第25話 月夜に会おう
フレアファストの街に戻ってきて、まずはギルドに顔を出す。
何人かの顔見知りのハンターに聞いてみたが、俺たちが街を出たあとにアルを見た人はいなかった。
俺たちがよく集まる喫茶店をはじめ、メイン通りを何度か歩いてみるがアルは見当たらない。
すべての宿屋をまわって、念のため図書館などの街の施設も行ってみたがアルはいなかった。
「……ここにもいないか」
俺は以前アルに連れられてきた、イルスミスの丘に来ていた。
黄昏時にこの丘から街を一望すると、なんだか胸を締め付けられるようだ。
アルはこの景色がいいと言っていた。
あのときのアルは、うまくは説明できないがとにかく妙だった。
「……とりあえず戻るか。アゼルも帰ってきてるかもしれないしな」
一度だけ丘を振り返り、俺は冒険者学校の寮へと戻った。
真っ暗になるころ寮に戻ると、管理人に呼び止められ手紙を渡された。
管理人に経緯を聞いてみると、少し前に女性のエルフが来て俺に渡すよう頼まれたそうだ。
手紙には、『日が変わる頃、丘で待つ』とだけ記されている。
部屋に戻るとアゼルはすでに帰ってきていた。
クレアやレティも無事目を覚まして帰ってきたらしい。
俺は迷った末、アゼルに手紙のことは話さず、ベッドに入り約束の刻を待った。
そして俺はアゼルを起こさないようにこっそり寮を抜け出して、イルスミスの丘に来ていた。
「待ったか」
丘に立つ人影に声をかけると、そいつが振り返った。
「そうでもないよ。今来たところ」
月明かりだけでは暗くて表情はよくわからない。
「今日はごめんね。勝手に帰っちゃって。ちょっといろいろとね……急用が出来ちゃって」
「アルが村に走ったから俺たちは助かった」
「……ベネ君」
「俺は探り合いするつもりはねーよ。
アル、俺はお前があの状況で仲間を放り出してどこか行く奴だとは思ってねえ。
何か俺に話せないような理由があるんだろ。
だったらそれでいい」
「……え?」
「でも勝手にいなくなるのはやめてくれ。
せめて誰かに伝言頼むとかしてくれよ。
こうやって会えて、実のところ俺は結構ほっとしてんだ。
もしかしたら姿が見えないのは、魔物にやられちまったんじゃねーかとか変な考えがよぎっちまったからな」
「……何言ってるんだよ」
「そりゃお前ならそこらの魔物相手にやられることはないだろうけどさ。
ブルベアーなんかと鉢合わせしてないとも限らないだろ。
あれを単独で倒すのは俺たちにはきついぞ」
まぁ、アゼルの奴ならなんとかしちまいそうだけどさ。
現に俺の助けに入ったときも魔法で一撃だったしなぁ。
「私は許さない」
「……あ?」
許さないって何がだよ、と口にする前にアルが激昂した。
「ベネ君は何言ってるんだよ!! 私なら絶対許せないよ!!
死んじゃうかもしれない戦いしてるときに一人いなくなって!
村にいるハンターに声をかけたらそれっきり? そんなのふざけてるでしょ!! そんなのだれが仲間だって認めるんだよ!!!」
「アル……」
「仲間の無事も確かめないで、のうのうと消えてなにやってるんだよ!!
そんな奴、私だったら出会い頭にぶん殴ってるよ!!!
金輪際絶対にパーティなんて組まないよ!!!
どんな理由があろうが私なら絶対に許さない!!!」
「………」
「……そんな奴…………これっぽっちも信頼できないじゃない…………そんな奴……仲間なんかじゃないよ……」
アルは俯いて、絞り出すように言った。
アルの言うことはもっともだった。
「俺もそんな奴には一昨日来やがれと頭に蹴りくらいは入れてるだろうな。そいつが俺の全然知らない奴ならな。
で、そんな奴がアルだっていうなら、俺は信じてみるさ」
「……なんでだよ。そんなのおかしいよ」
「仮に、もしも今回の戦闘でだれかが死んだり、治療できないような怪我をしてたりしたらわからんけどなぁ。
でも結果的に何もなかったんだしいいんじゃねーか。
アルとも、こうして話してわかったことだってあるんだし」
「なにが? 私は何ひとつ話してないじゃない……」
「理由に関してはな。
でもなんらかの理由が『ある』ってことに関しては充分わかった。
ならそれでいいさ。あとは今までのアルを見てれば、少なくとも俺にとってのアルは信頼に足るさ」
本当に面倒臭いやつだ。
普通に考えれば、はいさようならが一番利口なのかもしれない。
でもしょうがないだろ。
まだまだわからない部分ばかりだけど、それでも俺はアルを知っちまったんだから。
厄介事程度ならしょうがねぇかって思えるくらいにはな。
「そういやアルには話してなかったけどさ、俺には今妖精がついてるんだぜ。
冗談だと思うだろ? でもマジなんだよなぁ。
……なぁ、リーゼ? まだ姿は見せられないのか?」
呼びかけると、俺の目の前にリーゼが現れた。
無事なことにほっと一安心だ。これでアゼルに〆られなくてすむ。
「……なんじゃ、夜は眠る時間じゃぞ。
用件は朝になってからにせい」
「いや、ちょっとな。急遽お前を紹介しておきたい人が、というかエルフがいてな」
「はぁぁ? ……こんな時間によりにもよってエルフとかヌシ、大概にせえよ。
あれだけ酷使しておいてこの仕打ち。ヌシよ、少しはワシを大事にする考えには至らぬのか?」
「まぁまぁ、今度リーゼが食いたいって言ってたタルト買ってやるから」
「む。一番高いモノなら許すのもやぶさかではない」
値段で決めるなよ。見た目通り小さい奴だなこいつは。
「へいへい、それでいいよ。
……っつーわけで、アル、こいつが見えるか?
妖精様は騒がれるのが好きじゃないらしくてな
エルフにとってはすんごい存在なんだろうけど、見た目通り適当に接してくれるよう心がけてくれ」
「見た目通りでは、ワシの美しさにやはり平伏してしまうのではないか」
ふふんと腰に手をあてて胸を張るちっさいのは無視しよう。
「リーゼの存在を知っているのは、アルの他にはアゼルだけだ。
まぁクレアやレティにも話そうとは思うんだけど、クレアが口滑らしそうで心配でさ。先延ばしになってる。
リーゼのことは今のところ口外するつもりはないんだ。
だから、一応俺が本当に信頼できる人にしか言うつもりはない」
これで、俺の言葉が口だけじゃないことは少しは伝わっただろうか。
アルは、リーゼを見て驚きの表情を…………あら? あんまり驚いてない?
「……べネ君は馬鹿だなぁ」
月明かりでもわかるくらい、アルは嬉しそうに笑っていた。
◇ ◇ ◇
べネ君と初めてちゃんと会ったのは、ラッシュボアとの戦闘のときだった。
守ってもらってちょっとだけカッコいいなと思った。
我ながら単純だなって思うけど、だって今までそんな経験なかったんだから仕方ないよね。
でも本当はその前から知っていた。
元気な子だなぁって思ってた。
あと、種族について全然気にしてなかったことが印象深かった。
冒険者学校の子たちは皆が変に騒ぐようなことはなかったけど、やっぱり最初の反応は敵意とまではいかなくても困惑した感じは見て取れたのに。
べネ君にはそういったところは本当に何もなくて、ただ自然体だった。
そのうち変わった子なのかもしれないということがわかった。
傷を負っても、いつの間にか回復している。回復魔法を使用している様子はない。
最初は気のせいかと思ったけど、ラッシュボアとの戦闘でそれは疑惑にかわった。
イルスミスの丘に連れてきたときは、確信に変わっていた。
私はその不思議な力が、私たちのことを解決する糸口にならないかと考えた。
だから本当はイルスミスの丘で聞き出そうとしたんだけど、できなかった。
何から何まで話したら、もしかしたら彼との冒険は終わってしまうと思ったから。
でも、もういい。
本当にこれで終わってしまっても後悔しない。
ううん、後悔はするかもしれないけど、このまま何も言わずにいる方が絶対に後悔する。
だから…………ごめんね、兄さん。
私これ以上、黙ってられないよ。
◇ ◇ ◇
「べネ君は馬鹿だなぁ」
月明かりの下、アルが俺から一歩離れる。
「そんなのだから……私の調子も狂っちゃうんだよ」
さらにもう一歩離れて、アルは胸に手を当てる。
「……アル?」
「ねぇ、べネ君。私には何言っても構わないよ。でも……」
アルの姿が急激に薄くなっていく。
「……おい!」
血の気が引く。
リーゼが消えたときと重なり、俺はアルに近づこうとするが、
「兄さんには、ひどいこと言わないで欲しいな……」
薄くなるアルとは別の姿が形作られていく。
そうして唖然とする俺の前にいたのは、
「……ふぅ。もしかしたらこうなるかなとは思ってたけど、本当にやるとはね」
困った顔で笑うハーフエルフの少年、アゼルがいた。