プロローグ〜翼を失った天使〜
◆
真っ暗な、闇の中を永遠に堕ちていく。
こんなに苦しいのなら、もう終わりたいとも思った。
どうして、自分なのか。全く理解が出来なかった。多くの一族の中でなぜ、私だけにこんな目に合わなければならなかったのか…。
お前なら勝てる?
世界を救う為?
誰かを守る為?
もう。そんな事なんてどうでもいい…。
私はただ、静かに、穏やかに生きていたいだけだったのに。
◆
私は戦いに負けた。侵略者は笑いながらボロボロの私を痛ぶった。嫌がる私の服を破き、私を蹂躙した。
何度も、何度も…。
侵略者は、私の尊厳やプライド、そう言ったものを根こそぎ奪っていった。
「いいですねぇ。その絶望の表情。興奮しますねぇ。そんなあなたに更なる絶望をプレゼントしましょう。
文字通り、出血大サービスでね!」
侵略者はニヤニヤと笑いながら私の翼に刃を寄せた。
「ひっ!や、やめて!」
「その表情。最高じゃないですかぁ!
さぁ、皆さん!ショータイムの時間ですよ!!」
私の顔を見て興奮したのか、エグいほど満面の笑みをうかべると、侵略者は切れ味の悪い錆だらけのナイフを私の白い翼に食い込ませ始めた。
「いや、嫌ぁあああ!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
「ほらぁ…ほらほらほらほらぁ!
どんどん広がっていきますよぉ!!」
「ああぁああおあああ!!!」
長い時間をかけ、無理やり引き千切る様に自分の体の一部が少しずつ切り落とされていく。
痛みを我慢できず、あられもない姿で泣き叫ぶ私を、その配下たちが周りを囲み、まるでショーでも見るように囃し立てた。
そして根元まで翼を抉りきると、恍惚の笑みを浮かべて侵略者は言った。
「いやぁ、…楽しかった。エレウテリアの英雄の子孫とは言え、レガリアも無しでは、ただのおもちゃと変わりませんね。」
ペシペシと私の頰を侵略者が叩く。
私はもう、その行為に反応する気力も無かった。
「あれ?もう壊れてしまったのですか?おーい?」
「…」
強い力で頬を叩かれる。
私は特に反応も出来ず、虚ろな目で相手を見た。
「はぁ。つまらない。これはもうダメですね。まぁ、十分楽しみましたし、良しとしましょう。もうあなたはいりません。反応もないんじゃ面白く無いですしね。その辺の動物の方がまだマシです。では、永遠にさようなら。
もう、二度と生まれ変わらないでくださいね。」
髪の毛を掴まれ、無造作に暗い闇の中へ放り投げられる。
受容体を根元から削ぎ落とされ、飛ぶ事もできなくなった私は、常闇の中へ堕ちていく。もはや、抵抗する気力も無くなっていた。
石ころの様に抵抗もせず落ちていく私。
いや、違う。
何も考えられないだけ、石ころの方がマシだ…。私は何も考えられない石になりたくなった。
「私は、穢れた存在だ…。」
純潔の体を穢され、見世物にされ、嬲られた。
空中を無様に落ちながらただ、その言葉だけが心の中を埋め尽くす。生まれた時から一人だった私は、ただ、幸せになりたかった。家族が欲しかった。話を聞いて欲しかった。
それって、そんなに欲張りな事なの?
私は受容体を失った。じきに死が訪れるだろう。以前受容体を失った獣人が2年程で衰弱死したという話を思い出した。
「こんな仕打ちを受けて2年間なんて長過ぎるよ…。」
ボロボロと涙が溢れた。惨めだった。
もう、消えてしまいたかった。無になってしまえばどんなに楽だろう。
どちらにせよ、この先は誰も訪れたことのないと言われる常闇の中だ。
地面に激突すれば、助かることは、まずないだろう。
少し安心した。
よかった…、もう、終われるんだ。
その時、眼前にゲートが現れた。
空中で、避けることもできず、その中に落ちる。
「シルエ、…すまない。この世界の為に、生きてくれ!必ず迎えにいく!」
耳元で男性の声が聞こえた気がした。
もう、どうでもいいのに。
クロウ…。こんな私に、それでもあなたは生きろと言うの?
わたしは裏切られた様な絶望感でいっぱいになった。
ゲートから抜け、気がつくと私は、見知らぬ場所にいた。
背中の血が止まらない…。意識が朦朧としている。
私は木にもたれ掛かり、静かに目を閉じた。
このまま、誰も来なければ…終われるのかな…。
そう、もうこのまま…。
その時、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
もう、どうでもいいのに…。
そう思いながら小さく目を開ける。
瞬間。衝撃を受ける。心臓が矢で射抜かれたような感覚。ドクンドクンと強く脈打つ。頬が紅潮する。
こんな生死に関わる状況でどうかとも思うが、その人は私の好みの顔立ちだった。まさか、こんな状況で一目惚れするなんて…。
痛みが和らいでいく。
真っ黒に塗りつぶされた世界に、少しだけ白い点が現れる。それは彼が言葉を発するたびに広がっていく様な気がした。
その人は、私に声をかけ、必死に私を現世に繋ぎとめようとしてくれた。
「ひ、ひどい怪我だ!!血まみれじゃないか!ってなんで服を着てないんだ?」
彼はなるべく見ないように気を使いながら私に羽織っていた服を上からかけてくれた。
「大丈夫?生きてるか!?」
今なら分かる気がする。
私は、きっと、彼に出会う為に生まれてきたんだ。
私の目は、彼に釘付けになった。
そのまま小さく頷く。
鋭い目つきの少年は私の目を見ながら力強く言った。
「絶対助けてやるからな!諦めるなよ!」
その言葉は不思議と信じられた。
心の中で呟く。
うん。
わかった。
もう少しだけ、頑張ってみるよ…。