第10話 未来を見据えよう
喫茶店で飯を食べてから俺はアルに連れられて街の外れに来ていた。
どういった理由なのかはわからないが、アルは食事をする前から少し様子がおかしかった。
いつも元気にしている彼女だが、気のせいか今は若干無理をして明るく振舞っているように感じられたのだ。
ここはイルスミスの丘だ。
フレアファストの街が一望できる。
日が沈んでいくのがよく見えた。
夕方のせいもあるのか、なんとなく感傷的になる場所だった。
「いい景色でしょ。こうしてみるとなんだか街が小さく見えるよね」
「そうだな。冒険者学校も何十人と人がいるのに、ここからだとすげぇ小さく思える」
山にいたころは人の家の灯りなんて見ることはなかった。
小さく見える街には、数多くの人が住んでいる。
なんだか不思議な気分だった。
「私ね、落ち込んだり悩んだりしたときってここにくるんだ。
ここから街を見てると、自分がくよくよしてることが大したことないんだぁって思えてくるの」
「アルも凹んだりするのか」
「うん。へへ、意外でしょ」
……正直意外だ。
俺の知ってるアルシェリアというエルフは、いつでも明るく笑っているような少……女性だ。
数回行動を共にしているだけなのだから、その程度の上っ面な部分しか知らない。
アルがなぜ決まったパーティ組まないのか。
なぜ森に篭っているはずのエルフが人の街に出てハンターになったのか。
そのくせあまりギルドに現れず、その間は何をしているのか。
俺は何も知らない。
「べネ君……ひとつ教えてくれないかな」
アルは表情を薄くして俺に話しかける。
彼女に纏う若干の緊張が俺にも伝わってきた。
「なんだ」
「うん。べネ君の…………今後ってどうするのかなって。冒険者学校を卒業したらどうするの?」
「そりゃハンターをやるさ。しばらくはこの街を拠点としなきゃいけないけどな」
冒険者学校は当然だが入学時に学校に支払う金が必要だ。
だが、入学前の試験を受けることでハンターとしての適正が認められれば、入学時点での金は免除される。
その後学校を卒業してから、学校、というか学校を経営しているギルドに金を収めていく形になる。
ただしこれも、ハンターとしてギルドへの貢献度を加味し、全額支払う必要はなかった。
俺のような文無しのハンター志望者にはうってつけの制度だった。
「そっか。この街に残るんだ」
「いつまでもってわけじゃねぇけどな。
この街のギルドで依頼をこなせば学校への学費も安くなってくし。何かなければ学費の返済が終わるまではいると思うぞ。
アルはどうなんだ。まだ街にはいるつもりなのか?」
「私? どうだろう。わかんないや。たぶんいるのかな……」
アル自身のことであるのに、まるで他人事のようだった。
明らかに様子がおかしい。
だがその理由を聞いても、おそらくは答えは返ってこないだろう。
言える話であれば言ってくれているのだろうから。
なんだかひどくアルが遠くにいるように感じた。
そしてそれを、俺はあまりよくは思えなかった。
「じゃあ、また冒険しようぜ」
「え」
気づくと、俺はそう口にしていた。
もともとまた時間が合えば誘うつもりではあったが、そういえば今後の約束をするのは初めてだった。
俺たちはいつも行き当たりばったりで、たまたま偶然顔を合わせたときにパーティを組んでいるにすぎなかった。
「狩りでもいい。依頼でもいい。他の連中を誘ってもいいし、またペアでもいい。
俺はまだハンター仲間少ないんだよ。アルだってそんなに多くないだろ」
「……私はベネ君と違って、結構お誘いあるからなぁ。どうしよっかなぁ。でもでもどうしてもって言うならなぁ」
さきほどまでの感傷的な態度はなりを潜め、アルはからかうような表情で俺をチラチラ見る。
俺自身軽口を叩いているし、アルもそれを承知で乗っているのだろうけど……。
なんだろう、アルの糞舐めた態度見てるとイラっとして仕方ないぞ。
「どうだろうなぁ。アルの中身知ったら相手側からは手のひら返されるかもしれんぞ。
あいつら絶対、その場でオークの肉焼いてばくばく食うようなエルフだとは思ってないだろ。
新鮮でおいしーとかわけのわからんこと言いやがって。俺だってちょっと引いたぞ!」
「わけはわかるでしょ! それにベネ君だって一緒に食べてたじゃない!」
「携帯食料の干肉じゃあ味気ないからなぁ」
「なにそれ。……ベネ君って細かいとこあるように見えて大雑把だよね」
「うぉぉい、それだけはアルに言われたくない台詞ナンバーワンだな。
俺は聞いてるぞ。
アルが薬草採取に出てたとき、毒草と痺れ草取ってきてギルドに納品しようとしたこと。
当然ご存知ですよなぁ、ギルドは薬草採取しか常時依頼に出していないことを!
エルフだっつーのに薬草に疎いって一体どういう両見なんでしょうかねぇ、しっかり者のアルシェリアさんや」
「ぐぅっ、だれからそのこと聞いたの……!!
あの時は納品に行ったら、受付のおねーさんに『これは……受領できませんね……』って申し訳なさそうに言われたんだ。
思い出すと、今でも全身が震えてくるよ……。
で、でもあれはいいの! あの後ちゃーんと道具屋さんに行って買い取ってもらったんだから!
むしろ希少な草だからって、普段の薬草よりも高値で取引できたんだよ!」
結果オーライすぎんだろ。大雑把さんに謝れ。
その後もアルとしばらくの間くだらない言い合いをしていた。
不思議と、それは悪くない時間だった。
◇ ◇ ◇
私はベネ君に向かって、目を→←のようにさせて舌を思いっきり出して別れた。
まったく、べネ君はレディーに対する扱いがなっていない! やっぱりまだまだ子どもだなぁと思う。
しかし私はその子どもに対して気を遣われてもしまっていた。
聞くべきことを聞けずにいた。
これは誰のためでもなく自分のためなのに。
それでも私は尋ねることができなかった。
結局のところ、本題とは関係のない別のことを尋ねたにすぎなかった。
あの時もそうだったが、すでに今回のことで彼が普通でないことは確信できている。
私はそれを知る必要がある。
それはもしかしたら、私の現状を打破する鍵になる可能性があるのだから。
だというのに、この体たらく。
いや、ベネ君の今後については聞きたいことではあったのでそれはそれでよかったのだけど。
「……隠していることを暴くのは、相応の覚悟が必要だよね」
私のそれが他人にバレたとき、私はその人から離れずにいられるだろうか。その人は離れずにいてくれるだろうか。
無理だ。
馬鹿馬鹿しい。考えるまでもないことだ。
……でも、あるいはもしかしたら。
仮定の話はときに終着点が見えない。
考えても結論が出ないことはわかっているのに、それでもなお私は愚かにも考えることを止めることができずにいた。