VS.黒竜
黒竜が鋭い威圧を放った。威圧だけで押し潰されそうだ。
何とか耐え抜いて、隙を窺う。隙なんて、どこにもない。
殺気!勘に従って、大きく上に飛ぶ。黒竜から放たれたブレスで、さっきまでマナがいた場所は、真っ赤に燃え上がっている。
振り下ろされる爪を空間跳躍で避けて、黒竜の後ろに降りる。
大きく振った尻尾に、更に後ろに飛んで避ける。
(逃げてばかりでは、認める事など到底できません。それとも援軍でも期待していますか?)
させる気もないくせに。挑発して、私が飛び込んだ所に避けられない攻撃を仕掛けられる事は分かっている。
しかも竜の鱗は魔法を弾く事は分かっている。ルードの鱗で試しているから。
オリハルコンの短刀なら、斬れるかもしれない。あくまでも短刀だから、致命傷を与える事はできないけど。
結界の向こう側に、眷属達の気配を感じた。ユキの気配も感じる。動くのさえ辛いはずなのに、そこはみんな止めてよ!
黒竜も、ルードの気配にそちらに注意を向ける。
チャンス!
脚を狙って短刀を振るうが、まるで虫を払うような仕草で払われると同時に爪が短刀を持つ腕にかかった。それだけで、腕の一本を持って行かれた。
腕を拾い、傷口に押し当てると、問題なく腕は再生した。
それを黒竜は、余裕の表情で見ている。
実際黒竜が本気で殺す気で来てるなら、腕を拾う前に、殺されているはずだ。
私とルードの命が繋がっているから、殺せないのだろう。
と思ったけど訂正!破壊光線のブレスが、私を襲う。
結界で、何とか耐えたけど、私の魔力を増した結界でなければ耐えられなかった。
貧血で、目まいがする。そこに炎のブレスが襲ってくる。
二段飛びの跳躍で離れて、着地した結界の反対側でルードがホーリーブレスを放っていた。
怖っ! だけど、結界は破壊されなかった。
私の気が逸れたのを察知して、黒竜が再びのブレスを放つ。
慌ててジャンプするけど、間に合わない!足首から先を焼かれ、なくなった。
「?!」
見てしまった。着地する前に、なくなった私の足が生えてきたのを。
まさか生えるなんて、ホラーすぎだよ!
流石に燃えたブーツは再生しないので裸足だが、どう攻めよう?
(マニャ…もういいにゃ。やめてにゃ)
やめられる訳、ない。どんなに勝ち目がなくたって、諦めるなんて選択肢は私にはない。
ドーム状の結界の中で、私ばかりがいいように痛めつけられている。普通の人ならとっくに殺されて終わりなのだろう。世界樹がある以上、ここを目指す人間は多そうだ。
例え魔の森の中心にあったとしても、権力者に命令されたり、あるいは一獲千金を狙って。
実際私は、自分よりも遙か格上の相手を前に、攻めあぐねていた。オリハルコンの短刀で付けた傷は、もう塞がっている。番人なんだから、加護か祝福を持っていても不思議じゃない。
幸いなのは、まだ黒竜が全然本気を出していない事。
ルードが力任せに体当たりしているのか、振動が伝わってくる。
恐らくこの結界は、本人が解除しない限り壊れないだろう。
…うん?ここは、完全な密閉空間。空間魔法は使えるけど、私に逃げる意思はない。でもルードが中に亜空間移動できないなら、何かしらの制約はあると思う。私の亜空間移動も封じられているかもしれない。
一つだけ思いついた。私は、牽制に大きな音のする爆発魔法を使って、すぐに魔力マックスの只の水魔法を使った。
黒竜は術に気を取られたが、すぐに私に向き直る。
広過ぎるから、なかなか水がたまらない。しかも私の方は首まで水に浸かっているのに、黒竜の方はまだ脚も隠れていない。
(ルード、師匠に話しかけて)
ちょっとでも時間が欲しい。因みに念話は、私と眷属達は普通にオープンチャンネルだけど、元々は対個人だ。
泳げるけど、地上と同じには到底無理だから、今は攻撃されたくない。
黒竜が泳げるかどうかは賭けだけど、動きは制限されるはずだ。
結界から水が漏れている様子はない。私は既に立ち泳ぎ状態で、黒竜の首まで水は来ている。そこまできて、黒竜が私の方を向く。
(それが泳ぐという事か。しかしそれに何の意味があるのです?動きを封じる為なのか)
あんなデカブツが浮く訳ないよね?人化すれば泳げるかもしれないけど。
案の定、黒竜は空気を吸う事が出来なくなった。
私はまだ天井まで余裕があるので立ち泳ぎで保たせている。
やっと黒竜が人化して空気を求めて上がってくるけど、泳げていない。ちょっと前のルードのタコ踊りみたいだ。
(降参して下さい)
酸欠にして殺すなんて事はしたくない。私は水の中に長時間いられるけど、この人はそうじゃない。
もう、ドームの天辺付近にまで水は届いている。
黒竜は何とか一度は空気を吸えたけど、その空気ももうない。そして長時間水の中に佇んでいる私を、化け物を見るような目で見た。
(分かった…私の負けだ)
私は、ドームの中の水を雨のように降らせるイメージをした。
水嵩はどんどん下がってゆく。
水が殆ど消えた所で、黒竜は結界を解いた。
眷属達が私に走り寄ってきて、私はもみくちゃにされた。
「だからごめんて。私は大丈夫だから」
私は、泣いているみんなの頭を撫でて、大丈夫だとアピールする。
「もう大丈夫だから、みんなはユキを連れて戻って」
「僕はここに残るよ」
相手はルードが尊敬する師匠だ。それは仕方ないと思う。
みんなを亜空間に帰して、改めて黒竜を見上げる。
(まさか本当にこの私を参ったと言わせるとは…正直想定外でしたよ)
(マナは天才ですから)
それはさすがに過大評価だよ。
(世界樹の葉は好きに持っていっていい。とはいえ、この世界樹は世界にマナを生み出す大切な物だから、全てとは言えませんが)
(薬を作る分だけあればいいです)
「ルード、一枝だけ折ってきてくれる?小さい枝でいいから」
実際使うのは、葉のほんの数枚だ。
(いいのですか?売れば大金持ちになれますよ?)
(要らないよ。既にお金は使いきれないほど持っているし、森で暮らしている以上、そんなに必要ないですから)
(さすがに神の娘ともなれば、只人とは違うようですね。試すような真似をして、申し訳ありませんでした)
黒竜は、頭を下げた。
(黒竜さんは、ルードが早く死んじゃうのが嫌だったんですよね?上位存在の、それも最上位の、インペリアルドラゴンを従えている私が気に入らなかったって、分かりますから)
(私情を挟んで申し訳ないですが、その通りですよ。金の姫が守る神々の降り立つ山と、この世界樹は守るべき最重要地点ですから。出来れば私の後継者にしたかったのですが)
ん…?神々の降り立つ山って…サマルト様は、普通に私の所に来た気がするんだけど?戦神様達はどうやって行ったのかわからないけど。
ガサガサっと、大きな音を立ててルードが巨大な樹から降りてきた。随分と大振りな枝を持って。
「ルードってば、そんなに要らないよ!」
(普通は薬にそんなに使わない!…全く。これがいかに重要な物か理解がまだ足りなかったみたいだな!)
「え?え?…ごめんなさい」
(折ってしまった物は仕方ありません。持って行って下さい。他にも色々と使い道があるでしょうし、あなたなら悪用もしないでしょう)
「ありがとうございます!」
(また来て下さい。今度は歓迎しますよ。あ、この子は置いていって下さい。根性叩き直す必要がありますから)
程々に、お願いしますね…。
さて、私はこれからが本番だ。




