目的
「なんだよこれは......!!」
ボロ屋のような大部屋に一人の男子の声が響いた。
声の発生源はいつもみんなが関わらないようにしてきた黒髪の男子、暦だ。
「なんで勇者だって言うのにこんな汚い部屋で8人も暮らさなきゃなんねえんだよ」
それはCランクDランクに分類された勇者の心の声を代弁していた。
「まあまあ、落ち着けよ。住む所を貰えただけでもいいんじゃないか?」
同じCランクの漣 優がそう言う。
「確かにな、俺らここに来て早速住む場所得たんだからいいじゃねえか。もしかしたら今のこれは仮の場所で今新しく作ってるとかかもしんねえだろ?」
大木 智が優に同意する。
「そうだといいけどな」
暦はしぶしぶと納得の姿勢を見せる。
が、暦以上に今の状況に反発する者がいた。女子だ。
「待って、男子と一緒なの!?」
女子の一人、派手派手なファッションの園部 朱里が拒絶の意志を見せる。
「えー絶対襲ってくるじゃ〜ん」
朱里の取り巻きの一人、山本 優香が満面の笑みで言ってくる。
「お、襲うかよ!」
坂本 勝が焦ったように返事をする。
「へ〜今の慌て具合、なんも言わなかったら襲うつもりだったでしょ?」
優香が二ヘラぁと笑う。
優香から醸し出される妖艶な空気に暦を除く男子全員が前かがみになる。
「ダメダメじゃ〜ん」
アハハと優香が高笑いし、暦の方に歩いていく。
「ねぇ、なんで君はなんの反応も示さなかったのかな?」
妖艶な空気をさらに濃くし、優香が暦の耳元で囁く。優香の目は完全に狩猟者の脅しをかけるような目へと変わっている。
優香は人を堕とす、という点において絶対的な自信を持っていた。それこそ、異性であれば誰でも堕とせて今日まで来たのだ。
だから、優香は暦に興味をもった。
どこまで耐えれるのか?堕とせたならどうなるのか?
今まで従順な犬に成り下がって来た他のやつらとは違う様になるんじゃないか?
そんな妄想は──
「興味が無いだけだ。したいなら他のやつらとやってればいい。ただし、俺を巻き込むな」
暦の興味が無いという発言でさらに膨れ上がる。
(ああ、いい!!)
優香独りでに興奮した。
今の暦の頭の中は何故自分がSランクじゃないのか、という怒りでいっぱいだった。
暦は今異世界に飛ばされたメンバーの中で唯一異世界に憧れ、自分が無双する姿を描き続けていたのだ。
そして、念願の異世界転移が起こったと思えば自分は弱いCランクに分類された。
しかも教室で上の階級を独占していたやつらがこの世界でも上を独占している。
それが暦には受け入れられない。
自分が、一番、それ以外は雑魚。それが暦の求める世界だった。
──力が貰えなかったなら自力で得ろ。
──人の身を捨てる位の努力をしろ。
天に貰えなかった力は自分で得る。
それも、暦がラノベで得た知識だ。
「ふーん、まあ興味無いならいいや」
優香は後ろ髪を引かれるような思いで優たちの所に戻っていく。その際、優香の視線は暦の瞳へと注がれていた。
そして、夜。
「Cランク勇者の皆様、夕食のお時間です」
メイドが呼びに来た。メイドが変わっていないことからそれぞれ担当者が決まっていると暦は推測する。
「お、来たきた。おせえぞ、お前ら」
幸弥が笑顔で手を振る。
それにCランク勇者全員の思考が一致する。
即ち、気持ち悪い。
いつも狂気的な笑みを浮かべている人間の爽やかな笑顔など気持ち悪いにも程がある。
夕食時は全勇者が集まるらしく、夕食場には39人の勇者が集まった。
「あれ?佐々木はどこだ?」
「ん?Eランクだからって俺らの目の届かないところで食ってんじゃね?」
良がいないことにみんなが気づき始めるが、Aランクの守の言葉で探すのを止める。
ただ一人を除いて。その一人は、亀山 祐介。良と仲のよかった人物だ。
「おい祐介、どうした?」
幸弥が祐介に不満をもった視線を向ける。
「いや、どっかで食ってるんだったらこっちに混ざるように言おうと思って」
祐介がそう言った瞬間、彼の体がブレた。
「これは......?ま、いっか。おい祐介、いいんだよそういうことしなくて。どうせ居てもいなくても変わらねえんだから」
祐介がいた場所には、拳を振り抜いた状態の守がいた。
状況的に、守が祐介を吹き飛ばしたと考えるが、あまりにも現実離れしていた。
祐介と守の位置は対極。その上間にはテーブルがある。
僅か一秒にも満たない時間で彼我の距離を埋めるようなことは絶対に不可能のはずだ。
暦はそこまで考えて一つの考えに至る。
「技能......」
昨日、アルが言っていた技能。それだと当たりをつけた。
これは実際に合っている。翔吾の持っている技能の一つは瞬歩。
その名の通り、標的との距離を瞬く間に歩み詰める技能だ。
しかも、この瞬歩は守の勇者の力によって、どんな障害物あっても標的と決めた相手の目の前に瞬間的に移動出来る技能に進化していた。
「流石、Aランク勇者様、技能を無意識に扱うとは」
執事の様な男が賞賛を送る。
「クソ......」
(これじゃ異世界転移した後のモブじゃねえか)
中途半端に知識があり、何度も妄想を繰り返した暦だ。
当然、自分が一番先に能力に目覚めて賞賛を浴びるというのも理想の一つだった。
だが、それを目の前でやられた。
翔吾の笑顔を心に刻み込む。
いつかその照れた笑顔を支配されて絶望する側の顔に変えてやろう。そう暦は強く思った。
「祐介!」
同じDランクの花咲 萌が祐介に駆け寄る。
だが、他に駆け寄るのはいない。
暦以外、全員が恐怖しているのだ。
権力者に、さらに武力が加わった事に。
そして、その力は、いとも容易く自分たちの命を刈り取るようなものだと言うことに。
今、この場でカースト上位陣、S,Aランクの人間は、完全に、地位が確定したことを確信した。異世界でオタクが知識を絞って落とそうとすることを少し恐怖に思っていた彼らはこの場で気を抜く。
食事後、初めてアルと会った場所へと勇者全員が呼び出された。
内容は明日からのことについて。
「よく来てくれた。」
アルが玉座に座り暦達を出迎える。
「んで?明日からのことって?」
眠いのだろうか?少し不機嫌な幸弥が訊ねる。
「うむ。聞けば先程の食事の際、技能を使えた者が出たと聞いたのでな。早速明日からそれを使いこなせるように訓練を始めようと思う。」
アルはそう言って後ろに立つ四人の兵士を呼んだ。
「ラリがSランク勇者を、エースがAランク、ロッヅがBランク、リビーがCランクの教官を担当する」
無精髭、ロングヘア、ピラミッド、短髪。Sランクの教官から順に特徴を上げればこれらが主に違うところだった。
「そして、」
「なあ、ちょっと待てよ」
幸弥がアルの話を止める。
「なんだ?幸弥殿」
話を止められたにも関わらず、アルは笑顔を崩さない。
「俺らは何と戦う為に訓練なんかしなきゃならねえんだ?」
忘れていた。とでもいいそうな顔をアルがする。
「そう言えば言っていなかったか。今回勇者殿を呼んだのは、この世界に現れた五体の魔王を倒してもらうためだ」
その言葉にB,C,Dランクの勇者の顔は引きつり、S,Aランクの勇者はほう、と興味深いものへと変わった。
「南のオーラリア帝国、北のユラシア王国、西のアーカ公国、
東のクレリック王国、空のフレイ領国。この五つの国に魔王と我々が呼ぶ、強力な魔物が現れたのだ」
アルの表情は真剣そのもの、対して勇者は少し笑い顔。
「それで、その魔王?倒せばいいんだな?」
「うむ」
「なんだ、簡単じゃね?」
暦はその言葉にイラッときた。暦の目に、幸弥は有り余る力を驕っている様にしか見えなかった。
「何をもって簡単だと?」
その怒りを声に乗せて幸弥に問う。
その怒りの中には自分の描いた理想と全然違うことへの八つ当たりが多分に含まれているように見える。
「モブのくせに妙に出しゃばるなぁ、お前。まあ、今は許してやる。メイドのやつに聞いたんだがよ、俺らのステータスってのはこの世界で破格の強さらしいんだわ。あ、俺らってのはAランク以上のやつな?んで、その魔王ってのもどうせこの世界の常識で考えて強いってだけだろ?だったら、俺らがいれば簡単だろ。」
幸弥は意外にも論理的な事を話した。
普段の幸弥からは絶対に考えられない言葉に、みんなの心に疑問が湧く。こいつは幸弥か?と。
「だが、万一のこともある。鍛えておいて損は無いだろう」
その幸弥の話を聞いた上で、アルは訓練をさせることを推奨した。
「ちっ、わかったよ」
ここでも反抗しない幸弥に対し、みんなの疑問が膨れ上がる。
「では、明日から訓練をしてもらう。各々、王城の武器庫から使いたい武器を一つ持っていくがいい」
そう言ってアルは別の部屋に行ってしまった。
「では、武器庫に案内するので、場所を覚えておいてください。明日の朝に武器を選び、それを勇者様個人の武器とするので」
青髪の筋肉質な体を持ったロッヅと呼ばれた男は、そう言って暦達を導いていく。
────
「教育方法はどうしましょうか」
暗がりに、声が聞こえる。
「そうだな。Sランクのやつらは徹底的に虐めろ。叩いて叩いて、完膚無きまでに叩き潰せ。Aランクも同様だ。その程度で音を上げるようだったら斬り捨てて構わない。B,Cは緩めに伸ばせ、基本から教え、応用、等などだ。ある程度経ったら交流戦でも開けそれでいい」
「わかりました」
影の中での相談は一瞬で終わった。
こういう世界の情勢、情報だとかの説明って苦手なんですよね......