5
あれから十分ほどでバスはパトカーに続いて、デモ集団から少し離れた場所に停まった。
デモの集団はパトカーに行く手を阻まれて立ち往生しながら、大声で何事かを喚きたてていた。
プラカードを空高くに掲げ、国旗を燃やし、持参した大きな生徒会長の顔写真に赤くバツ印を塗っていた。興奮したデモ参加者は、地面や空き家の壁に赤い文字で「暴君」、「独裁者」、「無能」、「糞女」などとスプレーで書きなぐっている。
その様子を啓太は無表情で見ていたが、隣に座る大河はジュースを飲みながらただ一言「やっぱりバカな奴ら」と不機嫌そうな顔で呟いた。
「貴様ら止まれッ!貴様らの身勝手な行動でどれだけ国民が迷惑を被っているのかわかっているのかッ!」
行く手を塞いだパトカーから、拡声器を持った真嶋が現れ、怒りの形相でデモの集団に怒鳴りつけていた。
大河も兄の登場を見て、嬉しそうにしている。ペットボトルは空っぽになっていた。
バスの窓を少しだけ開けて様子を見てみる。
「うるせぇんだよ政府の犬っころが!!引っ込めぇ!」
「独裁反対! 独裁反対! 我々に自由と平等を!」
「何が英雄だ! 俺たちを切り捨てた暴君じゃねぇか!!」
「私たちは生きるのに精いっぱいなんです! 税金を免除してください!」
「配給を増やせ!仕事を与えろ!俺たちだって良い二十年を暮らす権利があるんだ!!」
「政府なんざ糞くらえ!このッ――――」
そこまで聞いたところで啓太はすぐさま窓を閉めた。
一応政府に所属している啓太は、遊びのつもりで彼らの主張に対する反論を頭の中で組み立ててみる。
政府の犬が引っ込めば、誰が無意味に危険をまき散らすお前たちを止めるのか。
独裁を反対するならばお前たちはどうやって物事を決める。ただでさえ時間は限られているのに話し合いで決めるつもりか。
お前たちは切り捨てられたんじゃない。ただ英雄を嫌い、自分から離れただけだ。
税金を払うほど金に余裕がないならこんなところで油を売るな。お前は精一杯生きてなどいない。
欲しいものを誰かにねだってばかりのお前に誰が手を差し伸べるというのか。少しは自分で頑張ったのか。
糞くらえは……主張じゃないな。一番論外だ。
どいつもこいつも、主張が揃いも揃ってズレていることがわかり、啓太は苦笑した。
彼らは「今」しか見ていない。
こんな有り様を訓練生が見たところで、教育上よろしくないだろうと思い、バスの中を見回してみると意外にも訓練生たちは一人一人が、異なる想いを胸にその光景を目に焼き付けていた。
ある男の子はその光景を見ながら腹を抱えて爆笑し、また違う女の子はその光景に憐みの視線を向ける。
汚いものを見るような目を向ける女の子もいれば、興奮して怒り狂う男の子もいた。涙を流している女の子も目に入る。
その様子を見て啓太は確信した。これこそが彼らへの教育なのだと。
将来日本のトップに立ち、先頭に立って二十年国家構想を支えていく彼らがこの光景を見て、いずれはこう考える。「彼らのような人間が出ないような国を作らなければ」と。
大河はデモをしばらく眺めた後、再び啓太の袖を引っ張って、真剣な表情で語りかけてくる。
「なぁ成瀬の兄ちゃん。オレさ、れいか様のようにはできないかもしれないけど……もし政府に入ったら、こんなバカどもが出なくなる国を作りたいよ。二十年しか生きられないんだからさ、こんなことしたって無駄だよ」
「…………そうだね、彼らは間違っているね」啓太は努めて平静な声で返事をした。
「ああ、できることならあいつらに伝えてやりたいよ。こんなことしたって意味がないって」
「君のお兄さんがそんな奴らを捕まえてくれるんだろう? それで彼らは間違っているって気づかないかな?」
「逮捕するだけじゃ、だめだよ。だれかが教えてあげないと、きっとあいつらはくりかえす」
怒りにも悲しみにも見える表情で、大河は右手を握りしめる。何かを成し遂げるにはとても小さな、けれどもいたるところにできた傷やマメが未来での躍動を感じさせる、そんな子供の手だった。
本当に訓練生たちはよく『訓練』されている、と啓太は感じた。ただしその『訓練』は完全ではないことも。
「そうか。大河くん。君はお兄さんに似て、正義感に溢れた優しい人なんだね」
「そ、そうかな……へへっ」
大河が照れ臭そうに笑う。初めて見せた子供らしい、素直な表情だった。
その後十分ほど治安部とデモ集団との押し問答が続き、治安部がしびれを切らして実力行使で鎮圧を試みていた。空へ向けて一発ゴム弾を放ち、それでも暴れ出すデモ参加者にはゴム弾を打ち込む。
男の怒号や女の子の叫び声も聞こえる。それをかき消す発砲音。そしてまた怒号の繰り返し。子供に見せるには少々過激だとは思ったが、訓練生からすればこれくらいが丁度いいのかもしれない。ようやく何人かの訓練生は目の前の光景から目を背け始めた。
大河の方を見やる。そろそろ時間だと思った。
啓太はもぞもぞと挙動不審な大河に話しかける。
「大河くん? どうかしたのかい?」
「ん、いや……なんでもない」
「ごめん、もしかしたらと思ったんだけど……大河くんはトイレに行きたいんじゃないかな?」
「う、うん。でもバスから出ちゃダメって言われてるし、今は外が危ないし……」
「デモが収まるまでいつまでかかるかわからないよ。それまで我慢できるのかな?」
「うーん……ちょっときびしいかも」
尿意を催した大河は必死で兄の言いつけを守ろうとする。健気なことだ。
そんな大河に啓太は助け舟を出す。
「大河くん、俺がトイレまで連れて行ってあげるよ」
「え? で、でもバスから出ちゃダメなんじゃないの?」
「そんなことも言ってられないだろう。俺だって政府の人間だし、君一人くらいならトイレに連れて行っても問題は無いよ」
「そっかぁ……じゃあ成瀬の兄ちゃん、お願いしてもいい?」
「任せておけ」
そう言って啓太は大河の手を引き、バスの出口に向かう。途中同乗していた他の部署の人間に事情を聴かれたが、「真嶋部長の弟さんがトイレに行きたがっているので」というと納得してもらえた。
啓太はバスを出て、トイレを探すフリをしながら、デモの集団から大河が見えるようにウロウロと歩く。
何人かがこちらを見たのを見計らって、啓太は大河の手を引く。後はトイレまでこの子を連れて行くだけだ。一直線にトイレの方へと歩き、見えてきたところで啓太は大河の背中を軽く押した。
「あったぞ大河くん、ダッシュだ!」
「うんっ行ってくる!」
大河は一目散に走り、トイレの中に入っていった。
その様子を見送ると、啓太はゆっくりと後ろを振り返る。首尾よく運んでいれば、誰かは自分たちの後を追って来ているはずだった。
「よぉ政府の兄ちゃん」
期待した通り、啓太は釣りに成功した。
誰がどう見ても不良と呼べる、人の寄り付かない雰囲気と暴力的な風貌をした男が、金属バットを手にしてこちらを睨んでいる。その両脇には汚い身なりをした細身の男と、太った坊主頭の男もいる。
真ん中の男が啓太の後方にあるトイレを指さして低い声で話しかけてきた。
「さっき見えちゃったんだよね。……国の金で教育を受けた偉そうな『訓練生』の服着たクソガキが。ちょっと俺たちその子に用があるんだよね。そこをどいてくれるかなぁ」
『訓練生』は国の金で教育を受けているわけじゃない。恥を忍んで、税金を滞納してまで『訓練』を受けさせている女の子を見たことがあるのか、と言いたくなったが啓太は顔が引きつるのを我慢して冷静にとぼける。
「えーと、何のことかな?そんな子ここにはいないよ」
「とぼけなくてもいい。全部知っているんだよ……奴らがぬくぬくと教育を受けて、賢くなったつもりになって俺たちみたいなのをクズだのバカだの言ってあざ笑ってやがるのも。俺たちの苦しみを何も知らないで、さっきだってバスの中から高みの見物ぶっこいてたじゃねぇか。ほんと、いい身分だぜ」
事実だから仕方がないじゃないか……と口から出かけた言葉を飲み込み、彼らを落ち着かせる。大河がトイレから出てくるまで時間を稼がなければならない。
「そんなことしていないと思うし、ただの被害妄想じゃないか?」
「優秀な政府のお役人に言われてもねぇ……俺たちバカだから信じられないのよ。ってわけで、あのガキで憂さ晴らししたいんだわ。そこ、どけ」
「わかったわかった。お宅らの言いたいことはわかったよ」
まったくわかっていないが両腕を広げて大げさなリアクションを取り、いったん彼らを宥める。
彼らは大河の未来のために、せめて役に立ってもらわなければ困るのだ。
「今、その子は出てくるからあと20秒くらい待ってくれ」
「あ?」
何を言っているのかわからない、という表情を浮かべる男。当然だろう、邪魔すると思っていた男があっさり子供を売ろうとしているのだから。
「だからトイレから出てきたら言いたいことを言えばいい」
「お前、最初はとぼけてみたり、今度はガキを売ったりよくわからない奴だな……」
「お前たちには関係ない、こっちの事情もあってな。ああ、そうそう、その子も君たちに言いたいことがあるらしい…………なぁ、大河くん!」
男たちの視線が啓太を通り過ぎて一瞬トイレの方を見たことから、大河がいることに気づいたため、男の方を見ながら啓太は後方にいる大河に向けて大声を張り上げた。
「な、成瀬の兄ちゃん!その人たち、誰……?」
「君がバスで言っていたバカどもだ! 訓練生である君が気に入らないらしい!」
「そんな……なんで、どうして……」
大河はか細い声で動揺を示している。この男たちに本能的な恐怖を感じ取ったのだろう。
気にせず啓太は大河に話す。
「どうした大河くん! わざわざこいつらがやってきたんだ、このバカどもに君がバスで考えていたことを教えてやれ!」
「な、なにも考えてない! なにも言ってない!」
咄嗟に否定する大河。その逃げを啓太は許しはしない。
「嘘を吐くな大河! 君は言っていただろう、こいつらに教えてあげなければいけないって、そうしなければきっと無駄なことを繰り返すって」
「ああッ?! このクソガキがぁ!」
「そんなこと言ってないよぉっ!」
啓太は振り返り、大河の方を見た。彼は顔を青くして泣き、鼻水を啜りながら啓太と男たちを見つめている。その姿に少しだけ彼のことが気の毒になる。
本来はこんな茶番など必要なかった。
トイレに行った大河が襲われるまで事態を静観し、襲われた瞬間に飛び出して彼を救出、おまけに暴徒から何発か攻撃をもらって傷を作れば彼の心証も良くなる。その後は弟を助けた口実に、大きな権力を持つ治安部部長に近づくことができる……そういう手はずだった。
ただ、気が変わってしまった。
なぜかこの茶番は大河に必要だと、そんな余計なことを思ってしまった。
「なぜ何も言わない! 怖いのか! 君が国を想って掲げた正義はそんなものなのか!」
「うぅ……ぐすん……で、でも……」
「なぁ大河くん。君は普通の子供より多くのことを学んで、努力もたくさんしてきた。その上で自分なりの正義や考え方を身に着けたのなら、それは誇れることだし立派なことだと俺も思う。でも、そんな君が誰かに、自分の考えを、正義を言い聞かせるにはまだまだ足りないものがある。そしてそれを心の奥底でわかっているからこそ、君は何も言えずに泣いているんだ。……さて、そいつが何か、一つでもわかるかな?」
「ぐすっ……えぐっ……わ、わからないよ……」
「何わけわかんねぇこと言ってんだ! おいっ!さっさとこいつとガキを痛めつけるぞ!」
男たちが一斉に攻撃を仕掛けてくる。
正面にいた男はバットを振り被り、啓太の脳天めがけてそれを振り下ろす。両脇にいた男は啓太を通り過ぎ、大河の方へと走っていく。やはり、それほど時間はなさそうだ。
啓太は鋭く前へと踏み込み、完全にバットが振り下ろされる前の男の右腕を、自分の腕を交差させて受け止める。そのまま左の肘打ちで男の顎を打ち、身体をひねる。肘打ちで頭を揺らしている男の無防備な股間を右足で蹴り抜いて、悶絶している男の手からバットを奪った。そして男の喉に鋭くバットを突き出したところ、男は膝をついた。
大河の方を見やる。大河は一方の男に羽交い絞めされそうなところを抵抗している。啓太は大きな攻撃をもらっていないことにひとまずは安心した。
バットの中間を持った啓太は、トップスピードで大河の方へと走る。男たちも猛スピードで自分たちの方に向かってくる啓太に驚いたのか、大河から手を放して二人とも啓太の方へと視線を向ける。
「答えを教えよう……一つ目は、力だ」
それはたかだか九歳かそこらの子供には絶対に身に着けられないもの。
絶対的な暴力でもいい。絶対的な権力でもいい。
有無を言わさず、反論を許さず、その力は他者の身体や心に爪痕を残し、正義を強制的に刻み付ける。
走りながら細身の男の方へとバットのグリップエンドを向け、近づいたところで勢いをつけてバットを男に向けて投擲する。金属バットが男に当たった音を確認すると啓太はターゲットを坊主頭の方に切り替える。まだ細身の男はダウンしていないが、まずは敵全ての体力を削ぎ落していくことが重要だった。
坊主頭は力に任せて大きな左腕を啓太に振り抜く。一発、二発と連続して繰り返される拳を啓太は冷静に躱していき、わざと大きく右腕を振りかぶってカウンター動作に入る。
坊主頭はカウンターを警戒して一歩ぶん後ろに距離を取ったが、啓太はそれを読み、右腕を繰り出しながら距離を詰めて右肩でタックルをした。
体勢が崩れた坊主頭の隙を逃さず、左拳を下から突き出して顎をアッパーで打つ。この男は体力がありそうなので、攻撃は緩めず顔を中心に思い切り拳を叩きこむ。
後ろに殺気を感じた。啓太は後ろを見ることなく前にステップ、同時に後方からアスファルトに金属がぶつかる音が聞こえた。細身男がバットを振り下ろしたのだろう、あのままくらっていれば危なかった。
坊主頭の鳩尾に膝蹴りを放ち、坊主頭がうずくまって倒れたところで啓太は後ろの細身男と向かい合った。
「もう、いいんじゃないか」」
「うるせぇ!俺だって意地があるんだよ!」
「いいんだな? お前が倒れたら、俺は徹底的にお前を壊す。歯も叩き折るし、死なない程度に骨も何本かやる。お前が持ってるそのバットを使ったら楽にできるしな」
啓太は男の持つバットを指さして笑った。
男は戦意を無くしたのか、手からバットを落として「覚えておけ!」と吐き捨てながら逃げていった。
大河の方に啓太は駆け寄り、しゃがんで声をかけた。
「ケガはないか?」
「う……うん、あの、あ、ありがとう……ございました……」
少し放心しているらしい。啓太は大河の頭を一度撫でると、持参していたバッグから拘束具を取り出して、残された暴徒二人の手首を拘束した。
携帯を取り出し、事前の打ち合わせで緊急連絡先に登録していた治安部の番号にかける。真嶋の弟が襲撃され、襲撃した実行犯をトイレで拘束した、と短く連絡をして切る。おそらくこれで真嶋がここにやって来るはずだ。
啓太が一通り仕事を終えて安心しているところに、大河がおずおずと近づいてきた。
「あ、あの、成瀬の兄ちゃん」
「ん? どうかしたか」
「オレさ、ひきょうだったよ。バカにしてたやつらと向かい合ったら、こわくて……あれだけえらそーなこと言って、結局なんにもできなかった」
「……そうだな。でも、それでいいのかもしれない」
「え?」
きょとんと大河はこちらを見る。
「子供っていうのはそんなもんだ。あんな奴ら怖くて当たり前だし、何もできなくたって誰も気にしないよ」
「で、でも! オレたちはお金もかけてたくさん勉強したし努力もした! オレたちは普通の子供じゃ……」
「さっき言った、君に足りないもの。二つ目が何だかわかるか?」
ある意味それは『訓練』の弊害ともいえるかもしれない。
早熟した思考が視野を狭くし、他人とは違うと驕りを持たせて、本来多くの子供が持つ大事なものを忘れさせてしまう。彼はまだそれを捨て去ってはいないだろうか。どこかにあるならば、それに自分で気付くことができるだろうか。
大河は長い沈黙の後、小さな声で絞り出した。
「………………オレ、独りよがりだったのかもしれない。あの人たちのことなんにも考えないで、バカだって切り捨てた」
「正解だ。二つ目は、思いやりだ。君は、さっきまでそれを持ち合わせてはいなかった」
啓太は安心した。自分と違って、大河にはしっかりと気付いてもらいたかった。自分のようにはならずに、それを心の中に持って未来を生きてほしかった。
もう、彼は違えることもあるまい。
「君のお兄さんも、今の生徒会長も大きな力を持っている。だけどそれだけじゃなく思いやりだって持っているから、皆は彼らの言うことを聞きたいと思うんじゃないのかな」
「……うん、オレにもわかる気がする。兄ちゃんもれいか様も優しいと思う」
「一つ目に言った力は、今はまだ君が身に着けることは難しいかもしれない。でも、思いやりはいつだって持つことができるし、それだっていつかは大きな力になるはずだ」
「うんっ……うんっ……」
「だからそれを忘れないで欲しい。……おっと」
突然めまいがして身体がふら付いた。久しぶりに身体を動かしたから疲れたのだろう。
「ケガしたの?!」と心配そうに尋ねる大河を落ち着かせながら、啓太は真嶋の到着を待った。
「本当に弟が世話になった。心から礼を言わせてもらう。ありがとう、成瀬」
その後大規模デモ活動を鎮圧し、政府への帰路に就く中でパトカーを運転する真嶋龍太郎が、助手席に座っている啓太に声をかける。もう何度目かわからない感謝の言葉を、啓太は苦笑しながら受け取った。
「もうやめましょうよ真嶋さん。俺は政府の一員として当然のことをしたまでです」
「いやお前の行動には恐れ入った。襲い掛かる暴徒三人から何の装備もなしに弟をかばいつつ、無傷で退けてあまつさえ拘束までするとは……お前さえよければ治安部に勧誘したいところだ」
「ははは、俺は財務部が気に入ってるんで遠慮しておきます」
「勿体ない、と言いたいところだがお前にも考えがあるのだろう。思えば昨日会った時から、何か雰囲気は感じていたんだ。こいつは只者じゃない、とな」
真嶋からのべた褒めは止む気配がない。いかつい顔を崩して笑いながら啓太を褒め続ける様子に、この人こんなキャラだったのかと思わずにはいられなかった。
「それに、弟に説教までしてくれたらしいじゃないか。兄の俺よりよっぽど兄らしいことをしてくれたものだ」
「出過ぎた真似をしました」
「いや、弟から話を聞かされて俺は正直感服した。お前はおおよそ十六歳とは思えないほどの器量と能力を持っているのだな」
「ですから、買い被りすぎですって。あの時はもう必死で……」
そこまで啓太が言ったところで真嶋からの強烈な視線に気付いた。
啓太が真嶋の方を向くと、真嶋はすぐに視線を前に戻したが、その顔は真剣そのものだった。
「なぁ成瀬。俺はお前に弟を救ってもらった。幼い肉体だけではなく、その増長した傲慢な精神までもな。そんなお前が何か困ったり、協力してほしいことがあったら何でも俺に言ってほしい。……その上で一つ頼みがある。敬語をやめてもらえないか」
「え? いや、でも真嶋部長は先輩ですし、立場が全然違いますから」
「俺は確かにお前の二つ上の先輩だ。だがそれだけなんだ。お前の視点や考え方、器量の深さに俺は敬服にも似たものを覚えている。もはやそんなお前をただの後輩として扱うことはできない。対等な友人として、俺に接してくれないか」
真嶋の声色は真剣そのものだった。
真嶋の人柄について、政府内で悪く言うものなどいない。質実剛健を体現するかのように、真面目で誠実で、それでいて義理人情にも篤い、そんな男であると、口々に聞く。
啓太もまさにその通りだと思った。巨体を縮めて、不器用ながらも真剣に頼む様子がそれを現している。
彼に近づいたのは目的のためではあったものの、人としても啓太は真嶋に好感を持てた。だから、そのささやかな頼みを聞き入れることにした。
「わかった。これからよろしく頼むよ、真嶋」
「ああ、こっちのほうが似合っているぞ」
「そうか? そういや俺の周りって年上ばっかりだし、最近敬語ばっかり話してた気がするな」
「入学して一か月しか経ってないのだからそれが普通だ」
「それもそうか」
車内で二人の笑い声が響いた。