14 死ぬか殺すか
予想、してなかったわけじゃなかった。彼がやられている可能性は十分考慮していた。しかし、実際に目の当たりにした光景はあまりにも血ドロ臭く、そして残酷だった。
黒ずんだ床にうつ伏せになり、片足と意識を失ってる彼を見て、少女は何を覚えただろうか。
恐怖?
絶望?
悲しみ?
すべてあながち間違ってはいない。だが彼女が一番最初に覚えた感情、それは。
怒りだ。
「貴様ァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「うおっ、ほっ、とりゃ」
「フンッッ!!!」
ふくよかな騎士は見た目からは想像もできないほどのスピードで、風のように特攻する。
その剣技は卓越しており、並大抵で受け流せるものではないと素人のエルザが見ても思った。
さすがの爆撃熊の男も腑抜けな声を出しつつも急いで避ける。
男は回転しながら飛び、両手に巻いた剣を壁に突き刺しそこを支点として張り付く。
「あっぶね。うん、さすがの僕も焦るところだっ
「口を開くな!!」
ドギガッッ!!と剣先がドリルのように突き刺さる。力任せに突き刺さした結果、剣とは思えない打撃的の破壊を生み出す。
「うん、ねぇ、人が話してる時は邪魔しちゃ駄目だって。危ないじゃないか。危うく死ぬところだった、なんちって」
「ふん、こちらとしてはそのまま死んでてほしかったな。貴様らのようなテロリストに生きてる資格はない」
「怖っ、それって一国の騎士が言うセリフなのかな。一応僕も人間だから人権はあるんだけどな」
「窃盗、人殺し、テロ行為、爆発事故、エトセトラ……そんな集団に人権が通用すると思うか?」
「んー、ある」
「ほざけッッ!!!」
両者、疾風のごとくぶつかり合う。カキン、カキン、カキンと鋼と鋼が奏でる死の音は緊張をこの空間に漂わせる。
「はぁ、はぁ、はぁ、ん、あ、はぁ……」
エルザは胸部分のワイシャツを握りしめていた。心臓の鼓動が増す、増す、増し続ける。息も荒くなり、瞳孔がぱちぱちと見開き始めた。
この窮地を脱するにはあの爆撃熊の男を、今この場で倒さなければならない。幸い、男の暇つぶしのより火は消えた。戦いやすさで言ったら今のほうが断然上だろう。
片足を失った騎士を連れて避難させ、増援を呼ぶ。しかしそれではただただループするだけだ。せめてカツジがいれば話は別だが、彼は今もどこかで救助活動をしている。
エルザに直接な戦闘力はない。だが、サポートならできる。
そっと、彼女は自分の指を見つめる。
昔、母から教わった一つの魔術がある。地味に難しく、しかも相手を傷つける魔術だから使ったことは一度しかないのだが、これを敵のどこかに命中させればなんとかなるかも知れない。
「ハァ!!タァッ!!チャェェイャ!!」
「うん、あのさ、興奮しすぎだって。軌道見え見え。戦いで一番だめなのはそうやって感情的になりすぎることだよ」
「ぐっっ!?!」
男が隙きを付き、蛇のような軌道でアッパーカットを決める。
「はい、いまぁ」
よろめいた騎士に、男はすかさず剣を向ける
「かかったな、アホがぁ!!チェェアァ!!」
「ッッッ!?!?」
突然キレを取り戻した騎士が剣を下から上に切り上げる。男はとっさに後ろに下がろうとしたが間に合わず身をひねってなんとかするしかなかった。
ブシューー、と男の左に腕から赤い液体が撒き散らかせれる。
「腕一本、貰った」
「ちっ、急に軌道変えてきやがって。そういう作戦?単純だけど効果はあるってこと?はぁ………」
「随分と余裕だな。腕一本失ってると言うのに。それとも狂人だからか?」
「痛みには慣れてるんだよ。でもさすがにこれは痛すぎるわ。よく叫ばなかったと思うよ、褒めて」
「せいぜいあの世で仲間に褒めてもらうんだな。これで終わりだ!!」
次の瞬間、騎士が最後の力を振り絞り突進する。だが男の顔には余裕の表情が変わらずにあった。
懐から何かを取り出す。それは茶色い小さな小包。そして、見覚えのある記号が刻まれた紙が貼り付けられていた。
中に何が入っているかは分からないが、エルザの頭の中の警鐘がうるさいほどに鳴り響いてる。
「騎士さん、待って!!」
「ハァァァァ!!!」
「ばーか」
軽く、その小包を投げる。その小包が騎士が振るう剣に当たり、弾ける。パリ、パリと電気が走るような音がして、
ドガァァァァンッッッ!!!
騎士の顔面に爆発が命中。崩れるように倒れ込む騎士に男はニヤニヤと笑いながら告げる。
「うん、はは、最後まで気を抜かないって上司に教わんなかった?うんうん、姐さんから貰っておいた記号魔術の紙が役に立ったじぇ」
「――――――――――あ」
「んーじゃあ次にこうなるのは、そこのお嬢様かな?」
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カタカタと指が震える。もちろん、恐怖もあるし怒りもある。
その二つの感情、彼女が選択したのは
一歩、後ろに下がり、
剣を取った!
「ッッ!!」
「うわびっくりした」
「うわっ!?!」
とっさに倒れた騎士の剣を手にとって無鉄砲に飛びかかる。不意打ちも不意打ち、しかし所詮は14歳の少女の攻撃。素人も素人、攻撃は軽く受け流され、背中をどつかれる。
「きみー、うん。見かけによらず野蛮なんだね。まさか自分から飛びかかってくるとは。ま、でも無駄だけどね」
「――――――――!!」
「おう怖い。見かけは優しい少女も、人がバタバタとやられるとこんなに怒るんだね」
「許しません。あなたは人の命をなんだと思ってるんですか!?こんなに人を傷つけて、街に火を放って、あまつさえ人の気持ちを踏みにじる。私は、そんなあなたを、あなた達を許しません」
「――――――そう、で。どうすんの?何か策でも」
「そうですね、今は。―――――――――逃げます」
ブンッ!!と両手で剣を乱暴に振り投げる。男がL字に身体を曲げて避ける隙にスルリとその間を駆け抜ける。
この二階には何も無い。強いて言うなら騎士二人の装備だけ。剣は正直言って使えないし、エルザ自身にもなんの戦闘力も無い。
あの魔術を奴の脳天にぶち込むには、それなりの隙を作らなければならない。賭けではあるが一階にある物資でなんとかするしかない。
自分でも驚くぐらい冷静だった。
ドドドドド足音を立てながら階段を駆け下りる。一階に降りた先にはキッチンがまず目に入った。パリパリと少し火が残っているが、キッチンにある物資は焼け落ちてはなかった。
調理中の鍋、少し焦げたトマト、乱暴に放り投げられた包丁、ブランパンにサラダ油にエトセトラエトセトラ……
(あれ、使えるかも………)
「キッチンかー、うん、そうか、お料理でも振る舞ってくれるのかな?僕はねーいまぁワインが飲みたい」
「もう来た!?」
「つってもそんな距離じゃないよ。さてさて何をしてくれるのかなー楽しみ楽しみ」
無表情で腕をワキワキさせながら告げる。そしてゆっくりと、気持ち悪い足取りで片手の剣を動かす。
「―――ひっ、ぬっ!?!?」
「ほーら、ほーら。避けるのが上手だね。でもでもそれだけじゃあ駄目だ」
生存本能をフル回転させ剣を避ける。相手が片手によりバランスを崩していてよかった、両手だったら1、2回避けただけで終わっていただろう。
身をかがめ、身体をそらし、一歩ずつ後ろに下がっていく。
そしてその時は来た。
「えいやっ!!!」
「あ?」
後ろに手を伸ばし、取ったものをちょうど剣の軌道に乗せる。
パリン、と予測どうりに命中。液体が弾け、男の身体に降り注ぐ。
「んん、何これ。すっげぇベタベタする。この匂い………油?」
「ええぃ!!!」
「うごっ」
エルザが目一杯に脚に力をいれ走り出す。油に気を取られている男の腹に突進、男を後方にふっ飛ばす。
「んガキ、何してくれとんの………。なんの足掻きかな、突進しただけじゃ僕は倒せな………はっ!?!?」
直後、ボワッ!!と男の身体を真紅に燃える炎が包み込む。
「あづぅぅぅぅぅぅ、がぁぁぁぁぁぁ!!!」
男が顔を片手で包み込み転げまわる。
「お前!!何をぉ!!」
「これですよ、これ」
スッと掌から親指サイズの紙を取り出す。
「――――それは姐さんの記号魔術の紙………いつ盗られた!?まさかっ、剣を投げたあの時かぁ!?!?」
そう、エルザはあの紙に見覚えがあった。カツジがべべベア人形の中身をいじくってた時に発見した記号魔術の紙。
刺激を与えるとロウソクについてる火ぐらいのサイズだが紙から火を出すことができる。
エルザはサラダ油を男にかけ突進した時にその記号魔術を男の体に押し当てた。
エルザは馬乗りになる形で飛び込み男の首を締める。
「ぐぬぅぅぅぅぅ!!」
「はっ、首を締めたところで君の力程度じゃ無駄むぐっ!?!」
「そうでしょうか、ね」
男の口に黒い何かが入り込む。細く、先端が膨らんで尖った黒いものは彼女の腰回りに続いている。しっぽ、彼女は自身のサキュバスのしっぽを口にねじりこんだ。
「知ってますか…?サキュバスが一番効率的に相手から精気を集める方法…。それは、しっぽを突き刺して吸い取ることですよ。それも口から!!」
「あがっ、うがぁ!?力が、はいら、な」
精一杯もがこうとするが、彼の体はピクリとも動かない。やがて口から泡を吹き出し、気を失っていく。
エルザは自分の人差し指を銃の形にして男の頭に突きつける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
呼吸が乱れる。このまま精気を取り続ければいずれは彼は気を失うだろう。その後に連行すればそれで終わりだ、この場でエルザが殺す必要はない。
しかし彼女の感情がそれを引き止める。騎士や街の人達、街そのものを恐怖に突き落とした人間の一人が、生きていいはずがない。
指を力を込める。エネルギーを指先に一転集中させ、光の珠を作り出す。これを打ち込めばひとまずは安全を確保できる。
奴を今ここで倒せ、殺せ、殺っちまえ、なんて"悪魔"の囁きが聞こえる。
「やめるのじゃ、従者」
光の珠を放とうとした瞬間、手を誰かに掴まれた。放った光の珠は明後日の方向に飛んでいき、壁に衝突する。
「――――――カツジ、さん?なん、で」
「街を飛んでいたらお主の気配がした。同時にそこの腐れ外道もな」
カツジは無表情で言う。彼女の手を両手で優しく包み込み、
「落ち着け。感情に飲まれるな、お主は悪人とはいえ人殺しをしようとした。善人が自ら手を汚すことを見過ごすわけにはいかぬ」
「―――――あ、わ、私は…」
そっと、カツジは彼女の体を抱きしめる。まるで泣く子供を慰めるような優しい音色で、
「大丈夫じゃ、儂がなんとかする。だからもう休め。従者は主を信用するものじゃ」
「――――――――はい」
そう小さく呟くとパタリと体をカツジに預けた。ふぅ、と一息つき彼女を抱きかかえる。
「さて、そろそろキングを取りに行くかの。罪を犯すのは、儂だけでいい」