10 ハプニングと爆発はつきもの
「私、何かしたんでしょうか」
「さぁな。儂の知ったことではないが、恨むんなら自分の血を恨むんじゃな」
膝を抱えどんよりと落ち込んでいるエルザに冷たい言葉をる。
小さい子にあそこまで怯えられたのがそこまでショックだったのか、負のオーラが彼女の周りから見える気がする。
「ふん。次は儂がいっやるかの。このぬいぐるみ借りるぞ。って重いなこの人形」
人形にしては重いぬいぐるみを持ち、首の関節を鳴らしてダルそうに少年の座るベンチに向かう。
先程よりかは気が晴れているが、その表情はやはり沈んでいる。
カツジは少年の横に座る。
「隣、ええかの?」
「え?は、はい」
「――――お主、さっきあのガキ共に随分と煽られてたの」
「…………うん」
「悔しくないのか?」
低く、単刀直入に尋ねる。少年は少し間を置いてから答えた。
「………悔しい。けど、あいつらの言うとおり僕は意地なしだしいっつも口だけだ。そんな僕が父さんみたいな冒険家になるなんて無理な話だよ」
首にかかった鍵の形をした物をいじりながら言う。
「………その鍵はなんじゃ」
「これ?これは死んだ父さんの形見だよ。僕の父さんは凄い冒険家だったんだ。陸、海、ときには空を股にかけ冒険する僕の憧れだった。………けど去年、誕生日までには帰るって言い残したまんま冒険先で死んだ。旅に行く前にこの鍵をくれたんだ。何に使うかは分かんないけど」
「―――――――」
「でも、悲しくはないよ!きっと凄いかっこいい死に方をしたんだ!とてつもなく猛獣と相内になったとか、大切な物を守るために自ら自爆特攻したとか、あと勇敢の勇者となって魔王に戦いを挑んだとか!」
彼は陽気に話していたが、その瞳にはどこかに虚ろな感情が宿っていた。
「僕は、そんな生き方をするんだ!勇敢の冒険家として生きて、勇敢な冒険家として死ぬ。これが僕の夢なんだ!!父さんみたいなかっこいい死に方なら、僕は死なんて怖くないさ!」
「―――――――そうか、せいぜい励むことじゃな。お主、名前は?」
「アブ、僕の名前はアブだよ」
「そうか、アブ。大層な夢を持つお主を応援する身として、少し稽古をつけてやろう」
そう言うと、べべベア人形片手に立ち上がる。街はもうすでに暗く、家という家に明かりがついていた。
道も人気が少ない。これなら誰の邪魔にはならないだろう。立ち上がったカツジは25メートルプールぐらいの幅の道の中心に立つ。
ピンク色のべべベア人形を上に掲げると、
「今から儂に一発拳を叩き込んでくるのじゃ。一発でも当てられたらこの人形をお主にやる」
「え、いいの?」
「当てられたら、な。遠慮はいらん全力で殴っくてくるのじゃ」
「よ、よーし。やってやるぞ!」
腕をぶんぶんと揺らしてからアブが突撃してくる。たがカツジはそれをスラリと避ける。
アブの拳が、なんども、なんども向かってくる。しかしカツジにとってはあくびが出るような動き、もはや時が止まってるように感じる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「なんじゃ、もう終わりか?」
「いや、まだ!」
少々苛つき気味で突進してくる。カツジはそれを馬跳びのように避けた。全く自分の攻撃が当たらずアブは足をジタバタとさせ悔しがる。
「クソー、なんで当たんないんだよー!」
「あの、カツジさん。そのへんにしといたらどうですか?大人げないですよ」
「いいや、駄目じゃ。主は勇敢な冒険家になるんじゃなかったのか?こんなことろでへこたれる者が、勇敢どころか冒険家にもなれんぞ」
「むーーー!!」
頭に血が登ったのかさっきよりも力強い動きで突撃してくる。遂にカツジは反撃する。殴りかかってくるアブの手首を掴み、撚る。
「な、なんで反撃するのー」
「反撃するなんて一言も言っとらん。時にお主、さっきかっこいい死に方なら死なんて怖くないなんてほざいてたな」
「え?」
「もし凶悪な鬼神相手に勇敢に立ち向かって死ねばそれは勇敢じゃろうか。いいや違う、勇敢と無謀を履き違えるな。死とはこういうものじゃ」
そう言って、カツジは拳をに力をを入れる。腕の筋肉、指一本、一本に"殺意"を込めて、
放つ。
ドギガァァァァァン!!!と衝撃波が無駄に長い道を削りとる。
拳はアブの鼻すれすれで止まり、その衝撃波で髪が揺れる。
「――――――」
「アブ、今のが"死"じゃ。もし儂が拳を当てていたらどうなってたと思う?パンッじゃ、パンッ。イクラを奥歯で潰したみたいにな。恐怖もろくに知らねぇで死についてベラべラほざいてんじゃねぇぞガキ」
「カツジさん!!!」
「お主は黙ってろ。ほれ、この人形はくれてやる。今日学んだことを忘れるんじゃないぞ。その人形は努力賞じゃ」
そう乱暴にぬいぐるみをアブに投げ渡し、去っていく。エルザは自分がどうすればいいのか分からなかった。
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アブは一人、夜の街をピンク色のべべベア人形片手に歩いていた。彼は知らなかった、恐怖を、暴力の波。さっきの男はやろうと思えば本当にイクラを潰したみたいにすることができた。その覇気を衝撃波越しに感じた。
父さんはよく冒険は死と隣り合わせだと言っていた。………父さんは冒険するたびにこんな恐怖を感じていたのか?
背筋が凍る。心臓の鼓動が速くなり、息が荒くなる。
アブはずっと冒険を夢見てきた。日を吹く大地、雪がふる雪原、星が降り注ぐ森。なんと口だけの意地なしと言われようとそれだけは決して諦めなかった。
だが恐怖はこうもあっさりと人の決意を砕いてしまう。死にたくない、そんな危険な目に合うなら自分の店でも構えてのんびり暮らした方がいい。
恐怖を甘く見すぎていた。
死なんて怖くないと言っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。そしてこう言ってやりたい。
口で先意地なしのお前じゃ無理だって。
ノロノロと歩きながら、家の戸を開ける。台所には今日の夕飯を作っている母がいた。
「あ、おかえりアブ。ごめんねー今日母さん寝坊しちゃってご飯作るの遅くなっちゃったのよー。………アブ?」
「――――――」
「アブ?どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。ねぇ母さん、昔の父さんってどんなのをだったの?僕が生まれる前の」
母は少し間を置き、一息ついてから答える。
「――――そうね、あの人は母さんがアブぐらいの年の頃からの付き合いでね。昔っから気が抜けてて、それでいつも冒険だーって言って友達と一緒に遊んでたわ。そしていつか世界を練り歩く冒険家になるんだってよく言ってたわね。でも、いつの日か彼は冒険するのをやめちゃったのよ」
「え?」
「その日から彼はおかしくなった。一日中どっか行ってて、帰ってきてたと思ったら血だらけだったり、大量のお金を持ってきたりと。何をしているのか問い詰めても何も言ってくれなかった」
「―――――」
母は少しつらそうな目をしながら話を続ける。
「そして彼がそんな生活を続けて2年が経った時に、彼は私を連れ出して暮らしていた街を出た。そこで彼はすべてを話してくれたわ」
「―――――――なんて、言ったの」
「それは、もう少し大人になってからね」
ニコッ笑い母は台所に戻り夕飯の支度に取り掛かった。
アブは自分の部屋にぬいぐるみを置いてから、父の仏壇の前に座った。
「父さんは、なんで冒険をやめちゃったの?」
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カツジは再びサクライへ向かう。
「カツジさん、なんであんな小さい子にこんなことしたんですか!?」
「世の中の厳しさを伝えるための稽古じゃ。こんぐらいしないとな。儂はああゆう、死が怖くないとかいっちょ前に言うやつがいけ好かないんじゃ」
「で、でも。もっとやり方や言い方が………」
「たわけ。こういうのはきつーくやっとかなきゃのう。なんだの言ったが、本気でやるわけないじゃろ。ガチだっから道ごとパァンじゃ」
「―――――」
エルザは不満そうに口を膨らましてカツジをにらみつける。
しばらく歩いていると、またしても子供の声が聞こえる。よく見るとアブを煽り散らかしていた子供二人だった。
「し、しまったー!!思ったりより脆かったー!!」
「まぁ無料のものだったし、妥当っちゃ妥当じゃない?」
「ぐぬぬぬぬ。くそう、まぁいい。あの意地なしからとったこのべべベア人形があるからいいもんねー!」
「そっちはちゃんと丁寧に使えよー」
どうやら片方の子供がぬいぐるみを壊してしまったらしい。どんな遊び方をすればこの短時間でぬいぐるみを壊せるのか。最近の子供は野蛮だ。
彼らの後を過ぎさろうとした瞬間、カツジの鼻に変な匂いがついた。
後ろを振り向きこの匂いの発生源を探す。
「…………おい、そこのお前。その壊われたぬいぐるみちょっと見せてみろ」
「は?急に何言ってんのお兄さん」
「いいから」
カツジは半ば強引に壊れた人形を取り、確認する。すると、ぬいぐるみの中身は綿ではなく謎の黒い砂が入っていた。
恐らくこの匂いはこの砂だ。
直に触ってみて何なのか調べてみる。
やけに人形が重いなとは思ったが、まさか砂が入っているは。
「この匂い…なんじゃ、これは、ん?」
人形の砂を漁っていると指に砂以外の物がつく感触がする。それを抜き取り、確認してみると。
「紙………?」
一辺3センチぐらいの紙が入っていた。紙にはある記号のような物が書かれている。カツジはこれに見覚えがあった。
「――――――これは、記号魔術。この文字、角度、……火。まさ
ドガァァァァァァァン!!!!
言い切る前にカツジの手から爆発音が炸裂した。