あの娘が15歳になったら
「あの娘が15歳になったらお父さんと一緒に旅に出ましょうね」
思い出したように母は時々私にそう言って微笑む。
あの娘と言うのは妹のラモネダの事だ。
私とラモネダは双子だ。
ラモネダ(妹)は体が弱い。
私達は二卵性双生児だ。
ラモネダは淡いストロベリーブロンドで赤い瞳をしている。
ラモネダの髪と瞳の色は、お父様によく似ている。
この時代出産における母子の死亡率は高い。
双子だったせいか、妹は未熟児として産まれた。
よくベッドに伏していることが多い。
妹は体が弱いのだ。
それに引き換え、私は丈夫だ。
影でツベルア伯爵の長女は鬼っ子と呼ばれている。
黒髪に緑の瞳の私は家族の誰にも似ていない。
でもお母様はお爺様に似ていると、私の髪を撫でながらいつも言う。
私の曾祖母はこのラフール国の伯爵令嬢で、隣のユーララシ国のお爺様の所に嫁いで来たという。
母は曾祖母に似て亜麻色の髪で海の様な青い瞳をしている。
母は良く母国の話をしてくれる。
祖父の領土は海の近くで、子どもの頃よく魚釣りをしていたそうだ。
「ミミズなんてよく触れたわねお母様。私には無理です」
お母様は笑って。
「私もミミズは苦手よ」
「あら? じゃどうやって餌を付けたの? 誰かに付けてもらったの?」
小首をかしげる私の頬を優しく撫でてお母様はコッソリ教えてくださった。
「幼馴染がね。私の為に羽や糸で疑似餌を作ってくれたの」
お父様には内緒よと、お母様は目を細めて故郷の海の話をしてくれる。
それはそれは綺麗な疑似餌だったわと言葉をこぼす。
お父様は若い頃ユーララシ国に留学して、お母様と結婚したそうだ。
お父様はお母様と私達をラフール国に連れ帰った。
お父様は余りお母様が故郷の話をするのを好まないようだった。
だからお母様はお父様の前では故郷の話はしない。
二人が話すのは妹の健康の事ばかりだ。
お父様の両親はお母様との結婚を喜ばず。
しかも女の子とあって、お父様が亡くなったら、ツベルア伯爵家を継ぐのはお父様の弟と従兄弟だ。
ツベルア伯爵家の祖父母は私達を疎ましく思っているのだろう。
数えるほどしか会ったことがない。
「あの娘が15歳になったらお爺様の領地の海を見せてあげるわ」
お母様はハンカチにハマガオを刺繡する。
海岸に咲く朝顔によく似た花だ。
私もハマガオを刺繡するがお母様の様に上手に刺繡出来ない。
私は家の中で刺繡や読書をするより馬に乗ったり木に登る事が好きだった。
病気がちな妹とは正反対だ。
ある日、妹の婚約が決まった。
相手は格上の侯爵子息で銀髪碧眼の美少年だ。
お人形の様な子供だった。彼は私達より1歳年上だ。
彼の両親も来られた。
彼は侯爵夫人に似ている。
昔、社交界で氷の美姫と言われていた。
今も大変お美しい。
ロチェス侯爵はクマみたいにデカくて厳つい人だ。
ロチェス侯爵が挨拶をする。
身分の高い者が先に声を掛ける。
私も顔合わせで綺麗なドレスを着て、彼らに挨拶をした。
妹もピンクのドレスを着て髪も結い上げてもらってとっても可愛い。
叔父様と従兄弟は領地で仕事をしてる為、今日は来れないそうだ。
急に決まったので仕方ないだろう。
「こんにちは。わたしラモネダと言います。よろしくお願いいたします。ロチェス侯爵様。メット様」
妹はたどたどしく挨拶をして笑う。
相手の侯爵夫人が少し眉をひそめるが。
「まあまあ。可愛らしい。まるで妖精の様じゃないか」
ロチェス侯爵はニコニコしながらラモネダを見る。
ロチェス侯爵夫人とお母様はお友達なのだとか。
この縁談もお母様が進めたものだった。
お父様は愛娘の婚約に余り乗り気ではない。
「ラモネダ、メット様を庭に案内してあげて」
「はい。お母様、メット様こちらです」
二人は庭に出ていく。
妹の婚約者がちらりと私を見た。
花は好きでは無いのかも知れない。
それとも私の髪の色が珍しいのかな?
「お母様、私は馬に乗ってきていい?」
顔合わせは済んだんだから、私は馬に乗りたくてソワソワしている。
この窮屈なドレスを脱ぎたいということもあった。
「おや? 君は馬に乗れるのかい」
ロチェス侯爵が興味を持つたようだ。
「ロチェス侯爵様も馬が好きなの?」
「ああ。競走馬を5頭持っている」
「競走馬‼ サラブレッドなの?」
「そうだよ。わざわざイーラン地方から仕入れてね。今年のクイーン・エリザ賞はうちの馬が取るだろう」
この国では秋に競馬が行われ、社交界の一端をになっている。
そうそう大掛かりな狐狩りも行われる。
「凄ーい‼ お父様、侯爵様に私のリリーナ(馬)を見せて良い?」
「ああ。私も行こう」
あら?
珍しい。
いつもラモネダにべったりなのに。
本来ならこっそり二人の後を付けるかと思っていた。
ああそうか。
実は父もサラブレッドを持っていて、自慢したいのか。
男の子は、大きくなっても釣った魚の数や大きさを自慢するもんだと言うが。(従兄弟談)
「行ってらっしゃい。私達は東屋でお茶を飲みながらあの子達が庭から帰って来るのを待っているわ」
丘の上にある東屋からは庭が良く見えて妹とメット様を見る事が出来る。
勿論、二人にはメイドと護衛騎士が付いているのだが。
お母様は心配性だわ。
「はい、わかりましたお母様。私達は厩舎に行ってきまーす」
私と父と侯爵様は厩舎に向かう。
私達を見つけると馬丁や御者が慌てて挨拶に来て、ペコペコしながら私達を案内する。
うちの厩舎は結構立派で毛並みの良い馬たちが控えている。
厩舎には塔になっていて、二階は御者達の宿泊場になって居て、24時間体制で馬達の面倒を見ている。
馬達は使用人達より立派な煉瓦造りの厩舎で大事に世話をされている。
「侯爵様‼ この子がリリーナよ。器量良しでしょう」
私は仔馬に人参をあげる。
リリーナは美味しそうにゴリゴリと人参を食べた。
「おお。中々器量良しじゃないか」
侯爵様はリリーナを優しく撫でる。
リリーナは白馬で、皇子様が乗る馬の様だった。
「メット様も馬が好きなの?」
「あ奴は本ばかりを読んでいる」
「まあ。それなら妹と気が合うわ。妹も本ばかりを読んでいるんですもの」
「君は読書が好きでは無いのかい?」
「私は馬が好き。それにこの間従兄弟と魚釣りをしたわ」
「おや? 君はミミズが触れるのかな?」
アデルは首を振る。
「ミミズは嫌いよ。だから、自分で疑似餌を作ってみたの。思ったよりたくさん釣れたわ」
「疑似餌?」
アデルは頷き今度お見せしますねと無邪気に笑った。
「それよりあちらにいるサラブレッドを見ていただけますか?」
後ろにいたお父様が声を掛ける。
自慢のサラブレッドを見せたくてうずうずしている。
「おおっ‼ そうだった」
本当にロチェス侯爵様もお父様も馬が好きだな。
馬丁が出てきて二人を案内する。
二人はサラブレッドを見るために厩舎の奥に向かう。
私は自分の部屋に帰ると、メイドに乗馬服を出してもらって着替えた。
ふんふん♪ と鼻歌を歌いながら鞭を振りつつ歩いていると、声を掛ける者がいた。
「アデル、これから乗馬をするのか?」
「あら? ガイスト久しぶり。まだ領地の仕事があるんじゃなかったの?」
従兄弟のガイストは私達より5歳年上で15歳だ。
お父様より深い色の赤毛をしている。ツベルア伯爵家の人間は赤毛に赤い瞳の者が多い。
「うん、そっちは早めに終わった。別の用事が出来たから本館に来たんだ」
「お父様はロチェス侯爵と厩舎にいるわよ」
「ああ。そう言えば今日はラモネダの婚約者が来る日だったな。で、どんな奴なんだい?」
「銀髪碧眼のお人形みたいに綺麗な子よ。挨拶だけだから性格は分からないわ」
「ふ~~ん。双子なのに妹に先を越されたな~~」
「あら、私はラフール国立学園で相手を見つけるわ。恋愛結婚をするのよ」
「ぶははははは‼ 恋愛結婚? 馬と? 笑わせてくれる~~~」
「も~~酷い~~人間とに決まっているでしょう‼」
アデルはふざけて、ブンブンと鞭を振り回わす。
ガイストはへらへら笑いながら鞭を避ける。
「本当に失礼しちゃう。所でガイストも馬に乗る?」
「いや。今日は伯父さんとロチェス侯爵に挨拶だけしておくよ。親父は書斎で報告書をまとめてるし、今年は麦が豊作だよ」
「ガイストも大変ね。今年から学園の寮でしょう。侍従は一人付けてもらえるのよね」
そうガイストは今年の秋から学園の寮生活だ。
ラフール国立学園は貴族と裕福な庶民が通う、完全寮制で貴族の子供は侍従やメイドを一人付けることを許されている。
「人の事よりガイストの婚約はどうなっているの?」
「ああ……うん……ボチボチだな……」
「ふふふふ。ガイストはツベルア伯爵家を継ぐ優良物件だから叔父様も選別が大変ね」
「本当にお前は大人びていると言うか。ませガキだな。どこでそんな言葉を覚えた?」
「まあ。レディに対して失礼ね」
私達は笑い。
私とガイストは厩舎に着くと別れた。
私はリリーナの元に向かい、ガイストはお父様の所に向かう。
「お嬢様、リリーナの準備は出来ております」
馬丁が鞍を乗せたリリーナを出してくれる。
礼を言って私はリリーナにまたがった。
この国では、女性は横座りが普通だが、私はキュロットスカートだから普通に跨いでいる。
パカパカとリリーナは歩き出し。
「お嬢様、今日はどちらに行かれますか?」
「そうね。泉に行くわ」
「かしこまりました」
私達は泉まで馬を走らせ休憩した後、空模様が悪いので直ぐに館に帰った。
館に着くとロチェス侯爵が帰る所だった。
私は馬を降りロチェス侯爵に挨拶をする。
「我が家の馬はどうでした?」
「いや素晴らしい馬達だ。今度ラモネダ嬢と我が家の馬を見に来ると良いよ」
「ぜひお父様とお母様と妹で、お伺いいたします」
私はニコニコと手を振る。
ロチェス侯爵の馬をぜひ拝見したいものだ。
ちらりとメット様が私の方を見て何か言いかけたが、ロチェス侯爵夫人が急いで彼を馬車に乗せる。
馬車はガラガラと走り出し、護衛の騎士達も馬に乗って走り去った。
「お姉様、お姉様」
妹が私の部屋にいた。
珍しい事もあるものだ。
「今日ね一杯メット様とお喋りしたの」
「それは良かったね。ラモネダ。でもあまり興奮してはダメよ。また熱が出るわ」
私は侍女にお茶を用意させる。
暫くお喋りしていたが、夕食にはドレスに着替えなければならないので、妹は自分の部屋に帰って行った。貴族と言う者は夕食にいちいち着替えねばならない。
めんどくさいな。
私は着替えると食堂に向かったが、ラモネダは熱を出して寝込んでしまった。
~~~*~~~~*~~~~
そして5年の月日は過ぎ去り。
今日は私とラモネダの誕生日だ。
これで私達は成人と認められる。
私達は秋にはデビュタントがあり。
妹のパートナーは婚約者のメット様で、私のパートナーは従兄弟のガイストだ。
そして数日後には、学園に入学する。
実はこの誕生日パーティーはラモネダとメット様の正式な結婚発表でもある。
1年後二人は結婚する。
その為お母様は数か月前に私の誕生日を祝ってくれた。
父は仕事でおらず、妹は熱を出して床に伏していた。
「ラモネダの誕生日は結婚発表の場でもあるから。この日に二人だけの誕生日のお祝いをしましょうね」
あの子とメット様が主役ですもの。
僻んでは駄目よ。
「あら嫌だ。お母様ったら私僻んだりしませんわ」
だって私はお母様に愛されてるってちゃんと分かっているわ。
父は相変わらずラモネダを溺愛しているが。
私は平気だった。
ちゃんと言葉にしておけば良かったんだ。
後悔する事の無いように。
___ お母さんの娘に生まれてきて幸せだと ___
母は笑って小さなケーキに蝋燭を立てて火を灯す。
蝋燭に照らされた母の顔は神殿で見た聖女様の様で綺麗だ。
母はとても綺麗な人で、私はお母様に似たかったと愚痴をこぼした事があった。
妹のラモネダの顔立ちは母に似ている。髪と瞳の色は父に似ているが。
「私はあなたの黒い髪も緑の瞳も好きよ。あの人と私の大切な娘だもの」
母は父を愛している。
それを疑った事は無い。
口さが無い者たちは私は母の不倫相手の子供だと疑っている様だが。
ユーララシ国から送られてきた、祖父の肖像画は私と同じ黒髪で緑の瞳だった。
本当に私はお爺様に似ているんだなと安堵した事を覚えている。
この国では黒髪は珍しく、あまり見たことが無いが。
ガイストは港に行けば割と見かけると言っていた。
今度の誕生日パーティーは結婚発表でもあるから盛大に行うのだとか。
私には婚約者はいない。父も母も私の婚約者を探す事は熱心ではなく。
自分達がユーララシの学園で恋に落ちたように、恋愛結婚を望んでいるのだろう。
その時の私は吞気にそんな事を考えていた。
結婚発表はロチェス侯爵家で行われた。
花火が打ちあがり。色とりどりの花々が館に飾り立てられている。
楽団が楽し気な音楽を奏でている。
人々は艶やかに着飾り。
蝶のように舞い踊る。
白いテーブルクロスの上には御馳走や可愛らしいケーキが並び。
メイドや侍従が運ぶ、金の丸盆にワイングラスが煌めく。
「皆さんお集まり頂いてありがとうございます。今日は息子メット・ロチェスとラモネダ・ツベルア令嬢の結婚発表パーティに御出で頂きありがとう」
階段の踊り場でお客様を見下ろしてロチェス侯爵家がお客様に挨拶をする。
ロチェス侯爵を中心にメット様とラモネダが並んでいる。
私達は2歩下がった所で侯爵様と2人を見ていた。
ラモネダとメット様は白い絹に金の刺繡が施された服とドレスを纏っている。
対の人形の様だ。私は目立たぬように地味なドレスだが。
ガイストと叔父様は階段の下で私達を見上げている。
人々から拍手が上がる。
挨拶が終わると、私はガイストと叔父の所にやって来た。
「叔父様、ガイスト久しぶり。良くおいで下さいました」
「うわ。似合わね~~~」
「なによ‼ 人がレディらしく話していのに‼」
私はべしっと扇でガイアスを叩く。
「これこれ。二人共じゃれるのは止めなさい」
小太りの叔父はニコニコしている。
こう見えても叔父は有能な人で、領地の収益も上がっている。
ガイアスも有能らしい。
「本当にお似合いの二人だな」
「そうね。結婚は来年で、少し早い気がするけど」
「でも、侯爵家に入って家の事を侯爵夫人に習うんならそんなもんか。学園には行かないのか?」
「うん。体も弱いしね。そもそも学園に行くのは結婚相手を見つける為みたいなもんだし。婚約者がいるあの子には必要ないもんね」
「下手に【真実の愛】を見つけたとか言って婚約破棄されたら、たまったもんじゃないからな」
「えっ? なにそれ? 【真実の愛】? 演劇で流行っているの?」
「あ~~お前は知らないか?」
「ユーララシ国の王太子が【真実の愛】を見つけたと言って婚約破棄したんだよ」
「はっ? 王太子確かうちの国のお姫様と婚約してなかった?」
「そんで王太子廃嫡されて、王は病だし王妃は王の看病で大変だから。元王太子の姉が第二王子が成人するまで代理王に成るみたいだな」
「え~~。止めてよ。お爺様の国じゃない。今度お母様と旅行に行きたいねって話していたのに。内乱とかにはならないわよね」
「……多分」
アデルは片方の眉を上げる。
「叔父様、ガイスト従兄弟(兄さん)お久しぶりです」
皆に挨拶をしていたメット様とラモネダが仲良くやって来る。
「ああ。ラモネダおめでとう」
「ありがとう従兄弟(兄さん)」
「初めましてガイスト殿」
「初めまして、そう言えば私がお会いするのは初めてですね。御父上には何度かお会いしているんだが」
「中々お会いできなかったですね」
「何だかニアミスが続いたような気がしますね」
「ああ。そう言えば、帰った後に来られたり、帰られた後に来たり。可笑しな話ですね」
「そう言えばアデル嬢ともお会いすることが余りなかったですね」
「そうですね。メット様が来られるときは、お茶会があったり、馬に乗っていたり、釣りをしていたり、叔父やガイストと領地を回ったり、色々忙しかったものですから」
「中々活発ですね」
「陰で皆に鬼っ子って呼ばれていますわ」
「そう言えば学園に入る前にデビュタントがありますね」
「ええ。婚約者のいない私は従兄弟のガイストがパートナーなんですの」
「ダンスの練習の時散々足を踏まれたよ」
「あら。ガイストも私の足を踏んだくせに。ダンスが下手だとお嫁さんの来てがなくてよ」
「お前が言うか?」
「うふふ……」
皆で笑い合う。
「ラモネダはダンスが上手よ」
「でも私は長時間踊れなくって……」
「ラモネダはメット様とだけ踊ればいいんだし。体力が無いのは関係ないわ」
「それに比べてお前は体力オバケだな。剣の稽古に付き合う俺の身にもなってくれ」
「あら。将来お兄様は騎士を率いて盗賊狩りや戦争にも行かねばならないのよ。女に劣る体力でどうするの?」
「本当にお前が男に生まれてきた方がツベルア家を継げたのに。同じ双子なのにラモネダは御淑やかなのに、えらい違いだな」
「あら。私は学園で恋をして恋愛結婚を目指すのよ。ありのままの私を好いてくれる人を伴侶に選ぶわ」
「物好きが学園に居ると良いな」
私はオホホホと笑いガイストの足を踏む。
ガイストはしょうがない奴だと苦笑した。
(踏まれ過ぎて耐性が付いたか?)
そんな2人をメットは羨まし気に見つめる。
それから私は仲のいい子たちが、バルコニーに行くのを見つけたので「失礼します」と三人に行って輪から外れた。
「どう? 楽しんでいる?」
「ああアデル。すっご~~くゴウジャスでエキサイティング~~~」
黄色いドレスを着たミレニア・キ・リン公爵令嬢はかなり出来上がっていた。
横で緑の服を着た彼女の婚約者は困り顔である。
「本当に派手ね。後で貴女の妹を紹介してね。私達あなたの妹を見たことが無いの」
赤いドレスを着たフイナ・タ・ブー男爵令嬢はにこやかに微笑む。
ああ。そう言えば妹は家に引きこもる事が多くて、お茶会にも行った事が無かったな。
我が家で行われたお茶会にも妹は出たことが無い。
「後で妹に会わせるわ」
私がそう言った時、庭の方が何やら騒がしい。
バルコニーからでは暗くてよく見えない。
「あら? どうしたのかしら?」
護衛騎士が何か騒いでいる様だ。
バタバタと騎士の一人がやって来て、お父様に耳打ちする。
「お父様何かあったの?」
「お前は中に入っていなさい。招待していない来訪者が我が家に来ただけだよ」
父は騎士と共に裏庭に向かう。
「アデル中に入ろう」
私は渋々と中に入る。
中では誰も外の異常に気付いていない。
煌びやかで賑やかにダンスを舞う人々。
ラモネダもメット様も踊っている。
そして再び夜空に花火が上がり。
夢のような時間、人々は舞い踊る。
~~~*~~~~*~~~~
「昨夜、お屋敷に強盗が入ろうとしたらしいわ」
「まあ。怖い。それでその強盗はどうしたの?」
「旦那様と騎士団が捕まえて町の外に吊るしたらしいわ」
「その話はラモネダ様に言っては駄目よ」
「そうね。昨夜のパーティで疲れているのに熱でも出されたら、私達がお叱りを受けるわね」
「本当にようやく結婚も決まったのに、そのパーティで強盗なんて縁起が悪いわ」
侍女達がお喋りしている。
昨夜の騒ぎは強盗か。
主が出かけているから強盗しやすいと考えたのか?
頓馬な強盗もいたもんだ。
「アデル」
お母様が私を呼ぶ。
「はい。お母様何でしょうか?」
「これから街に貴方のドレスを注文に行くわよ」
学園に入学するのに歓迎パーティーや街着がいる。
それらを注文するのだが。
「お母様……少し顔色が悪いですよ。別の日にしませんか?」
「いいえ。今日街に行くわ」
母は家令に馬車の用意をさせると町に向かった。
途中、十字路がある。
「馬車を止めて‼」
母は馬車を停止させると馬車の窓から食い入るように外を見る。
昨夜の強盗はこの十字路にある処刑台で吊るされている。
吊るされている男達は4人いて。
ゆらゆらと揺れている。
あまり気持ちが良いものではない。
ラモネダなら死体など見た途端気絶するだろう。
彼らは皆ずた袋をかぶされていた。
母の目が飛び出しそうに見開き、涙が溢れ出る。
吊るされた男の一人は胸に色とりどりの疑似餌のブローチをしていた。
「町に向かって」
暫くして母は御者に命じ、馬車は再び走り出した。
母は声を殺して泣く。
私はそんな母を見て、不安で押しつぶされそうになる。
___ まさかまさかまさか…… ___
私達は何時もドレスを注文する『マダム・タリアータ』の店に着いた。
御者と護衛の騎士5人は外で待つことになる。
「今日は預かって貰っている物を取りに来たわ」
母はマダムに耳打ちした。
マダムは頷くと私達を奥の部屋に通してタンスの中から古ぼけたコートと鞄を出す。
母は私の豪華なコートを脱がすと古ぼけたコートを着せた。
自分も古ぼけたコートを来てフードを深く数る。
母と私は鞄を持って、店の裏から出ると30分ほど歩き乗合馬車に乗り込んだ。
馬車は直ぐに出発した。
乗合馬車は混んでいたから。
私は母に何も聞けなかった。
これから何処に行くの?
もう館には帰らないの?
お父様とラモネダは一緒に来ないの?
母の涙を見た時……何となく分かった。
吊るされたあの人が、本当の私のお父さんだという事を。
馬車は港に着き、蒸気船に乗り込んだ。
「これからシェンミル国の伯母の所に向かうわ」
船室に入った時、母は私にそう言った。
シェンミル国は祖父の国の隣で、そこに祖父の姉が嫁いだそうだ。
「お母様……あの疑似餌のブローチをつけた人は……」
震える声で私は訊ねた。
「そう……あの人こそが……貴女の本当のお父様なのよ……」
「えっと……私は……私は……不倫……不義の子なの?」
「いいえ……いいえ……あなたはちゃんとした私達の子供」
お母様は語ってくださった。
お母様はユーララシ国王と王妃の侍女との子供であった。
王が気まぐれに手を付けて産まれたのが母だと言う。
王妃でも側室でもない女が産んだ子供は、例え王の血を引いて居ても平民だ。
祖母は愛妾ですらなかった。
王が気まぐれに一度抱いて捨てた女。
それを知った王妃は怒り狂い、祖母を城から追い出した。
祖母は城を追われ、ファウバー子爵家からも縁を切られたという。
行き場のない祖母はスラムで暮らしていたらしい。
母を産むと祖母はすぐに亡くなった。
母は祖母の婚約者であった、フォルス・セザヌに引き取られた。
彼はセザヌ伯爵家の三男で騎士をしていた。
祖母とフォルス・セザヌは幼馴染で、二人は結婚を約束していのだが。
魔物の討伐に彼が出かけている間、祖母は侍女として城で働いていた。
魔物討伐は3年間もかかり、彼が王都に帰って見れば祖母の姿は無かった。
彼が祖母を探しあてた時、祖母は母を産んで亡くなっていた。
粗末なアパートで祖母は誰にも看取られず、傍に産み落とされたばかりの母が泣いていたと言う。
フォルスは母を引き取り娘として育ててくれた。
母は15歳になると、何故だか城に侍女として働く事になり。
王女の侍女となった。
同じ王の血を引きながら一人は王女、もう一人は侍女。
それは下らない王妃のプライドだったのだろう。
本当の愛情を注がれていた母にはくだらない事だった。
王とは血の繋がった他人でしかない。
母は冷めた目で、王と王妃を見ていた。
母は王に似たその容姿が好きでは無かったと言う。
愛妾たちと遊び惚ける王、侍女に八つ当たりする王妃。
王妃は弟に夢中で、顧みられない王女。
王座を狙う腹違いの兄妹達。
母はセザヌ本家の次男と婚約した。
フォルス・セザヌ(育ての親)の甥だ。
ぺリクラス・セザヌ。
私の本当のお父様。
母は侍女を辞めて父と結婚した。
1年して私が産まれた。
貴方が産まれて、とても幸せだったと母は言う。
暫くして、父も祖父も魔物討伐に出かけた。
魔物討伐は数か月ごとに行われる。
魔の森から魔物が定期的に湧くのだ。
母が私を産んで数か月後、留守を狙う様に城から使いが来た。
母はいきなり王妃に呼ばれる。
母は城に赴き、生まれたばかりのラモネダとレイモンド・ツベルア伯爵と出会った。
事故でレイモンドの両親は亡くなっていたから、若くしてレイモンドは爵位を継いでいた。
エスペランサー女王は母が仕えていた王女でレイモンドと恋に落ちて、ラモネダを極秘で産んだのだ。
王命だった。
母はレイモンドの妻としてラモネダの母として、ラフール国に赴く事になった。
母は王女と似ていたから、王妃は何かあった場合身代わりとして使おうと思っていたのだ。
確かに母と王女は王に似ていたから、母とラモネダも似ていたそうだ。
そう言えば、誰もラモネダが母の子供ではないと微塵も疑わなかったな。
ラモネダが15歳になったら偽りの結婚を解消して、国に帰ると言う条件で母達は4人でラフール国に旅立った。
こうして母は、私が父と呼んでいた人と偽りの結婚が始まり。
私はずっと、レイモンド・ツベルア伯爵を実の父だと思っていた。
ああ……
私は腑に落ちなかったことが、ストンと理解出来た。
例えば父と母とラモネダが庭を散歩しているのを、2階の窓から見た事があったが。
母はいつも二人の後ろを歩いていた。
あれは侍女の立ち位置だ。
思い出せば、人のいる所では父と母は並んで立っていたが、人目の無い所では母は後ろに控えていた。
レイモンド(父だと思っていた男)にとって母は侍女でしかなかったし。
母も彼を愛している訳では無かった。
そしてお父様がラモネダばかりを可愛がり、私によそよそしいのも理解できた。
成程、あの違和感はこう言う事だったんだ。
母が愛していたのはぺリクラス・セザヌただ一人。
私の本当のお父様だけを愛していた。
そして父は約束通り、母と私を迎えに来た。
王命とは言え、どれ程業腹だったのだろう。
自分達が魔獣と戦っている隙をついて、妻と娘が攫われた様なものだ。
『あの子が15歳になったら、お父さんといっしょに旅に出ましょうね』
母が時折、私に言っていた事はこの事だったんだ。
『ラモネダ(王女の隠し子)が15歳になったら(契約通り母と私は自由になる)本当のお父さんと一緒にユーララシ国に帰りましょうね』
だが……本当の父は私達を迎えに来て殺された。
なぜ? なぜ? なぜ?
どうしてお父さんが殺されたの?
「お母様……お父さんが殺されたのは王太子が廃嫡されて王女が代理王になった事に関係があるの?」
「分からないわ。でも貴方はユーララシ国の隣の国にいるフォルス・セザヌ(お爺様)の姉。ルナン大伯母様の所に預けます」
「お母様は……どうなさるの?」
「私はユーララシ国に帰り、お父様に事情を聞きに行きます。多分ラフール国もユーララシ国もきな臭くなるでしょう。ルナン伯母様は商業連合国の豪商に嫁がれているの。そこなら当分の間、安全だと思うわ」
船が商業連合国に着くと私と母は男装してマントをはおり、ルナン大伯母様の所まで馬を走らせた。
「お母様は乗馬が得意なのですね」
「ふふ。びっくりした? セザヌ家の者は皆乗馬が得意なのよ」
「私が馬好きなのは血筋なのですね」
「貴方のお父さんも乗馬が得意だった」
母は悲しそうにそう言った。
私は父の事を……何も知らない。
「セザヌ家は騎士の家系で辺境の魔物を退治してきたの。貴方のお父さんも騎士だった」
「お父さんに一目だけでもお会いしたかった」
馬を走らせながら、私は首吊り台で揺れる亡き骸を思い出す。
涙が溢れた。
あの頭にかぶせられた襤褸布は顔を隠すためのものなのだろう。
私は父の顔を知らない。
街や森を通り過ぎて、ルナン大伯母様の所に行くまで一月かかった。
大叔母様は商会を引退した夫と町の外れの館で暮らしている。
息子達に後を継がせて悠々自適だ。
孫には私と年の近い者が居るそうで、会うのが楽しみだ。
私達は近くの町の宿屋で身なりを整えた。
そして辻馬車を拾い、ルナン大伯母様の元に向かう。
母は手紙を出していたので、門番にすんなり通してもらった。
引退したとはいえ、豪商なので中々大きな館だった。
ファサード・デザインの城館で貴族から買い取ったものらしい。
流石豪商だわ。
屋敷にある調度品も落ち着いた雰囲気で、決して下品ではない。
「まあ。レテ、アデル良く来たわね」
白髪の夫人が現れ。仕立ての良い服を纏っている。
「長旅で疲れたろう。部屋で旅の疲れを癒しなさい」
ルナン大伯母様もジイザス大叔父様も、使用人と共に玄関で私達を出迎えてくれて。
母と大伯母様は抱き合って泣いた。
父の死を知っていたんだろう。
うん。平民だけどツベルア家と同じぐらい使用人が居る。
母と私は客間に通され。
私達を案内してくれたメイドがお茶とお菓子を出してくれた。
~~~*~~~~*~~~~
「それでお前はどうするの?」
食事をしながらルナン大伯母は母に尋ねる。
豪華な食堂で4人は食事をしていた。
部屋の壁には有名な画家の絵が飾られて、燭台が揺らめく。
メイドや侍従達は音もなく給仕をする。
良く躾けられている。
流石大商人だ。
「お父様の所に行き、現状を確認してきます。それでお願いがあります。娘を預かって下さいませんか?」
「ああ。分かった。アデルの事はまかせなさい。丁度孫たちがクルールラボ学園に通っている。孫たちと同じ学園に通わせよう」
「大伯父様。我儘を言いますが、出来れば騎士科に入りたいのですが」
大伯父様と大伯母様は顔を見合わせたが。直ぐに頷いてくださった。
「血は争えない物ね」
お母様がポツリと呟く。
「だって私はツベルア伯爵家の人間ではなく。ぺリクラス・セザヌの娘ですもの」
アデルは胸を張り、そう宣言する。
お母様は涙を零した。
大伯母様達は嬉しそうに頷いてくれた。
数日後、母は祖国に旅立っていった。
私はクルールラボ学園の騎士科に入り従兄弟たちと寮生活を送る。
学園の騎士科はなかなか厳しいが、私は何とかこなしていた。
母からの手紙が送られてきたのは卒業間もなくだった。
それが母からの最後の手紙だった。
運命は私達を飲み込み捻じれ破滅へと流れて行く。
~ Fin ~
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2020/11/19 『小説家になろう』 どんC
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~ 登場人物紹介 ~
★ アデル・ツベルア
伯爵令嬢 主人公 15歳
ラフール国では珍しい黒髪緑の瞳の持ち主。
釣りや乗馬が得意。お転婆な女の子。年の割にはしっかりしている。
★ ラモネダ・ツベルア
アデルの双子の妹。15歳
体が弱く、寝たきりでお茶会や学園にも行けない。
父親に溺愛されている。
メット・ロチェスと婚約をしている。
★ メット・ロチェス
侯爵家子息。銀髪碧眼の美少年。
ラモネダの婚約者。
★ レイモンド・ツベルア伯爵
アデルとラモネダの父親。
ユーララシ国でレテ(アデルとラモネダの母親)と出会い結婚してラフール国に連れ帰る。
実はラモネダはユーララシ国の王女の子供。
★ レテ・ツベルア伯爵夫人
アデルとラモネダの母親。
儚げな外見とは裏腹にかなり活発な人。
ラモネダが15歳になったら旅に出ることを楽しみにしている。
★ サウイン・ロチェス侯爵
メットの父親。馬好き。アデルとは馬仲間。
★ マリーザ・ロチェス侯爵夫人
メットの母親。レテとは友人。
★ ガイスト・ツベルア
アデルとラモネダの従兄妹。
アデルとは仲がいい。
★ グリフ・ツベルア
ガイストの父親。アデルの叔父。
兄には女の子しかいない為、ツベルア伯爵家を継ぐ。
かなりやり手。
★ フォルス・セザヌ
ユーララシ国にいるアデルの祖父。
騎士で魔獣退治で出かけている事が多い。
★ エドナ・ファウバー
アデルの祖母。王妃の侍女をしていた。不幸な生い立ち。
★ ぺリクラス・セザヌ
アデルの実の父。妻と子を迎えに行ったら殺された。
妻と子供を愛していた。
因みに母に疑似餌をプレゼントした幼馴染は彼である。
★ ルナン・ギルモ
アデルの大伯母。フォルスの姉
ギルモ商会の息子と結婚した。
三人の子供を産み、孫が五人いる。
★ ジイザス・ギルモ
ルナンの夫。ルナンを愛している。とても夫婦仲が良い。
商会を息子に譲り、田舎の館で悠々自適。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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