二十四・鼻差
タップが復活を見せた。誰もがその勇姿に目を奪われた。そう2年前。2着のプレンティに9馬身の大差をつけたあの日のジャパンカップ。東京競馬場はその老いて更に盛んなこのタップの走りに歓声を上げた。私もその走りに感動し思わず、
「タップ行け〜。」
と叫んでいた。
勢いよく逃げるタップの後ろにストーミーが付ける。天皇賞秋とは全く逆の展開であった。そしてペースはどんどん上がっていく。
前半の1000m。通過タイムは58秒3。
かなり早いタイムだ。しかし、残る距離は1400m。私はターフビジョンに映った映像の中から必死にハーツを探していた。
ハーツは後ろから3頭目。いつもの後方のポジションに付け、最後の直線に賭けているかのように追走を続けていた。もちろん顔が見えるわけではないが、この思ってもいない展開にルメールは余裕さえ見せているかのように、馬をしっかり折り合わせていた。
ロブロイ騎乗のデザーモもこのハイペースに中団よりやや後方。前を行くデットーリ騎乗のアルカセットをぴったりとマークしていた。
もう一頭、注目のアドマイヤジャパン。この馬はハイペースにやや当惑した感にも見えたが先頭から5、6番手の位置。菊花賞時とは異なり、若干ペースについていくのに苦労しているようであった。
向こう正面の直線を駆け抜けついに第3コーナー。しかし一向にタップの脚色は落ちない。一方、2番手追走のストーミーの方が体力を消費していた。
そして第4コーナー。デットーリ騎乗のアルカセットがじわりと前進。それを見てロブロイもまくる。そしてロブロイを見ながらハーツがついに上がってきた。
さあ、最終直線だ。私はようやく肉眼でその馬の集団を捕らえることができた。
しかし大混戦。タップが逃げる。タップを捕らえようと後続の馬がまくってくる。3歳馬2頭は力尽きていた。ずるずると後退するストーミー。ジャパン。そして、前半をふるに飛ばしたタップもついに力尽きた。混戦の中、外国招待馬ウィジャボードが先頭に。しかしそんな中、外からウィジャボードを捕らえた馬がいた。
「ロブロイだ。」
誰かがその勇姿に声を上げる。
「ロブロイ!ロブロイ!」
その声援に後押しされるかのようにロブロイが抜け出した。大歓声が上がる。
「ロブロイ!」
一年前のジャパンカップではここから、後続を引き離した。そして、今年もロブロイは最後の余力を振り絞って抜け出したのだ。
と、そのとき1頭の馬がすごい足で内からのびて来た。アルカセットだ。
デットーリはそのタイミングを計っていたかのように前を行き、やや余力のなくなってきたロブロイを内からすくう。アルカセットはまだ脚色に余力があった。どんどんとその差を縮める。そしてロブロイをついに捕らえた。
しかし、そのアルカセットよりさらにすごい足で追い込んできた馬がいた。
そう。ハーツだ。
ハーツ騎乗のルメールは、世界ナンバー1ジョッキーデットーリ騎乗のアルカセットを目標にするかのように内からすごい足で追い上げてきたのだ。
アルカセット、ハーツがともにロブロイを抜き去る。ゴールまでは約100m。二頭は並ぶようにして凌ぎをけずった。
デットーリにもルメールにも余力なんてなかった。必死に2頭のジョッキーが馬を追う。
「ハーツ〜〜。差せ〜〜。」
私は興奮に我を忘れていた。
場内も興奮に包まれた。ハーツか、アルカセットか。2頭が並ぶようにゴールを駆け抜けた。
ざわめく場内。そして掲示板にはレコードランプの点灯。そのタイムなんと2分22秒1。驚異的なレコードタイムに場内はざわめき続けていた。
私は馬券を外していた。ブルーもウルフオーも。
しかし、馬券は問題でなかった。ハーツ。勝ったのか。負けたのか。
レコードで勝利をおさめたのはハーツなのか。アルカセットなのか。
アルカセットはデットーリである。その好走は確かに分かる。ワールドクラスのその騎乗。とっさの判断力でいったんロブロイを前に行かせ、そして若干遅らせてスパート。ロブロイはやはりタップのその劇走が頭をかすめたか、ハイペースにしてはややスパートをあせった。
アルカセットにとってはデットーリの完璧な騎乗であった。
けれど、驚くべきはその後ろから更にすごい足で追い込んだハーツクライだ。
インコースの馬群をうまく捌き、更に馬は加速した。ロブロイを難なく捕らえ、そして前を行くアルカセットに並ぶ。そしてそのままゴールイン。
私は緊張のあまり足が震えた。
(ハーツ、頼む。ハーツを勝たせてくれ。)
私は心の中で思い切り願った。と、その時、確定のランプが灯った。
ウワッ。
沸く場内。そして見事にレコードタイムでジャパンカップを制したのはデットーリ騎乗のアルカセットであった。
ハーツはレコードを出しながらも鼻差の2着に敗れた。ダービー、宝塚記念に次ぐ3度目の銀メダル。しかし、その差はこれまでで最小の差。
差は微々たるものであったとしても、ハーツ陣営にとっては悔しすぎる負けであった。もちろん私もこの上ない悔しい負けとなった。
私はもう一度ハーツに目をやった。息の上がるハーツの上でルメールが寂しげな表情を見せていた。