十六・『英雄』その名はディープインパクト
年があけて、古馬戦線では完全に『ゼンノロブロイ』がその主役になった。ネオユニヴァース、サクラプレジデントが早々と引退。プレンティの戦線離脱。横のライバルが次々といなくなっていく中、『リンカーン』とともにこの世代を支え、王者にまで上りつめた。有馬記念のレコードは、あのクリスエスのレコードを1秒も縮めている。
ライバルとなる『タップダンスシチー』は年があけて8歳となっていた。人間で言うと40歳ぐらいであろうか。もしかしたらそれ以上かもしれない。
ゼンノロブロイが覇権を握って、そのライバルは見えなかった。キングカメハメハの引退により、そのポストカメハメハ世代は『デルタブルース』、『コスモバルク』といたが、ゼンノロブロイの際立つ強さの前には力の差を感じさせられる。
もちろん、我らがハーツクライもいるわけだが、ふがいない戦績に私自身もこれ以上の力の接近を疑問視した。
そんな中、JRA史上最強とも言われる一頭の英雄が現れた。
『ディープインパクト』である。
2005年のこの年、天才武豊は史上最高のパートナーを得ることとなるのだ。
ディープインパクトはその圧勝劇を緒戦から見せつけた。はじける末足を持つこの馬はもはや走っていなかった。飛んでいた。飛ぶような豪快な走り。無敗で弥生賞まで制し、時の馬となった。
無敗で望んだ皐月賞では、私はその馬の恐るべき力を目の当たりとする。
スタートで躓いて2、3馬身遅れてのスタート。
競馬の神は敢えて英雄と天才に試練を与えたのかもしれない。
しかし、英雄と天才にとってはこの程度の試練は簡単すぎた。2コーナーでは中団まで上がっていき、3コーナーを過ぎて大外から豪快にまくっていく。直線を向いた時、この馬以外の馬はもう止まって見えた。
天才が馬を追うたびに馬は空を飛んだ。いやもちろん飛んではいない。まるで1頭だけはばたいているかのような足でゴールをあっさり駆け抜けた。
大きな出遅れがありながら、2着の『シックスセンス』を2と1/2馬身離した。大外を大きくまわってのこの圧勝。同じ後方から迫っていくハーツが全く切れ足を見せられなかった中山競馬場でディープインパクトは異次元の走りで優勝を飾ったのだ。皐月賞の恐るべき圧勝劇。しかし、この馬にとって、このレースはこれから始まるディープ劇場の序章に過ぎなかったのだ。