第3話 狩りに出よう
冒険者学校に入ってから数日が過ぎた。
学校は主に実践形式の訓練が多い。
基礎的な武器の扱い方などの技術も教えてくれるが、どちらかといえばいかに戦うか、生き残るか、魔物を効率的に狩るかという方向性の訓練が多かった。
ひよっことはいえ、ハンターになる者なのだから戦闘技術がからっきしだという者がいないからだろう。
魔法に関して言えば、1に訓練2に訓練といった具合だった。
結局のところ、魔法の力量は本人の魔力量とセンスであり、魔力量に関して言えば鍛えれば上昇は見込める。
ただし、魔法の発現に関していえば純然たるセンスの問題であり、できない奴はどうがんばってもできない、とのことであった。
「ふぁいあ!!」
………。
ベネットは火の魔法を唱えた!
しかし何も起こらなかった!
「……ふ」
この数日間、実家で爺に教わった時よりも遥かに真面目に魔法に取り組んできたが、これが今の俺の実力である。
デリフォルムのおっさんやアゼルにコツを教わったりしたが、びっくりするほど効果はない。
「さて、今日の授業はここまでだ。
明日は一日休みとなる。街に出るのは自由だが、羽目を外しすぎるなよ。
では解散!!」
おっさんの号令で、皆が騒がしく散っていく。
学校に通い始めてから初めての休日で否が応にもテンションが上がってるのが伝わってくる。
俺も無論、休み自体は嬉しいは嬉しいのだが……
ため息をつきそうになっていたところ、横から肩を叩かれた。
「露骨に元気ないね、ベネット」
「そりゃ、ここまで魔法の才能ないと思わなかったからよぉ」
我ながら情けない泣き言だとは思うが仕方ないって。
なにせ、初日に魔法試験を受けなかった連中は皆、威力は弱いながらもすでに魔法を扱えているのだ。
まったく魔法が発現できていないのは俺だけなのだ。
焦りも落ち込みもするわ。
「まぁまぁ。コツさえ掴めればきっところっと使えるようになるから。
明日は気分転換しなよ」
「……そうだな。ぐだってても魔法は使えるようにならねぇし!
よし、アゼル!! 明日はギルド行こうぜ!
俺たちだって一端のハンターなんだ!! なんかクエスト受けてみようぜ!!」
俺の提案に、アゼルはにっこりと笑うのだった。
◇ ◇ ◇
翌日、ギルドにて。
早朝というには遅いくらいの時間帯だが、結構な盛況具合だった。
俺は学校の授業で使っていたような革の胸当て、膝あて、ついでに肩当てをしている。
腰には剣と素材採取用の短剣を下げた武装をしていた。
「……アゼルめ。何が里に帰るじゃ」
恨み言をつぶやきながら、俺は依頼をひとつひとつ確認していく。
別に寂しくはないのだが、俺一人である。
別に寂しくはない。
最初の休日に、いきなり里帰りしに行く同室の者などいなくても平気なのである。
ていうか、行き帰りに結構時間かかるだろうに連休でもないのによく帰るものである。よっぽど家族にでも会いたいのだろうか。
……いやいやいや。せっかく初めて依頼を受けるんだ。
他のこと考えてる場合じゃないって。
真剣に選ばないと。
とは思うものの、はっきり言ってFランクのひよこハンター、ましてやソロハンターに選べる依頼などほとんどない。
薬草採取と近隣の森に生息する弱小の魔物討伐くらいだ。
どちらも常時出てる依頼であり、いちいち受注しなくても成果をギルドに持参すれば報酬は受け取れるようになっている。
はっ!
そうだ、ソロじゃなくて仲間を募ればいいじゃねぇか!
強いハンターと組むのは難しいだろうけど、俺と同じように冒険者学校の同期も来てるかもしれねぇ!
よしっ!! と、気合を入れて周囲をさがすと、ちょうど見覚えのある4人組みの男女が仲良く受注書を持って受付に行くところだった。
なお、他にこの場に同期はいない模様。
結論。さっさと森に行こう……。
なんだろう。
なにか違う気がする。
俺はちょうど開けた場所の草むらの上で腕を組んで唸っていた。
俺の前には鳥、兎、蛇、のような魔物。
俺が石による投擲でダメージを与え剣で倒したものだ。
これだけ狩れば森に来た意味はあるのだが……、
「これ、俺が山でやってたこととあまり変わらないよなぁ」
俺は山に住んでいたときは基本的に自給自足の生活をしていた。
たまぁに近くの村に行って物々交換したり、旅商人から仕入れたりした程度だ。
小さな畑をつくり農業もどきもしていたし、山菜や薬草採取もしたし、当然狩りもした。
狩る標的は小動物がメインだったが、魔物と遭遇したときは勝てそうなら戦ったりもしたのだ。
「……もっと奥にも行きたいけど、上のランクの魔物がうようよしてるっていうしなぁ」
ギルド職員の説明によると、この低ランクハンター御用達のトラットリアの森は、近場であればEランクまでの魔物しかほぼ生息していないのだが、奥に入ればDやCランクといった初心者ハンターには危険な魔物が割と出てくるそうだ。
経験の少ないハンターのパーティが調子こいて奥まで進んで全滅、ということは毎年後をたたないらしい。
もちろん俺がFランクだからDランクの魔物に勝てないというわけではない。
ランクはあくまで目安であり、特にFランクというのはピンきりであり、ハンターとしての経験がないだけで必ずしも実力がないというわけではないのだから。
だが、先人たちがつくってきたランク分けを無視して突き進んで死んだら本当にアホだ。
きちんとパーティを組んで、相応の警戒をしながら挑戦するならまだしも、単独で無計画に突っ込むのは短慮にすぎる。
ちょいと物足りない気はするけど、気晴らしにはなったしなぁ。
そろそろ腹も減ってきたし、ギルドに戻るとしようか……と。
「ありゃ、ラッシュボアか……?」
50メートルほど離れた草むらの向こうに茶色の猪らしき魔物が見え隠れしている。
体躯は1メートルほどだが、その突進力は大の男も吹き飛ばす。
Eランクの魔物であり、大抵のハンターであれば脅威ではないが、決して俺が油断していい相手ではない。
……ちょうどいい、この不完全燃焼な気持ちをぶつけさせてもらうとしようか!
奴も俺に気づいたのか、徐々に速度を増してこちらへ向かってきた。
数十メートルはあった間合いがどんどん詰められていく。
「そらっ!!」
俺は地面にあった拳よりも少し小さな石を振りかぶって投げつける。
見事ラッシュボアの額に命中!
ブオオオ、ブオオオオオオオオ!!!
「っとぉお!?」
突如急加速をして突っ込んできたラッシュボアを横っ飛びで躱す。
ラッシュボアは10メートルは通り過ぎてから反転して、また突っ込んできた。
その鼻息は荒く、目は血走ったように俺を睨んでいる。
投擲によるダメージは少しはあったみたいだけど、怒らせた効果が強すぎるなぁ。
雑魚の魔物相手ならまだしも、ちょっと強い魔物になると単なる石投げじゃ、あまり意味がないな。
突っ込んでくるラッシュボアを今度は冷静に躱す。
奴のおおよその速度は把握出来た。これなら十分やれそうだ。
俺は両手で剣を持ち正眼に構える。
「ぶおおお」
ブゴオオオオオオオオオオ!!
俺の下手くそな鳴き声がカンに触ったのか、ラッシュボアは今までで一番早いスピードで走り出した。
口を開け獰猛な牙を見せつけながら、猛スピードで突進してくる。
俺はラッシュボアの突撃を斜め右に踏み込んで避けながら、その速度を利用して剣を横薙ぎに振るった。
「一丁あがり、か」
ラッシュボアは断末魔もなく、綺麗に上下に断たれていた。
剣を振りラッシュボアの血を落としてから鞘に仕舞うと、離れたところからパンパンパンと拍手が聞こえてきた。