第8話 依頼を受けよう
ラッシュボアのユニーク討伐から3ヶ月後。
トラットリアの森にて。
「フリーズ・アロー!」
狼のようなEランクの魔物、ロッドウルフにアゼルの魔法が飛来する。
ロッドウルフはかろうじて魔法を避けたものの、それはこちらへ誘導するためのものだ。
「そいっと」
俺は余裕をもって剣を振るい魔物を両断した。
一丁あがりである。
「やったね」
近づいてきたアゼルと片手でハイタッチした。
俺とアゼルは何度かトラットリアの森にて狩りをしていた。
レティやクレアとパーティを組むこともあるが、今回は俺たち二人だけだ。
俺とレティとクレアとアルの4人がラッシュボアを狩ったことをアゼルに話したら、俄然はりきっているようだ。
ちなみに、あれからラッシュボアのユニークのような大物とは遭遇していない。
すべてE、Fランクの魔物だ。
街の喫茶店にて。
「今日も成果は上々だね」
「そうだなー。なんかもうこれで生計立てていけるんじゃないかと思うぞ」
アゼルが、はははと笑って頷く。
冗談っぽい雰囲気だが、割りとマジであった。
俺とアゼルが今日森で狩ってきた魔物はEランク4体、Fランク22体である。
討伐報酬は金貨1枚と銀貨9枚である。
宿を選ばなければ銀貨5枚もあれば泊まれるので、装備の新調等を考慮しなければ十分やっていける。
さらにアゼルは薬草の知識もあるので、今は魔物討伐に専念しているが薬草を採取してギルドに換金することで稼ぎを増やすこともできるのだ。
「実際Eランクのハンターはそうやって生活をしているんだろうね。もちろん毎日これだけ狩りができるとは限らないだろうけど。
それに僕たちの狩りが順調なのは、ベネットの気配察知が優れていて獲物を見つけやすいからだね。
たぶん、普通のハンターはもっと苦労しているんじゃないかな」
「あー、そう言えばレティやクレアにも言われたなぁ」
「このまま無難なところで落ち着くのもひとつの手ではあるけど、僕としては真っ当にハンターとして上を目指していきたいと思うよ」
「俺もだ。もっと自分の力を試してみたいな」
毎回毎回激闘は勘弁だが、いつかのラッシュボアとの戦いは肌がひりつくような感覚で心が湧き震えた。
それに世界には様々な場所があるし俺の想像もつかないような所で溢れているのだろう。
行ってみたいか、と問われれば一択である。
「で、だ。アゼル君や。そろそろ俺たちもステップアップしてもいいころじゃあないかね?」
「ほほう、聞こうじゃないかベネットさんや」
「つまり、次の休日ではもっと森の奥にだね……」
◇ ◇ ◇
数日後、ギルドにて。
「あいつマジで里に帰りすぎだろ……」
ぶーたれているのは、わたくしベネットさんでございます。
アゼルとは何度か共に魔物討伐をしているし、冒険者学校での実戦形式の授業でもコンビを組んでいる。
互いに動き方や役割分担が固まりつつあり、それなりに連携も取れるようになってきていたのだ。
安全を十分考慮することは大前提として、俺としてはちょっと森の奥に入ってDランクあたりの魔物と戦ってみたかったのである。
まぁ、アゼルの里帰りは最初からだからなぁ。実際これまでも何度か帰っているし。
本人が微妙に帰りたくなさそうな感じも出してるし、何かやむにやまれぬ事情があるのかもしれない。
ハーフエルフってのもなんか大変なのかね。
複雑な家庭のことであれば、外野がどうこう言っても仕方のないことだ。
……よし、気分を変えて今日は久々にソロで行ってみるか!
ソロだと討伐依頼くらいしかこなせないだろうけど、一応通常の依頼も確認しておこう。
で、依頼を確認していった結果。
「……ほうほう。オークの討伐依頼ねぇ」
常時出ている討伐依頼とは異なり、きちんとした依頼形式のものである。
それも1点ものではなく、複数のパーティが依頼を受注できるものであった。
『オークを5体討伐せよ』
依頼者はフレアファストの街を治める領主様だ。
なんでもトラットリアの森の近隣の村にオークによる被害が出ているらしい。
おそらくその村も領内に入っているのだろう。
報酬は……通常の討伐報酬とほとんど変わらないがおまけでもらえると思えば得した気分になれる。
それに、街で討伐依頼を出しているということは、どこかしらで被害が出ているということだし単なる狩りよりも意義はある。
けどなぁ、オークはDランクの魔物。背丈は2メートル弱で人と比べればパワータイプ。
それも何体か群れて行動することが多いからソロだと厳しいだろう。
あーあ、アゼルがいれば即決なのになぁ。
「よ、ベネット。なにかいい依頼でもあったのか?」
悩む俺に少年が声をかけてきた。
同期のリッドだ。
隣にはケインもいる。
「オーク討伐なんだが、さすがにソロでやる気にはなれなくてな。お前ら一緒にどうだ?」
「いや、俺たちはまだやめておくよ。装備が整ってから挑戦するわ」
「そうか? ……うーん、じゃあ俺も今回はやめとくかなぁ」
ちょうど良さげな依頼だったので惜しいけど、今日のところはやっぱり近場の常時討伐で済ませておくかな。
結局俺はそう結論を下して、ギルドを出ようとする。
「あ、おいベネット。あれ!」
ケインに腕を掴まれる。
指さす先には金髪のエルフ……アルシェリアと体格のいい男を中心とした数名のハンターが、なにやら話込んでいる。
冒険者達は装備がしっかりとしておりCランクはありそうな雰囲気をしていた。
「はぁ。やっぱりアルシェリアちゃんかわいいよなぁ」
「だな。あまりギルドに顔を出さないが、その人気はじわじわと、だが確実に上がってきているらしい。
噂によると、この街のギルド内での好感度ナンバーワンが彼女だ。
彼女がこの街のギルドに所属しているからAランクギルド『ブラックファング』が戻ってきたっていうくらいだ」
何そのギルド。
いや有名どころだから俺も聞いたことあるけど、そんな理由で拠点を移動するAランクギルドなんて嫌すぎるぞ。
「ベネットはアルシェリアちゃんとパーティ組んだことあるんだろ。羨ましいよなぁ」
羨ましいってほどだろうか。
確かにアルとはあれから何度かパーティを組んで狩りに出ている。
アルの魔法は頼りになるが、結構適当なところはあるしズケズケものを言う奴だ。
見てくれは綺麗ということに異論はないけど、65歳だと知った今何を思えと言うのだ。
「じゃあ、あっちの話が終わったらちょっと声かけてみるか。
暇そうなら一緒に狩りいこうぜ」
「「え……」」
なぜか、かちーんと固まるリッドとケイン。
と、アルがこちらに気づいたようだ。
今まで話していたハンター達に向かって、両手を合わせて何か話をしている。
それで用件は終わったのか互いに手を挙げて別れてから、アルがこちらへ小走りにやってきた。
「おっす、ベネ君。今日は一人なの? レティちゃんとクレアちゃんは?」
「あの二人は今日は武器を見に行くとか言ってたな。んでアゼルはまた里帰りだと。
ところでさっきのなんだったんだ? ひょっとしてパーティに誘われてたのか?」
「へへー、そうだよ。あの人たちは『雨の雫』っていうパーティで、この前Cランクに昇格したんだって。すごいよねー」
それに誘われるアルもすごいけどな。
魔法の腕をかわれてるんだろうけど、わざわざ声をかけられるとはなぁ。
魔法使いの割りにすばしっこいし、ただ大砲役をこなすだけの後衛とは違うけど。
「そうか。そりゃよかったな。
お前ら、今回は相手が悪い。俺たちだけで行こうぜ」
リッドとケインに声をかけて、俺はアルに手を振る。
「んん? なんの話?」
「アルはあっちのパーティに入るんだろ?
確かアルはこの前Eランクに上がったんだっけ。Cランクパーティなら破格の条件だな」
アルはきょとんとした顔で、
「いや入らないよ。私、固定のパーティに入るつもりないもん。
依頼や討伐にいくときにパーティに入れてもらうことはあるけど、ずっとは無理だからねぇ」
などとのたまうのだった。
なんともったいない奴。実力はあるくせに道楽でハンターやってるみたいな台詞だ。
聞く人が聞けば普通にぶん殴られそうである。
だが、俺には関係ない。
どころか丁度いいかもしれん。
「じゃあヒマなら狩り行くか。
ちょうどこの二人と行こうと思っててさ」
俺が親指でリッドとケインを差すと、アルもそちらへ顔を向ける。
「えと、どなた?」
「あああああああああああああいやいやいや、名乗る程のものではありませんにょ失礼します!!!」
なぜか風のように去っていくリッド。ケインもその後を追っていく。
……一体なんなんだよ。
「なんで今の人たち走ってっちゃったの?」
「俺が聞きたい」
結局俺はアルを誘ってオーク討伐を受けることにした。
「却下します」
は。
「別の依頼にしてください。もしくは常時依頼の魔物討伐としてください」
俺が出したオーク討伐の依頼書を、しかしギルドの受付のおねーさんは突っ返してきたのだ。
「……ダメな理由を聞いてもいいですか」
「あなた方はFランクとEランクのハンターです。
この討伐依頼はDランクの魔物になります。
上のランクの、それも魔物の討伐となれば大変な危険が生じます。
ですので、ギルド職員としてハンターの安全を憂慮し許可できません」
おねーさんの言うことは一理ある。
が、それはあくまで依頼を受注する際に危険性を忠告するだけで、依頼を受けられないということはないはずだ。
「確かにランクとしては上の討伐になるけど、ハンターとして達成できると判断しました。
もちろんダメだと思ったら即時撤退します。
依頼の失敗によるペナルティだってわかってます」
「私たち、がんばりますから!」
おねーさんはアルを見て僅かに俯き顔を歪める。
「………………ぐぅぅ……わかりました。……そこまで言うのであれば……受理致します」
えー。なにこの苦渋の選択を強いられてるみたいな。
いくらなんでも妙だ。
アルは受付のおねーさんの態度に疑問を感じなかったのか、依頼を無事受けられてやる気満々である。
おーし、とか言って拳を前に突き出したしている。
「ベネットさん、ちょっと……」
おねーさんはアルの様子を伺いながら、ありまちょいちょいと手招きする。
「ベネットさんは冒険者学校の生徒ではありますが、これまでの討伐状況からこの依頼を達成できるであろう実力はあると把握しています。
ただ、オークには本当に気を付けてくださいね。
特にアルシェリアたんには絶対にあの汚らわしい魔物の指一本でも触れさせないでくださいね! ホントお願いしますよ!!」
「わ、わかりました……」
小声だが青筋立ててまくし立てるおねーさんに思わず返事をしてしまう。
ていうか、たんってなんだよたんて。
……まさか好感度ナンバーワンって戯言じゃないのか。
いろいろと大丈夫なのだろうか、このギルド。