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未熟な魔女が成長する話

作者: ライセン


いろんな作品に影響されて書きました。


ありきたりな話ですが、よろしくお願いします。




 魔女集会。それは誇り高き魔女たちがその才知を魅せ、情報を交換し、己の才覚を示す伝統と格式ある場所だ。木っ端魔女は呼ばれることすらないその場に参加することが許されるのは選ばれた一握りの秀英だけ。だからこそ僕は未だ若輩の部類に分けられる僕がこの場に参加できていることに誇りを持っていたし、他の参加者たちにも一定の格を求めていた。


 だというのに、耳障りなすすり泣きの声を聞いて、僕は同席していた先輩魔女に問い掛けた。


「彼女は一体どうしたんです?」


 彼女は顔をくしゃくしゃにしてすすり泣いていた。その周りには訳知り顔の他の魔女が集まり、彼女にお茶にお菓子に慰めの言葉。様々なものを恵んでやっている。だというのにそんな周囲の気遣いに甘えてばかりで泣き伏せる彼女を、僕は有り体に言って見下していた。というより、幻滅していた、が正しいのかもしれない。


「弟子に先立たれたんだとさ。あいつの弟子は人間だったから」


「はあ? それじゃ先に死ぬのは当たり前じゃないですか」


 魔女は永遠の命を持っている。殺されない限り寿命で死ぬことはない。それは魔女としての大前提だ。だというのにわざわざ寿命のある存在を弟子に取るだなんて、愚かとしか言いようがない。


「寿命のある存在を弟子にとって、それが死んだら泣く? 全く意味がわからないや。ナンセンスだね。天才の僕には理解できない凡人……いや、愚物の心理だよ」


 鼻で笑いながらお茶のカップを口に運ぶ。花の香りがする薄紅色の液体はするすると喉の奥に流れ、お腹の中を暖める。実に美味しいお茶だ。これで耳障りな泣き声が聞こえなかったら最高だったのに、と苛立ちが生まれた。テーブルの向かいに座る先輩魔女は、そんな僕の言葉に小さくうなずいた。


「……成る程ね。だからあんたはそんなに幼いわけか」


「おっ、なんだい。侮辱かい? いいだろう、喧嘩を売るなら買うとも。僕を自称天才とか嗤った奴からは骨を貰うことにしているんだ」


「そうじゃないよ」


 へらっと笑う先輩魔女は手練れの魔女だ。いくら僕が天才とはいえ苦戦するだろう。苦戦するだろうけど、僕は負けない。まだ百五十年ほどしか生きていない僕だが、それでも実力だけはこの場にいる誰にも負けない、という自負がある。そしてそれはあながち間違いじゃない。見た目がまだ十歳少しなのはあれだよ、少しだけ成長が遅いだけさ。魔女の外見の年齢は信用ならず、成長速度はその内面を表すっていうからね。僕が十歳前後だなんて誤解が武力を用いてでも粉砕しておかなければならない。


「ただ、あれがわからない内はあんたは子供のまんまってことさ」


 そう言って先輩魔女は口に焼き菓子を放り込む。訳知り顔で断定するその姿に、さらに苛立ちが募る。泣いている魔女の声が、それを慰める魔女たちの声が、ひどく不愉快だった。







 そんな不愉快な魔女集会から数日後。僕は人間を弟子にとっていた。意味がわからないって。ああ僕も意味がわからないよ。だけどね、僕は天才なんだ。僕はプライドが高く、向上心が強く、そして言われっぱなしだと我慢できない気質の持ち主なのさ。えっ、お前あれわかんないの? まー子供だからしょうがないっかーなどと言われて我慢が出来るような性格をしていないということだね。


 拾ってきたのは娘だった。まだ五つかそこらの年齢で、とある村で疫病が流行ったからといってその原因を押し付けられた娘だ。その辺りの地域では全く見ない鮮烈なまでの赤い髪が血の色のように不吉だから、と火刑に処されるところを治療と引き換えに貰ってきたのさ。ちなみに両親はこいつを守るために村人に抵抗して撲殺されている。しかもこの娘の目の前でだ。本当に人間は愚かだとしか言いようがない。


「やぁ、君の飼い主になった魔女だよ。名前を教える価値が君にはない。君には僕の実験のための生け贄になってもらうつもりだ。村のことは忘れて僕に飼われるといい」


「……」


「ん? ペットじゃなくて弟子にしないといけないんだったかな? まあ、いいや。それと僕の言葉を無視することは許さない。返事をしたまえ。しなければ、殺してしまうよ? 君の代わりはいくらでもいるんだ」


 軽い魔力を放った脅しに、びくりと身を震わせる娘。彼女は恐怖に震えながら、それでもきっぱりと言い切った。


「どうぞ。殺してください」


「あん?」


 眉間に皺が寄る。正直言って不愉快な返答だった。代わりはいると言っても誘拐や拉致以外の方法で人間を手元にいれるのは面倒くさいんだ。周りの魔女に何を言われるかわかったもんじゃないし、あまり人間にたいして害を撒き散らしすぎると黒魔女と呼ばれることになり、魔女の社会から排斥される。そうなったらもう落ちるとこまで落ちるしかない。殺されそうになった無実の子供を保護する、というのもぎりぎりのラインだというのに。人間は魔女社会には馴染めない。どこか優良そうな孤児院にでも届けてやるのが本当に善良な魔女なのだから。


「……お父さんも、お母さんも死んじゃって……生きる意味が、ありません……」


 ……はぁ。と大きな溜め息を吐いた。ずいぶんと頭のいい娘だと呆れる。まだ五歳やそこらで両親の死というものを理解しているらしい。そして世間の冷たさも、か。あの村では元々悪魔の子だとかなんとかでこの娘の家族は排斥されていたらしいからね。よくよく見れば真っ赤な髪はぱさぱさで、身体はがりがりの痣だらけだ。捕まったときにに乱暴されたんだろうね。全く、せめてもっとまともそうな子供にするべきだった、と自分の迂闊さに腹が立つ。


「ああ、そうかい。じゃあ殺さないよ。僕は誰かに命令とか指示されるのが大嫌いなんだ。死にたいと思っているやつを殺してたまるかよ。飯にするよ。来なさい」


 僕は天才で、プライドが高くて、向上心が強くて、負けん気が強くて、そして完璧主義者なのさ。一度こいつで心理実験をすると決めてしまった以上、こいつでやりとげる。それが僕のやり方だ。とはいえ、僕はあの集会で泣いていた魔女のように弟子だかペットだかわかんない人間に甘い顔をするつもりも、死に際に泣いてやるつもりもない。せいぜい冷静にデータとして残させてもらおうじゃないか。


 のたのたと遅い足取りで付いてこようとする娘があまりにもトロトロしているので、魔法で浮かべて席に運ぶ。わずかにあがった悲鳴とも歓声ともつかない声を尻目に、箒型の使い魔や魔法で動く人形たちに手早く食事を運ばせる。昨日作った鮭のシチューの残りを温めて、パンを添えただけの質素な食事だが、彼女はそれでも目を丸くしていた。


「こ、んなの、食べても、いいの?」


「食べたくないなら食べなくても構わないけどね。餓死して両親のもとに逝きたいというなら止めはしないさ。僕の失敗ではなく君が不良品なら仕方ないしね」


 食事を前に軽い祈りを捧げ、すぐにスプーンを手に取った。一晩寝かせたシチューは鮭の甘い脂が全体に広がっていて、実に美味だ。赤みがかった白いスープは一見体に悪そうだが、脂と野菜の甘味が溶けていて……うんうん、これだよ。自慢にもならないが僕は鮭が大好きなのさ。


「……ふりょう、ひん」


「そうだよ。人間というのは死を忌避するものさ。たったの百年も生きるのは難しいくせに、必死で足掻くのさ。実に愚かしいと思うよ、僕は。けれどそうして生きる努力をすることこそが美しい、なんていう魔女もいる。実に薄っぺらい言葉だ。どんなに努力したって、どんなに善人だって、どんなに誰かを愛したって、理不尽な死はすぐそこにある。魔女にはそんなものないけどね。そんな死を恐れない人間は、人間じゃないのさ。不良品だよ不良品。死にたがりなんて壊れてしまっているのさ。そんなものを愛するだなんて頭がおかしいよね。君の両親が必死に守った君の命を君はあっさり捨てるんだろう? 君の両親が命という対価を支払って手にいれた君の生は、全く価値がないものだった。なんて笑うしかないぜ。こんなもん守って死んだのかとさぞや嘆いていることだろう」


 がちゃんっ! とけたたましい音が鳴る。食事をひっくり返した娘が、怒りを露に僕を睨んで……おい。僕の作った食事をひっくり返したな貴様! 僕は怒った。とても怒った。


「お父さんとお母さんをバカにしないで!!」


「してねーよ僕がバカにしてるのは君だよこのクソ餓鬼が! 食材を無駄にするなってその両親に習わなかったのか!!」


 つかみかかってきたところを押し返し、おし、おしっ力が強いな!? がりがりに痩せた子供の癖に思った以上に力があって戸惑う。と同時に彼女が「えっ。うそっ。よわっ」と呟いて、僕らは椅子ごとひっくり返った。僕は怒った。とてもとても激怒した。魔法を使った。家の中が滅茶苦茶になった。いや、違うんだ。ほら僕魔女だから。普段腕力とか必要ないからね。筋肉とかいらないんだよ魔女には。





 拾ってきた娘……まあ弟子でいいや弟子で。弟子と取っ組み合いの大喧嘩をするという喜劇から約半年。ようやく生活のリズムが整い、お互いの距離感というものがつかめてきた。


 最初の頃こそおりを見ては物思いに耽ったり、突発的に死にたいな、と呟いていた弟子は最近になってようやく無惨に殺された両親のことや自身に向けられた村人の悪意と折り合いがついたらしく、笑顔を見せるようになった。だけどその笑顔が僕が瓶の蓋を開けられなくて困っているところだったり、階段の真ん中で足をもつれさせて転んだときだったり、髪を解かしていたとき握っていたのが櫛じゃなくて歯磨きブラシだったりしたときというのはどういうことだろうか。僕は弟子に舐められているんじゃないだろうか。師の失態をフォローするわけでもなく困ったように笑うだけというのはどうかと思うんだ、僕は。


「弟子ー。弟子ー。僕のペンを知らないかい。お尻にねこさんが着いているやつ」


「またですかぁ?」


 人形に混ざって洗濯物を干していた弟子に問いかければ、彼女は呆れ顔で振り返った。


「だから猫をつけるのはやめましょうって言ったじゃないですか。猫はきまぐれだからよく逃げ出しますよって」


「だけど一度筆がのるとすごーくすいすい書けるんだよなぁ。犬だといつでも書ける代わりにちゃんと自分で書かなきゃいけないから面倒なんだ」


 ちなみにこれはペン型使い魔のことだ。猫は気分次第で僕が書かなくても書いてくれるんだけど、よく逃げ出して変なところから出てくる。犬だと常に所定の位置で僕を待っててくれるけど、ちゃんと僕が指示しないと完成しない。面倒ったらないぜ。


「あとで探しておきますから、今は犬を使ってください。それで、今日はお絵描きですか?」


「弟子、君さぁ、なんか僕を舐めてないかい? ただの仕事だよ。お偉いさん相手だからちゃんと契約書を用意しておかないと増長されて料金踏み倒されたりするからね」


 こっちが子供みたいな外見してるとやつらはすぐに足下を見る。当然呪ったりなんだりで反省はさせるけれど、数十年もすれば代替わりでやり直しだ。何人蛙にしたり蝙蝠にしたり灰にしたかなんて覚えてないよ。


「まあ、師匠は控えめに言ってクソガキですからね」


「おっ。おっ。喧嘩か? 喧嘩だな? よし君は今日から鳩時計だ。喜びたまえ」


「今日の晩御飯は鮭の包み焼きにしようと思います」


「次は許さないからな」


 はーいと笑う彼女の顔には影はない。というか、むしろ楽しそうだ。彼女は僕を普通の子供のように扱っている節がある。見た目こそ五歳とすこしの弟子だが、実年齢は十歳ほどらしい。栄養状態が悪いのと人種のせいで若く見えたが、彼女からすれば僕は同年代の少女のようだ。だからか、どうにも気安いというか生意気というか、時々かちんとくる言動が多い。昔のように僕に殺されるために生意気を言うのではないようだから大目に見ているけれど、その内教育しなければ魔女の名に傷がつくかもしれないね。


「それで、どんな仕事なんです?」


「死んだ人間を生き返らせる仕事さ」


 彼女の笑顔が凍りつく音を聞いた。


「正確に言えば、生きた人形に変える仕事だけどね。自分では行動できない、思考もできない、食事も排泄も出来ない。だけど心臓が動いていて生殖も可能、っていう状態にするだけなら、死体が綺麗なら難しいことではないんだよ。脳みそと各種内蔵が無事ならどうにでもなるさ。どっかの国の王族が毒を飲まされて死んだけど、直系の血筋がなくて不味いんだってさ。だから王子さまの遺体を蘇生させて子供を作ろうっていうわけだ。権力者たちはまったく面倒なこと考えるよね。そこまでして血筋だ権威だぁを守りたいものかね。……うん? どうかしたのかい?」


「……あ、い、え」


 力無く首を振る弟子に、僕はにんまりと笑って告げた。


「残念だけど、君の両親は僕が着いた時点で頭部の損傷が激しすぎてどうにもならなかったぜ」


 ははっと笑いながら告げれば、彼女はぎゅっと拳を握りしめた。ふふふっ、勝ったぞ! 僕は既に身体能力を底上げする魔法を自分にかけている! 半年前は一方的だったが僕は天才だぞ! すぐに成長するのさ! 対策はも出来ているんだよ! と内心でファイティングポーズを取り、殴りかかってくるの待つ。


「……そう、ですよね。それに、私は……両親の形のお人形がほしい訳じゃ、ありませんから」


 ……待っていたのに、返ってきたのはそんな愁傷な言葉と、透き通った笑顔だった。予想外の反応に戸惑っていると、弟子は僕の手をとって家へと向かう。


「お、おい。なんのつもりだい? 手なんか握られても困るんだけど」


「ごめんなさい。ちょっとだけ。ちょっとだけですから。お姉さんごっこ。させてください」


 ……喧嘩を売られているのかと思った。百年以上も生きている魔女の僕にたいしてお姉さんごっこ、というのはとても不快だった。なにより弟子は両親を失った悲しみや喪失感を、僕の面倒をみる、という代替行為で補っていることに気付いてしまって、それが酷く癪にさわった。僕は貴様の家族でもなんでもないぞ、と怒りのままに魔法を放ってしまおうかと思った。


 けれど。


「……そうかい。じゃあ、君の今日のデザートは僕が貰ってしまおうかな。妹っていうのは姉に甘えるものらしいからね」


 何故か。なんとなく。僕はそれをしなかった。







「師匠ーーー!!! 朝ですよーーー!! ご飯ですよ!! おきてぇーーー!!」


「うっさっ!! うっざ!! 朝から喧しいな殺すぞ!?」


 ガンガンとフライパンがお玉で打ち鳴らされる音を聞いて、もそもそとベッドから這い出る。今日も元気なバカ弟子は長い手足をふりふり、ご機嫌な様子であったかいタオルを差し出してきた。


「はい、顔を拭いてくださいね。あと髪を整えますね。今日はどの服を着ます?」


「んんんこの弟子悪びれないな!? 僕の清々しい目覚めを最悪にしておいてその台詞はいらっとくるものだね! 平常運転かよ!!」


 苛立ちを拭い去るように乱暴に顔を拭いていると、大きくなった手が僕の髪を手早く整えていくのがわかる。今日もバカ弟子はご機嫌だ。もう二十くらいになるんだったか。世間ではもはや嫁き遅れの部類に入るというのに、毎日毎日元気に僕の世話を焼いている。


「はぁー……出会った頃に殺しておけばよかった……。こんな面倒な存在になるとは……」


 おちおち寝坊もできやしないと愚痴ってみれば、楽しそうに笑いながら弟子は言う。


「そうすると私の特製スモークサーモンは食べれなくなってしまいますね」


「君が今日も健やかで嬉しいよ。あといい加減、僕が不機嫌になったら鮭を出すのはやめないかい?」


「あら、飽きました?」


「いいや、でも大好物はたまに食べるから嬉しいのさ。週一で食卓に並ぶんじゃありがたみがないよ」


「そういうこと言うならおやつ代わりに鮭とばがじがじかじるのはやめてくださいね」


 考えておくよ、と声だけかけて、弟子の差し出す衣服に袖を通す。……んー。


「君、洗濯失敗したかい? なんだかちょっときつく感じるんだが」


 ここ五十年ほど僕の見た目は変わっていない。身長、体重、髪の長さに至るまで、一切の変化がない。特にそういう魔法を使っているわけではく、魔女としての性質だ。魔女の見た目というか肉体の年齢は、精神の年齢に準拠されるという。すでに精神的に落ち着いている僕の外見は、これ以上は変化しないはず、なのだけど。


「太りましたか!」


「殺す」


 魔法で宙吊りにしてやれば、実に楽しそうな悲鳴を上げた。







「おい、こないだ来た商人が君に会わせろってさ。まだ諦めてないらいいぜ」


「えー? 師匠から断ってくださいよ」


「断るよ。なんでバカ弟子のために僕がそんな手間をかけなきゃならないんだい? 第一大商人の妻、というのは悪い話じゃないと思うよ。もう二十三。嫁き遅れ通り越して生きた化石に片足突っ込んでるじゃないか。女の喜びも知らず子供を育てることもせず、君はこのまま朽ちるのかい? ははは、君の両親が泣いていそうだね。孫の顔を見れないのかって」


「今日の晩御飯はラムステーキになりました」


「おい、煽った上に君の両親を引き合いに出したのは謝罪しよう。だけど真面目な話だよ。あとあんな臭い肉を食料庫にとっておくわけないだろうバカめ。あんなのは邪道だよ邪道」


「いいんですよ」


「あのな。いいとか悪いとかじゃなくてだね、」


「いいんです。師匠」


「……そうかよ。じゃあ僕からは言うことはないよ。もう、勝手にしろ」







「こほっ」


「おいおい風邪かよ。僕には感染さないでくれよ。っていうかもう年なんだからもっと身体を大事にしたらどうだい。洗濯なんて人形にやらせればいいだろう」


「いやぁ、人形ちゃんじゃあ最近色気付いてきた師匠の買ってきたこういうパンツを洗わせるのちょっと不安で」


「ば、ばかっ!! 広げるな!! 伸ばすな!! っていうか色気付いたってなんだよバカかよ!! ふざけるなよやめろよ! 違うから!! 集会でおすすめされた流行りのデザインだからってだけだから!!」


「はぁ……師匠もお子さまパンツだけじゃなくてこういうの履くようになったんですねぇ……感慨深いです」


「おまえほんっとぶっころすぞ!? 三十路ババア皺丸出し!! おなかだるんだるん!!!」


「よぉし喧嘩ですね師匠お昼御飯を楽しみにしてなさい」


「こ、今回は僕悪くないだろう!? 先にからかった君が悪いんだ!!」







 それなりの時間が、流れたと思う。僕はようやく、自身の成長と言うものを実感できた。


「ふふん、さすが天才。完璧といっても過言ではないね」


 胸を張って目の前の液体を眺める。ちゃぷりちゃぷりと揺れもないのにフラスコの中で揺れるそれは、とある魔法薬だ。


「さあバカ弟子。薬が出来たよ。これを飲みたまえ」


 ベッドで横になるバカ弟子を揺り起こす。しわくちゃの目元がゆっくりと開いて、少しだけ濁った、けれど変わらない瞳が僕を見つめた。


「……師匠、これは?」


「薬だよ。肉体に魂を定着させる魔法薬さ。いつだったか話したとおもうけれど、僕ほどの天才魔女にかかれば肉体を生存可能な状態で保つことはさほど難しいことではないのさ。けれどすぐに魂が抜けてしまうから本当に肉体が生きているだけだけどね。君のように老衰間近の老人の肉体に対して処置を行うのははじめてだったから色々と準備が必要だったが、まあギリギリ間に合ったのだからよしとしようじゃないか。この薬で魂を肉体に固定してしまえば後の処置も簡単というものさ。なんの心配もいらない。君はまだ生きられるよ。喜びのあまり僕に永遠の忠誠を誓うくらいのことをしてくれてもバチは当たらないと思うぜ?」


 弟子をとったきっかけとなった魔女集会から早数十年。あのとき泣いていた魔女はもちろん、当時の僕ですらできなかった人間の限定的な不老化。研究を始めてみればそれは非常に困難な道で、何度も挫折しそうになった。けれど僕の研究はこうして身を結んだ。間に合ったのだ。その事に僕は感謝しかない。天才として生まれてくれてありがとう僕!!! 最高だよ僕!!


 そんな晴れやかな気分で差し出した魔法薬。弟子はそれをうけとって、けれど困ったような笑顔で脇においた。


「師匠、私はこれを飲めません」


「ああ、ああ。わかっているとも。みなまで言うな。君はお腹が出てきた辺りから病気に悩まされいたものね。おまけに腰に膝に肩といった間接の痛みまで訴えていた。そんな老人で病人の状態で不老になっても永遠に苦しみ続けるだけだと言っているのだろう。だけど安心したまえ」


「師匠」


「僕は天才だよ。それもただの天才ではない。魔女の中の魔女、天才の中でもとびきりの天才だ。その薬をのんで魂と記憶さえ定着させてしまえば、若返りの魔法を使えばいいだけさ。そうだね、十七のころなんていいんじゃないかい? あの頃はまだスリムだったしね。若返りの魔法についても心配することはない。他の魔女が使う見た目だけの変化じゃなくて」


「師匠」


「……なんだよ。気分よく語ってるところなんだから黙って聞けよ。あと早くのめよ」


 何故か。なんとなく。怖くて。弟子の顔が見れなかった。


「師匠。髪を切りましょう」


「……はぁ?」


 呆気にとられて。主導権を握られて。気がついたらベッドの脇に座らされていた。広げたシーツに、ぎしりという音をたてて弟子が座ったのがわかる。大きくなった、けれど小さい、しわくちゃの手が、ハサミを手に取る。


「私は、師匠を家族の代わりにしていました。いきなり家族を失って、無理矢理この家につれてこられて。訳がわからなかったし怖かったし両親を失ってすべてを憎んでいました」


 柔らかな手つきで櫛が僕の髪を撫でた。次いで、弟子の言葉に混じって聞こえるしゃきん、しゃきん、という髪を切る音。思えば、時々弟子の髪は僕がきってあげていたけれど、こうして僕が髪を切られるのは初めてかもしれない。


「そんななか、目の前に現れたクソガキです。生意気だわ無駄に強いわ偉そうだわ実際に凄いわで私の頭は大混乱です。さんざん故郷の村では色々言われたりやられたりしましたが、師匠のように面と向かってどうでもいいみたいな態度で酷いこといったりやったりする人は初めてでした。村の人にはちゃんと悪意がありましたからね。師匠みたいにとりあえず言葉でなぶっとこう、みたいな非道をする人はいませんでしたよ」


 くすくすと小さく笑う弟子に頬がひきつるのがわかった。何か言ってやろうと思ったのに、何故か言葉が出てこない。鼻の奥がじんとして、痛い。喉の奥が熱くなる。そんな風に思ってたの、となぜだか妙に情けない思考が頭をめぐる。


「それで、一緒に過ごしてたら。気付いてしまいました。師匠はすごい人です。なんでもできます。なんでも一人で出来ちゃいます。まだ子供なのに、優秀すぎた……優秀だったから、寂しい人。誰も側にいなくても、なんとかなってしまう人なんだと。だから私は、散々酷いことを言う師匠に、復讐をすることにしたんです。師匠もまた、私が憎んでいた世界の一部でしたから」


「理不尽だ……。わりと、かわいがってあげたのにな……」


 不思議と言葉が震えていた。なんだか視界がぼやけてきていた。僕は天才だから。優秀だから。ここからどんなに策を練っても、言葉を尽くしても、泣いてすがっても、彼女に薬を飲ませることが出来ないのがわかっってしまった。


「はい、復讐ですから」


 穏やかな声。きっと楽しそうに笑っているのだろう彼女が酷く憎たらしい。


「たくさん愛情を教えて、たくさん家族ごっこをして、たくさんの時間を一緒に過ごして。本当に、本当に私は師匠のことが大好きです。でも、大好きだから先に逝きます。あのとき人の死とか、別れとか、そういう大事なことを表面的にしか理解できてなかった師匠に、私の死でもって、教えてあげます。家族との別れは、本当に辛いんだぞっていうことを」


「……もう、もう十分わかったよ……。だからさぁ、飲んでよ。そうしたら、どうにでも出来るんだよ……」


「いやです。私は、死にます。それが凡人の私から送れる、師匠への唯一の恩返しです」


「そんなのいらない!!」


 ハサミを持ってるとか。散髪中だとか。そういうのは全部頭から抜け落ちてた。


 勢いよく振り替えって、弟子の体にすがりつく。冷静な頭は無駄だっていうのに、涙でにじんだ視界いっぱいに広がる弟子の笑顔に、嘆き、悲しむ。


「なんで!? 僕は間に合った!! 間に合わせた!! いいじゃん! 別に今死ななくてもいいじゃないか! せっかく目の前に生き延びる手段があるのにそれを使わないなんておろかにもほどがあるだろう!!」


「甘ったれるなこのガキが!!」


 ひっ、と喉が鳴った。年を取って、すっかり大声を出せなくなっていた弟子の怒声に身がすくむ。


「どんなに努力したって、どんなに善人だって、どんなに誰かを愛したって、死はすぐそこにある。……かつて、師匠が私に向けた言葉です」


「ぇ、ぁ………」


 言った。だけど、それは。魔女である僕には関係ないもので。


「関係ないものだから、言葉だけでわかっていたつもりの師匠には、薄っぺらいものにしか聞こえなかったのでしょうね。ですが、どうです。重いでしょう?」


「そんな、そりゃ、そんなの……おもすぎる、よ……」


 ぽたり、ぽたりと滴が落ちた。もう止められたい。こんな子供みたいに泣くなんて、生まれて初めてで。ひっ、ひっ、と勝手にしゃくりあげる呼吸器が、ひどく恨めしい。煩わしい。


「師匠は、天才ですから。きっとこの体験も糧に出来ますよ」


「い、いらない……。そんなのより、生きて……いきてよぉ……もっと、ぼくのっそばにいてよぉ……」


「ごめんなさい、師匠。大好きですよ」


「やだぁ……こんなのやだあ……なんでぇ……? ぼっ、くっ……がんば……うぇ、ぅあ……やぁあ……」


 もう、頭がぐちゃぐちゃで。なにも考えられなくて。


 泣き疲れて眠ってしまって。起きたら穏やかに笑っていた弟子に散髪の続きをしてもらって。


 それで自分の仕事を終えたみたいな顔で。弟子は微笑みながら、逝った。


 死体になった弟子を埋葬して。しばらくぼーっとして。不意に魔女集会に呼ばれて。あの日の先輩魔女にしばらくぶりに再会した。


 彼女は、ひどく驚いていた。


「びっくりした。あれから百年も経っていないのにずいぶん大きく……綺麗になったのね」


「そうかな。そうかもね。私もいろいろあったからね」


「あら、僕はやめたの?」


「やめたよ。子供じゃあるまいし」


 あの日と同じ花の香りのするお茶を喉に流し込む。豊かな香りと共に感じる、少しの苦味。そういえば、昔は砂糖をいれていたんだったか。甘い夢ばかりを見ているわけにもいかないだろう。


「なにがあったの?」


「弟子が死んだ。人間だったし仕方ないね」


「あら。じゃあ、あなたも泣く?」


「いや、いいよ」


 ころころと笑いながらからかってくる彼女に、薄く笑うことで応えた。


「甘える側より、甘やかす側になりたいんだ。今度は」


 子供のときから私を育てなおすことばかりに必死で、ろくに幸せになれなかっただろう彼女の代わりに。


「ふぅん……」


 目の前の魔女は、優しく微笑んだ。


「結構、幸せだっだのね。あなたも、その子も」


 そうかな。そうなのかあ。


「そうだったら、嬉しいな」




常に引き取られた少女側が精神的優位にいた話。

たぶん男の子だったら早々に言いくるめられてた可能性がある。


少女は魔女を妹のように、娘のように扱うことで失くなったものを再び手にいれて。

魔女は少女に好きにやらせることで、生まれてから一度も知らなかった愛情というものを手にいれました。



主人公視点だと詳しい説明をする場所がなかったけど、魔女たちは精神年齢=外見という設定があります。

色々枯れてる人は老婆。

まだまだ現役で恋したい人なら少女。

恋愛とかはわりとどうでもいいけどまあやりたいことはやりたい人なら熟女。

熟女魔女でも恋とかして気持ちが若返ると見た目も若くなります。

なら子供だったうちの魔女は? お察しの通り。


この魔女さん、魔女と魔女(男)の間に生まれた子なのですが才能が有り余り過ぎてて両親に嫉妬されて捨てられています。そのためすがれるものが自分の才能しかなく、自分が天才であるという脆い柱だけを精神的な支柱にして生きてきました。

そのためプライドチョモランマで友達もいない、寂しい人生だったために精神的な成長がほとんどなく、幼い姿のままでした。


それが弟子との別れでちょっとだけ大人になり、弟子と過ごした時間で伸びた髪をばっさり切って別離のケジメにする、というところが書きたかったんだけど勢いを叩きつけたために描写が半端になってしまった気がします。


精進します。

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[良い点] 始めまして。作品を拝読しました。 別れが人を成長させるというのは、切ないけれど熱いテーマですね。人には誰だっていつかは別れが来る、不老の魔女もそれは変わらない。むしろ不老だからこそそれが重…
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