アズバン
エンペラークラーケンは高ランクの魔物だけあって、とても美味しかった。下味をしっかり付けて、隠し包丁を入れて表面がパリッとするまで焼く。
ゲソの調理が大変だった。吸盤の中の軟骨みたいな物を取り除く作業は、通常のやり方では手を怪我してしまう。
竜姿のルードに頼んでお酒の中で揉みながらしごいてもらった。
「僕、料理なんてやったことないんだけど」
文句を言いながらもやってくれた。さすがに竜の手は傷つかない。
「痛っ!」
取り切れていなかった刃が、手を傷つけた。回復魔法を使うまでもなく傷口は、見ているうちに塞がった。
加護のお陰なんだけど、正直複雑。傷口が再生するなんて、魔物みたいだ。まあ、人と魔物の違いなんて、体内に魔石があるかどうかの違い位しかない。
私の家族は全員魔物だけど、人よりも優しいし、私を大切にしてくれる。かつてのクラスメイトは、ある意味魔物より酷い。
種族の違いなんて、実は些細な事なのかもしれない。
私だって生きる為に沢山の魔物を殺してきたし、食べた。
頂いた命を無駄にはしていないけど、考えさせられる。
ゲソは、から揚げにして食べた。大人の脚より太いから、作るのが大変だったけど、しっかりとした歯ごたえが噛むほどに旨みを出して、とても美味しかった。
船がやっとアズバンに着いた。暑さと湿度でスカイとユキのもふもふコンビが参ったので、影の中に入れた。
アラビアンな民族衣装に、ルビー母さんが行き交う人々に、真剣な目を向けている。
「買う?ルビー母さんなら似合うと思うな」
元から色黒で、南国風美女なルビー母さんは、ナイスバディだから、大胆衣装も似合うと思うな。
「マナも買って、お揃いにしてみない?」
それは勘弁して下さい。幼児体型な私に似合う訳ないし。
カレーの実も現地ではすごく安かった。ギルドにも入ってダンジョンの場所を聞く。
この町の近くにはないようだ。
門の外に出て、物陰でゲートを開く。馬車も出ているみたいだけど、歩いて行く事にした。
簡易的な柵で囲まれた果樹園?を見つけた。キウイかと思ったけど、それがカレーの実だった。
この程度で大丈夫っていう事は、カレーの実は魔物には不評のようだ。
(ごめんなさい、マナ。人化が解けそうだわ)
(いいよ。影に入ってて)
ルビー母さんを影に入れた私達は、少しペースを上げる事にした。暗くなる前にはダンジョンのある町に着きたいからだ。
なるべく街道を外れて走るけど、オリンピック選手真っ青の走りをしている。倒木は簡単にジャンプで飛び越えるし、足場の悪い場所でも簡単に進める。レベルって凄い。
大人顔負けのスピードで走っていたのに、横からルードに抱っこされてしまった。そうして、今以上のスピードで走る。
私も威圧の練習をしているんだけど、ルードも軽く威圧を放っているから、効いているかどうか分からない。
ルードの本気の威圧は本当に怖い。まるで魔王を前にしたような気持ちになり、情けないけどお漏らししちゃったほどだ。本物の恐怖の前には、涙も出なくなるのだと変な所で感心した。
ある意味ラスボスだけど、私には本当に優しい、ちょっとシスコン気味のお兄ちゃんなのだ。
何とか日暮れ前にはたどり着いて、門の外でゲートを開く。
亜空間の中でみんなを影から出して、一息つく。
「ちょっとだけ町に入ってみる?」
「マナのご飯が食べたい」
「賛成にゃ!明日に備えて今日はもう寝るにゃ!」
言われると思ってもう準備してある。今日は鯛の炊き込みご飯だ。それとゲソのから揚げ。
自分用に、オクラを茹でてマヨネーズも添えた。
魔物に野菜は、必要ないのかもしれない。
ケットシーに進化してからのユキは、それでも少し食のバリエーションが増えた。
果物は食べるようになったし、前より水も飲む。
勿論私の魔力水だけど。
そして前より更に甘えっ子になった。これは眷族全員に言える事だけど。
この国のダンジョンは、町中にある。ダンジョンの横に兵士の宿舎があって、ダンジョンの前は広場になっていた。
そこに屋台が並んでいて、荷物持ちの子供達も並んでいる。この辺はどこのダンジョンでも変わらない。
雇ってもらえれば僅かでも賃金がもらえるし、経験も手に入る。そうしてから冒険者になる子供も多い。
ただし犯罪者にならなければだが。
スリ位では水晶は反応しないけど、度を過ぎると水晶が濁ってくる。殺しは一発で赤く光るし、そうなったらもう、まともな職には就けないし、冒険者にもなれない。
普通の孤児はこういうものだ。私は神様のお陰でルビー母さんに育ててもらえた。これは運に一万も振ったせい?それとも、何か理由があるのか?
考えても始まらない。中に進もう。




