黒竜
世界樹の前の広場で、黒竜は相変わらず眠っていた。
それでもちゃんと把握している。ああ…またどこぞの人族が、世界樹を狙ってやってくる。富、権力…そして最後に狙うのは、不死。
調合に成功して体が不死になっても、魂が保たない。
人の枠から外れた者は、人の中では生きられない。
そうして必ず最後に願うのは、己の死。
この役目に就く前に、金の姫から知らされた事実。そうして、過去に自分も数の暴力で攻められ、鱗と葉を奪われた。
どの時代にもフェニックスがいる訳ではないが、一度狩られれば素材は残るし、いずれはフェニックスもまた生まれる。
今回のようなケースは、前代未聞だ。
それが容易に手に入れられたのに、本人には使う気は今の所ないようだ。
いや…もしかして気がついていない?それともまだ本人が子供だからか。
どうやら人族達が訪れる前に、弟子と、件の子供が来るようだ。
黒竜が体を起こして人の姿になると、空間に亀裂が開いて、ルードとマナが出てきた。
「この間ぶりです。あ、これこの前とは違う種類の異世界のお酒です」
「これはこれは」
「こっちが芋焼酎で、こっちがウォッカっていうお酒で、強いお酒みたいなので、気をつけて飲んで下さいね」
「ありがたいですが、折角作ったのに飲まないなんて勿体ないのでは?」
「だから、やっぱり私は大人になるまでは飲んじゃだめだと思うんです」
「マナは僕が最近大きくなっているのが悔しいみたいで」
「なるほど。エリクサーを飲まない理由もそれですか」
「…へ?」
「学校で習わなかった?歴史上でその薬を飲んだ者は姿が変わる事なく、心を病んでいったと」
「え!初耳!…良かった。味見なんてしないで」
「はい?味見?」
「ポーションは美味しくはないけどまだ飲める味だよね?マジックポーションは苦い。スタミナポーションは薬の中ではましな方かな?万能薬は…出来れば飲みたくないよね」
「好奇心旺盛なんですよ。マナは」
「材料貴重だし、一本でちゃんと効くか分からなかったし、ユキの反応見たら、味見する気が起きなくなって、良かった。身長止まるとか、そんな恐ろしい効果まであるなんて」
「不死には興味ないと?」
「全然!あー、でも、私が長生きすればルードも死ななくて、そうしたら…でも嫌かも」
「何故です?」
「終わりが見えないって怖くないですか?それこそ、寝て暮らすしかないかも」
「マナには無理だね」
「そうだ!暖かくなってからか、暑い所で泳ぐなら、一緒に泳ぎませんか?」
「これ、水着って言って、泳ぐなら、水の抵抗が少ない方がいいんですよ」
「そうですね……話を聞いていると楽しそうですから」
「いつ行きます?」
「しばらくは様子見が必要なので、残念ながら無理ですね」
「人が、来そうなんですか?」
「まだ遠いですが。ここにたどり着く前に全滅してくれると楽なんですけど」
「うわ…」
「まあ、仮に離れていても私と世界樹の間には絆がありますから。あなたの方こそ気をつけて下さい、フェニックスを捕獲されないように」
「あー。気をつけます」
居場所なんて、どこでばれるか分からないもんね。
いざとなったら亜空間にこもるしかないのかもしれないな。
「あの…師匠、実はマナに祝福を与えてあげられなくて」
あ、全部言っちゃうんだね?まあ…いいか。
「そんな事が。色々あったのですね。祝福に関しては、分かるな」
「どうしてですか?」
「私に頼らずとも、分からない訳ではあるまい?」
ルードは、はっと息を飲む。
「何か分かった?ルード」
「うん…まあ」
ルードは言葉を濁す。
「無理には訊かないよ。無くても、私が強くなればいいだけだし」
「うん…マナ、先に帰ってて、修行してから帰るから」
マナが亜空間に消えたのを見て、黒竜はルードを見る。
「マナは進化したと聞いた」
「はい。今は神族ですね…あれから1年。マナの格が上がっていても、不思議じゃありません」
「加護や祝福というものは、格上の者が格下の者に付ける物だ」
「今回の眷属化がやけにあっさりといったのも…正直、自信をなくします」
「そうなったとしても、やる事は変わらない。特にあれは、随分と抜けている所も多い。しっかり見守るのも、眷属の務めだ」
マナには頼りにされている。それは間違いない。ならその期待を裏切らないように、できる事を精一杯やろう。




