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十五・死闘

 私は『ゼンノロブロイ』の力を正直、この有馬記念を見るまではあまり信じていなかった。


 「相手に恵まれた。」


 これが私の率直な感想だった。昨年のライバル達の引退および離脱。前年のジャパンカップとこの年の宝塚記念を優勝したタップダンスシチーは海外に遠征。そしてあの強さをまざまざと見せつけた『キングカメハメハ』の引退。


 ジャパンカップで安藤勝己はデルタブルースで3着に入るも、


 「カメハメハだったら勝っていたね。」


とのコメントを残している。私自身もカメハメハがいれば・・・。との気持ちは拭いきれなかった。

 

 しかし、ロブロイには安定した戦績があった。そして、誰もが驚いた昨年の神戸新聞杯。

つくばの職場で、私はある先輩と仲良くなった。Mさんである。Mさんは仕事上もかなりのいぶし銀であり、競馬においても熱い人であった。彼は厩務員を目指そうとした経験もあり、二人はいつも職場では競馬話で盛り上がっていた。


 Mさんは神戸新聞杯の圧勝劇を見てから、早くからこのロブロイを注目しており、ロブロイの時代が来ると読んでいた。なので、この有馬記念もロブロイの勝ちを確信しているようだった。


 もちろんトータルして一番力を持っているのは誰がみてもこの馬であることは間違いなかった。


 しかし、私はもちろんハーツは応援するものの、逃げ馬であるタップに期待していた。 

話しは変わるが私の愛ハム『パチーノ』は最強の逃亡者であった。私はパチーノのためにオリを二つつなげ、さらにダンボールをつなげ大きな住まいを作ってあげていた。しかし、ある日私がパチーノの部屋に入り彼の住まいを見渡してみるが、彼の姿はない。


 「お〜い、パチ君。どこに隠れておるとねえ。」


 不思議とパチーノとしゃべる時は九州弁の私だ。


 「お〜い、出てこんねえ。えさばやるばい。おいしかぞ〜。(餌をやるぞ。おいしいぞ。)。」


 しかし、全く反応はない。奴は、最初だけは臆病に私を警戒していたものの、慣れてくると飼い主に似て生意気極まりなかった。名前を読んでひまわりの種を与えようとしても、大好きなジャムでないことを知ると、「ヘン」と言って、ひまわりの種を口から吐き出す程である。しかしどんな生意気であってもかわいくてしょうがなかった。


 なかなかオリから出てこないパチーノ。私も次第に、苛立ちはじめ、


 「おい、こら。この悪がき。出てこい。」


 オリを開けて全体を覗くがパチーノの気配はない。


 「あれ?奴どこに行ったんだ。このオリからは出られないはずなのに。」


 ふと私はダンボールを見てみた。そこにはなんと大きな穴が開いているではないか。おもいきり食いちぎられたその芸術とも言える脱走用の穴に驚きの私。


 「くそ。やられた。脱走しやがった。」


 その光景は映画「逃亡者」さながらであった。とは言え、さすが私のペット。賢い。懸垂ができるからと、お馬鹿ハムを賢いと勘違いする飼い主の飼うハムスターとは大違いだ。


 しかし。


 どんなに派手に脱走しようと、だいたい奴が行く場所はわかっているが…。

私は本箱の後ろを覗いてみた。銜えきれない程のひまわりの種をほおばらせ、パチーノは本箱の後ろに気まずそうに隠れていた。こんな賢くて愛苦しいパチーノであったが、彼はその冬、不慮の事故で他界してしまう。今でもあの時の逃亡劇は本当に圧巻としか言えないものであった。


 Mさんがロブロイを推す中、私はパチーノの逃亡劇を思い出し、タップの逃亡劇の予感を感じずにいられなかった。


 パチーノに出会う前。競馬界には一頭の最強の逃亡者が存在した。


 『サイレンススズカ』。


 サイレンススズカはJRA至上最強の逃亡者であった。彼は重賞5連勝。その逃亡劇では彼の影さえ踏める馬はいなかった。そして重賞6連勝をかけた天皇賞秋。彼はレース途中、故障を発生しそのまま競争中止。その後、予後不良との診断を受け、安楽死処分となった。記憶に残る伝説の逃げ馬であった。


 タップはスズカ程の逃げは見せないものの、その逃亡劇は、一度はまれば追撃馬は彼を捕える事は不可能だった。私は感じていた。この年の有馬記念。ロブロイとタップの一騎打ちになるのでは。


 しかし、タップはトラブル続きの海外遠征後、馬の状態は絶不調との報道を受けていた。実力から考えると今のロブロイに勝てるのはこの馬しかいないだろうが…。


 私の中で、もう一つ迷いは『ハーツクライ』をどう判断するか?


 菊花賞、ジャパンカップの大敗。そして何よりも残念だったのは鞍上にいた武豊は神戸新聞杯、菊花賞、ジャパンカップ。この3走でハーツに見切りをつけ、グランプリの相棒として、『ダイタクバートラム』を選んでいたからだ。


 私は武豊の騎乗で同じような寂しさを感じたことがあった。


 『ジャングルポケット』という馬だ。


 先にも話しに出したこの馬は、3歳で年度代表馬となり、翌年から武豊とコンビを組むこととなる。前半は好走もケガが判明。暮れのグランプリ、有馬記念では武は『ファインモーション』を選び、結果、ジャングルポケットは7着と破れた。


 「武に捨てられた馬は来ない。」


 私の中の格言の1つとして定着しそうな感じであった。ハーツの鞍上にはダービー2着時のときの横山が戻ったのが、せめてもの救いであった。


 この有馬記念には私とブルーとブルーの彼女、ウルフオー、サンバ+愉快な仲間達(会長、ロンゲ+2人)が参戦した。暮れの有馬記念をみんなで馬券を的中させ、祝杯と行きたいものだ。そんな中、サンバ一押しの馬がいた。  


 『シルクフェイマス』。


 フェイマスは天皇賞春3着。宝塚記念2着と健闘していた。サンバ曰く、


 「この秋に本格化してくる。」


 競馬通のサンバの意見はかなりセンスも良いがたまにひとりよがりも含むので、慎重に見極めないといけない。確かに優勝できそうな馬ではないが、2、3着ならあり得る馬だ。


 私は以上のことから馬券戦術を大きく悩ませることとなった。これまでは、好きな馬軸。もしくは好きな馬+実力馬軸というのが私の買い方の大半をしめた。好きな馬を軸にするのはその馬が勝ったときに喜びを私自身も大きく分かちあいたいからだ。


 さて、ハーツをどうする??一年前のダービーで悩んだときと同じ難問を突きつけられた。


 ハーツには近走の不振の他にもう一つ大きな不安要素があった。それは中山競馬場の短い直線と最後の坂である。皐月賞時、私とブルーは、ハーツが全く力を出せなかったこの中山競馬場での惨敗劇をまざまざと見せ付けられていた。ハーツにとってはもっとも相性の悪い競馬場。


 ハーツは直線一気の脚質だ。ためて、ためて、長い直線に賭ける。京都外回りや、東京のような外を周ってのコースロスができるだけ少ないコースであれば、極力平坦なその直線で末足を爆発させる。東京にも坂はあるが、坂をのぼってからの直線がまだ長い。これらを考えるとどうしてもハーツには中山競馬場は相性の良いコースとは言えなかった。


 私は、サンバたちの勢いか、普段はあまり競馬場では飲まないビールを昼から飲んでいた。思考回路もくるっていた。次第に私も酔っ払い、


 「ハーツ?くるわけないよ。はは。」

とまで。


しかし、酔っ払いながらもボックス3練複馬券を選択し、タップ、ロブロイ、フェイマス、アドマイヤドンと一緒にハーツも加えた。酔った勢いもあったが久々にボックス馬券を購入した。    


 バルクやデルタを外したのに不安もあったが酒の勢いで自信満々だった。

し、しかし、レースが行われ、私の酔いはいっぺんにふっとんでしまったのだ。


 私達は満員の競馬場の中、第4コーナーあたりを陣取って応援することにした。

 さて、人気順に有力馬をもう一度ご紹介しよう。第49回有馬記念で堂々の一番人気となったのは、


 『ゼンノロブロイ』。 


 G2京都大賞典2着。

 G1天皇賞秋1着。

 G1ジャパンカップ1着。


 そのオッズ2倍丁度。2番人気には、道営所属でこの年の一代ブームを巻き起こした


 『コスモバルク』。


 G2セントライト記念1着。

 G1菊花賞4着。

 G1ジャパンカップ2着。

 

 3番人気にはロブロイの最大のライバルである、

 

 『タップダンスシチー』。

 

 G2金鯱賞1着。

 G1宝塚記念1着。

 G1凱旋門賞17着。(フランス)。


 4番人気には菊花賞を制した


 『デルタブルース』。


 G1菊花賞1着。

 G1ジャパンカップ3着。

  

 そしてハーツクライは、単賞オッズ43.5倍の10番人気となった。

その戦績、


 G2神戸新聞杯3着。

 G1菊花賞7着。

 G1ジャパンカップ10着。


からしても当然の人気となっていた。


 私は酔っ払いながらも初の有馬記念、生での観戦に内心わくわくであった。グランプリだけあって会場は満員であった。ロブロイの秋G1完全制覇の期待に皆が胸を躍らせているようだった。顔を真っ赤にした私であるが、今年を締めくくる有馬記念のファンファーレがなると気持ちも高まってくる。ただし、ハーツが勝てるとは思えなかったため、レースを観戦するだけに集中していた。


 そして第49回有馬記念がスタートしたのだ。


 レースが始まると果敢に逃げをうったのは予想どおりタップダンスシチーだった。鞍上の佐藤は馬に気合を入れるためか、かなりのハイペースで逃げる。それを追うゼンノロブロイ。この有馬記念は2頭のためだけにあった。この2頭さえ見ておけばよかった。


 タップのハイペースにもかかわらず、ロブロイはしっかりと折り合い、前を見据えていた。ペリエがどう考えていたかは定かではないが、まるでライオンが獲物を捕らえるかのようにピタッと静かにその後を追走する。彼の頭には前の一頭しかいないかのように。


 そして第4コーナー。私達の目の前をタップが通り過ぎる。タップは後続に差をつけ二の足をつかいスパートをかけた。大歓声となった。


 「今年のグランプリはタップだ!!」


 誰もがそう思った瞬間。恐るべき足で迫った馬がいた。


 ゼンノロブロイだ。


 あのハイペースを2番手で追走しながら直線ではタップにどんどん迫る。2頭は馬体を併せ凌ぎあう。しかし、それも束の間、そのままの勢いでロブロイがタップをかわし、1/2馬身だけ先にゴールした。


 死闘であった。


 直線での大迫力。あのペースでさらに二の足をつかったタップ。それを差しきったロブロイ。レコードのランプがともった。再び大歓声となった。3着に何が入ったかなんてどうでもよかった。私はあまりの死闘ぶりに言葉を失っていた。


 すると横でサンバが「よし!」との声。どうやら3着にシルクフェイマスが来ていたのだ。

 

 私達8人は全員がその馬券を的中させた。ある意味快挙だった。

 

 私はタップとロブロイの激しい死闘に興奮を感じ、お酒が完全に冷めた表情となった。そして何かを思い出したように、ふと我にかえった。


 「ハーツは??」


 ハーツは勝ち馬から1秒遅い2分30秒5のタイムで9着と惨敗だった。しかし、このタイム。昨年のシンボリクリスエスが出したレコードタイムと同タイムであった。7着までがレコードタイムとなる恐るべき有馬記念となった。



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