生まれ変わっても?
ふと思いついて、息抜きに書きました。自分で言うのもなんですが、彼がこわいです。
主人公がちょろいので、心配になります。
突然だが、私には前世の記憶がある。
別に気が狂った訳ではない。
前世では、私には愛する人がいて、彼も私を深く愛してくれていた。
でも、健康優良児だった筈の私は、急な病に倒れ、もうその時には手遅れだった。
余命宣告を受けた私は、彼と別れようと思ったけれど、彼は最後まで私と寄り添って生きてくれた。
『生まれ変わっても愛してる』
それが、前世の私が聞いた最後の言葉だった。
その後、いわゆる死後の世界的な体験はなく、ある日、ふと前世の記憶を思い出した。
この時、私は6歳。
前世で言えば、小学校に入学、となるが、今生では違う。
だって、
「いせかいだもん」
●
赤い屋根のそこそこ大きな家が、私の家。
私の今の名前は、アンジェ・トート。
前世を思い出した当初は、外国かなって思ってた。
周りは、金髪とか赤毛とか、青い目とか緑の目とか、普通にいたし。
次は過去で、中世あたりとかかなって思った。
服装が中世ヨーロッパとか、そういう感じに見えて。あと、電気もないし、文明感がなかったから。
でも、違和感があって、会話の端々に出る国の名前とか、盗み見た手紙の文字とか。
決定的だったのは、まず世界地図。
まるで見た事がない大陸が、そこには描かれていた。
次は、異世界なファンタジーな生き物たちだ。
羽のあるウサギとか、ピンクの猫とか、可愛らしい。時々、遠くをドラゴンが飛んでったりする。
そんな異世界で、私は貧乏貴族の令嬢をしている。
貴族だけど貧乏なので、きらびやか、な生活ではなく、おかげさまでのびのびさせてもらっていたけど……。
『生まれ変わっても愛してるよ』
なんて、言ってくれるような情熱的な恋でもしたいなぁ、とか思っていた時もあったけれど。
「このであいは、はやすぎます」
泣き笑いのような顔で抱き締めてくる相手の腕の中、私はひっそりとため息を吐いた。
●
その日、私は城へと用事があった父に連れられ、城へ来ていた。
一張羅のドレスを着た私は、自分でいうのもなんだけど、可愛らしい幼児だと思う。ドレスが少し古い型なのも、気にならない筈だと思っていたけど。
でも、やっぱり、同性の目は厳しい。
「あらあら、随分とアンティークなドレスですわね」
「みすぼらしい貴女に、良く似合ってますわ」
「本当に」
ひそひそ、くすくす。
父とはぐれてしまった私は、中庭で15歳ぐらいの令嬢達に囲まれ、言葉によって小突かれていた。
見た目は子供だけど、中身は強かな大人な私は、泣いたりせず、上目遣いで令嬢達を観察する。
テンプレな貴族令嬢達は、何故か私を構いながら、チラチラと背後を窺っているのだ。
そろそろ悪口のネタが尽きたんじゃないかなって頃に、新たに一人の貴族令嬢が姿を現した。
「貴女達、弱いものいじめは止めなさい!」
うわ、ちょー棒読み。
私は、半目になりながら、新たに現れた令嬢を見る。
年齢は、私を囲んでいた令嬢より少し上、見た目はもっと上。気位も高そうな金髪美少女だ。
「貴族として恥ずかしくないのかしら?」
棒読みで言いながら、私を囲んだ令嬢を睨む美少女。シュールだ。
私が、この小芝居なんだろうと悩んでいると、凛として涼やかな男性の声が庭へ響いた。
「何をしている、騒がしいぞ」
いらっしゃいましたわ。
バッチリですわね。
あとは、打ち合わせ通りに。
本人達は、小声で話しているつもりだろうが、囲まれている私には丸聞こえなんだけど。
私は幼児らしくない苦笑いを浮かべ、涼やかな声の主を好奇心から見ようとするが、令嬢達が壁となって姿は見えない。声からすると美形ぽいから、ちょっと残念だ。
「こ、この方々が、幼児をいじめてましたから、咎めていたんです!」
耳を澄ませていると、興奮で上擦った声が聞こえ、私は茶番の目的を悟る。
どうやら、私は好感度アップのダシにされてしまったらしい。
「へぇ?」
結果は芳しくないようだけど。
涼やかから、冷ややか移行した青年の声に、好感度アップを狙った美少女は、背中でもわかるぐらいに慌ててる。
「この方々、この子のドレスが、古臭い上に、貧乏臭いってヒドイ事を言ってたんですわ!」
そこまで言われてないけどなぁ。
協力してたらしい令嬢達も、そう言いたげな顔をするが、美少女の方が偉いらしく、何も言わない。
「それで? 俺に何を言えと?」
青年の冷ややか度しかアップしてないけど、大丈夫なんだろうか。
「あの、わたくし、貴族として正しいこと……」
大丈夫じゃないみたいだね。
私は一つ息を吸い、美少女のドレスを軽く引いて、視線をもらう。で、ニコリと笑って見せてから。
「おねーさま、たすけてくださって、ありがとうございます!」
美少女が泣きそうだったので、幼児らしい助け船を実行してみた。
「と、当然の事をしただけだわ!」
お、美少女が復活して、胸を反らせて偉ぶりながら、青年の方をチラチラと窺っている。
そこで初めて、私も美形(予定)な青年の姿を確認出来た。
青みがかった艶やかな黒髪に、鮮やかな赤色の瞳。引き締まった体つきの、野性的で綺麗な青年に、思わず私は見惚れる。
ただ純粋に、美しい生き物だと感じて。
赤い目って事は、王族なんだなぁと貧乏貴族な私は、他人事のように考えながら、青年を見上げる。
野性的で綺麗な青年なんだけど、何処か冷めている雰囲気の青年を。
何だろう、ほんの少しだけど、何か感じた気がしたから。
さびしい?
かなしい?
くやしい?
地面を見つめて悩むが、どれもしっくり来ない。
雑音をシャットアウトして考え込んでいたら、不意に強い視線を感じて、私はパッと顔を上げる。
かち合ったのは、私だけを見つめている、赤色をした美しい宝石みたいな瞳。
こぼれ落ちそうな程に目を見張っている青年に、私はゆっくりと瞬きをする。
何となく。
そう、何となくだ。
深い意味はなく、私はその場から走って逃げ出した。
●
城の中に、逃げ出しても逃げ込む先がある訳はない私は、小さな体を生かして植え込みに隠れる。
しばらくジッとしてたが、ふと冷静になり、自分の滑稽さに気付いてしまう。
「わたしをおってくるひと、いないよね」
そう。そうなのだ。
あの令嬢達が、わざわざ追いかけてまで絡んでくる訳ないし、ましてや目が合っただけ幼児を、追いかける理由なんて、青年にある訳ない。
「あるとしたら、とんでもない、ろりこんさん?」
だとしたら、とても残念だ。
美形の王族で、ロリコン……笑い話にもならない。
冷静さを欠いた照れ隠しに、私はそんな事を考えながら、植え込みの中で小さく笑う。
そこに、近付いてくる足音が。
一瞬、まさか妄想が本当に!? なんて思ったが、私を追っている訳ではなさそうだ。焦る様子も、迷う様子もなく、足音は何処かの目的地を目指しているようだから。
耳を澄ませて足音に集中していた私は、気付けなかった。
その足音が、真っ直ぐ近付いてきている事に。
「みーつけた」
え!? と思った時には、大きな手が植え込みを掻き分け、赤い瞳が私を見下ろしている。
私は反射的に、不敬だとかも忘れて、植え込みを飛び出して逃げ出そうとするが、それより早く、背後から両脇に手を差し入れられて、持ち上げられる。
「あ、あの、はなしてください!」
しばらく空中で足をバタつかせた私は、意を決して振り返って訴えてみる。
「嫌だ。逃げるだろ」
コクリと頷くと、いい大人が拗ねた顔をする。
その顔を見ると、またさっきと同じ、形容しがたい思いが胸へこみ上げる。
ぶら下げられながら、拗ねた顔をしている青年を振り返り、しばらく見つめて、私はこの思いへピッタリの名前を思い出す。
――なつかしい、だ。
やっとしっくりいき、私はまっ平らな胸を撫で下ろす。体は相変わらず宙吊りだけど。
「あのー、おあいしたことますか?」
懐かしいと感じたって事は、初対面ではないのだろうと、私は振り返りながら、青年を窺う。
私の言葉を聞いた瞬間、青年はガーンという表情で固まり、私はその隙にドタッと着地する。
「すみません、あなたさまのおなまえを、おしえていただけますか?」
逃げても即捕まるので、まずは青年とコミュニケーションをとってみることにする。礼儀作法とかは、幼児なので多目に見てほしい。
「今は、ラファエルだ」
おぅ、王族決定しました。確か、第一王子です。
見えない誰かに報告して現実逃避しつつ、私は思わずジリジリと後退りする。が、すかさず伸びてきた腕に捕まり、引き寄せられて、ラファエル王子の腕の中だ。
「な、なんですか? わたしは、ただのびんぼうきぞくのむすめです!」
必死に抵抗すると、ゾッとするほど冷めた瞳が、私を見下ろす。
殺される――ッ。
本能的な恐怖から、私はギュッと目を閉じてしまう。けど、いつまで待っても衝撃はなく、顔にパタパタと何かが当たる。
「あめ?」
パチリと目を開けると、そこにはボロボロと涙を流し、美しい顔をグシャグシャにした大人がいた。どうしよう、これ。
「えー……」
ひっくとしゃくり上げるラファエル王子に、私は迷いに迷った挙げ句、ラファエル王子の頭をよしよしと撫でる。
「どうしたの? どこかいたむ?」
思わず、話しかける口調が幼児向けになるぐらい、ラファエル王子はマジ泣きしてる。
「俺は、ずっと変わらず愛してるのに……」
生まれ変わっても。
えぐえぐとしているので聞き取り難いが、ラファエル王子の言葉は、私にとって初耳ではなかった。
死へ向かう私へ、彼がずっと囁いていた。
それはもう、しつこいぐらいに。
「まさか、ね。そんな……」
ラファエル王子の涙を拭いながら、私は口内でポツリと洩らす。幸いにも、ラファエル王子には聞こえなかったようだ。
「ラファエルさま、もうしわけありませんが、わたしは、もうかえ……」
最後まで私が言い終える前に、ラファエル王子の涙に濡れた瞳が、キッと睨み付けてくる。
目力ヤバい。
「嫌だ。帰さない。ずっと一緒にいるんだ」
もう駄々っ子だ。
実際、ラファエル王子が命令したなら、貧乏貴族でしかない我が家は従うしかないだろう。
しょうがない。腹を括ろう。彼は良くも悪くも執念深かったから、逃げられる気がしない。
決心した私は、ラファエル王子の頬へ両手を添え、ゆっくりと口を開いた。ラファエル王子が、本当に彼なら、これで通じる筈だ。
彼の最後の言葉へ、私が返した言葉。
「またあおうね」
こぼれ落ちそうなぐらいに目を見開いたラファエル王子を確認し、私は涙の味がする頬へ唇を寄せる。
ちゅ、と可愛らしい音がし、気恥ずかしさから私は離れようとするが、感極まったラファエル王子の方が早い。
「愛してる――えぇと……」
「いまのなまえは、アンジェです、ラファエルさま」
「そうか。愛してる、アンジェ」
さりげなくキスしようと近寄ってくる顔を、私は小さな手で押し退ける。
「ひとまえでは、おっしゃられないように。はんざいしゅうしますから」
「キスも駄目なのか?」
目に見えてシュンとするラファエル王子に、私は心を鬼にして頷く。
「このであいは、はやすぎます」
泣き笑いの顔で抱き締めてくるラファエル王子を見つめるが、年の差は20ぐらいありそうで……。
「ラファエルさま、モテモテですから、べつに、わたしとのやくそく、まもらなくていいですよ? わたしも、べつのあいてをみつけますから」
巡り会えた喜びに舞い上がったのは一瞬で、埋めようのない年の差という現実に、お互いのためには、別の相手を選んだ方がいい。そう考えて私は、胸の痛みを堪えて言ったのだが、すぐに後悔した。
またさっき見た、ゾッとするほど冷めた瞳が、私を見つめていたから。
「……いるのか、そんな相手が」
低く地を這うような問いかけに、私はブンブンと首を横に振る。
「なら、大人しく愛されていろ。
――二度と逃がすつもりはないからな」
どうやら、私には逃げ道はないようです。
ラファエル王子なら、年の差も権力でどうにかしそうなんで、私はラファエル王子がロリコンと呼ばれないよう、最後の一線は死守しようと思う。
生まれ変わっても、追いかけてきた愛しい彼と共に生きるためにも。
(いくら愛があっても、王子でも、犯罪だし)
肉体年齢はロリコンですが、精神年齢はオッケーな感じです。
まあ、生殺しで手は出せませんが(笑)
号泣する大人……異世界巻き込まれた。でも、書く予定です。