第9話 特性を知ろう
トラットリアの森にて。
今日はいつもの最寄りの狩場ではなく、若干奥へと入っていく。
オークの被害が出ている村は、フレアファストの街から森を迂回して北西方に徒歩で3時間程度のところにある。
街からは当然離れているが、村に被害があるのであればオークは森の奥地にいるわけではない。
俺たちは村までの間に位置する森を検索し、オーク討伐を果たそうとしていた。
しかし問題がひとつ。
討伐依頼の弱点だ。
それは、獲物が見つかるまでヒマだってこと。
街を出発してから2時間。
見事にからぶっていた俺たちは、もはや集中力も切れかけてぽけーっと歩いていた。
「オークって豚みたいな魔物だっけぇ?」
「その認識でおおよそ間違ってないなぁ。ただ、武器装備しているのもいるから気をつけろよぉ。
基本的に遠距離攻撃はしない傾向だけど、斧とか投げてくるかもしれんからなぁ」
「焼いたら豚肉の味するのかなぁ」
「するなぁ。前に旅商人から仕入れたときは、そんな感じだったぞぉ。
たぶん火魔法で倒したら戦闘中でも腹減ってくるんじゃないか」
「そっかぁ。じゃあ今日は豚肉だーねぇ」
と、俺はようやく魔物の気配を感じ取った。
「アル、気をつけろ。……この先にいるぞ」
小声で注意を促し、俺は木々の影から様子を伺う。
アルは頷き、俺のすぐ後ろに移動した。
先を見ると、オークはいた。こちらに向かってくる。しかも幸運なことに相手は1体だった。
背丈も2メートル程度で、でっぷりしている。平均的なオークといった感じだろう。
まずはDランク相当の魔物であるオーク自身がどの程度の強さなのか知りたかったし、単独なのはありがたいな。
「アル、俺は横に回り込んで不意をついて斬りかかる。
俺が仕留め損なったら一旦間合いを取る。そしたら魔法を撃ってくれ」
「了解」
短く会話を交わし、俺はすぐに左に回り込みにかかる。
……このあたりでいいか。
俺は音を立てないよう、忍び足でオークに接近する。
オークに気づいた様子はない。
目標とした地点で、俺は木の影に隠れてオークが近づいてくるのを待つ。
……10メートル。
……5メートル。
よし!
「せいっ!!」
オークの真横に飛び出して、渾身の力で剣を横なぎする。
と、思いの他あっさりと俺はオークの首を落とした。
……あらら。ひょっとしてオークってあんまり強くない?
Dランクなのは基本群れてるから狩りづらいってこと?
手応えがなさすぎて呆然としている俺に、アルが飛び出してきた。
「ベネ君すごーい! 一撃だったね!!」
「……完全に不意打ちできたからなぁ。それでもこんなにあっさり倒せるとは思わなかったけどさ」
「この調子でガンガン行っちゃおうよ! 今日は豚肉祭りだー!!」
能天気に笑うアルに、思わずこちらも釣られて笑ってしまう。
……って。
「どしたのべネ君? 急に真顔になって」
「アル……今度はそっちにも出番きそうだぞ」
1体とはいえ、俺は初めてのオークとの戦闘で緊張していたのだろう。
迂闊にも後から他に接近してくるオークにまったく気づいていなかった。
ゴ……ゴゴォ……ゴゴッゴ。
豚などという可愛げのある鳴き声ではない、相手を威圧するに十分な唸りだった。
奴らはこちらをはっきりと認識して獲物として定めている。
「アル、魔法の援護頼むぞ。俺だけじゃ仕留め切れねぇ」
「わかったよ! ベネ君、無茶しないでね!」
近づいてくるオークの数は6体。
幸い武装はしていないが、人よりも巨大な体躯から繰り出される攻撃はたやすく俺たちを戦闘不能に叩き込むだろう。
……スピードで攪乱して、1体ずつ斬り捨てるしかない!
覚悟を決めて、俺はオーク達に肉薄する。
オーク達が俺を攻撃する前に、一番近い奴の左腕を斬り飛ばす。
苦悶の声をあげるオークを無視して、俺は次の相手に向かう。
俺に体当たりを仕掛けようとしていたのか全力疾走で迫ってきていた。
俺はちょうどカウンターの形で横なぎを繰り出し、オークの首を飛ばした。
と、そこで俺に疑問が生じる。
あまりにもオークの抵抗が少ない。というか、ない?
いや待て。そういやオークって……。
「アル!! オークから距離を取れ!!」
俺の声にアルは弾かれたように反応して後退する。
逃げる獲物を追う悦びでも感じているのか、オークが興奮して奇声をあげる。
そう、オークは俺のことなど視界に入っていないのである。
この状況で男の俺は目に入らない。
なぜならオークにとって、女という生き物は『大好物』なのだから。
いろんな意味で大好物なのである。そりゃもういろんな意味で。
……ギルドの受付のおねーさんが言ってたのはそういうことだったのだ!
俺は慌ててオークを追うが、奴らの方がアルに近い。
ここからすべてのオークに追いつくのは難しいが泣き言はいってられん。
俺は前を走るだけの隙だらけのオークの首を狩る。
さらにもう1体を狙おうとしたとき、
「ウインド・カッター!!」
アルの魔法による風の刃が、すぱぱぱーんとオークの首を次々と宙に舞わせる。
数体のオークが倒れていくが、しかしアルに接近するオークが1体だけ残っている。
俺が左腕を斬った奴だった。
オークはアルの目の前まで接近して、覆いかぶさるように倒れていく。
まずい! アルを押しつぶす気か!?
くそ、ここからじゃ間に合わねぇ!!
オークが倒れていく中、アルは両膝を曲げて、
「パワー・アンクル!」
それは身体能力を強化する補助魔法だったのだろう。
アルはおそるべき速さで空中に跳ね上がり、オークの顎に膝蹴りを決めた。
前方へ倒れかけていたオークがもんどりうって仰向けに倒れる。
アルの膝蹴りを食らったオークは、完全に白目を剥いて泡を吹いていた。
自身の巨体が浮かぶほどの衝撃を顎に食らったのだ。無事なわけない。
「ウインド・カッター」
すぱんと、倒れていたオークの首が離れた。
清々しいほどのトドメだった。
俺は思わず棒立ちしていたら、アルと目があった。
「いえーい!!」
アルが嬉しそうに右手を上げる。
俺は若干引き攣りながらも笑顔でその手を叩いたのだった。
◇ ◇ ◇
「お疲れさまでした。次の冒険もがんばってくださいね」
ギルドの受付おねーさんは、超鋭い視線でアルが無事なのを確認すると、一転して超いい笑顔で対応してくれた。
オーク討伐の依頼を達成した報告と、Dランクの魔物の討伐報酬を受け取る。
合わせて金貨5枚。十分な成果だった。
報酬を見てアルがはしゃぐ。
「べネ君、ご飯行こう! ごっはん~」
……アルさんや。あんた向こうでオークの肉焼いて食べてましたよね。
結構いけるねぇとか言って、ばくばく食っていた。
俺ももちろん一緒に食べていたが、少なくとも俺はまだ消化し切れていない。せいぜい小腹がすいてる程度だ。
「エルフって意外と大食漢なのか?」
「ちょっとベネ君。魔法はね、すっごい集中力と体力を使うんだよ! だからいっぱい食べないとダメなのさぁ!」
「そういうもんか」
そういやクレアもあの小さな体格で割りと食べてたな。
栄養がまったく身体の成長にまわらないことに疑問だったけど、なるほど納得である。
しかし、こうしてギルド内でアルと話していると微妙に落ち着かない。
今になってようやく俺にもわかる。
ギルド内では俺たちににちらちらと目線を向ける者が男女問わず結構いるのだ。
無論、見ているのは俺ではなくアルだ。
残念ながら、受付のおねーさんが例外というわけではないようだ。
幸いなのはハンター達のアルを見る目が、受付のおねーさんみたいな変質者……異常し……ちょっとイきすぎた過保護的な目ではなく、微笑ましいものを見守る感じなことか。
俺が変につっかかられないことからも、それは明らかだ。
「ちょっとベネ君。何ぼーっとしてるの。早く行くよ!」
「ちょ、押すな押すな!」
「は!? それは実は押してくださいという伝統芸! わかったよベネ君!!」
俺が否定する前にアルはさらに全力で俺の背を押した。
案の定、俺は出入口のドアをうまく開けられず頭を強打させた。
「痛っ」
反射的に額を手で押さえると、アルも俺の背から手を離して横に回った。
「あ……。ご、ごめん……頭、大丈夫?」
「お前微妙に煽ってねぇか? ……痛ぇけど大したことねぇからいいよ。今後気を付けてくれ」
「うん、ごめんね」
しょんぼりする65歳。
ちゃんと反省してるようだし、これ以上言う必要はないか。
俺はアルの肩をぽんっと叩いて、いつもの喫茶店に向かうのだった。