黒竜
朝起きてもやっぱりルードはいなかった。朝ご飯を食べて、何気なくルードがいつも寝ている空き地を見る。
「私、やっぱりルードの事迎えに行ってくる」
「そのうち帰って来るわよ」
「でも、ちょっと心配だから。忙しそうならそのまま帰って来るよ」
「マナも意外とお兄ちゃん子ね」
「そんなんじゃないってば!」
「母さんも行くわ。魔の森の一人歩きは危ないもの」
「そんなに大げさにしたくないの。ちょっと行って覗いてくるだけだし」
「でも…」
「大丈夫だってば。いざとなったら亜空間移動で戻ってくるし」
「はいはい。分かったわ。充分気をつけるのよ?」
ユキとスカイとも同じようなやり取りをして、ツリーハウスを出る。
そんなに私って信用ない?いつまでも何も出来ない小さい子じゃないんだけどな。
パスの感覚を頼りに、道なき道を進んだ。勿論最大限警戒している。
道を塞ぐ大岩を飛翔と反重力で乗り越えたり、倒木をジャンプで超えたり。
襲ってくる魔物は全部倒した。私の威圧はやっぱりあまり効かない。
中心部が近づくにつれて、魔物も強くなっていく。
うわ…久しぶりの強いレベルアップ酔いだ。でも、こんな所で膝をついたら、次に倒されるのは私だ。
あ、こいつ、ルビー母さんの前の種族のデススパイダーだ。でも情けは厳禁。殺らなきゃ、殺されちゃう。
何とかデススパイダーをやっつけて、ふと視線を感じて、顔を上げる。
年齢的には30歳位の、細身の男性が立っていた。マナをじっと見ている。
こんな所に人が?と一瞬驚いたけど、黒が似合うその男性の気配は、人のものではない。
「あなたがマナですか?」
「はい。あなたは、黒竜さんですか?」
黒竜は、ちょっと肩をすくめる。
「正直、神の娘というのは信じられませんが、ここまで来られるのなら、そこそこの実力はあるのでしょう」
「ルードがお邪魔してませんか?」
「強くなりたいと私に頼んできたので、私の住み家で鍛錬してますが、主が近づいてくるから、迎えに行くと言ってきかなくて…ノルマを与えて残してきました」
「あ、じゃあ忙しいですね。なら、戻ります」
「待ちなさい。私にはどうしても、幼いとはいえ竜を眷族化できる程の実力があるように見えません。少し、確かめさせて下さい」
黒竜が動いた、と思ったら、次の瞬間にはマナは宙に浮いていた。
動きが全く見えない。殺気もないけど、この人が本気なら、私は死んでいた。
立体機動で綺麗に着地して、黒竜の方を向く。
全くの自然体で立っているけど、隙が全くない。
動きに反応して僅かに防御をするので精一杯だ。
勝てる可能性なんて、万に一つもないだろう。それ位の実力差だ。
「がっかりしました。神の娘とは、その程度なのですか?」
「私は普通の人だもん。体は作ってもらったけど、それは孤児だったからで」
「…よく、分かりませんね。あなたのような小さき者が持つにしては大きい力だと思いますが」
「小さくないもん!」
「…は?」
「成長期だもん!それにもう8歳だし!」
「はあ。それが何…!」
縮地で近づいたマナの剣先が、黒竜の鼻先を掠める。
「ちょっと位他の子より小さくても、すぐに追いつくんだから!」
「わ、分かりました…?」
何故そんなどうでもいいことに拘るのかは分からないが、先ほどの攻撃は驚いた。
自分を見つめる金の瞳も先にない気迫を感じるし、この子にとっては大切な事?なのかもしれない。
「では、行きましょうか」
いきなり目の前で竜化した黒竜に、マナが引く。
「ちょっと待って、やめてー!」
(何故?ここからでもかなり距離がある)
(飛ぶのは怖いから嫌!あの、亜空間移動とかできませんか?)
(……)
何だろう?この間は。
(まあ、いいでしょう。何が怖いかは分かりませんが)
それにしても大きいな。ルードのお母さんも大きかったけど、…という事は、ルードも成長期?…むう。
中に殆ど物のない亜空間を抜けると、大きな木の側に広場があり、体を動かしていたルードが走り寄ってきた。
「マナ!まさか迎えに来てくれるなんて!」
「だって、全然帰って来ないし」
「でも、一人歩きは危険だよ!」
「また子供扱いする!ルードだって、黒竜さんに比べたら子供でしょ?」
「ざっと千年は生きてますかね?」
本当に竜の寿命って、いくつ位なのかな。…でもルードは、私と同じ時しか生きられないんだよね…何とかしたい。ずっと一緒にはいたいけど、死ぬのも一緒なんて嫌だ。
「師匠、僕のマナは可愛いでしょう?ちょっと離れていただけで、こうして心配して迎えに来てくれるんですよ?」
「私は人に仕えるなどごめんだな。神の娘には敬意を払うが、それだけだ」
「マナにはこれ以上の従魔や眷族なんて必要ないので、それでいいです。という訳で、一旦戻ります。マナが学校に行ったらまた来ます」
「本当に、その子供が大切なのだな。金の姫からも頼まれているし、留意する」
「ルードの事、ありがとうございます。私も強くなりますから」




