婚約破棄の現場から ~モブ学生の場合~
『公爵令嬢!お前との婚約は破棄する!』
『王太子殿下?!いったいなぜでございますか?』
『お前がこちらの男爵令嬢をいじめていたこと、俺は知っているんだぞ!』
貴族の子女が通う学院の卒業パーティ会場でそれは唐突に始まった。
「あ~あ、みんな予想してたけどホントにやっちゃったわねぇ」
そう言いながら卒業生である僕の婚約者は会場の隅に用意されたスイーツの全種類制覇に忙しい。
「みんな向こうに行ってるけど貴女は行かなくていいの?」
「いいのいいの、どうせ公爵令嬢様が勝つんだもの。それに大事なのは他人の不幸より自分の幸せ!・・・あ、これおいしいわ。食べてみる?」
彼女が飴細工のかかったお菓子の小皿を手渡してくれた。
「ありがとう。で、これって公爵令嬢の方が勝つの?」
「そうよ、いじめといっても男爵令嬢様の証言だけで具体的な証拠なんて何もないもの。そもそも公爵令嬢様は王妃教育に加えて王太子殿下の投げ出した職務にまで携わってらしたから、いじめとかやってる暇なんてないわ」
「なるほど」
「公爵令嬢様はすべてわかった上でこの茶番に付き合っていらっしゃるのよね。そうそう、成り上がりの男爵家のご令嬢はお金で一部の学生達を買収して味方につけようとしてたから、声をかけられた人達は貴族としてのプライドを傷つけられたって激怒してたわよ」
「へぇ、それは知らなかったな」
凍った果実の入ったドリンクを彼女に渡す。
「ま、男爵令嬢様は私達のことなんて視界に入ってもいなかったみたいだしねぇ」
「あのさ」
「ん、なぁに?」
そう言いながらプチシュークリームを口の中に放り込む彼女。
「もしも僕が他に好きな人が出来たから婚約破棄するって言い出したら、貴女ならどうする?」
しばしの沈黙の後、ドリンクを一口飲んだ彼女が答える。
「そうね、そうなったら素直に受け入れるわよ」
「貴女はそれでいいの?」
「ええ、私は貴方にとってその程度の女だったってことだもの。貴方が幸せになるのならそれでいいわ」
「でも、そうなったら貴女の気持ちはどうなる?」
「離れていく人に私の気持ちを伝える必要なんてないでしょう?」
ふと彼女を見ると、微笑んではいたけれど目には涙が浮かんでいた。
思わず彼女を抱きしめる。
「ごめん、仮定の話とはいえ貴女にこんなことを聞いちゃダメだよね。本当にごめん」
「でも、もし本当に他に好きな人が出来たのなら隠さずに話してくださいね。貴方の幸せが一番ですから」
「安心して。僕は殿下と違って貴女一筋だよ。明日は人気のカフェでフルーツパフェを2人で食べようか」
「あら、あの店はいつも行列が出来るくらい混んでますわよ?」
「心配はご無用。とっくに予約済だよ、貴女のためにね」
「ふふふ、今から明日が楽しみですわ」
卒業パーティ会場では男爵令嬢の不正が暴かれ、王太子殿下が国王陛下の逆鱗に触れて廃嫡となり、弟の第二王子殿下が婚約破棄された公爵令嬢に求婚して受け入れられるという結末になったようだが、僕らには関係のない話である。
思いつきと勢いだけで書きました。