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冬虫夏草

作者: 独楽

-----冬虫夏草

地中にいる昆虫の幼虫に子嚢菌などが寄生し、

地上にキノコを生じたもの。

冬越しを幼虫のまま過ごす昆虫に寄生し、

夏頃に草に変わるという意味からこの名前が付いた。


山道を一人の男が歩いていた。

年の頃は二十歳ぐらいであろうか、

背割羽織の姿で、それはおのずと侍と見えた。

山道をしかも夜に、早足で進んでいる。

それは大変危険なことであったが、

男には急がねばならない理由があった。

空には、煌々と月が照っている。

木々の合間から照らす明かりは、まこと天の助けとも思えた。


「これを内密に国もとへ」

江戸家老から直々に渡された書状には、

藩の内情にひっ迫した内容が書かれていた。

江戸詰めの侍が、参勤交代でもないのに

国元へ登るのは並大抵の事ではない。

まして書状が外部にもれる事を避けるため

関所も避けなければならなかった。

男は、素性を隠して浪人姿で江戸を出た。


今の季節は、冬

師走の声も聞こえる霜月の末だった。

歩く道もざっざっと

土の下に霜柱が立ち上がる時間らしい。

月明りに照らされて、息づく息が白く後ろに流れた。

「あと半時歩いたら、わらじを変えよう」

こんな山奥に家など見当たらないだろう。

少し休んで、朝までに旅籠に付いたら

仮眠をとるかと考えていた。

本当は、慣れない山道で

無謀な行程である、体は疲労で悲鳴を上げていた。


ふと、歩く先から少々山へ分け入った先に

ボウッと明かりのようなものが揺れた。

「このような山奥に家か?」

先を急がねばならない身でありながら

その明かりに誘われるように男は向かった。

明かりは、今にも朽ちて落ちそうな社からもれていた。

鳥居もすでに朽ちてないのか、道からも見えなかった。

社からは、明かりはもれているものの人の気配はしなかった。

「狐か狸の化かしか?」

男は、そういった類いの話は全く信じていないし

また自分が化かされるようなうつけ者とも思っていない。

居たならいたで切って捨てれば良い事と

腰の刀の鯉口を切り、一応声をかけた。

「もし、旅の者だが...今夜の宿に一晩所望したい」

中から、声はない。

男は、左手を刀に置いたまま木戸を開けた。

中は、四畳半ほどの板間で

明かりは、奥まったところに燈明皿の中の灯芯に火が付いていた。

「今まで誰かいたのだろうか」

火をそのままにして場所をあけるなど信じられない。

動物の類いが、火をつけるのも考えられない。

しかし、灯芯は長くまわりに黒いすすも出ていない。

明かりはつけられてさほど時間が経っていない事を示した。

「....面妖な」

と男は思ったが、明かりがともっているだけで

外よりもかなり中は温かく感じ、今夜は一晩ここで過ごす事にした。


男は、刀を抱えるように座って寝た。

それは、周りの物音にすぐ反応し、動けるためだ。

疲れているはずなのに、なかなか寝つけなかった。

しばらく目をつぶっていると、コトリコトリと

床下から音がした。寝た振りのまま耳をすます。

かたっと床板が外れ、底から白い手がぱたりと床から伸びてついた。

右手、左手そしてグッと体が現れた。

しかし、男は寝た振りのままなので全身がよう見えない。

起きるべきかと思った時、それの顔が耳横まで来て

「人間がおるな」と言った。

男言葉だが、女の声。だが人ではないらしい。

男はゆっくりとそれに目を向けた。

普通の人間ならば腰を抜かしていただろう。

燈明皿の明かりに照らされて浮かび上がる姿

それは、身の丈10尺はあろうか

上半身は、女性であった。

長い髪が床まで広がっている。

透けるような白い肌、手も異常に長く細い。

顔も人の顔に似せてはあるが、目が虫のようで黒く光り、白目がない。

鼻筋は細く、唇は薄く歯は見えなかったが長い赤い舌がだらんと伸びていた。

そして特徴的なのは、下半身

腰までは、美しい裸身が艶かしいが、

下半身は、まるで芋虫のように白く幾重にも波打つ様

透けるような白さが余計におぞましく感じた。

「ほう...お前はよほど肝が座っていると見えるな、私の姿を見て悲鳴をあげなんだは初めてだ」

「さあ、悲鳴を上げ損ねただけかもしれんぞ」

言いながら、男は座り直し刀の鯉口を切った。

「よせよせ。人間の武器で我を倒すのは無理ぞ」

「試してみるか?」

「否、納めよ。今宵、頼みがあってわざわざ本性のまま現れたのだ。悪いようにはせぬ。刀を退かぬか?」言いながらも化け物の存在感は、気を抜けば後ろへ飛ばされそうな威圧感がある。男は無言のまま刀を下げることもできなかった。その姿を見て、化け物の方が動いた。

背を向けたのだ。

油断させるためかといぶかしんだが、化け物は背中にかかる長い髪を丁寧にかきあげて言った。

「地中深く住むと目が利かぬ。背中が痒くてたまらんのだ。看てはくれぬか?」

「そう油断させて捕って食うのではないか?」男は聞いた。

「はっはっは…食うならばとっくに食っておる。お前が寝ていた下から突き上げればイチコロであっただろう?」化け物は耳まで裂けるかと思うほど口をニヤリと歪めた。

「では、お前がその向きのまま我外に逃げればどうする?」男は再び聞いた。

「愚かと言うさ」化け物が言ったとたん背後の木戸がバタンと音がした。

閉じてあったはずと見れば、明かりは届かず外からの詳細もわからない。

どうやら化け物は、外にも通じる力があるようだった。

「では、言う事を聞けば無事に帰してくれるというのか?」

「それだけではない。褒美も取らそうぞ」

化け物は、自分の手を床下に潜らせ、がさがさと何かを探すと

社の中へそれを放り出した。

がしゃっと金属が重なり擦れる音、そして袋から覗く黄金色から巾着に入った小判に見えた。

男は、お金に興味は示さなかった。

この場を無事に過ぎる事が先決と思ったのだ。

家老からの直々の書状、託された信頼の方が何倍にも重い。

先を急ぐ身でありながら、我はどうしてこのような場所へ足を踏み入れたのか

まるで夜蛾が明かりに誘われるがごとく、抗いがたい誘いに

体はこの社に向いた。

あの明かりが見えた時から、自分は妖術にかかっていたのかもしれない。

だが、それを今悔やんでもいたしかたない。

男は、今目の前の化け物からどう無事に過ごすかと

そればかりを思案した。化け物の言う通り、この大きさで暴れれば

たとえ刀で応戦しようとひとたまりもない。

ならば、ここはこの化け物の望みをまずは聞いてみようと思った。

「...よかろう。その背をみてやる」

男は、すぐに手が届く場所へ刀を置き

化け物の背中へ行った。

流れる黒髪は、うなじから前にかき分けられ

明かりの前に白く浮かび上がるように綺麗だ。

だが、背中は化け物自身が痒みに我慢できずに掻いたのか、

至る所に赤い筋が走っている。その合間背中には

白い肌の中に乳発色の丸いぶつぶつがいくつ見えた。

それは肌の奥に根を張り、わいているようであった。

「なんぞかぶれたか?」

「ああ...ここ数カ月この状態でな、日に日に痒みがひどくて」

男は、そのぶつぶつのあたりを掻いてやった。

そのぶつぶつについてはなにも言わなかった。

気持ち良さそうに、身を震わせる。

よほど辛かったのだろう、化け物は男に背中を掻かせている間に

気持ちよさに寝入ってしまった。

かすかに聞こえる寝息を確認して、男はそおっと

社を後にした。褒美と寄越された巾着は、動かせば音がなるとそのままにした。


振り返らず、男は麓まで

ずっと走り続けた。

心臓は、ばくばくと悲鳴をあげ

口から飛び出しそうなくらい苦しかった。

だが、足をとめる勇気は持てなかった。

どこからともなく朝一番の鶏の声と

朝日の明かりを浴びた時に、男はやっと助かったと安堵した。

化け物は、追ってこなかった。

約束を守ったのかと思ったが、いやそもそも化け物の約束など信用に値しないと首を振った。


国元に入った時、男は山での出来事は誰にも言わなかった。

いや、そんな状況でもなかったというのが正しい。

江戸家老からの書状は、緊急を要したし

男が、その書状の内情から解放され、江戸に再び足を向ける頃には

冬が過ぎ、夏になっていた。

再び、例の山へ入った時男は昼間だったせいもあり

あの社を探した。行き交う農民にも尋ねたが、首をかしげるばかり

だが、それはあった。忘れられた社

思っていたよりもかなり山の奥にあった。

朽ち果て、木戸も外れ風にさらされている。

男は、それでも足を踏み入れた。

燈明皿も倒れている。

この辺かと見ると、床板が外れて土が見えていた。

そこから白いものがちらちらと見えた。

床板を外し、土をどけると

大きなキノコが10数個その房を覗かせた。

さらにその周りに、動物やら人間やらの骨がばらばらと散らばっている。

化け物はここに存在したと男は思った。

さらにキノコを引っ張ってみた。

ずるっとそれに引っ張られ、でっかい芋虫が姿を表した。

なんの幼虫だったのか、その大きさからは想像もできない。

すでにキノコの養分とされたようで、生きてはいなかった。

がしゃっと骨の合間から、足があたった場所に巾着があった。

あの夜、化け物が褒美と放った巾着だ。

男は、それにその芋虫を入れてその場を離れた。

「欲だな」男は、苦笑した。

侍でありながら、逃げて走ったあの夜

だれにもその事は言えなかった。

男は、その代償だと笑った。

逃げて勝ったのだと実感した安堵か、笑いが止まらなかった。

この金があれば、江戸に戻ったあかつきには重役の座もとれよう。

江戸家老の信頼と重役への道に男は、心底笑いが止まらなかった。


それゆえ、油断が生まれた。


山の天気は変わりやすいが、尋常でなく空が暗くなった。

「おや、雨か?ならば急いで下りよう」

男は、そう思い歩き出した。

だが、バサバサと空から羽音が響いた。

何ごとかと空に視線を向けた時、男の首と体は二つに別れた。


化け物は化け物を産む

その存在は、一匹ではなかったのだ。


この山の化け物は誰に知られる事無く

そのまま存在した。


男は、まっすぐに街道を江戸に向かっていれば

助かっていたのである。

誰に言うでもなく江戸に向かった侍の

1人の侍の行方は、そこで途絶えた。








表現が足りないというのは、実感しています。

ただ妖怪もの書いてみたくて、書き上げました。

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― 新着の感想 ―
[一言] う〜ん、面白い……。 主人公の男と妖怪の心理的な駆け引きが上手く書かれていてドキドキします。 惜しむらくは最後……。物語の終わり方をもっと工夫していれば最高だったのに……。 他の妖怪に殺され…
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