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せっかく転生したのにクソみてぇな暴力都市  作者: ノーマルHLVS
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プロローグ

 35にもなってこうして異世界転生モノの小説を書いていると思うと、本当に人生って何が起こるかわからない。俺はそう思う。

ちょっと前の俺なら「そんな年こいて妄想垂れ流すってヤバくない」なんて、誰も聞いてねえツイッターに書き込んでたと思うし、今でも実際そう思う。


 そのちょっとの間に何があったかっつーと、10年間のニート生活の末にとうとう就職したのである。

 しかも俺が憧れ続けた、あの大好きなスマホゲームの開発会社だ。

 そんで、好きな女の子が出来た。

 ニートの更生プログラムとかで、親が勝手に送った書類選考で俺は受かって、奇跡的にその開発会社のすみっこにパソコンとデスクをいただいた。最高。


 それまでは「いかに異世界に転生するか」、イヤ、「異世界に転生できたらどんな風に切り抜けるか」とか、「そこで女の子に惚れられたらどうやって気のないフリをするか」いう妄想をしながら、ブラウザとスマホの両方でひたすらゲームをしていた。

 残念ながら我が家は裕福な方でなくて、親の金で1000連ガチャキメたった! なんてことはかなわず、かわりに膨大な時間をひとつのタイトルに注ぎ込み続けた。

 楽しかった。


 で、世に出ることになった俺は当然何も出来ないけどゲームだけは黙々と出来るので、バグチェックのチームの一列に加えられたのだった。

 もちろん楽しかった。

 連絡はなんかチャットと掲示板みたいなので全部済むので、一言もしゃべんなくていい。

 ゲームをひたすらやってバグを見つけたら報告する。いつも家でやってたことと大差ない。その間にも俺の妄想は大変はかどるので、勝手に会社のパソコンに俺の妄想を書きつけていた。

 働く時間もあんまり長くない。良い会社だと思った。


 あるとき、会社のチャットで知らない人からメッセージが来た。

「バグチケットの処理速度が速いね! 今度ランチでもどう?」

 役職に「部長」とあった。

 死ぬほど汗が流れた。ランチ? 冗談じゃない! しばらく画面を見つめて固まってると、近くを通りかかった女の子に話しかけられた。

 それが俺の初恋である。

 イヤそれは初恋ではなくて、実際には何度もラノベやゲームのヒロインや、俺の脳内の架空の彼女(挿絵なし)とは何度も恋愛をしていたのだが、それは確かに現実の女の子だった。

 めっちゃいいニオイがして、恥ずかしながら下半身がめっちゃムズムズして、実際に俺はめっちゃ赤面したと思う。そういう性分だ。

 で、心配した女の子は水を持ってきてくれた。嬉しかったけど恐かった。何もいえなかった。女の子は多分俺がニートバグチェック部隊の奴だって分かってくれてたんだろう、それ以上は特に何も話してこなかった。


 女の子のことをめっちゃ調べたら、会社のオンライン名簿で「柳原ゆいか」っていう名前でその子が見つかった。名前も最高に可愛い。

 もちろんチャットのアカウントも見つけた。俺が参加しているグループにもいた。ついでに色々調べた。SNSで調べたら普通に情報がめっちゃ出てきたので、めっちゃ読んだ。最後まで読んだ。

 めっちゃ良い子だった。


 編年体で成り立ちを楽しみたかったので、あえて直近のポストは見ずに、昔、それもあの子が女子高生だった頃から現在にいたるまでゆっくり楽しんだ。友達以外にはポストを見られないようにしないとこういうことがあるから気をつけろ。

 で、最初はめっちゃ楽しそうな話がいっぱいで、腐女子じゃないけどホモも大丈夫なコスプレもやるって感じで本当に楽しそうだった。友達も多かった。

 ゲーム業界に憧れてたからゲームの専門学校に行って、やっぱり楽しくて、卒業したらなんと、あの憧れの開発会社に入社できた! 彼女は優秀だった。俺もなんだか嬉しかった。


 そこからポストが激減した。


 写真もほとんどないし、たまにどっか出かけても一人だった。なんでだろ?

 日付で俺はピンと来た。平日だ。まわりの友達はきっと週末や祝日に休みなんだ。俺もニート歴が長くて詳しいんだ。

 でも意外だった。そんなに忙しいのかな? そんな感じはしない。だって俺は17時には家に帰り着いていた。オカンは最近物凄く機嫌が良い。最初の給料でハーゲンダッツを買ってあげたからかもしれない。残りは数年ぶりのパチンコに使って全部消えた。


 で、あるとき俺は大事な大事なスマホを仕事場に忘れてきたことに気付いた。

 家にいても全然落ち着かないので、会社に行った。夜に会社に行くのは、なんかエンジニアっぽくてワクワクした。

 だけどそれは、オフィスの前で中から聞こえてきた超デカい怒鳴り声のせいで台無しになった。誰? めっちゃ恐かった。

 何せ俺は大声に弱い。

 大体いじめっ子っていうのは声がでかいか腕力がヤバイか頭がキレるかのどれかで、後ろ二つは意外と少ない。声がでかい奴が結構多い。で、俺はいじめられていた。

 叩いたり殴ったり刺したりぶっかけたりするときの俺の縮こまり方が面白いらしくて、カタダはデカい声を発しながら「やるふり」を何度もするのだった。

 俺はその全てに反応してしまう。で、最後には実際にやられる。

 カタダも頭が悪い奴で、頭の良い奴はそんなの見ても別に何も気にしていなかった。俺はクラス全体から笑われることもなかった。ただカタダのおもちゃだっただけで、あとの連中からは無視された。


 なんかそういうことを考えていたけど、意を決してオフィスに入る。スマホとダンジョン周回には変えられない。頭をからっぽにしてまた妄想に耽る! 俺は転生したら、ピーキーな能力をあの手この手で駆使して異郷を救うわけだ。気が向いたら小説にしてやろう。絶対伸びる。俺は文章だけは上手いから。


 だけど、オフィスの中の光景のせいで俺は立ち尽くした。

 あの女の子が泣いていた。

 まわりにはオッサンがぽつんぽつんと座っていて、キーボード打ってるか、カップ麺すすってるか、寝てるかのどれか。23時のオフィスだ。

 その中で、めっちゃ可愛い女の子が泣いていた。

 誰も女の子に声をかけない。女の子は声を押し殺して泣いている。

 俺はそうしてしばらくぼうっと突っ立っていた。誰かが俺に気付いたら、女の子のことにもついでに気付いてくれそうな気がしたからだけど、結局誰も俺の方を向かなかった。


 俺は胸の奥のほうがぐううっと詰まった感じになって呼吸がしづらくなった。

 俺が恐れていた、「社会」のありのままの姿だった。

 就職した後に待ち受けている地獄を、俺はとにかく恐れていた。

 で、バグチェックのバイトをしながら、なんだ意外と社会なんてチョロいじゃん、なんて思っていた。

 でも多分違った。

 その子は泣いているだけで、膝に手を当てたまま座っていて、顔を伏せて肩を時々震わせていた。

 何が起こっていたのか、俺は考えたくなくなって、自分の席まで静かに歩いていって、スマホを取り上げて、オフィスを出て行った。

 そう、俺は帰ったら極限の魔窟を周回する攻撃型の異能使いだ。何も恐くない


 次の日、俺は恐かったけど、なんとか会社に出勤することが出来た。

 で、前から試そうと思ってきたことをやった。

 女の子のタスク状況が見られるツールがある。

 どんな仕事してるんだろう? それは興味があった。何せSNSには書いていない。あれは全世界に公開されていて、これは社内からしか見られない情報だ。

 俺はタスク管理ツールにログインして、彼女を、ゆいかちゃんを探した。

 あった。


 俺はその後、しばらく、時々ガタガタ震えながら、バグチェックもせずに眼を剥いていた。

 行こう、今行こう。今やろう。そう思っていると、何も出来ない。一回飛べないとずっと飛べないバンジージャンプだ。

 でも俺は飛んだ。人生で一番勇気を出した瞬間だった。それは、昼休憩の直前だ。

 俺は「部長」のところまで真っ直ぐ歩いた。

「ん? どした?」

 「部長」は若かった。多分俺より全然若い。だけどタメ口だった。当たり前だ。俺はバイトで、こいつは「部長」だ。

「あ、あっ」

 声が出なかった。実際には「あ」とも言えなかったと思う。

「ナニ?」

 「部長」はちょっとイラッとしたみたいだった。

 でもバンジージャンプなんて、一回飛んでしまえば後は勢いだ。

「あ、ああ、あの、しっ、しっ仕事」

 「部長」は困惑していた。「眉をひそめる」ってやつを久しぶりに見た。というか、こんなに人の顔をしっかり見るのは久しぶりだ。

「でっデザイン、バナー作れ、作れるんで」

 言えた。

 そう、俺はデザインの心得がほんのちょっとあった。

 オカンがデザイナーなのである。

 ゆいかちゃんのタスクは、他の連中の数十倍に膨れ上がっていた。

 人間のこなせる量ではなかった。

 それをどうしたかったかとか、ゆいかちゃんがどう思うかとか、俺にはその時関係なかった。

 「何も出来ないで死ぬのが恐かった」。それだけだ。

 俺はこれまで何もしてこなかった。でも今は、本当に久しぶりに「何かが出来るチャンス」で、これを逃したら一生何も出来ないかもしれない、と、恐かっただけだ。

 ゆいかちゃんのアップロードしていたバナーは、単純作業の繰り返しで作れるもので、しかし恐ろしい量だった。そしてそれ以外の物凄く細かい仕事が大量に降り注いでいた。

 クリエイターから挙がってきた成果物をチェックして、まとめて変換して別のところに格納するとか、告知用の画像をレイアウトするとか、オカンが日々やっていることとほとんど変わらない。とても簡単な仕事で、でもだからこそ最高に面倒なやつで。

そして、俺にも出来る仕事だった。

 部長は俺に「きみだれ?」と聞いた。俺は名前を言って、部長は「ああ」と言って明るい表情を見せた。

「デバッグ早い子じゃん! へえデザインも出来るんだ」

 早い「子」と、このガキに言われたのはカチンと来たが何も言わなかった。

 というか、そういうことはあんまり問題じゃない。

 俺は胸をなでおろす暇もなかった。


 三日後くらいにデスクの位置が変わって、でもゆいかちゃんとは別に近くない。同じ仕事をしているはずなのに、と思ったけど、ゆいかちゃんには別の仕事が割り当てられていた。

 俺のタスクは死んだ。

 何のために勇気を出したか、正直意味が分からなくなっていた。

 あの楽しいバグチェック生活は終わってしまった。相変わらず誰ともしゃべらないけど、でも勤務時間は爆発的に伸びた。家に帰れないことが少しずつ増えて、でも俺はなんでか分からないけどずっとデスクに座って、フォトショとイラレをチマチマチマチマ動かし続けた。

 何だか自分でも訳が分からなくなっていたのだと思う。物凄く腹が痛くて、でもその痛みもなんか遠く感じていた。

 で、久々に家に帰ってきたと思ったら、俺はパソコンを立ち上げて、小説を書いた。

 とにかく俺は、ただとくにかく俺は、恐かった。立ち止まった瞬間に何かが超ヤバイ、そういう感覚だけが俺を突き動かしていた。


 で、俺は死んだ。


 最後の記憶は、仕事に向かう電車を待っていたところだった。何か腹のへんがスースーするなと思って、一瞬で物凄い焦燥感が駆け上がってきて、腹の中のものをぶちまけた。真っ黒だった。真っ黒なゲロを吐いて、その中に俺は頭から突っ込んだ。

 妙に水っぽかったけど、それは俺の体の一部、それも溶けてはいけない大事な一部が溶けて出てきたものだと、俺はそう思った。


 そして最後に考えたのは、ゆいかちゃんのことが一瞬――あの子、また大変にならないかな、ということと、ああよっしゃ、これで俺も晴れて異世界転生だぜ、という何とも情けない現実逃避だった。

 そう、異世界転生。俺たちの憧れの新天地へ。

 彼岸にはそれがあるはずで、今の人生で俺が成し遂げられなかった何か、それでも持ち続けた願いとか想いとか、そういうものを受け入れてくれるもうひとつのチャンスだ。


 俺は転生する――憧れの、異世界に!

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