第5話 狩りをしよう
3人で散策をしだしてしばし、右方に魔物の気配。おそらくリトルラビットだろう。
俺は無言で二人を静止させ、静かにするよう手振りをし魔物がいるであろう場所を指さす。
そちらの方へそっと近づいていくと、リトルラビットがかさかさと小さな音を立てて、俺たちから遠ざかる方へと移動したり静止したりを繰り返していた。
距離は20メートル程度。
「……クレア、この距離でいけるか?」
「ふん。任せておけ」
小声で交わし、クレアが詠唱を開始する。
獲物を探すまでの間に、クレアの使える魔法について聞いたところ火系統以外にも、水、風、地と基本の系統はすべて使えるとのことだった。
使えんのかよ! じゃあ火以外使えば素材採取できるだろ!!
と即座にツッコミをいれそうになったが、ぐっと我慢した。
いつも火魔法ばかり使っていたらしいので、一応何か理由があるのか尋ねたのだが、
「だって私の一番威力ある魔法が火系統なんだ。それを使うのは当然だろう!」
との答えだった。
狩りの途中でレティも苦言したらしいが聞かなかったらしい。
魔法使いは基本的に頭がよくないと厳しい。
相手との相性とか、どの魔法なら先手を取れるとか、いろいろな局面で適切な魔法をいち早く使えないといけないのだ。
クレアのような脳筋的考えのままでいけば、どういう形にせよハンターを続けることは難しいだろう。
……ってデリフォルムのおっさんの座学でやったはずなんだかなぁ。
とにもかくにも、クレアには火以外の魔法を使用するよう厳命していた。
もし火魔法を使おうとしたら、もうぶん殴るしかない。
「水精霊よ、我が前の小さき存在を貫け……ウォーターニードル!!」
クレアは短い詠唱で魔力を集中させ、魔法を発動させる。
針のような形の水が十本程飛翔しリトルラビットに命中する。
リトルラビットはびくんっと痙攣し、それきり動かなくなった。
……普通に倒せるじゃねーか。
狙いも威力も申し分ないし、なぜこれを最初からやらなかったのか意味わからんレベルの鮮やかな手並みである。
「どうだ! きっちりしとめてやったぞ!」
「すげーけど……なんかイマイチ納得いかないけど、すげぇからもういいか」
「何を言ってるんだお前は。素直に私の才能を認めろ!」
「いやそれは最初から認めてるだろ。クレアは普通にすごいっての」
「え? ……そ、そうか……私は、すごいか……。ああ、そうだ! 部位をとってこないといけないな!」
クレアは慌てて仕留めたリトルラビットの方に走っていった。
確かに倒した魔物を餌としてさらに魔物が来ることはあるだけど、あそこまで焦らんでも大丈夫だと思うんだがなぁ。
ちんたらしてるよりかはずっといいので余計なことは言わないでおこう。
「エクセレント」
……だからレティさんの笑顔怖いっての。
それから俺たちは追加で3匹の魔物を倒した。
討伐したのはすべてクレアで機嫌は上々。俺に対しても変に突っかからなくなっていた。ありがたい話である。
さて、そろそろ頃合かな。
「これからどうする? 俺はもう戻るつもりなんだが」
日が暮れるまでにはまだ余裕はあるが、持ってきた干肉は食ってしまったし、水も残り少ない。
元は十分取れたし今日のところは無理するつもりはなかった。
「なら私たちも戻るとしようか!」
「そうね。ベネットが私たちにごちそうしたいって言ってくれたものね。帰りましょうか」
「ふははは! 熱心な男の誘いを断るのはイイ女のすることではないからな!」
え、俺別に奢るなんて一言も言ってないんだけど。
ていうかあのときフリでも誘ったのはレティだけだし。
「レティ、私は街の真ん中にあった喫茶店がいいぞ。タルトが旨そうだったのだ」
「いいわね。この街に住んでる同期の子もおすすめしていたわ」
「……そこ、飯は食えるんだよなぁ?」
当然とばかりに頷くレティに、俺はあきらめて二人の後をついてくことにした。
いくら考えても、この状況で抵抗できる手立ては思いつきそうになかった。
「あら、本当に来てくれるの。嬉しいわ」
……あんたさり気なく人を煽っておいて、よくいけしゃあしゃあと。
やぶへびになりそうだから言わないけど。
俺だってどうせ女の子と飯に行くなら楽しい方が、
ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
……なんだ今のは!?
身体全体に響くような重低音の唸り声。
俺は素早く周囲を見渡す。
左前方数十メートル先、数本の木の奥にそいつはいた。
ラッシュボアだ。
だがあきらかに俺が戦った奴よりも馬鹿でかい。体長5メートルはある。
……くそ、完全に油断してた。
あんなのの気配に気づかなかったとはな!
奴の様子を見る限りあさっての方角を見ていて、こちらには気づいていない。
今ならやり過ごすこともできそうだ。
「こっちだ」
俺は二人の手を引いて草むらに身を隠す。
倒すにしろ逃げるにしろ、奴に見つかっていいことは何もない。
俺はラッシュボアを警戒しながら、二人に小声で聞く。
「どうする、逃げるか倒すか。あれはかなり強そうだぞ。不意をうてなけりゃ厳しい」
ラッシュボアはEランクの魔物だが、奴に限ってはそんなことはないだろう。
Dか、下手したらC級の魔物であってもおかしくない。
俺たちひよっこハンターが束になっても勝てるかどうかは怪しいところだ。
「……やめておきましょう。あれは突然変異のユニークモンスターでしょう。力量がわからないわ」
「う、うむ。私の魔法をもってすればラクショーだろうが、無理はよくないな! ちょっとだけ強そうだし……」
「了解。ならとっとと逃げるぞ。このまま下がって……」
俺が後ろに振り返ろうとした矢先、一瞬激しい光が一帯を覆った。
こんなもの自然現象ではありえない。
レティがごくりと唾を飲み込む。
「……だれかが戦ってるわ」
だよなぁ。
俺は右に移動して状況を確かめる。
ラッシュボアと対峙しているのは1人だけだった。
耳の長い金髪の女。エルフだろう。武器は持ってるように見えない。
……エルフなら十中八九魔法使いか弓使いだ。
さっきの光が魔法だとして、一発くれてやっても奴はぴんぴんしてやがるってことだとしたら状況は相当よくないぞ。
単独で戦うんじゃあ、長い詠唱と集中を必要とする魔法は撃ってられない。短詠唱の魔法は効果がない。
このままだとあの女はいずれ……。
かと言って、あのラッシュボアに俺たちの攻撃が通じる相手なのか判断がつかねぇ。
「レティ、ベネット。撤退はやめだ。行くぞ」
「……勝算はあるのかよ。やたらタフそうだぞあいつ。俺の剣もどこまで通じるかわからん」
「なぁに、あそこは開けた場所だ。類焼の心配はない。……私の火魔法があれば必ず倒せる」
若干上ずった声で、しかし不敵に笑うクレア。
あきらかにびびっているが、引く気はなさそうだ。
見知らぬ者とはいえ、見殺しにはできないってことか。
「前衛は任せるわ。無理しないでね」
レティはすでに矢を携えて獲物を仕留める気満々だった。
後衛から攻撃するとはいえ、前衛がやられれば一溜りもないことは承知だろうに……。
即決とはまったく。かっけー女共だな……こりゃ腹くくるしかねぇぜ!