16 残した意思とは
涙目で抵抗する子供を一人ズルズルと引き連れ、探索中の眼鏡くんと合流〜。
「眼鏡くん、連れてきたよ。そっちはどう?んーでもその表情を見る限り……」
「お疲れ様です。お察しのとおり中々見つかりません……申し訳ない」
「いいよいいよ、私も手伝うから。それにこの子も何か知ってるかもだし」
ニィ、と笑い八歳ぐらいの少年の首根っこを掴み前に出す。
泣きつかれたのか、今は抵抗の余地がなくただただ情けなく捕まってることしかできない。
ミャシャはアブに視線を合わせて、あくまでも表情は穏やかに言う。
「アブくん。どこかお宝が隠してありそうな場所知らないかい?お父さんやお母さんが隠してた部屋とか」
「………………………………」
「んー黙秘、か。それぐらいはする理性は残ってたっぽいね。これを子供にするのは、すごく、すごーく胸が痛むんだけどしょうがないね。えーと確かここに……」
「?」
「姐さん、流石にこの歳の子にそれをするのは……」
「いいんだよ。宝を取り返すことができなかったらボスが激怒プンプン丸だよ?」
「んぐ……くっ」
「えーと…あったあった」
ミャシャが袋から取り出したのは一つの板。その板にはなにやらごちゃごちゃと金属やらがくっついていて、爪切りのような形のものもあった。
「キョトンとしてるね……。これはね、こうやって使うのさ」
「へ?」
すると、瞬きの間に彼女は眼鏡の後ろに回り込み、彼の腕を掴む。慣れたような手さばきで眼鏡が抵抗する間もなく腕を板にはつけ、そして。
バッチン!!
「ウゲガァァァァァァァァァア!!!?ふ、副頭ぁぁ!?」
彼の一本の指の爪が、まるごと切り取られた。アブは絶句した。まさか、あれは。
「副頭ぁぁ!!何するんですか!?股間を蹴られた時並の衝撃が指に……。僕を実演台にするなぁ!!」
「はは、めんごめんご。アブくんも薄々わかってきたかな?うん、そうこれは爪剥がしやつ。つまり拷問さ。さぁどこまで耐えられるかな?」
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「クソ、どこに行った。気配まで消しやがってあのアマぁ………」
苛立ちに地面を踏みつけながら呟く。さらわれたアブは何処へ消えた?順当に考えれば彼の家だろうが、どこに彼の家があるかは分からない。虱潰しに探しても時間が足りない。
「誰かあやつの家を知ってる人間が近くにいればよいが………そうじゃ、騎士にでも聞くか。この街は小さいから住民の家ぐらい把握しておるじゃろう」
そう言って風のように走り出す。ほとんどの住民は避難をし終え、街道には人っ子一人いなかった。
すると、一つの人影が目に入る。
キキーと急ブレーキをかけその人影に歩み寄る。
「お主…騎士か?大丈夫か、随分ボロボロじゃぞ。誰にやられた?」
「うぅ………き、君は?」
「この街に希望をもたらす神様じゃ。で、大丈夫か」
「突然、謎の二人組に襲われた。その二人組はあの爆撃熊だった。私を襲い、消化器をかっさらっていった。騎士とあろうものがこのざまだ、情けない」
「すまないが、今は長話できるほど暇がないんじゃ。お主騎士ならばこの街の住民の家は把握しておるな?アブという少年を知らんだか?」
「アブ………アブ………、あの子か。知っている。ここから南に真っ直ぐ行って、青い屋根がある家を右に曲がった場所にある。…しかし、何故それを聞く?」
ぐったりした表情をしながら騎士は首をかしげる。カツジは説明が面倒くさくなり「いろいろあってな」と適当に流す。
「後で救援を呼ぶ。今は黙って傷口を広げないようにしとくのじゃ」
「―――――待ってくれ」
その場を立ち去ろうとするカツジの学生服の袖を掴み引き止める。
「―――――君は、何者なんだい?騎士でもないし、この街の住民には見えない」
「さっき言ったじゃろう、この街に希望をもたらす神様じゃと」
「ふふ、君は良い人なんだな」
「たわけ、儂が良い人なわけあるか。儂が良い人ならとっくに儂は死んでおる。そうじゃ、この剣を借りていくぞ。早期決着にしたいからな」
「最後に、君の名前を教えてくれないかな………私はルカ。この国に剣を捧げる情けない騎士さ」
乱暴に鞘から引き抜いた剣を肩に担いだ少年は、彼女の方も振り向きをせずボソリと答えた。
「―――――カツジ、いや儂の名前はミオじゃ。言わずとしれたただの神様じゃよ」
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屈した。今までの中で屈するスピードが一番速かったと思う。それもそうだ。母親を刺され拷問器具を目の前で笑顔で見せつけられたら、ただの八歳の男児にできることは何一つないだろう。
「ほえー、まさか自分の仏壇の下に隠し部屋があるとか。あいつも中々ロマンチストだねー。灯台下暗しってか」
「ロマンチストの使い方多分間違ってますよ。まだ指がヒリヒリする………」
「ん?なんか言った?」
「いえ、なにも()」
父の仏壇を横にスライドすると隠し部屋へ続く通路がある。はしごを降り、淡々(たんたん)と狭い通路を歩いていく。
自分はいったいどうなるのだろうか。父が恐らく命懸けで残したであろう秘密。それを、弱く情けない自分のせいで奪い返されたらあの世の父は落胆するだろう。
用がすんだら自分も母や父の跡を追うことになるのだろうか。
あの父がやらされていたては言え、元爆撃熊の一員だったなんてことも未だに受け入れられないし分かりたくない。
ただ自由とロマンを追い求め冒険をしていた父に自分は憧れた。いつか自分も冒険家になるんだと威勢を貼っていた頃が懐かしい。
"この世で最も必要なのは意思だ。意思とそれを後押しする勇気があればなんとかなる"
父がよく言っていた言葉だ。何故今になって思い出すのだろう
「っと、ついたみたいだね」
「―――――」
長々と考え事をしていたらいつの間にか奥まで来ていた。なんの変哲も無い扉が一つのポツンとあった。ドアノブに南京錠がついあって恐らくこれを開けるために必要なのがこの鍵なのだろう。
「さぁアブくん、やっちゃってー!わくわく、わくてか!」
「ぐっ、やっと、やっと俺たちの血と涙と努力の結晶が帰ってくるんですね。ぐす」
「眼鏡くんまだ泣くんじゃない!泣くのは拠点に持ち帰ってからだ!ぐすん」
「副頭も泣いてるじゃないですか」
アブは言われるがまま首の鍵を手にとって錠前に――――――
その時、突然手が止まった。
何をしているんだアブよ。何故手を止めた。お前も殺されたいのか。
自問自答をひたすら頭の中で繰り返す。頭がパンクしそうだ。
自分か助かりたいならここで黙って鍵を開けるべきなのだろうが、したくない。
父は命を狙われると分かっていてもこの宝を盗んだ。母もそれを受け止め父と一緒に暮らしてきた。さらに父はこの駄目息子に大事な鍵まで預けたのだ。
ここで開けたら、両親の思いを、意思を、魂を踏みにじることになる。そうしてまで守ったこの宝は、誰だろうと渡してはいけない。
この世で最も必要なのは意思。それを教えてくれたのはまごうことなき父ではないか。
弱虫でもいい、口だけでもいい、それでも父の、母の、アブ自身の、家族の意思だけは絶対に、
「僕たちで守んなきゃいけないんだッッッ!!!!」
鍵を盛大に床に投げつけ、巨人のような足踏みで鍵を踏みつぶしパリンと割った。
「――――――――――――――お前お前お前お前お前お前お前お前、お前ッッッ!!!!?」
怒りのボルテージがマックスになり、ミャシャは掌を上に掲げ火の球を作り出す。
アブは目をつむった。死にたくない、死にたくない。けど、死ぬよりも駄目なことだけはしなかった。
悔いはない、わけではないがアブは今一人じゃない。
「誰か、助けてッッ!!!」
「分かった、助けるぞ」
ドッッガッッ!!!
凄まじいエネルギーがミャシャの火の球ごと消しとばす。怒りの形相で振り返り声を荒げて叫んだ。
「貴様、何者だ!!!?」
「鬼神ミオ、ただの神様じゃ。さぁ、第2ラウンドと行こうか」
最後の戦いの火蓋が今、切られた。