている。



 ある日とある地から一人の人物がやってきた。彼?彼女?は森の生態やら調べた後、そこに住んでいる人々に交渉を求めた。



 何やら実験をしたい様子。この土地はそれに最適であり、その人物も生態系に大きな影響は与えないから安心して欲しいと告げた。


 人々はそれを承諾する代わりにその人物に様々な事を教えて貰った。知識、技術、そして魔術。彼らはその人物に対して信用を抱くようになった。



 そして事件は起こった。



 その人物が行った実験が暴走したのだ。大森林を囲むように置かれた四つの大樹、ジャンク大樹と呼ばれる豆の木が



 その森の土地ごと天高く持ち上げたのだ。



 人々は突然の出来事に驚いた。自分たちの居場所になんて事をしてくれたのだと地上にいるその人物に怒りを覚えた。これが地上にいる者は、欲深く嘘をつき他人のことを考えない穢れた奴らだという考え方が始まった。



 そしてその人物は、何もなくなった土地で空を見上げながらこう言ったのだった。



『やべ、やり過ぎちゃった。ごめんねー』



『今思うとおかしな話だよな。馬鹿じゃねぇの』



 少年は一人呟いた。その人物のせいで間接的にだが自分はこんな目に合っていると思うと腹が立つ。


 ずーっと森を歩いていると森を抜けた。その先には崖があり広大な雲海が広がっていた。


 この崖の先には地上がある。周りのやつらは地上に対して怒りと悲しみを募らせているだろうが少年には関係ないどうでもいい。


 好奇心のみが己の生きる私信。



『いくら問題児の俺でもさすがに地上まで行くとは奴らも思うまい。というわけで、アイキャンフラーイ!』



 背中から白い翼を広げ崖から躊躇なく落ちていった。少年―――、アキレス・ガブリエルの冒険の始まりである。



#####




『迷った………なんてことだ』



 意気揚々と地上にきたのはいいものの、迷ってしまった。空の上だから晴れてきたように見えたが、地上ではバリバリ雨が降っていた。


 目印のジャンク大樹も見えない所まで彷徨ってしまったし、曇っているからどこにイーノックがあるのかすら分からない。しかも腹が減って空を飛ぶほどのエネルギーが無い。



『つ、詰んだ……。俺は死ぬのか………だが、あんなところにずっといてつまらない人生を送るよりかはマシか』



 その時だった。ガサゴソ、ガサゴソと茂みから何かが動く音がした。もしかしたら地上の人かもしれない。食べ物を分けてもらおう。



『おーいそこに誰がいるのかー?いたら食べ物を分けてくださいお願いします』


『キシャァァァァァァ!!!』


『………………………………………魔獣様でしたか失礼しました。ハハハ…………ッッ!!!』



 アキレスは思いっきり走り出した。



『無理無理無理無理無理!!こんな状態で戦えるわけないだろうが!ていうかなんだあのサイズ!?イーノックのやつの三倍はあるぞ!!』


『キシャァァァァァァ!!!』


『ギャー!追ってきたー!!?』



 巨大な大蛇の魔獣は器用に体を動かし木と木の間をすり抜けてくる。シャァァァァ!!と耳に響く声を上げ、その大きな口でアキレスを襲った。



『うおっ、あぁ!?』



 がグガッ!!と木が一撃でへし折られた。奇跡的に回避したが、次また避けれるか分からない。あんなのがアキレスの体に当たったらすぐに死んでしまう。


 恐ろしさに足がすくむ。唾を飲み込みアキレスは掌を目の前に突き出して、



『くっ!一か八かこれでも食らえ!!』



 ビカンッッ!!と眩い閃光が走った。天使族の十八番、『光』の魔術だ。光線として駆け抜けた『光』は大蛇の顔面に直撃、ヨレヨレと腹を見せて倒れ込む。



『や、やったか……?』



 恐る恐る確認しに近づく。だがそれが間違いだった。



『シャァァァァ!!!』


『だぁぁぁぁぁ効いてないぃ!!?ヤバいヤバい助けて誰かー!?』



 死んだふりをした大蛇の魔獣は勢いより起き上がり吼えた。今、その大きな口がアキレスの小さな体を飲み込まんと襲ってくる。


 あ、駄目だ。とアキレスは思った。さっきの一撃で残ってたエネルギーは使ってしまった、もう走れない。というより恐怖で足が動かない。



 走馬灯のように過去の記憶が蘇ってくる。本を読んだり、本を読んだり、あとつまらねぇ祈りを捧げたり、本を読んだり。


 ろくな思い出がねぇ。嫌だ嫌だ嫌だ!まだ死にたくない!



『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』



 最後の足掻きに大きく叫んだ。恐怖を紛らわすためだったかもしれないが、叫んだところで状況は変わらない。恐怖の重さは変わらず、むしろ増すばかりだった。



 その時だった。



『シギャァァァァァァァァァ!!!!…………………………』


『え?』



 大蛇の頭が、突然何かに打ち抜かれた。瞬く間に絶命しピクリとも動かなくなった。



『よぉよぉ無事かガキ!このオレ様がお前の要望通りワイルドに助けてやったぜ!』



 一人の男が大蛇の死体の上に立って言った。


『…………助かった、のか?』

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