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第13話 契約をしよう

 小さな人、体長は手のひらサイズ、が俺の目の前にいる。

 サイズからしても普通じゃないが、もっと端的に異常なことがある。

 そいつは浮いていた。

 翠色の長髪を垂らし眠りながら空中を漂っている。


「アゼル、こいつはなんなんだ?」


 天使か悪魔か、はたまた魔獣か。

 でも見る限りそのどれも外れなような気が……。


「は……まま、まさか本当に……? なぜこのような場所に……くっ……なんという……」


 えと、おーいアゼルさん?


 なにやら一人で勝手に納得して違う世界に旅立ってしまっていた。

 当然俺にはなんもわからん。


 仕方なしに俺は漂う小人に視線を戻す。

 そいつはやっぱり浮いている。

 空を飛ぶ魔法はあるにはあるが、制御が非常に難しく扱い手は極々僅かのはずだ。

 それをこいつは眠りながら使用しているのだろうか。

 背中には小さな羽が4本生えているが、それはまったく動いていないので羽で飛んでいるということはないのだろう。


 よく寝ているようだが、とりあえず起こして話が通じるか試してみるか。


「おいあんた、ちょっと起きてくれよ」


 ちょいちょいと人差し指で頬をつついてみる。


「……む……ぐぅ……ぐ……ぐぅ……」


 お、起きるかな? と思ったがまた寝たようだった。

 うむ、なんか見た目も相まって完全子どもだな。


「起きろー起きろー」


 ぺしぺしぺしぺしと人差し指で往復ビンタをしてみた。

 もちろんかなり加減はした。


「ちょおおお!? ちょちょちょっとおお!!! いきなりなにしてんのさベネット!!!」


 おおう!? いきなりアゼルがキレた!?


 突然俺の首根っこをつかんできたアゼルに、俺はどうどうと落ち着くよう促す。


「いや、こいつ起こそうと思って……」


「起こすにしてもビンタはないでしょビンタは!?

 そもそもお休みになられてるところを勝手に起こしてよいものか……」


 ああ、そうか。アゼルが俺にこいつの正体教えてくれるなら今すぐ起こす必要はないか。

 と思ったのだが、どうやら俺の指ビンタの効果か、はたまたこの騒ぎかでなのか、小人は自分で起きてしまったようだ。


「ぶぅ……なんじゃ。人が気持ちよく寝ているというに。うるさいのう」


 小人は目をこすりながら、小さいなりに大きなあくびをして伸びをする。

 まだ結構眠そうだった。


「おう、悪いな。あんたにちょっと確かめたいことがあってな。

 てか、あんた何者なの?」


「はぁ? ヌシこそ何者……うん? ううん?? …………おぉ……」


 寝起きの悪い奴が急速に覚醒していくように、小人の目の焦点があう。

 と、俺の顔を見てふんふんと頷いた。


「ヌシ、名前は?」


「俺? ベネットだけど。あんたはなんていうんだ?」


「ワシに名はない」


 小人は俺の回りをゆっくりと旋回を始めた。


「なるほど……ワシはヌシに解放されたというわけか。

 しかしヌシ、しょっぱい魔力じゃのう。極大魔法でも使った直後か?」


 ……解放ってなんだ?

 俺は特に何もしていないと思うんだが。


「あんた、起き抜けそうそう失礼すぎるだろ。まぁ魔力がしょっぱいのには俺も同意するけど。

 そんで聞きたいことがあるんだが、俺の傷が勝手に回復していることがあるんだが、それにあんたは関わってんのか?

 もしかしてあんたが俺の回復をしていたのか?」


「傷の回復じゃと?

 ……ふむ、そうか。それはちと興味深いのぅ。

 ヌシ、魔法は使えるか?」


「いやまったく使えない。

 そんで結局、あんたがその辺諸々関わってるってことで間違いないのか?」


「さて、それに確信を持って応えること今は叶わんな。

 ときにヌシ、ベネットと言ったな。なかなかによい名じゃ。

 ……先にも言ったとおりワシに名はないのじゃ。どうせならつけてくれんか?」


 にっこりと小人が笑みを浮かべる。

 姿も相まって小さな子どものような邪気のない笑顔だ。


 ……それが却って胡散臭さを倍増させている。

 さっきから微妙に人の話を聞かない奴なのも、なんだか関わらない方がよいのではと思えてくる。

 この手のタイプは経験上、自分の事情には配慮させまくるくせに、他人のことなど知らんと言った傍迷惑な態度を取る場合があるんだよなぁ。腐れ商人あるあるである。


「……名前つけると命吸い取られたりとかすんの?」


 思いっきり警戒しだした俺に、小人は若干顔をひきつらせてあきれて言う。

 

「ヌシ、ワシを悪魔かなにかとでも思っておらんか」


「え? 違うの?」

 

「たわけ。ワシは緑精じゃ。ヌシらの間では妖精とも呼ばれておるな」


「……妖精」


 妖精とは、森に宿る実態化した精霊だ。緑精が長い年月を経て力を得るとより強固に存在を確立して妖精に至る、と言われている。

 妖精の怒りをかえば、森はたちまち荒れ死ぬものとされている。

 だが、その存在を確認した者はほとんどおらずおとぎ話として扱われていた。

 昔ならいざしらず、現在で妖精を真に信じてる者など子どもくらいだろう。


「ヌシは運がいい。ワシらを観測して、ましてや話すことなど単なる人では考えられん。

 互いに生きている空間が断絶していると言っていいのじゃ。

 それを超えてワシらはこうして話をしている。ワシにとってヌシの魔力はよほど相性がいいのじゃろうな」


 うんうんと頷く小人。

 妖精かどうかはおいておくにしても、こいつが何か不可思議な存在であるのはまぁ俺も同意せざるをえない。

 浮いてるし。ちっさいし。


 ……あれ? そう言えば、俺と小人しか話してないけど、アゼルは?

 さっきの口ぶりや妙に興奮していた様子からして、何か知ってそうだったよな。


 俺は黙ったままのアゼルに向き直って……非常にリアクションに困った。


「……あの、アゼルさん。何で頭下げてるんですか?」

 

 アゼルは床に片膝を付け頭を下げていて微動だにしない。

 王宮とかのお偉いさんがいるところであれば様になるだろうが、ここは冒険者学校のせまーい寮の一室だ。

 場違いすぎて何も言えん。


「べ、ベネット……こやつひょっとしてエルフか?」


「見りゃわかんだろ。アゼルはハーフエルフだよ」


 言うまでもないことを小人はわざわざ俺に確認する。

 なんだろう、今まで不遜な態度だったけど、アゼルを見てから急に態度が変化したな。


「ワシにとってはハーフエルフもエルフも同じじゃ!」


 ごくり、と唾を飲み込む小人。

 さりげなくアゼルと徐々に距離をとっている。というか俺の首の後ろあたりに回り込んでいる。


「なんなのお前。エルフと仲悪いの?

 妖精なら森の精霊の上位種なんだろうし、森に住むエルフにとっては近しい存在なんじゃないの?」


「ワシは共に森に存在する者としてしか捉えておらぬのだが……こ奴らは違うようでのう……。

 ワシが言うよりも見た方が早いじゃろ……あまり気は進まぬが……。

 そこのハーフエルフよ、面を上げよ」


 はぁ?

 このちびっこ偉そうに何言ってやがるんだとツっこむ前に、アゼルがゆっくりと顔をあげる。


 ………。


 ちびっこの言いたいことが伝わった。

 アゼルの顔。

 かなり整ったイケメン顔に相違ないのだが、今はプルプルと震え頬が紅潮していてちょっと涙目になって鼻息も荒い。

 端的に残念なイケメンになっていた。


「私が生を受けて、これほど光栄な時間はありません。

 拝謁心より慶び申し上げます」

 

「どうじゃ? ……気持ち悪いじゃろ」


 そんな!? とショックを受けてがっくりと両手を床につくアゼル。


 なんかもう完全にキャラ変わってるだろこれ。

 ちびっこが気味悪がるのも無理はないかもしらん。


「エルフってあんたを前にしたらアゼルみたいな……こんな感じの反応するのか?」


「じゃな。森を慈しみ共に生きるエルフにとって、ワシらのような緑精はある意味で森そのものなのじゃろうよ。

 今まで何人かのエルフを見てきたが、皆同じ反応じゃったな。

 憧憬するのは構わんが、それが表に出過ぎていて何よりもまず寒気を催すのじゃ」


 ちびっこは両手で自分の身体を抱きしめるようにしている。

 ちびっこが何か言うたびにアゼルは墜ちていき、とうとう床と一体化した。


「気持ちはわからんでもないけど、そう邪険にせんでもいいだろ。

 一応慕ってくれてるのは疑いようはないわけだし」


 今のアゼルは正直俺もキモイと思うが、普段がいい奴なのは間違いない。

 この惨状を見てすべてを判断されるのは納得がいかないのだが。


「そうはいうがな。

 ヌシとて好いてもいない者から異常な好意を向けられれば今のワシの気持ちも理解できよう。

 草や木も、痩せた大地や水のない場所では育たぬが、養分ばかり雨ばかりではたちまち腐ってしまうぞ!」


「……いや、あのな。もうその辺にしておいてくれねぇか。

 傍で聴いてる俺ですら悲しくなってきたわ。

 アゼルにはキモい反応しないように言うからさ」 


 アゼルは超イケメンだしこういう気持ち悪がられる感じの口撃を受けることは皆無だったのだろう。

 うつぶせになったアゼルから陰の空気がですぎである。あきらかにオーバーキルだった。


 俺はアゼルの耳元にそっと呟く。


「聞いてたろ。なんでもいいからとにかく普通にしてろ。いいな」 


 アゼルは顔だけあげて俺を見て……「くっ!!」と意図のわからん息を吐いてから立ち上がった。


「……こほん。失礼しました。

 私はハーフエルフのアゼルと申します。

 妖精様は、名付けをベネットにさせるのでしょうか?」


 一応表面上は普通になったようだ。

 やれば出来る子である。

 よぅく見ると全身がぷるぷるしているが下手に突っ込まんほうがいいだろう。


「そのとおりじゃ。

 ベネットよ、さっさとせい」


 ちびっこも少しは安心したのか、俺の後ろから出てきて空中を浮遊して無駄に偉そうな態度に戻る。


「だから、俺はその名付け?っていうのはよくわからねぇんだって。

 あんたに名前付けるのは想像つくけど、それをすることで何が起こるわけ?

 本当に名前が欲しいだけじゃないんだろ」


「ベネット、名付けは契約だよ。

 魂と魔力の回路が繋がるんだ。さっき僕らがやったことをより強固にしたものだよ。

 だから本当に何も悪いことはないから安心していいよ。

 今までベネットが勝手に回復されていたのも、きっと妖精様の加護だったんじゃないかな。 

 妖精様はお休みになられていたから覚えはないだろうけど、それこそ無意識の行為。

 妖精様にはベネットへの悪意がないことの証明になる」


「その者のいうとおりじゃな。

 善として存在するワシと契約できるなど光栄に思うのじゃぞ」

 

 ドヤ顔するちびっこにイラっとするが、アゼルの説明を聞く限り悪い話ではないようだが……確信に変わりつつある疑惑を確かめておくとしよう。


「回復してくれてたんはありがたいけど、俺が魔法使えないのってあんたのせいじゃないの?」


「……それはヌシが未熟なだけよ」


 あきらかそっぽ向いて誤魔化そうとするちびっこ。クロすぎる。


「本当のこと教えてくれたら、すぐにでも名付けしたくなっちゃうんだけどなぁ」


「現世での存在も保てないほどワシは弱体化していたのじゃ。

 無意識のうちにヌシの魔力を制限し使用していたのじゃろ。

 じゃが契約もしていない状況なのじゃから、それはかなり非効率であったはずじゃ。

 ヌシが魔法を使えない理由はそんなところじゃな」


 ……やっぱりお前のせいじゃねぇか。


「名付けにこだわる理由は見えてきたけど、なんで俺なんだ?

 お前の言うとおり俺の魔力はしょぼいだろうし、たとえばアゼルなんかの方がよっぽど適任なんじゃないのか?」


「契約する相手に単に魔力があればいいというわけではない。こればっかりはワシ自身にもよくわからんがな。

 強いて言うならば、相性がいい、程度じゃ。気にしてもわからんものはわからん」


 意外と投げやりな感じの理由だった。

 話した感じちょいちょい生意気ではあるが悪い奴ではなさそうか。


「まぁ大体わかったよ。

 あとは気づいたときにおいおい教えてくれ。

 っつーわけで、これからよろしくな。リーゼ」

 

 いや、これからも、なのか? どっちでもいいか。


「……リーゼ。それがワシの名前か。……リーゼ、リーゼ。ふむ。ふむ、よかろう」


 満足そうに何度か頷き、リーゼは俺と目をまっすぐに合わせる。


「ワシはリーゼ。緑精のリーゼ。ベネットと共にあり森の祝福を授けよう」


 リーゼは一瞬だけ白く光り、満足げに笑うのだった。


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