覚悟
◆
クロウはバツが悪そうな顔をした後、「付いて来い」とヒデオを巨大な女神像の前に連れてきた。
相変わらず巨大な像だ…。真下まで来るとその大きさは際立って見えた。
「ここからが本題だ。先程の話を聞いてヒデオ。お前はどう思った?」
「どう…と言われるとな…。そりゃあ、嬉しいと思ったよ。まさか今更自分に娘がいるなんてな。」
「そうか。それは良かった。」
「それなら…。
お前は自分の娘たる存在を、自分の命をかけてでも守りたいと思うか?」
クロウは真剣な表情で言った。
「そんなの当たり前だろ。」
ヒデオはシンプルに。しかし力強く言った。
「そうか。お前ならそう言うと思ったよ。相変わらず真っ直ぐな性格の様だな。」
「クロウ…。なんだか俺を昔から知っているような口ぶりだな。あの夜の他にどこかであった事があったのか?」
「…さあな。そんな事は今は良いだろう。
とにかく、お前はガイアテルスの女神、ガイアに愛されている。無尽の魔力を持つお前にしか頼めないんだ。」
さも当たり前のように言うクロウ。いくら女神に力を借りようとも、自分はふつうのサラリーマンだったのだ。この黒い男はメタボ気味で髪の毛も薄い中年に何を期待しているのだろうか。
ヒデオはそんな疑問を浮かべながら話を聞いていた。
「お前にこれまで俺たちが守ってきたこのレガリアを託したい。」
「まさかあれの事を言ってるのか!?」
ヒデオは女神が愛おしそうに抱きかかえている植物に覆われた剣を指差して言った。
ヒデオは驚愕した。クロウは自分にビル程の大きさがある巨大な剣を託すと言ったのだ。
当たり前の事だが、こんなサイズの剣なんて到底持てる気がしない。
「ああ。そうだ。その剣こそ無を司るレガリア。
名を巨剣【ユーミル】。
前時代で四英雄にすら扱うことのできなかった第5のレガリアだ。」
改めて剣を確認する。
植物や、苔にまみれてよくわからないが、両刃の剣みたいだ。大きすぎて全体が視界に収まらない。
「こんなの持ち上げられるとは思えないんだが…。」
ヒデオはクロウに告げた。
「安心しろ。何もこのままの大きさの剣を扱うわけではない。このユーミルはある程度大きさや形を変えることができるのだ。このサイズは最大の大きさだからな。」
「そうなのか…。」
それにしてもデカすぎないか?いや、でももし、こんなサイズのものを持てる種族が存在するのならおかしくは無いのか…。
ヒデオはユーミルを見上げながら思った。
「しかし、託すとは言ったが、無条件でユーミルを扱うことが出来る訳では無い。お前は、彼女に選ばれなくてはならないのだ。」
「選ばれるって?それに、彼女ってもしかしてこの剣のことなのか?」
ヒデオは不思議そうな顔をした。当然のことだろう。選ぶ。という言葉は動詞であり、通常無機物を主語に使う言葉では無い。しかし、クロウはさもユーミルが意思を持っているように言った。
「ああ。その通り。彼女は使い手を選定する。前時代でも何人もの勇者が選定の儀に挑んだそうだが、誰一人としてユーミルを使いこなせる者はいなかったそうだ。」
「そんな剣を俺が使いこなせるのか?」
「お前なら出来るはずだ。むしろ、お前に出来なければこの世にこのレガリアを使うことが出来る者はいないだろう。」
…なぜ、なぜクロウはほぼ初対面のヒデオにここまでの期待を寄せているのか。
ヒデオには全く理解が出来なかった。
しかし、期待されるのは悪い気はしなかった。
…久々だな。こんなに期待されるのは。
ふっとヒデオは笑みを浮かべる。
粉々にされた自信が少し戻ってきたのを感じた。
聞く話によると、レガリアと言うものは前時代の英雄の武装だったそうだ。つまり、それを扱えると言う事は、これから世界を救うと言う使命を持つシルエの隣に立つことが出来るという事。
魔法が存在する非常識な世界で、娘の為にできる事は、恐らく共に戦う事だ。
その先に何があるかは分からないが、それだけはヒデオは理解していた。
「わかった。やってみよう。」
ヒデオは決意を新たにすると、胸ポケットの中にお守り代わりに入れていた結婚指輪を右手の小指にはめた。
「すまない。シルエに続き、お前にまで責任を負わせてしまって。」
クロウは申し訳なさそうに言った。
「気にするな。俺はお前に感謝してるんだ。どんな形であれもう一度、家族と歩む事ができるなんて思いもしなかったからな。
デカイ剣でもどんと来いだ!意地でも使いこなしてやるよ!」
ヒデオは目に光を宿し強い決意を持って言った。
「ふっ。頼もしいな。」
クロウはキバを見せてニッと笑った。
「それじゃあ、決まりだな。宜しく頼む。」
◆
一瞬間が空いた後、唐突にクロウはヒデオの頭を読み取ったように問いかけてきた。
「因みに、今何がシルエに言えない事や、聞きづらい事で気になる事はないか?一つくらいはあるはずだ。
今のうちに答えておこう。」
「シルエに聞きづらい事?」
ヒデオは少し考える素振りをする。もちろんヒデオにはシルエの事で気になる事があった。もちろんあの台風の中でもビクともし無さそうな鉄壁の前髪のことである。クロウに直球で聞く。
「そうだ。一つある。シルエのあの前髪は一体どうなってるんだ?」
「…いきなりそこに来たか。他の質問は良いのか?
シルエのスリーサイズはどんな感じだ。とか…」
「クロウ。お前は俺をどんな奴だと思ってるんだよ…。」
ヒデオは苦笑いしてクロウに言った。
「ははっ!冗談だ。
あまりに真剣な顔をしていたのでまた場を和ませようかと思ってな。」
「悪い冗談だ。当たり前だが、俺はシルエを異性とは見てないよ。」
「ふっ。それはどうかな。
まぁ、それは置いておいて、シルエの前髪の話だったな。」
なんだが不安になる言葉を残し、クロウは語り出した。
「シルエは古代種の子孫だ。それ故に、通常のシルフィードとは違う特性をいくつか持っている。
その中の一つ。【魔眼】という特性の為に、俺とシロナはシルエに封印を施したのだ。」
「魔眼?」
あまり聞きなれない言葉にヒデオは戸惑った。
「うん?よくわからないが、シルエの眼は特別な眼だという事なのか?」
「ああ。そうなる。彼女の魔眼は【遠視の瞳】。通常の何倍もの視野と解像度を持つ眼だ。風の英雄、エインはその眼で一人たりとも獲物を逃すことが無かったそうだ。」
「つまり、遠くまで見ることができるって言う便利な眼なんだろ?目がいいことになんの問題があるんだ?」
「ヒデオ。お前は眼はいい方か?」
唐突に尋ねるクロウ。クロウの問いかけには毎回意味がある事を感じていたので、素直にヒデオは答える。
「俺は眼は割といい方だ。両眼とも1.5あるぞ。」
「そうか。1.5という単位はよくわからないが、シルエの視力を先ほどの単位で考えると、通常で150くらいの視力があるそうだ。」
「は?100倍!?」
「その通り。その解像度で世界を見るとどうなるとおもう?」
「ものすごく疲れそうな気がするな…。」
「そうだ。シルエは視力が良すぎる事と、現在風と音の国。シンフォニアで暮らしているシルフィード達の中では翼が小さい事を理由に仲間はずれにされていたんだ。」
「そんな理由でか!?」
「シルフィード達の中では美しさ。と言うものに明確な判断基準がある。
それは翼の大きさと、女性なら髪の毛の長さ。これがそれに当たる。シルエはとても頑固な性格で、髪の毛を伸ばすのをとても嫌がったんだ。動くのに邪魔だからと言う理由でな。
幼い彼女は特別見える眼で色々な物を見た。そして、面白いと感じたもの、興味のあるものをいろんな人に伝えたがった。
しかし…。それはシルエの視力だから見えるもので、他人に到底見えるものでは無かったのだ。しばらく経ち、シルエは見えないものを見ているとして気味悪がられる存在になっていた。」
「魔眼って言うものはコントロールできないのか?例えば視野を狭くしたりとか…。」
「魔眼は生まれ持ったものだ。お前が視力を自在に良くしたり出来ないのと同じように、シルエも視力のコントロールが簡単にできるものではない。それに、人間一人の脳にその膨大な量の視覚情報を制御できる程の処理能力は無いんだ。
処理が遅れた場合、シルエは廃人になっている可能性すらあった」
「魔眼と言うものは…そんなに危険なものなのか?」
「ああ。その通り。その上、その特異な特性により、古代種は現存する種族からはとても孤立しやすいんだ。
おそらく、お前の妻であったヒカリも幼いころはかなりの苦労をしてきた筈だ。」
「そうだったのか…。」
「しかし、今回は違う。」
クロウは断言した。
「今回はお前がいるからな。お前がレガリアを手に入れる事が出来れば、シルエもエインの使っていたレガリアを手に入れる事ができるかも知れない。
レガリアさえ手に入れる事が出来れば、彼女の封印を解くこともできる。」
「つまり、レガリアには魔眼をどうにかする力があるんだな。」
「そう言う事だ。その上、ユーミルと同じく強力な武器でもある。
まぁ、まだレガリアを手に入れてない状態でこの話をしても取らぬ狸のなんとやらだがな。」
「そうだな…。まぁ、でも、お陰で気合が入った。絶対にそのレガリアとか言うやつを手に入れてやるよ!!」
「ああ。その域だ。頼んだぞ。」
「ほかに聞くことはないか?シルエがいない今のうちだぞ。ほら、下着のサイズとか、食べ物の好みとか無いのか?」
なんだが妙にシルエのことを教えたがるクロウに苦笑いしながらヒデオは言った。
「じゃあ、好きな食べ物でも聞いておこうかな。」