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第23話 前を向こう

 ブルベアーの額から剣を抜き取る。

 ブルベアーは何の反応もしない。完全に息絶えていた。


 ……こんな化け物、よく倒せたもんだな。

 さっきのバースト・フレア、すげー威力だったもんな。こいつが軽々吹き飛んでったわ。

 レティの奴、クレア並みの魔法を習得していたのかよ。


「レティ! レティ!?」


「これは平気よ。だからクレア、今は私に触らないでね」


「れ、レティ!?」


 俺はレティ達の方へ駆け寄った。

 二人とも地面に座っているが、レティは両手をクレアとは反対方向に隠して、クレアは若干涙目になっている。

 レティは強力な魔法の反動なのか、両手がところどころ黒く変色していた。


「おいおい、その手大丈夫なのかよ」


「ええ。まだ制御があまり効かないの。おかげで魔力も空っぽよ。

 近距離でしか撃てないのに威力を抑えきれなくてね。

 傷は回復魔法で十分治るから心配しないで」


「そうか……あぁ、悪ぃ。

 その、俺も魔力切れでな、今は魔法使えねぇんだ」


「あら残念ね」


 さして気にしてもいないのか、レティは軽い調子だ。


「いろいろと聞きたいことはあるけど、今は戻りましょう。

 さすがに限界。ベネットもロクに戦えないでしょ。

 こんな状態じゃ弱い魔物相手でも危険だわ」


「だな。クレア、もう歩けるか?

 疲れてるとは思うが、レティの方が重傷だぞ」


「ちょっとあなた、私を背負う気? 面白いジョークね」


「ならさっさと立ってくれよ……あぁ! 悪い無理矢理立ち上がろうとしなくていいから!!」


「無理じゃないわ……ほら……平気じゃない」


 レティは確かに立ってはいるものの、生まれたての小鹿のようにぷるぷるとしている。

 さすがに表情に余裕もない。


 こんなんで歩けるわけねーのに、なにしてんだよレティは。

 それとも俺のことよっぽど嫌いなの?


「わかった、俺が悪かったから。

 ほらクレア、お前もレティに言ってくれよ」


「………」


「クレア?」


 クレアは地面にへたり込んだまま、ブルベアーの方を見ていた。


 Bランクの魔物を討伐できたことに放心して……という感じではない。


 無意識にクレアの視線の先を追う。

 大量のオークの死体があり、木々が生い茂っていて……その奥には………………奥には………………。


 蠢く黒い影。


「きゃ!? な、なに!?」


「………」


 俺がレティとクレアを肩に担ぎ上げると、レティは意外にも可愛らしい悲鳴を上げた。

 平素ならからかってやりたいところだが、今はその余裕はない。まったくない。


 ……ちくしょう。

 ちくしょう! ちくしょうちくしょう!! ふざけんなよ!! なんだってんだよ!!!


 内心が憤りで満たされていく。

 いくら女とはいえ、肩に二人も担いでたら走るのも楽ではない。すぐに限界が来るだろう。

 理性ではわかっている。それでも俺は止めるつもりもないし止まることもできなかった。

 ただひたすらに走る。

 少しでも長く距離を稼がなくてはならない。

 頭の隅の冷静な部分が、絶対に追いつかれると理解しているにもかかわらず。


「ちょっとベネット! 一体どうしたっていうの!?」 


「ブルベアーだ!! 複数見えた!!」


「……え?」


 それきり俺は脇目もふらず走り続ける。

 止まることなんてできはしない。

 たった1体でもあれだけ苦戦したのだ。

 それが今度は複数。勝てるわけがない。

 逃げ切れぬことなどわかっている。

 だが、ハナから勝てないとわかっている戦いに身を投じるほど俺は馬鹿にはなれなかった。




 ◇ ◇ ◇




 ……どれほど走っただろう。

 数分、いやもしかしたら数秒のことだったのかもしれない。

 とにかく終わりは訪れた。

 夢中で走っているにも関わらず、それでも俺の後ろには嫌でも感じる強大な魔物の気配があった。


 ちくしょう、ちくしょう!! ふざけんなよ!!!


 俺は二人を落とすように地面に転がす。

 軽くなった。嘘のように手足が動く。これならもっと速く走れる。限界だと思ってた体力が回復でもしたようだ。

 頭の片隅が余計なことを考えている。


 やめろ、戻れ、ダメだと。


 それへの返答はたった一言で済む。


「うるせぇ」

 

 土台無理な話なのだ。

 単独で逃げる足すらないのにどうやって人を二人も担ぎながら逃げ果せるというのだ。

 生き残るためには犠牲が必要だ。

 だからこれは仕方のないことなのだ。


 ブルベアーが迫ってくる。

 クレアとレティを振り返ると、立ち上がることもできずにいた。


 きっとどうにもならない。

 ンなこたぁわかってる。

 俺自身馬鹿なことをしてると思ってるし、なんでこうしたのかなんて本当のところ自分でもよくわからない。


 だが、他にできることなどなかったのだ。


「おら、来いよ。森のくまさん」


 精一杯の虚勢。

 迫り来るはブルベアー4体。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 重い体を跳ねるように疾らせ、ブルベアーの1体が咆哮する。

 意味の無いはずの咆哮が、俺を地に釘付けにしようとする。

 がたがたと震える剣を向けて、俺は吼え返す。


「まとめてぶっ倒してやるよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 俺は剣を引き絞りブルベアーを迎え撃つ。

 咆哮したブルベアーの右手が俺の顔面に迫る。

 浅く躱しながら俺はカウンターで額へと剣を突き刺した。


「がぁああああああ!?」


 捨て身の一撃をブルベアーに与えたものの、突進の勢いをまともに受け俺は派手に吹き飛ばされた。


「……くそっ!!」


 どうにか起き上がるが右手の感覚が鈍い。まともに剣は握れそうにない。

 まぁ剣はブルベアーに深く刺さっててすぐには抜けそうにないんだが。


 目の前には2体目のブルベアーがせまっている。

 せめてこいつにもカウンターで蹴りをぶち込もうと低く態勢を取り……、


「アイシクル・スピア!!」


 突如その頭に凍れる槍を生やしたブルベアーは、バランスを崩して倒れ地を転がった。

 さらに続いてきたブルベアーどもに、ガタイのいい男が接敵して馬鹿でかい槍をブン回す。

 ブルベアーの重量感をまるでお構いなしに、冗談のようにまとめて薙ぎ払った。


「無事か、ベネット!?」


 後方から来た少年が俺を支える。


「……アゼル?」


「よかった、話はアルから聞いた!

 他のハンター達もすぐにかけつけるよ!」


 ……そうか。アルの奴、間に合ったのか。

 あいつやっぱり足速ぇな。


「うおおおらああああああああああああああああ!!!」


 槍を持ってる男がブルベアーの喉に突きを入れる。

 槍をくらったブルベアーはのたうち回っているが、もう1体が男に迫る。

 ブルベアーの振るう腕を男は躱し続け、殴って反撃するが有効打は出せずにいる。


「つか、あれザムディンさんじゃねぇか……マジで強ぇのな……」


「それでも素手じゃ分が悪いみたいだね。加勢してくるよ」


 駆け出したアルの背中を見て俺は膝をつく。

 気力も体力も限界だった。


 二人の背中の向こうには、さらにブルベアーが数体見える。

 それを最後に俺の意識は沈んでいった。

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