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Bar風花〜カクテルとパイプに美人バーテンダーを添えて〜 番外編

作者: 天照

 今日の風花はいつもと違い、カウンターの奥の1席が予約席になり、小さな漆塗りのお盆が置いてあった。


 お盆には桜の花の形をした日本酒の小さなボトルと、薩摩切子のぐい呑みが置かれている。


 おしぼりで手を拭きながら美和さんに予約席の事を尋ねると、最初は躊躇していた彼女であったが、最後は神妙な顔をしながら彼にポツリポツリと話してくれた。


 「⋯⋯誰にもお話した事は無いのですが、貴方にはお話させて頂きます⋯⋯」


 「75年前の今日、ある方がお亡くなりになられました⋯」


 「その方は無口でしたが何時も微笑みながら美味しそうにお酒を召し上がっておられました⋯⋯」


 「そしてお酒を飲むと決まって故郷に残している奥様とまだ生まれたばかりのお子様の話をされていました⋯⋯」


 「亡くなる前日も美味しそうにお酒を召し上がられ、お帰りの際に『また来るよ。でも次に来るときはお化けになっちゃってるかもしれないけどびっくりしないでまた美味しいお酒を飲ませてね。』そう言って帰って行かれました⋯⋯」


 「そしてその方は次の日沖縄に向けて飛び立たれ、そして二度と帰って来ませんでした⋯⋯」


 「だから毎年この日だけは、その方のために席を1つお取りしているのです⋯⋯」


 美和さんの話を聞きながら、彼は何故か写真でしか見た事の無い祖父を思い浮かべた。


 祖母と幼い父を残して知覧から一式戦闘機()で沖縄を目指して飛び立ち、二度と戻らなかったと幼い頃に祖母から聞かされた。


 寡黙だがお酒が好きで優しい祖父だったらしい。


 何故急に祖父の事を⋯⋯と不思議に思いながらも何を飲もうかと考えていると、美和さんが「良かったら最初の1杯はご馳走させて下さいませんか?一緒に献杯して欲しいのです⋯⋯」と神妙な面持ちで言って来た。


 勿論、断る理由などないので有難く頂戴する事にした。


 美和さんは、バーマットの上に大き目のバロンシェーカーとロブマイヤーのカクテルグラスを3脚、そして見慣れないジンとリキュールのボトルを置いた。


 「ジンは小正醸造のKOMASA GINです。焼酎の名産地、鹿児島の地で130年以上焼酎造りを行ってきた小正醸造が手がける焼酎ベースのジンで、最大の特徴は桜島小蜜柑をキーボタニカルとして使用していることで、蜜柑独特の甘みを伴う優しい柑橘の香りが感じられるお酒です。」


 シェーカーにジンを注ぎながら美和さんは教えてくれた。


 「これにサントリーのジャパニーズクラフトリキュール奏kanade桜を加えます。」


 シェーカーの中に桜色のリキュールを注ぐと、バースプーンで軽くステアしてからリキュールグラスに少し取ると味を確かめた。


 納得いかなかったのか少し眉をしかめると、もう少しリキュールを注ぎ再び味見をした。


 今度は納得行ったのか小さく頷くと、シェーカーの中に氷を入れ、素早くシェークした。


 店内にキンキンキン!とシェーカーと氷のぶつかる甲高い音が響き渡る⋯⋯


 いつもより強めのシェークが終わると、並べた3つのカクテルグラスに均等に中のお酒を注ぎ入れて行く。


 最後に塩漬けされていた桜の花をそっと一輪沈めると、まずリザーブ席のお盆に、次に彼の前のコースターにそっと置いた。


 改めて目の前のカクテルを見つめる。


 ロブマイヤーのカクテルグラスの中の淡い桜色のカクテルの表面に小さな氷のフレークが浮かび、一輪の桜が沈んでいるどこか儚げな美しいカクテルであった。


 「零れ桜(こぼれざくら)です⋯⋯」


 そう言いながら彼女は自分のグラスを手に持った。


 彼も急いでグラスを持ち上げる。


 「かの大戦(大東亜戦争)で散った全ての魂と、あの方の御霊(みたま)に安寧を⋯⋯献杯⋯⋯」


 彼女は静かにそう言いグラスを掲げる。


 二人で静かにグラスを持ち上げると、そっと口に運んだ。


 柔らかなジンの中に蜜柑と桜の香りが混じり、強いが飲みやすいカクテルに仕上がっている。



 暫し二人とも無言でグラスを傾けていると、ふと奥の予約席に人の気配を感じた。


 ゆっくりとそちらに顔を向けた彼は驚きのあまり手に持ったグラスを取り落としそうになってしまった。


 其処には陸軍士官の軍服を着た精悍な顔付きの若い軍人が座っていた。


 その軍人はゆっくりと彼の方を向き、彼の顔をジッと見つめ優しく微笑むと、美和さんに向かって頭を下げ「まさか孫と一緒にこの様な洒落た酒場で酒が飲めるとは思わなかった⋯⋯ありがとう⋯⋯」そう言うとスッと消えていった⋯⋯


 ふと我に返ると、お盆の上のカクテルが空になっており、日本酒の瓶も無くなっていた。


 ⋯⋯どこからともなく歌が聞こえて来る⋯⋯


 ⋯⋯万朶(ばんだ)の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれなば 散兵綫の花と散れ⋯⋯


 美和さんは泣きそうな顔をしながら空になった席に深々と頭を下げると「日本酒は靖国で皆様と飲まれる為に持って行かれちゃったんですね⋯⋯もう、またツケが増えちゃいますよ⋯⋯」と呟き、空いた席に向かってそっと微笑んだ⋯⋯

挿絵(By みてみん)

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