十・東京巧者(第71回日本ダービー)
前にも記述したが私が1年で一番楽しみな日は誕生日でもクリスマスでもない。日本ダービーの日である。5月の末に開催されるダービー日は気候的にもぽかぽかして気持ちがいい。春から夏になりかけるこの季節は気持ちも心も弾む。
もちろん、自分の応援している馬がダービーに勝つことが一番の感動と興奮である。
『アドマイヤベガ』。
『ジャングルポケット』。
この2頭は私にとっても忘れられない2頭である。そして、前年のザッツザプレンティのように勝てなくとも健闘してくれ、馬券に絡んでくれたのであればそれも1つの忘れられない思い出となるのだ。
しかし、この年のダービーは唖然としたダービーであった。
(強い!!)
圧倒されたと言った方がいいのかもしれない。その堂々たる主役となったのが
『キングカメハメハ』
であった。
競馬では3歳馬のクラッシック路線として、牡馬牝馬混合、牝馬限定でそれぞれ3つのG1が用意されている。それを3つ勝つことで3冠馬の称号を得るのだ。シンボリルドルフ、ナリタブライアンを始め歴史的名馬として後々まで名を残す。
牡馬牝馬混合では先にも紹介した、
「皐月賞」。
「日本ダービー」。
「菊花賞」。
牝馬限定では、
「桜花賞」。
「オークス」。
「秋華賞」。
となっている。
しかし3歳路線にはもう一つだけG1が存在する。
「NHKマイルカップ」
である。
1996年からG1に組み入れられたこのレースであるが、主にクラッシックの出走権のなかった外国産馬の活躍が目立つ。
『シーキングザパール』。
『エルコンドルパサー』。
外国産馬は出走する上での制限を受けていたため選ばれたレースのみを戦うことになってしまっていた。そのため海外に遠征に行く実力馬は多い。NHKマイルカップを制し、そして海外で結果を出した馬が先の2頭であった。
一方、内国産馬は2000mで行われる皐月賞の戦いぶりで、今後の路線を決める。距離的に短い方に適正を感じれば1600mで争われる「NHKマイルカップ」に向かう。また、更に延びても期待できると感じれば当然最高峰の「日本ダービー」に向う。これが一般的な王道であった。
『ダービー馬』。
たかが一競馬ファンである私ですらこれだけ思い入れの大きいこのレース。競馬関係者にとってはこれ以上の名誉ある勲章は存在しないのではないだろうか。ダービーを制するために馬を育て、調教し、レースを選択していくといっても過言ではない。
そんな中、春の3つのG1に1頭の馬で挑ませてきた厩舎があった。松田国厩舎である。
『タニノギムレット』。
G1皐月賞3着。
G1NHKマイルカップ3着。
G1日本ダービー1着。
展開と不利さえなければ、3つとも取ってもおかしくない名馬であった。
『クロフネ』はその前の年、
G1NHKマイルカップ1着。
後、ダービーに向った。結果は5着であった。
この春3冠の難しさはなんといっても短期間で行われるレースの中での距離の差が考えられるであろう。
皐月賞は2000m、NHKマイルカップは1600m。そしてダービーは2400mの距離である。
皐月賞から、NHKマイル。皐月賞からダービーは対応可能かもしれない。その距離差400mはちょうど2F。しかし、NHKマイルとダービーではその差は800mもある。
ペースが大きく変わるこの2レースに対応するには並大抵の能力ではカバーできない。それもG1クラスになるとなおさらだ。マイルにはマイル巧者が存在し、クラッシックにはクラッシック巧者がいるものだ。
ただ一つ、NHKマイルカップと日本ダービーに共通するのはともに東京競馬場で開催されるという点であろうか。東京巧者。長い直線を豪快に突き抜ける馬がいるとしたら…。
そんな中、松田厩舎の『キングカメハメハ』はNHKマイルカップを圧勝し、このダービーに駒を進めてきたのだ。鞍上は安藤勝己であった。
NHKマイルカップの勝ち方は圧巻だった。2着の『コスモサンビーム』に5馬身の大差である。800m距離が延びようと1000mいや2000m延びようと問題ないような勝ち方であった。マイルでもクラッシックでも強い。それが投票者の結論だった。
皐月賞1、2着馬を押さえ『キングカメハメハ』は堂々の1番人気となった。僅差で皐月賞2着の『コスモバルク』が続いた。
さて、この年の私とブルーの1押しのハーツクライであるが、私としては前年の『ザッツザプレンティ』のような迷いはなかった。
ハーツは皐月賞惨敗後、京都新聞杯を使って優勝した。上がりのタイムはなんと33秒台。
私とブルーは皐月賞惨敗後、本当は負けたときは行くはずのない寿司屋に行き反省会をしていた。(と言っても、何気に入った店が寿司屋だった気もするが…。)
そこでの結論は追い込み一辺倒のこの馬は直線が短くゴール前に急な坂を要する中山競馬場には不向きだったための惨敗。これが結論であった。
まだ、ハーツは行ける。むしろダービーこそ行ける。これはかなりの自信であった。
京都新聞杯を快勝し、自信は確信に変わっていた。東京競馬場にも最終直線に坂を有するが中山のような急傾斜ではなく、だらだらとしている。また、上ってからまだ距離があり、そこからが真の勝負となる。
京都同様、追い込むのは可能な競馬場だ。カメハメハはメンバーが強化され、さらに距離が延びる不安。バルクは持ち前の勝負根性が出すぎてかかってしまうため、長い直線は持たない。
ハーツにも十分チャンスを感じた。ハーツの近走の戦績は、
オープン若葉S1着。
G1皐月賞14着。
G2京都新聞杯1着。
皐月賞こそ惨敗だが、その他は有力馬にもひけを取らない。たった一つの不安はハーツに騎乗していた安藤勝己が、カメハメハの方への騎乗を選んだ事だけだった。
しかし、それも解消された。関東では1、2を争う巧手「横山典弘」が手綱を取る。彼は逃げて良し、追って良し。人気馬良し、人気薄良し。オールマイティのジョッキーである。これまでも彼のおかげで美味しい思いを数多くしてきた。
ただそんな彼の騎乗に1つだけ気になった事があった。彼はG1では、どちらかと言うとシルバーメダリストであることが多いという点だったが…。