第1話 貸し出し中なう
前途多難な小説開始
ここは大陸に複数ある国の中でも中堅の国、ウィズライン王国の王宮。
時は夜。
空に浮かんでいるはずの月は雲に完全に隠れている闇夜。
そんな真っ暗な外の世界とは対照的に、豪奢な王宮の中、一際贅をこらし、女性らしい雰囲気で充ちている部屋の中、闇夜のように濃い黒髪、黒目の女性騎士が、片足で黒い塊を踏みつけながら縄で縛っていた。
そんな様子を寝台の上から金髪碧眼の美少女がうっとりとした顔で見惚れている。
「ありがとうリア!
あなたのお陰でまた命拾いしたわ!!」
今年14歳になったばかりの美少女が頬を染めながら黒髪の女性騎士を称賛した。
「いえいえ、姫様、滅相もございません。
こいつらのせいで私が『坊っちゃん』の傍を離れなくちゃいけなくなったのかと思うとついかっとなってしまって。
……やりすぎちゃいましたね。
第二王子殿下からは『色々吐かせたいことがあるから、やり過ぎない程度に痛め付けて生け捕りにしろ』って言われてたんですけどね。
…………まぁ、ギリギリ生きているからいっか。」
女性騎士、もといリア・ハロルド(20歳)が踏みつけながら縛っていた黒いかたまりは、黒い装束に身を包み、金髪碧眼の姫様の命を狙った不届き者だった。
「……リア、せめて今だけでも私を守るために頑張ったって言ってちょうだい。」
「ヒメサマゴブジデナニヨリ。
アナタサマノタテニナレタコトヲコウエイニオモイマス。」
「………リア、私ちょっと泣きそうよ。」
「泣きたいのは私ですよ。
ぐすん。
坊っちゃんに会いたい。。
もう二月も会えていないんですよ。
手紙の返事も来ないですし。。」
「はぁ、前から疑問なんだけど、あなたたちはなんでそんなにユリヒト兄様が好きなの?
陛下やジュード兄様からもお声がかかっているんでしょ?
どう考えても第三王子のユリヒト兄様より陛下や第二王子のジュード兄様の側仕えの方が得なんじゃない?」
「………別に私は損得でユリヒト坊っちゃんのお側にいる訳じゃないですから。
他の者も同じだと思いますよ。
あと姫様、いくら貴女様がユリヒト坊っちゃんの妹御であっても、ユリヒト坊っちゃんを侮辱するような発言は許しませんよ?」
「…………ごめんなさい。
別にユリヒト兄様を侮辱するつもりはなかったのよ。
私もユリヒト兄様のことは好きよ。
でも貴方達の『ユリヒト兄様好き』は尋常じゃないからつい。
はぁ。
貴女には悪いことをしていると思っているのよ。
私がこの国に急きょ嫁ぐことになったから、貴女はユリヒト兄様の傍を離れて、私の護衛をしてくれているんだし。
それについては本当に申し訳ないと思っているのよ。」
「………まぁ、しょうがないですよ。
姫様の護衛騎士のマリアンヌ様が懐妊したのは悪いことではないですし。
むしろ喜ばしいことなのに、姫様の輿入れに随行できないことを随分気にやんでいらっしゃいましたから。」
「そうね。
貴女のお陰でマリアンヌも大分気が楽になったと思うわ。
女性騎士の中でマリアンヌよりも腕がたつのは貴女しかいなかったから。」
「…………はぁ、ユリヒト坊っちゃん。」
「…………リア、私の話聞いていないわね。
…………ところでその人達さっきよりぐったりしてるけど大丈夫?」
「あ、やべ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「リア・ハロルド!!
やり過ぎないように生け捕りにしろと言っただろ!!?
どう見てもやりすぎだろう!!?」
リアはローズマリー姫の命を狙った不届き者達を馬車に積んで、夜明け前に闇ルートを使って自分の国、ウィズライン王国の隣国アルタイル王国に戻ってきていた。
ちなみにローズマリー姫様は夫のウィズライン王国王太子に預けてきていた。
夜中に寝ているところを叩き起こされたジュード第二王子は、血まみれになって辛うじて生きている程度の不届き者達を見て寝不足もあいまって、リアを怒鳴り付けた。
「………モウシワケアリマセンデシタ。
ダイニオウジデンカ。
………つきましては罰としてこの任務から今すぐ外していただけると。」
リアは第二王子の激怒を特に気にする様子もなく不満そうに口を尖らせながらそう言った。
「この任務から外したらお前はこれ幸いとユリヒトのところに嬉々として戻るだけで、なんの罰にもならないだろうが!!」
「チッ!!」
「舌打ちするな!!
不敬罪で捕縛するぞ!!」
「………………( ̄皿 ̄)」
「不満を顔で表現するな!!
まったく!!
………よし!!
罰としてお前の任務は任期延長!!
あと半年はウィズライン王国でローズマリーの護衛を継続してろ!!」
「はぁ!!?
半年も!!?
半年もユリヒト坊っちゃんに会えないなんて気が狂っちゃいますよ!!
姫様の護衛騎士のマリアンヌ様が出産して復帰するまでの間だけって約束だったじゃないですか!!?
マリアンヌ様、もう無事出産も終えて来月から復帰するって言ってたじゃないですか?!?
大体私はユリヒト坊っちゃんにお仕えしているんであって第二王子殿下にお仕えしている訳ではないんですけど!!?」
「うるさい!!
マリアンヌも少しでも長く子の側にいたい時期だ!!!
体調もまだ万全じゃないだろうしな!!
ユリヒトには私から言っておく!!
お前も私の命令にユリヒトが逆らわないのは分かっているだろう!!
大体ユリヒトはお前が任務でそっちに行ってから『鬼の居ぬ間に心の洗濯♪♪』とかいって羽を伸ばしてるぞ!!
お前の任期が延びても喜ぶだけだ!!」
「坊っちゃんが羽を伸ばしてる!!?
そりゃ大変だ!!
第二王子殿下、この前に私が任務で坊っちゃんから離れたとき坊っちゃんは『26股女』の27番目にされそうになったんですよ!!?
その前は『某国の女性暗殺者』に利用されて王宮に侵入するのを手伝わされそうになったし!!
そのとき暗殺者に狙われたのは第二王子殿下、貴方だったじゃないですか!!?
坊っちゃんが羽を伸ばすとろくなことはないんです!!
こうしちゃいられない!!
一刻も早く坊っちゃんの元に帰らないと!!」
「ええい!!
ユリヒトの女性を見る目のなさは私だってわかっている!!
その辺のことは私も目を光らせているし、ユリヒトのところのクロウとマークも気を付けているから安心しろ!!」
「執事のクロウは『坊っちゃんが女に騙されて絶望するのを見ると興奮する。ハァハァ。』とかいうド変態だし、騎士のマークは『坊っちゃんが変な女に騙されたら、その女を剣の錆にすればいいんだろ!?簡単だな(笑)』とかいってる脳筋危険分子だし、全然安心できません!!」
「…………クロウもマークもそこまで行っていたか。。
まぁ、大丈夫だ。
今回はユリヒトには俺の仕事を手伝わせているからヤンをユリヒトにつけている。」
「え!!
ヤン様を!!?
いやー、伝説の執事のヤン様なら大丈夫か。
まぁ、ちょっとは安心しましたけど、第二王子殿下、そもそも私はユリヒト坊っちゃん専属の護衛兼侍女なんですよ。
こんなにしょっちゅう『貸し出し』されるのはちょっと………。」
「うるさい!!
とにかくお前の任期は半年延長!!
…………あと何度も言っているが私の名前は『第二王子殿下』ではなくジュードだ。」
「はいはい。
第二王子殿下。
流石にユリヒト様の兄上であられる貴方の名前くらいわかっていますよ。
とにかくとりあえず坊っちゃんの顔見に行ってもいいですか?
このままウィズラインに帰ったら『坊っちゃん欠乏症』で死んじゃいますよ。」
「………全然わかってない。」