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二十五・先行策

 この年の冬は、例年になく寒い冬となっていた。


 私は九州の人間である。冬の寒さは大の苦手だ。


 仕事から帰った私は、この日もエアコンを最強にし、ぼんやりとテレビ番組を見ていた。

つくばで知り合った彼女とは川崎に戻ってくる際にお別れしていた。

 

 そんな12月のある日。私の携帯がなった。電話帳に登録していない電話番号である。私はけげんそうな顔をしながらも電話に出た。


 「はい。もしもし。」


 「あ、こんばんは。」

 

 女の子の声である。なんとなく聞き覚えがあるも私は思い出せない。


 「あ、わかる?私よ。○○よ。」


 「あ、○○。おい、どうしたんだよ。」


 電話の声は九州にいた頃付き合った事のある子だった。私はびっくりしたが、懐かしさのあまり声が弾んだ。


 「おっす。元気だったか?」


 何年ぶりに話しただろう。別れて数回連絡とったものの、それ以後は全く音信普通になっていた。私の携帯の電話帳にももうその名前は残っていなかった。


 「うん、元気よ。今、どこにいるの?まだ福岡?」


 「あ、そうか。俺な、今川崎にいるよ。」


 「川崎ってどこよ。ムネりん(福岡ソフトバンクホークスの川崎選手)のこと?」


 「相変わらず馬鹿だな。違うよ。神奈川県。だよ。」


 「え〜関東にいるんだ。それはびっくりだねえ。」


 噛み合ってない2人であったが、私の心は妙に弾んでいた。


 「競馬まだやっているの?」


 「当たり前じゃん。これとったら何もないだろ?」


 「あなたも相変わらず競馬馬鹿ね。そうそう、今年すごい馬が出てきたね。なんだっけ、ディープなんとかって馬。」 


 「お、詳しいじゃん。そうだよな。あれだけ話題になっていたら注目するよな。」


 「どう、勝っている?」


 「あ、ああ。」


 強がってみせる私。


 「あのね、どうしてディープなんとかっていう馬、いつも後ろから競馬するのかしら。

もっと前から行けばもっと楽勝しそうなのに。」


 「な〜んだ。まだそんなこと言っているのか。なんか懐かしいフレーズだなあ。まあ、あの馬だったら、どの位置から行っても負けないよ。インパクトだよ。インパクト。ディープインパクトだよ。」


 その後2人は昔話で盛り上がっていた。2人が付き合った期間はそんなに長くなかったが、いろいろな思い出があった。


 「でもさ、どうして急に電話してきたんだよ。」


 「あのね、私来年結婚するの。で、その報告。」


 結婚という言葉を聞いた瞬間、私はドキッとした。もちろん彼女はもう結婚しても何ら不思議でない年齢である。しかし、弾んだ心は一瞬にして動揺へと変わった。


 「あ、そうなんだ。おめでとう。良かったな。」


 もちろん、彼女に今恋愛感情があるわけではないが、なぜか切なさがこみ上げる。


 「ありがとう。」


 その後、数分話し電話を切った。そしてしばらく、ぼーっとした表情で彼女と遊んだ日々を思い出していた。


 2人で、よく小倉競馬場に遊びにいっていた。彼女は女の子だけに競馬素人であったが、馬のことは彼女の父の影響で良く知っていた。彼女は『ビワハヤヒデ』が好きだった。


 ビワハヤヒデはあのナリタブライアンのお兄さんで、菊花賞を制した。その走りは怪物と呼ばれた。ビワハヤヒデは先行馬であった。  


 逃げ馬の後ろにつけ、直線で抜け出す。その切れ味に後続の馬は差を縮めることすらできない。


 プレンティの脚質に似ている。早め先頭で押し切る。ビワハヤヒデの必勝法であった。


 私が彼女と付き合っている頃はもうとっくにビワハヤヒデは引退していたが、彼女はビワハヤヒデへの思い入れか、いつもこんな事ばかり行っていた。


 「あ〜、惜しい〜。どうしてあの馬もっと前で競馬しなかったんだろう。そうしたら勝っていたのにぃ。」


 負けたときの彼女の口癖はいつもそうであった。私は当時のことを思い出していた。そして結婚していく彼女の姿を頭で思い描いていた。


 もっと前で競馬していたら…。


 私は彼女の言葉を思い出しながら、窓を開け少し切ない気持ちで冬の夜空を見つめていた。この日の風もとても冷たかった。



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