第27話 背中をあずけよう
オークやブルベアーとの死闘から日が明けて。
学校の授業が終わり、俺は一人校舎裏で素振りを繰り返していた。
一本一本を集中して振るう。
息があがってくるのを自覚して、俺は最後に一際集中して剣を振り下ろした。
「ふぅ」
大きく息を吐いて、俺は剣を収めてその場に座り込む。
「精が出るではないか」
クレアが小走りで寄ってきて隣に座った。
「昨日の疲労はもう取れたのか」
「俺は大魔法を使ったわけでもないからな。怪我もしてないし寝たらよくなってたから授業にも出たよ。
クレアは……大丈夫そうだな。レティはどうだ? 手の怪我とか大丈夫か?」
「怪我は村にいたときに回復魔法をかけてもらっているから完治しておるな。
私もレティも念のため今日は休んだだけだ。明日からは普通に授業に参加するぞ」
「それならよかった。あ、そうだ。あとで例の喫茶店のフルーツタルト持ってくからレティと食べてくれ。
昨日は先に戻っちまって悪かったな」
「構わん。アルのことは私も気掛かりだった。
その顔からすると問題はなかったのであろう?」
「……そうだな。アルもいろいろとあったみたいだから、今度会ったときにもで聞いてみてくれ」
一瞬うっかり事情を話そうになったが、さすがに俺が勝手にペラペラとバラすわけにもいかない。
どこまで説明してよいかもわからんし全部本人たちにぶん投げておこう。
「クレアは何か用事でもあったのか。こんな時間に出歩いて」
夕食には早いし、ぶっちゃけこの辺りは何もない。
だからこそ人が来ないし素振りなんかをするにはもってこいの場所なんだが。
「今日は魔法の練習もやめておくよう言われていて時間が余っていたから敷地を一回りしていたのだ。
お前がこんなところで特訓しているとは思わなかったぞ」
「特訓てほどでもないけどな」
これは本心だ。
勿論修練のため素振りをすることは多いが、今日のこれは明らかに異なる。
「なるほど秘密特訓という奴だな。わかった、私は何も見ていないことにしよう」
なんで俺がそんな子どもみたいなことをしていると思われているのだろうか。
「回復魔法もいつの間にか使えるようになっていたしな。お前に魔法のことで上をいかれるなど、私はかなり悔しいぞ」
「それは……」
「まぁよい。昨日はそのおかげで私達は生き残ることが出来たのだからな」
「俺は、せいぜい走り回って時間稼ぎしてたようなもんだ。
結局オークもブルベアーも倒せたのはクレアとレティのおかげだろ」
「何を言うか。その時間稼ぎも功績のひとつだろう。
それにお前の戦う姿はなかなか頼もしかった。次々とオークを倒していくサマなぞ胸がすっとする想いだったぞ」
……クレアのことだ。
つまらん世辞などは言わない性格なのはわかってる。本心からの言葉なのだろう。
でも俺は、あの戦いで決して頼もしくはなかった。
リーゼにおんぶに抱っこされて、自力で立っていた二人とは比べられるようなもんじゃなかった。
そうだ、だから俺は今日剣を振っていた。
俺は、もっと強くならなくちゃいけねぇ。
昨日のこともそうだし、アゼルやアルのことを考えれば今後厄介事に遭う可能性は充分にある。
だからと言って、一朝一夕で強くなれれば苦労はしない。
今日のこの素振りは、俺の焦りからの行動のようなものだった。
「私も剣などの武器が使えればと思うことがある。
魔力が尽きたとき、何もできないのは問題だ」
「俺だって魔法が使えたらって思うよ」
「ベネットはもう回復魔法を使えるではないか」
「いやそれは俺じゃなくてリーゼが使ってるだけだし」
「リーゼ?」
……あ。やべっ。
完全に素でリーゼのこと話してしまった。
しまったどう誤魔化すか。
……いや、構わないか。
俺と比べればよっぽどクレアの方が真摯的だし。
迂闊な感じは拭えないが、たった今迂闊な俺がどうこうは言えないな。
「その…………ちょっと前からなんだけどな、俺に妙なのがついてて、回復魔法に関しちゃそいつのおかげなんだよ。
これ見えるか?」
俺は右肩に乗ってたリーゼを手のひらに乗せてクレアの前に示す。
ちなみにリーゼは今絶賛爆睡中だ。
まだ消耗しているのもそうだし、アルの関係で深夜に起こしたせいもありそうだ。こいつ夜はホントよく寝てるし。
「む? ……なんだ、このちっさいのは…………いや、まさか………………え……」
「本人曰く、緑精らしいぞ。詳しいことは俺もよくわからんが、俺たちの認識だと妖精ってことでいいんだろうな。
こいつ、リーゼっていうんだけど、どうも俺の魔力で顕現してるらしくてな。
たぶん本来は強力な魔法なんかも使えるんだろうけど、今は俺の魔力がショボイからとかなんとかでヒールくらいしか使えないんだと」
「妖精…………いや、しかし確かにこの風貌は……む、ベネットよ。お前すごいのを連れていたのだな」
クレアが冷や汗垂らしてむむむと唸っている。
やっぱりヤバイ奴なんだなリーゼって。
「リーゼを知ってるのはアゼルとアルだけだ。レティには教えて構わない。
あとは他言しないでいる方が無難だよな」
「そうだな。まぁよほどのことがない限り妖精が他人に見えたりはしないだろうから問題はないだろうが……。
ベネットもほいほい他人に見せようとするなよ。
研究者や好事家など、冗談抜きでお前を殺してでも奪い取る者がいてもおかしくないからな」
「そこは俺も気をつけるよ。信頼できる奴にしか言うつもりもないし」
「そうするがいい。
……しかしなるほどな。いきなり回復魔法など習得していておかしいとは思ったが、こういうことだったのか」
「そ。だから俺自身は変わっちゃいないんだ。
クレアやレティはちゃんと強くなってたのにな」
クレアは攻撃魔法の強化のみならず、補助魔法も扱えるようになっていた。
レティは弓を強化する魔法や補助魔法、攻撃魔法も会得していた。
アゼルは底がしれないところがあるけど、学校での対人戦を通してみるだけでも動きのキレが初めて戦ったころとは違ってきている。
無論、俺も学校での修練を通して強くはなっているだろうが、その成長は大分緩やかだ。
それこそ俺自身が回復魔法でも使えるようになっていれば肩も並べられただろうが。
「クレアも見ただろう。ブルベアーが複数襲ってきたときのザムディンさんを。
冗談みてぇな強さでブルベアーを圧倒してた。
頼もしかったよ、あの人の背中は。
俺は安心しきって戦闘中だってのに落ちちまった。
もしも俺があの人くらい強ければ、あんな大変なことにはならないで、余裕をもって終わってたことだよな」
言いながら自己嫌悪の念がわいてくる。
他人の力を羨ましがって、それが向上心にはなっていない。
これじゃあ思い通りにならなくて、いじけてるガキそのものだ。
「……確かにザムディンは強かったな。アゼルも他の冒険者たちもだ。
彼らは私たちとはレベルが違った。だがな」
クレアが立ち上がり前を向く。
「もうお前もわかっているだろうが、私は自分でも無茶を言うと思っている。
こんな私に付いてきてくれるのはレティだけだった。
しかし、お前はラッシュボアのときも、昨日のオークの群れのときも逃げなかった。
実力から言って逃げても恥ではなかった。むしろ逃げることが正解だったろうにな」
「そりゃお前がやる気満々だし、レティも同意していたし……」
「そんなことは関係ない。お前があの場に残ったことがすべてだ。
……自分の背中を見ることはできんからな。お前にはわからないのかもしれない」
クレアが俺の後ろに回って座った。
「魔力が尽きて何もできずに見ていることしかできなかった私が、お前の背をどれだけ心強く思ったか。
ブルベアーが複数出てきたときなど、私は呆然とすることしかできなかった。
決して逃げ切れないであろう相手に、お前は私たちを連れて逃げた。
勝つことなど到底できなかっただろうに、それでもお前は立ち向かったのだ。
お前は馬鹿ではないのに馬鹿なんだ。大馬鹿者だ。
私はな、ベネット」
背中に何かが当たる感覚。
クレアが背をあずけてきて、穏やかな声で俺に言う。
「……強くなってみせるぞ。回復魔法も扱えるようになる。上級魔法も習得するし、ブルベアーなど一撃で屠ってくれる」
こつん、とクレアの頭が俺の頭に当たる。
「そうして強くなって、どこかの馬鹿の背中を護ってやるのだ」
「………」
何も言えなかった。
ああ、こいつは本当に底抜けに前を見て走ってる奴なんだ。
中堅やベテランハンターのような目に見える強さでないが、クレアは確かな強さを持っている。
それこそ、誰にも負けないくらいの。
だから俺は……、
「クレア」
「なんだ」
「気を失う前に見たザムディンさんは、本当に頼もしかったよ」
「そうだな」
「すげー強かった。俺じゃ到底かなわないと思ったよ」
「そうか」
間近で見た強さに憧れ、自分の無力を不甲斐なく思う。
不甲斐ない。悔しい。
……そうか、俺は悔しかったんだな。
自分の力では、どうにもならなかったことに。
他のハンターならば、それができたことに。
「……クレア。俺、強くなるよ」
「ああ」
「強くなって………………強くなるよ……」
後悔しないように。
他人じゃなくて、自分の力を信じられるように。
お前と胸を張って肩を並べられるように。
俺はもう……弱いままでいたくねぇ。
「楽しみにしているぞ」
それは小さな子供のように本当に楽しそうな声で。
背中に心地よい温かさを感じながら、俺は今後のことに胸を馳せた。