シルエと言う存在
「え?それはどう言う…。」
「ヒデオ。お前はシルエの事をどんな存在だと捉えている?」
「翼の生えた妻に似ている女の子としか…。」
「まぁ、そうだろうな。しかし、なぜヒカリにシルエは似ているのかわかるか?」
「いや、わからない。」
「お前も知っての通り、お前とヒカリの間には子供が出来なかった。そうだな?」
「…ああ。」
まだ、元の世界で、二人が結婚した時、ヒデオは20歳。ヒカリは19歳だった。愛しあっていた2人のことだ。もちろん愛の結晶たる子供を望まなかったわけではない。
しかし、どれだけ努力しても、2人の間に子は授からなかった。
病院で何度検査を受けても2人とも正常だとの回答しか得られなかったのだ。
「ごめんなさい…。ごめんなさい。」
なぜかヒカリは何度も謝った。別に彼女が悪いわけでもないのに。
「誰も悪くないんだ。ヒカリ。謝らないでくれ。」
ヒデオはその時のヒカリの様子を思い出して少し暗い気持ちになった。
「それが、どうしたんだ?」
「いいか、心してよく聞け。」
クロウは真剣な表情でヒデオを見る。
「ん…ああ。」
ヒデオはその剣幕に少し押されながらも、返答した。
「ヒカリは千年前、別世界、レストリクスからの侵略で多くの功績を挙げた英雄の子孫だったんだ。この世界では四英雄と呼ばれているうちの1人。翠弓のエインのな。」
「そうなのか?」
ヒデオにはイマイチピンと来なかった。子孫なんて何人もいるだろうにどうしてそんな話が出てくるのだろう。そう感じたのだ。
「ヒデオ。お前が考える子孫と言う物は単に血の繋がりの事だと考えているだろう。」
「ああ。」
「しかし、ここエレウテリアでは、英雄の子孫という存在は特別なんだ。」
クロウは少し考え込むように言った。
「別世界レストリクスの進行で、前時代の栄華を極めた文明は滅んでしまったが、多くの犠牲の上になんとかレストリクスの軍勢が現れたゲートを閉じることができた。
しかし、この世界の女神エレウが予言したのだ。いずれまたレストリクスから侵略があるだろうと。
そこで、女神エレウは多くの功績を挙げた英雄たちに使命を与えたのだ。四英雄達に、後の世までその能力を引き継ぐ様にと。」
「能力を引き継ぐってどういう事だ?」
「それが、この話の重要なところだ。
四英雄の子孫達は、その血を薄めない為に、【他の種族と交わること】ができないのだ。」
「え?」
ヒデオは困惑した。ヒデオとヒカリには子供がいなかった。何度も病院に行って検査もしたが、原因は一切わからなかった。
しかし、目の前の黒い男は、ヒカリが英雄の子孫であるが故に子を成すことができない存在だったと言ってのけたのだ。
「それは…本当の話なのか?でも、それだとどうやって世代を重ねるんだ?子供が出来ないのなら、血が薄まるとか、能力を引き継ぐとかそれどころじゃない気が…。」
「そう。だから、女神は四英雄達にギフトを授けた。【転生】というギフトをな。」
「…転生?」
「四英雄達の種族は古代種と呼ばれる。英雄の子孫である者は死に至ると体が分解され、その主たる属性の多い場所に再構成されるのだ。しかし、転生は女神エレウの権能が届くエレウテリアでしか出来ないのだ。」
「それじゃあ…。あなたがヒカリを攫ったのは、寿命の尽きそうなヒカリを転生させる為…。
じゃあ、もしかしてシルエは…。」
《そう。シルエはお前の妻。ヒカリの転生体だ。》
…どうりで似てるわけだ。ようやく今までの出来事に合点がいった。
そして、ヒデオは自分だけを責めつつける妻の姿を思い出した。
あの時のヒデオはなぜ妻が謝っているのかが全くわからなかった。ヒカリは知っていたのだ。自分の体に子が宿ることはないと。
それに気がついた時、ヒデオは申し訳なさでいっぱいなった。何度も何度も謝る妻。
そんな妻に頑張ろうと声をかけて努力してきたつもりだった。
しかし、その全ては妻にとっては叶わない望みを何度も押し付ける事に相違なかったのだ。
ヒカリが居なくなったヒデオには痛いほどわかったのだ。【ヒカリを失ったことを自分の中に留める事しか出来なかった自分】と、【自らが別世界の人間だから子供ができないと告げることが出来なかったヒカリ】。
伝えたいが伝えられない。どうしても、隠し通すしかない苦しみを。
「…ヒカリすまなかった。」
ボソリと俯いて懺悔する様に呟く。
そんなヒデオにクロウは言った。
「何を謝っているんだ?
先に伝えておく。これからお前に朗報を伝える。これは、今絶望の中にいるだろうお前にとって希望となりえる話だ。よく聞け。」
ヒデオは顔を上げて頷いた。クロウは相変わらず真剣な顔をしている。
「女神エレウは【転生】というギフトを与えたが、同時に【継承】というギフトも英雄の子孫には授けたのだ。」
「継承?」
継承とはどういうことだろう…。単純に意味だけを考えるのなら引き継ぐこと。よくわからない。
ヒカリに申し訳ない気持ちでいっぱいのヒデオにはあまり考える余裕はなかった。
「このギフトは転生する際。愛する者と抱き合う事で、相手の特徴を受け継ぐことが出来るのだ。」
「え?それって」
ヒデオには心当たりがあった。
最後にヒカリに思いを伝えた後。抱きしめたヒカリの体が少し光ったのだ。
「もしかして、あの時…。」
「そう。思い出したか。あの時、ヒカリはお前の特徴を【継承】した。つまり。
シルエはお前の元妻で、お前とヒカリの特徴を受け継いだ娘の様な存在でもあるという事だ。」
「まさか…。そんな事って。」
「お前がどう思おうとも関係ない。これは純然たる事実だ。誰にも覆しようがない。」
ヒデオはもうこの世には妻の残したものなど指輪以外何もないと思っていた。
しかし、ヒカリは遺してくれたのだ。自らの身を変えて、娘という存在を。
唐突に涙が零れおちる。
「そ、そうかぁ。娘かぁ。この歳で俺に娘が出来るなんて…。」
今までの思いが溢れ出す。
ヒカリとの思い出。そして、これから新しい未来を歩むだろう娘という存在。
それは、間違いなくヒデオにとって、生きる為の希望と言うものだった。
今まで先が見えなかった闇の中にヒカリが差した様な気がした。
「クロウさん。ありがとう。今まで娘を守ってくれて。」
そう言ってヒデオはクロウに握手を求めた。しかし、クロウはそれを拒んだ。
「いや、いい。そのせいでヒカリにもかなりの負担を強いた事は事実だ。俺たちは感謝される事など何もしていない。それと、呼び捨てで呼んでくれ。さん付けは違和感があるんだ。」
「そうか。わかったクロウ。それでも、ありがとう。」
「…ああ。」
クロウはぶっきらぼうに答えた。