第21話 殲滅しよう
オークの囲みを突破した先で俺が目にしたのは、クレアが両手を空に向けて魔力を解放する姿だった。
「フレア・サークル!!!」
魔法の発動と共に、俺の周囲一帯が紅く燃え上がった。
この開けた場所の半分以上が炎に包まれている。
ゴゴァァァッァアアアアアア!?
燃えがる炎の中で、オーク達は苦悶の叫び声をあげ、なりふり構わず暴れまわっている。
「ふはははっははははっはは!!!
どうだオークどもめ!!!
わが秘術、わが結界術の中で私に歯向かったことを後悔し苦しみながら逝くがよい!!!」
クレアは魔法を維持しながら、どこぞの魔王みたいなことを豪語していた。
……つか、俺も一緒くたに燃やされてるんですけど!!
何考えてんのクレアさんッッ!!!
俺は慌てて炎から逃れるように移動するが、マジで一帯が炎の海でまともな場所なんてありゃしない。
速攻で燃やし尽くされるほどの燃焼性はないが、このまま黙っていればオークや人間相手ならいずれ息絶えることとなるだろう。
「ベネットよ。何をバタバタしておる。
あやつがなんのためにヌシに補助魔法をかけたと思っておるのじゃ」
……は? 補助魔法…………ああ!!
そういや最初にクレアにフレア・ブレスって魔法をかけてもらってたんだっけ。
炎系を始め、魔法への耐性効果があるんだよな。身体強化の効果で感心してすっかり忘れてたわ。
なるほど。落ち着いてみれば確かにフレア・サークルによる炎で熱さは感じるけど、決して我慢できないほどではない。
はは、うっかりうっかり。
「……ヌシは本当に……はぁ」
うっ、リーゼがでかいため息ついてる……そりゃ、あきれる気持ちもわかるけど、それだけ必死だったんだって俺も!
「しかしこの魔法、なかなか面白い特性もあるようじゃな。見よ。」
リーゼの指す方には、数体のオークが炎から逃れようと結界の外へ出ようとしていた。
しかし炎が噴き出す場所と効果のない場所の境界線には紅き壁で遮られているようで、オーク達はドンドンと殴ったり体当たりをして破壊しようとしている。
1、2度の攻撃ははじき返すものの、数度の衝撃で壁にヒビが入っていた。
「あれまずいんじゃねーか!? あそこから一気にオークが溢れ出るぞ!」
「まぁ待て。あれはレティに任せておくのじゃ」
レティはすでに弓を構えて狙いを定めていた。
……いや、あの矢は実体じゃなくて矢自体が魔法なのか?
緑色の矢からは溢れでた魔力が視認できているかのように、ゆらりゆらめいている。
「ウイング・ショット!!」
レティの魔法による矢が発射される。
矢は直線に進み3本に別れ、紅き壁を通過して狙いたがわず炎に苦しむオークへと突き刺さった。
発動までの短さを考えると感嘆すべき魔法だが、特筆すべきはそこではない。
「……壁を素通りした?」
「この結界術は魔法による干渉を受けないのだろう。
のんびり中にいればこんがり焼けるか、遠距離の魔法で狙い撃ちじゃな」
この広大な範囲魔法でかなりエグい効力だが、結界自体の耐久性はオークの数発の攻撃で破壊されそうだったしそれほどではないようだ。
「そして今は炎に耐性のあるヌシが内側におる」
なるほどね。こりゃ形勢は決したな。
俺は結界内にいるオークを片っ端から狩っていった。
◇ ◇ ◇
広場には斬られ、射られ、焼かれたオークたちが転がっている。
今は森の奥からオークが出てくる気配はない。
「ふはははは! どうだベネットよ、私のとっておきの結界魔法は!!」
「……お前には驚かされることが多いけど、今回は度肝抜かれたよ」
「そうだろうそうだろう!!」
クレアは満足そうに草の上に大の字に転がっている。
フレア・サークルの維持に全魔力を消費したのだろう。ロクに動けないようだ。
「結界にさえ閉じ込めちまえば、勝負ありだもんな。
この場に残るって聞いたときはアホかと思ったけど、今なら理解できるわ」
「ふん。この私があの程度の敵に退くわけにはいかんからな!」
こいつ寝っ転がりながらでも器用にふんぞり返ってやがる。
まぁ確かにそれだけのことはしたけどな。
俺にかけた補助魔法しかり、クレアは確実に強くなっている。
「レティも、見事な魔法の矢だったな。
いつの間にあんなの使えるようになってたんだよ」
「もともと矢が尽きても戦えるように、なんらかの攻撃手段を考えていたのよ。
まだまだ普通の攻撃魔法は慣れないけどね」
慣れないってことは、一応はもう使えるってことか。
こりゃ本当に俺もうかうかしてられねぇな。
俺自身、冒険者学校で教わっているおかげか剣自体は以前よりも洗練されてきてるけど、劇的に何かが変わったということはない。
二人の成長を見てると、そんなんじゃダメなんだと思い知らされるな。
「それよりもベネットこそどうしたのよ。
回復魔法を使えるようになってるなんて。
あなたみたいな前に出て戦うタイプにはうってつけでしょうけど、回復系統は一般的に通常の魔法よりも修得が難しく扱える者も少ないのに」
え?
レティの言葉に一瞬だけ俺は石になり、
………………ああ!! やべぇ、ピンチだからってなりふり構わずリーゼに回復させまくってたっけ!!!
しまったぁぁ!! もうポーション飲んでたとかで誤魔化せるレベルじゃないよな。
現に今も俺はリーゼに回復してもらった後で無傷じゃん……。
「私の魔法が一番の功績であったことに疑いの余地はないが、ベネットの引き付けも見事だったぞ。
最初はオークに囲まれてすぐにやられてしまうのではないかと思ったがな。
隙あらば回復して突撃する姿はこのような事態でもなければ見とれてしまうほどだったぞ!」
「お、おう……それほどでもないぜ…………」
「何を言う! 私もまだ回復魔法は修めていないのだ!! 存分に誇るがいい!!」
……うう。
クレアの賞賛が俺を抉る。
リーゼの存在を素直にゲロった方がいいんだろうか。
いや、御伽噺のような存在について言うよりかは俺が魔法使えるようになったとした方が騒ぎはないか。
でも下手に誤魔化して回復魔法を使ってみせろと言われても困るぞ。どうしたもんか。
「ベネット。ベネットよ」
「なんだよ。今お前のことで悩んでんだぞ俺は」
「しかし二人がのう……」
二人がどうしたんだよ。
「だいたいクレアはいつも無茶しすぎなの。
今回だってベネットが敵を引き付けて時間を稼いでいなければ、勝負にならなかったのはわかるでしょう。
あなたの結界魔法は効果範囲こそ広大だけど、耐久性や威力、なにより発動までの集中時間が掛かりすぎるもの。
それに使えばそうなるし」
レティが寝っ転がるクレアを見てため息をつく。
「な、なにおう! 大魔法というのは全精神力を余すことなく使うものなのだから仕方ないだろう!!」
「悪いとは言ってないわ。私はもう少し考えて欲しいだけよ。
今回はたまたま噛み合ってなんとかなっただけなの。
いつもいつもうまく行くわけじゃないんだから、少しは慎重になることも覚えなさい」
「ふん、私が臆病風に吹かれることなどないぞ!」
「そういうことを言ってるんじゃないわ。……もう」
片手で頭をかかえるレティに、クレアがふくれっ面をしてそっぽ向く。
難敵を倒したっていうのに二人でなにしてんだか。
「とりあえず村に戻らないか。アルにもなんとかなったって伝えないと。
大事になってるかもしれないぞ」
「……そうね。お話はまたあとでね、クレア」
「いいだろう。私は逃げも隠れもしないぞ」
バチバチと視線をかち合わせる二人。
もう付き合うのも面倒だし先帰ってていいかな。
「……ぬ……ちょ、ちょっと待て!」
「なんだよ。早く帰ろうぜ。さすがに街まで一気に行く気力ないし村でちょっと休みたいんだけど」
「それはいいが……その、だな……」
クレアは寝っ転がったまま頬をかき、半笑いしてあさっての方を向いている。
レティはつんとした態度であきれを隠さない。
「歩けないんでしょう。私は運ばないわよ」
「な……!?」
「少しは反省なさい。それにいつも練習で気力尽きるまでやるから本番でもこうなるんじゃないの。
クレアはいろいろと加減を覚えるべきよ」
レティが本当に歩きだしていってしまう。
ショックで(あと疲労で)動けないクレア。と、俺に無言の訴えをしてくる。
「………………」
「………………」
まぁ俺しかないよね、この状況。
どうせならクレアの補助魔法の身体強化効力が残ってりゃよかったんだけど、さすがにもう切れてしまっている。
人を背負って歩くことが、そこまで重労働ではないと祈るほかない。
「んじゃ適当に乗ってくれ。とっとと帰ろう」
背を向けてしゃがむと、クレアは存外素直に俺の肩に手をかけて体重をあずけた。
「よっと」
一息で立ち上がり、数歩歩いてみる。
うん、これなら問題なさそうだ。
村で休めば街まででも行けそうだな。
「……世話をかけるな」
しゅんとした声色に俺は思わず苦笑する。
「そのくらい殊勝な態度してればレティだってああは言わんだろうに」
前を歩くレティは、時折チラッとこちらを確認している。
なんだかんだ言ってクレアに甘い奴である。
「そんなこと…………も、あるかもしれんが……」
「クレアの物事に取り組む姿勢は俺もいいと思うけどさ、レティの気持ちもちゃんと考えろよな」
これくらいのじゃれ合いなら問題ないけど、下手にこじれでもしたら困ってしまう。
あれで案外レティも引かない性格なのかもしれない。
「……わかった」
多少不満はあり気だが、返事するくらいなら大丈夫だろう。
「ヌシ、そうしていると、その娘の世話係かなにかのようじゃな」
ほっとけ。
ちょっと納得しそうになるだろ。
「さすがに今回はワシも疲れたぞ。もう今日は魔法は打ち止めじゃ。はよぅ帰って休むのじゃ」
これを俺の頭の上でゴロゴロ転がりながらぼやくのだ。
今って休んでないのかよと盛大に突っ込みたいと思いません?
「なぁなぁベネット。レティに背負われるよりも揺れないしなかなか快適だぞ。
あと、なんだか眠くなってきたのだが寝てていいか?」
「いいけどうっかり森の中に置いてったらすまんな」
「怖いこと言うな!! ……なら急に黙らんで何か話さんか」
「何か話せって改めて言われると意外にハードル高いよな。じゃあクレアから話題提供してくれよ」
「む。ならばお前が会得した回復魔法のコツを教えるのだ」
「……このオーク共の討伐報酬どうするか。
これだけの部位の回収はさすがに重労働すぎるし、ギルドに戻ってから事情を説明してもらえる分だけもらえばいいよな」
「露骨に話を逸らすな! 魔法のコツくらい教えてくれてもいいではないか!
ケチケチするな!!」
いや、俺もケチで話さないわけじゃなくて、がんばっても使えねぇんだから話せないのだよ。
「クレア、寝てていいぞ。村に着いたら起こしてやるからおやすみな」
「ふざけるな! そこまで言うならお前が話すまで私は眠らん! 絶対に離れたりせんぞ!!」
おいおい、困ったな。
こうなったら適当に話しを合わせてもいいんだが、クレアは魔法に関しては特に真摯だ。
そんな奴に下手なこと言って徒労させるわけにもいかん。
……ああ、そうか。リーゼにコツを聞けばいいんじゃないか。これなら嘘にならんしな。
俺は頭を少し揺らしてリーゼに合図を送る。
あれ、反応ないな。ていうかもう頭に乗ってない? どこ行った……?
「ベネット、避けろ!!!」
声に反応して反射的に右に跳ぶ。
直後、衝撃波のようなものが俺達のいた空間を高速で抉るように通過した。
俺は急に跳んだせいでバランスを崩し、クレアと共に転がってしまう。
……おいおい、リーゼの警告がなければかなり危なかったぞ!
立ち上がり振り返ると、そこには予想をし得なかった魔物がいた。
2メートル級の熊のような魔物……ブルベアーだ。
「……冗談じゃねぇぞ、マジで」
「無事かベネット!?」
「無事だけど無事じゃなくなるやつだろ、これ……」
魔物は1体。ただしブルベアーはB級ランク。
オーク程度では束になっても勝てない相手だった。