プロローグ
「おはよう、片瀬君」
隣の席の朝比奈さんは、“ 優等生 ” だ。
いわゆる陰キャで、クラスの外れ物の僕にまで残酷な程優しい。
「お、おはよう………」
ああ、まただ。また、吃ってしまった。
ウェイ系、と呼ばれる下品な女達とはまた違うのに。朝比奈さんはそう言った陽キャラ、と呼ばれる類のグループに属している。
それもそうだろう。彼女は、他の人間にはない輝く人間性を持っているのだから。
朝比奈さんは、まず、絶対に他人の悪口を言わない。一緒のグループに居る女子が気に入らないクラスメイトや先輩の悪口を言おうものなら、雰囲気を悪くしない程度に悪口の対象人物の長所も挙げる。
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「あの先輩、マジ女捨ててるよね!ウチらのこと怒ってばっかだし、ウザすぎ」
「でもほら、あの人すごく面白い人だったよ。打ち上げでの自虐ネタもおかしくて笑っちゃった」
「あー、まあ確かにね」
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と言ったように、誰も朝比奈さんの言ったことを否定したりなんかしない。
内心、言い出した女子はイラついているのかもしれないが、そこで反論しても周りの男女の目が気になるところであろう。
「聞いてる?片瀬君」
「あ」
しまった。また、ぼうっとしてしまっていた。
話した内容に違和感は無かったか、間違いは無いか、反芻してしまう僕の悪い癖だった。
「古文のテスト、返ってくるね」
「そういえば、今日、返却日だったね」
「そうだよ。片瀬君なら、またすごい点数取っちゃうんだろうなぁ」
無意識に、人を褒めるのも数ある長所のひとつだ。
窓の外を見ながら朝比奈さんは喋っている。
「僕は…勉強くらいしかすることがないし」
ほら。自分を肯定できない惨めな僕は、隣の席の朝比奈さんと、陰と陽の象徴のようになってしまう。
「ええ、そんなことないでしょ。勉強ができるって、すごいことだと思うけどな。私も、勉強してるのにそんなに点数伸びないし。それに、点数が取れるのって頑張った証拠でしょ?かっこいいことだよ」
つまらない自虐も一々拾ってくれるし、肯定までしてくれる。この人は、人に嫌われる要素なんかひとつも持っていない。
「…ありがとう」
僕がそう言うと、朝比奈さんはにこっと笑った。
窓際で一番後ろの席、今日も朝比奈さんは輝いている。